【仕入れ担当 吉岡より】
【 誉田屋源兵衛 】より、金唐革の技法を用いて
創作された箔にモール糸を用い、
両面柄で織り成された特選袋帯のご紹介です。
抑えた色彩のお品ですが、箔糸を絶妙に用いた
異国情緒を感じさせるお柄で、
洒落訪問着や小紋、牛首や結城、野蚕紬などの
力のある織のお着物とのコーディネートで
存在感のある帯姿を演出してくれる事でしょう。
【色・柄】
ふっくらとしなやかな風合いの帯地は、
シックな黒を基調に、淡い白茶色を込めて
一面に細やかな石畳模様を浮かべて。
意匠には地色に調和するくすみの彩りの絵緯糸に、黒のモール糸、
金唐革の技法による糸を用い、象に唐花を込めた障壁画のような
モダンなお柄が織り出されております。
また裏面は茶系の彩りで、花更紗を込めた段が
織りだされておりますので、こちらの面も
コーディネートいただけます。
【商品の状態】
中古品として仕入れてまいりましたが、おおむね美品でございます。
お目に留まりましたらお値打ちに御召くださいませ。
【誉田屋源兵衛について】
1738年(元文年間)創業
京都室町の帯の製造販売の老舗。
現在は十代目である山口源兵衛が、代々受け継がれてきた
技術とともに革新の精神を持って意匠、配色、素材、
一切の妥協を許さず、洗練された帯を作り続けている。
沿革
1738年 初代矢代庄五郎により、南矢代誉田屋創業、
西陣大火災後の復興に尽力。
1868年 6代目矢代庄五郎より、京都松尾出身の
山口源兵衛が7代目を継承。初代誉田屋源兵衛を名乗る。
西陣帯地大元卸商として「横綱」の称号を得る。
1917年 7代目誉田屋源兵衛没、8代目誉田屋源兵衛襲名、継承。
1933年 8代目誉田屋源兵衛没。9代目誉田屋源兵衛襲名、継承。
1981年 9代目誉田屋源兵衛没、現10代目誉田屋源兵衛襲名、継承。
後、帯作りに専念。
1985年 全国の原始布を素材として個展を開催。
以後、インド、東南アジアの野蚕糸を帯に用いる。
1994年 京都六条の江戸末期の町屋にて創業260周年展。
1999年 「京都誉田屋源兵衛帯ときもの展」開催。
2000年 「誉田屋源兵衛 織りの帯展」開催。
2002年 小石丸企画に対して日経MJ賞受賞。
日本の原種の繭である小石丸の復活と継続、
日本の染色技術の活性化に努める。
2003年 日本文化デザイン大賞受賞。
【金唐革について】
なめし革の上に特殊な塗料で金属箔を貼り、
金型で文様をプレスしたうえに彩色したもので、
もともとはヨーロッパの寺院やメディチ家などの
宮殿の壁革として珍重された。
日本には江戸時代前期の17世紀半ばに、オランダ経由で
スペイン製の「金唐革」が輸入されて人気を博したが、
鎖国を行っていたためにこれは極めて貴重かつ入手困難な
品物であったため、和紙を素材とした代用品の製作が
日本で行われた結果、1684年に伊勢で「金唐革紙」
(「擬革紙(ぎかくし)」ともいう。)が生み出された。
後昭和初期には徐々に衰退、昭和中期以降その
製作技術は完全に途絶えていたが、昭和後期に入り、
復元事業が開始され、1995年入船山記念館の復元事業より、
当時東京藝術大学日本画専攻在学中の学生であった
20歳代前半の後藤仁を中心に、粕谷修朗、柳楽雄平、
宮澤利行らが研究所に加わり、彼らによって
製品の質・量共に多くの改良が重ねられた。
絹100%・金属糸風繊維除く
長さ約4.8m(お仕立て上がり・長尺)
柄付け:お太鼓柄
耳の縫製:袋縫い
※ガード加工
◆最適な着用時期 10月~翌年5月の袷頃
◆店長おすすめ着用年齢 ご着用年齢は問いません
◆着用シーン 軽い格式のお茶席、お稽古、芸術鑑賞、観劇、ご友人との気軽なお食事 など
◆あわせる着物 付下、色無地、小紋 など
※仕立て上がった状態で保管されておりましたので、折りたたみシワが付いております。この点をご了解くださいませ。
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