商品番号:1540106
(税込)
【仕入れ担当 竹中より】
西陣の帯の中でも、名高きお品。
タレ先に織り込まれた「龍村平蔵製」の文字。
確かな技、一生に1本は…と切望される方も数多おられることでしょう。
中でも珍しいお柄行の作品を仕入れてまいりました。
探そうにもまず出会うことができないお品ですので…
何卒お見逃し無きようお願い申し上げます。
【商品の状態】
リサイクル仕立てあがり品として仕入ましたが
締め跡がうっすらと残っているくらいで
おおむね美品としてお届けできます
【お色柄】
濃い葡萄色のしなやかな錦地。
そこに『鳥羽絵鳥合錦』と銘打たれた意匠
おそらくは葛飾北斎の浮世絵
鳥羽絵の中のひとつを織り上げたもので
鳥合(とりあわせ)(雄鶏をつがえて闘わせる遊戯で、闘鶏とも呼ばれる)
をたのしむ民を描いたもので
烏合(うごう)の衆をかけた
ちょっとユーモラスな作品です
一色一色、箔糸の微妙な光による変化…
今にも物語が始まりそうな躍動感に満ちた仕上がりでございます。
日本伝統のデザイン、究極の色彩センス、卓越した職人技。
そのいずれが欠けても成しえない本当の美しさに出会うことのできる一品と、
自信を持ってお薦めいたします。
【龍村平蔵について】
平蔵氏は「織物は数学である」の名言とともに、
新技法の探求に「気狂い龍」と呼ばれるほど没頭し、
30代で高浪織、纐纈織など多くの織を生み出した傑物です。
経糸と緯糸に着目することでどんな複雑な織も立体の造形として捕らえられる、
これが龍村平蔵氏の信念であり、かの有名な芥川龍之介氏も、龍村平蔵氏の
帯について、
「私の感服したのは、単にそれらの芸術品を模し得た面白さばかりではない。
(中略)龍村さんの帯地の中には、それらの芸術品の特色を巧に捉え得たが為に、
織物本来の特色がより豊富な調和を得た、殆ど甚深微妙とも形容したい、
恐るべき芸術的完成があった。私は何よりもこの芸術的完成の為に、
頭を下げざるを得なかったのである。遠慮なく云えば、鉅万(きょまん)の
市価を得た足利時代の能衣裳の前よりも、この前には更に潔く、
頭を下げざるを得なかったのである」(一部現代仮名使いに変更)
と述懐し、大賞賛しております。
現代に至る龍村美術織物、龍村織物、龍村光峯の現在の3つの「たつむら」はすべて、
染色工芸に対する功績により、美術院恩賜賞を受けた初代龍村平蔵の創業に始まります。
古代織物の研究、及びそれを基盤とする織物美術創作の伝統を受け継ぎ、
世界的に認められる作品を世に送り出した平蔵氏。
その豊かな創作性、ぜひお手元でご堪能くださいませ。
【 初代・龍村平蔵(号・光波)について 】
染織工芸作家
伝統的な西陣にあって、常に斬新な発想と
革新的な技法の習得により新境地を切り開いた名匠。
奈良県の正倉院に収蔵されている正倉院裂の
復元の第一人者。
生涯で70種もの日本の宝物の復元に成功した。
【 経歴 】
1876年に大阪の両替屋の豪商の家に生まれる。
16歳のときに祖父が死去し、それを機に家業を継ぐ。
1894年には18歳で織元として独立、その後1906年に
京都で龍村織物製織所を設立。
当初は販売に従事していたが、徐々に織物の技術に
興味を持ち、研究を開始。
研究の結果、帯に奥行きと彩りを与えた
高浪織(たかなみおり)や、意匠に立体感を出すため
糸に凹凸を持たせる纐纈織(こうけちおり)などの
数々の技術を生み出し特許を取得。
後、苦心して開発した織技法が次々と同業者に
模倣された事で古代裂の復元研究に没頭。
「どんな複雑な組織の織物も、経糸と緯糸によって
構成された、理屈で割り切れる偶数の世界」ととらえ、
「美」という3つ目の要素を加える事で織物を芸術という
高みに押し上げた。
1956年には染織工芸界の新たな可能性を切り開いた
数々の業績に対し、80歳にして日本芸術恩賜賞を受賞。
1962年 没、享年86歳。
龍村平蔵の子息は
謙・晋・徳・元の4人
このうち謙が二代龍村平蔵(号・光翔)、
元が三代目平蔵(龍村美術織物経営)。
現在は龍村旻が龍村美術織物を経営、
2006年4月に四代目龍村平蔵を襲名
絹100%(金属糸風繊維除く)
長さ約4.23m(お仕立て上がり時)
本袋縫い
三通柄
おすすめの帯芯:綿芯「松」
◆最適な着用時期 10月~翌年5月の袷頃
◆店長おすすめ着用年齢 ご着用年齢は問いません
◆着用シーン パーティー、音楽鑑賞、観劇、食事会など
◆あわせる着物 訪問着、付け下げ、色無地、江戸小紋など
※仕立て上がった状態で保管されておりましたので、折りたたみシワが付いております。この点をご了解くださいませ。
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