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互いに寄り添う、両様の紬コーデ。【エッセイスト 小島慶子さん】(前編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.11

互いに寄り添う、両様の紬コーデ。【エッセイスト 小島慶子さん】(前編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.11

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海外生活でスタートした着物生活がバズり、静岡拠点での活動に拍車がかかる”着物ひろこ”こと長谷川普子さん。憧れの人に会いに行く連載6人目のゲストは、エッセイスト・メディアパーソナリティとして活躍されている小島慶子さんです。

2025.09.25

ライフスタイル

着物漫画のモデルとなって。【慎太郎ごのみ器展 主宰 矢部慎太郎さん】(前編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.9

エッセイスト 小島慶子さん

2025年最後の着物ひろこさんが会いたいと願った人は、エッセイスト・小島慶子さんです。

小島慶子さんプロフィール画像

提供:アップルクロス

小島慶子

1972年生まれ。1995年、学習院大学法学部政治学科卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。1999年に第36回ギャラクシー賞を受賞するなど、華々しい活躍を経て、2010年に独立。2014~2023年の10年間は、オーストラリア・パースとの二拠点生活を送る。息子たちの海外大学進学を機に、2024年から日本に定住し、仕事の幅を拡げている。現在、文化放送「大竹まことのゴールデンラジオ」の火曜レギュラーを務める。2019年から、昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員。著書・連載多数。

20代で誂えた銀鼠色紬小紋で

辻が花風、飛び柄の小紋。あまりにもしっくりとお似合いの色柄ですが――

慶子さん着姿

着物ひろこ(以下、ひろこ):20代後半で、これ選びますか?!

小島慶子(以下、慶子):青山の呉服屋さんで誂えました。「若いのに地味ね」と言う人もいましたが、東京の街並みに馴染む大好きな一枚。長く着られるものを見立ててくださったんだなぁって、53歳になって改めてしみじみ感謝しています。

ひろこ:そこに白地に銀で紋様を織り出した帯でトーンを合わせた都会的コーデが素敵です。

慶子:これも当時のもので、インカの織物の紋様をモチーフにした名古屋帯です。

帯締めは最近求めた江戸組紐『中村正』製。触ると中が空洞なの、分かりますか?(と、ひろこさんに見せながら)いつも『道明』のキュッと締まる感じに慣れているので、最初はちょっとどきどき。でもしなやかに締まって、どんな帯にも合う。中村航太さんの組紐の手しごとを間近で拝見する機会があり、精緻な美しさに感動してその場で購入した一本です。

扇子

『宮脇賈扇庵』での出合いもの。親骨の先端が丸く加工されているのがポイント。「ここが尖っていると着物を痛めないか、つい気になって」と、慶子さん

風合いの異なる紬で寄り添う

事前に慶子さんが紬を纏われると耳にしていたひろこさんも、紬ありきのコーディネートに。

ひろこさん着姿

ひろこ:同じ紬でも、ほっこり系じゃなくてすっきりと。『藤娘きぬたや』さんが染め上げた、ツルッとした肌触りの紬着物です。そこに、大輪の寒牡丹が咲き誇る絞り染めの名古屋帯を合わせました。牡丹の花ことばである「高貴」が、慶子さんのイメージに通ずる気がして。

ひろこさんバックショット

ひろこ:全体に暗くなりがちな色味なので、パールのイヤリングで顔周りにキラキラを配するのも大事ですね。水玉柄の半衿は、朝ドラ『ばけばけ』の影響で、いつもより出し気味に着付けました(笑)。

ひろこさん帯回り

『龍工房』さんの帯締めは、京都きもの市場の催事でみつけたもの

着物原体験から、初めての誂えまで

ひろこ:まずは慶子さんの着物遍歴について、お聞かせください。

対談風景

慶子:父が商社に勤めていたので、私は転勤先のオーストラリアで生まれたんですね。商社の人たちって夫婦でパーティに出かける機会が多くて、当時、母はしょっちゅう着物を着ていました。私はベビーシッターに預けられて、綺麗に身支度したママとパパが連れ立ってパーティに行っちゃう。そのときの母の着姿が美しくて。それが「着物っていいな」って思った原体験です。

帰国後、人生最初の着物体験となったのが七五三。七歳のときに折り鶴の地紋を織り出したおしゃれな着物を着せてもらったことを憶えています。本当に嬉しかったですね。

浴衣

Instagramに投稿された写真 提供:小島慶子さん

ひろこ:Instagramで最初に誂えたという綿紅梅の浴衣のお写真を拝見しました。とても珍しいお色ですね。

慶子:そうなんです。これも25歳で誂えた竺仙のもの。蕗の葉の色がいいですよね。

慶子:お茶のお稽古をしていたので、初釜用にお着物が欲しいなと思っていた頃に、青山墓地のそばの和小物が並ぶお店に呉服店とは知らずに入って……それが当時まだお店を出されたばかりの「青山八木」。

私、"裄長族"なので、お仕立て上がりは全くサイズが合わない。だから最初から、必然的に誂えでした。

たまたま最初に入ったお店との出合いに恵まれ、最初に見たものを親と思うカルガモのように(笑)、一から教えて頂きながら、少しずつ揃えました。

慶子さん

ひろこ:最初の出合い方って大事ですよね。私は移住したタイで、浴衣から始めて着物へと移行していきました。それをSNSへと発信したことがいまへと繋がっています。着付けは独学。慶子さんは、着付けはどのようにして身につけられたんですか?

慶子:着付けは、馴染みの呉服屋さんに教えていただきました。何回もご自宅に通って、自装できるようになりました。

ひろこ:それが20代の頃ですよね。当時は、どんなところにお着物でお出かけされていましたか?

慶子:最初は、初釜に色無地を着て行くつもりだったのですが、段々忙しくなってお稽古に行けなくなり……。でも、20代半ばに仕事で大きな賞を頂いたので、その授賞式に色無地で出席しました。これは最近染め替えて、愛用しています。

観劇や会食にもよく行きました。当時は、中村勘三郎さんの歌舞伎が人気で。そして結婚の際には長艸敏明さんの刺繍の訪問着を誂え、家宝に(笑)。30代になってからは、お宮参りや七五三、仕事では新年の特番に自前の着物で出演したり。友人の結婚式の司会をした際には、藍田正雄さんの江戸小紋を誂えました。これも20年以上経った今でも大事に着ています。

ひろこさん

慶子さんが「夫婦」について語る連載エッセイ『愛夫記』を愛読しているひろこさん。そこにそこはかとなく滲み出る人間味あふれる考え方やさまざまな問題への向き合い方、その解決への糸口の見つけ方に深く共感し、今回の対談が実現しました。

続く後編では、海外移住話を軸に、着物への向き合い方の変化について、子育てにおいての主義、夫との関係性についての語りをお届けします。

取材・文/椿屋
撮影/伊藤圭

2025.10.25

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着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト

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