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着物漫画のモデルとなって。【慎太郎ごのみ器展 主宰 矢部慎太郎さん】(前編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.9

着物漫画のモデルとなって。【慎太郎ごのみ器展 主宰 矢部慎太郎さん】(前編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.9

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”着物ひろこ”こと長谷川普子さんが憧れの人に会いに行く連載。第五回のゲストは、銀座「サロン・ド・慎太郎」のママとして愛されたのち、現在は器屋として活動されている矢部慎太郎さん。東村アキコさんの人気着物漫画『銀太郎さんお頼み申す』の銀太郎さんのモデルでもあります。

2025.09.25

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「慎太郎ごのみ器展」でお馴染みの、矢部慎太郎さん

着物ひろこさんが今回会いたいと願ったのは、銀座のパワースポット「サロン・ド・慎太郎」のママとして政財界から文化人にまで幅広く愛された矢部慎太郎さん。

矢部慎太郎さんプロフィール画像

矢部慎太郎

1975年北海道生まれ。
京都祇園でデビューし、2000年に大阪北新地に「サロン・ド 慎太郎」をオープン。2003年に銀座に移転。

北海道の「粋人館」、金沢の「かなざわ 紋 MON」京都の「六条河原院 讃」などの飲食店、代々木上原に器の店「ギャラリー帝」も経営。粋も甘いも知り尽くした懐の深い人柄に、女性ファンも多い。著書に『慎太郎ママの「毎日の幸せ探し」』(2019年/講談社)。

現在は、器屋として日本各地から台湾まで幅広く飛び回って活動されています。各地で開かれる「慎太郎ごのみ」の器展は毎回大好評。料理屋一軒分ならすぐに用意できるほどの器持ちだとか。

また、東村アキコさんの着物漫画『銀太郎さんお頼み申す』の登場人物・銀太郎さんのモデルとしても話題になっています。

矢部慎太郎さん01

台湾で果たせなかった再会の想い

「お久しぶりです」

そう声をかけるひろこさんの表情には、少し緊張の色が見えます。

着物ひろこ(以下、ひろこ):じつは今日、お持ちしたものがあるんです。

そう言って、ひろこさんが取り出したのは華やかなブーケ。

矢部慎太郎さんとひろこさん01

ひろこ:台湾の器展でお会いした時、慎太郎さんのことを存じ上げず、きちんとしたご挨拶ができませんでした。その後、『銀太郎さんお頼み申す』を拝読して、あの時お会いしたのが慎太郎さんだったと知り……いつか再会の機会があればと思っていました。あの初対面をやり直したくて。

矢部慎太郎(以下、慎太郎):まあ、ご丁寧に。ありがとうございます。

このブーケは、ひろこさんが海外在住以前から懇意にしていた清澄白河の『バタフライデコ』さんに特別にお願いしたもの。長くパリに滞在していた店主によるパリスタイルの洗練されたアレンジです。

慎太郎:きれいなブーケ。私、9月生まれなんです、25日なの。

ひろこ:わぁ、おめでとうございます! この記事の公開日です。

慎太郎:奇遇ですね。今日はよろしくお願いいたします。漫画(『銀太郎さんお頼み申す』)も読んでくださっていると聞いてうれしいです。

ひろこ:お会いできてうれしいです! こちらこそよろしくお願いいたします。

時を経て、果たされた"きちんとしたご挨拶"。二人の間に流れる空気が、一気に和やかになりました。

重陽の節句に相応しい菊の着物

折しも撮影当日は9月9日、重陽の節句。慎太郎さんがお召しになっているのは、まるでこの日のために誂えたかのような、繊細な糸菊が描かれた京友禅の訪問着です

矢部慎太郎さん全身

透明感のある水浅葱色地がはんなりした印象を与え、葉のグリーンの濃淡もみずみずしい面持ち。帯は京都の金彩作家・堀省平氏の松意匠の袋帯です。

ひろこ:こちらをお召しになると写真を拝見したときに「さすが」だと思いました。重陽の節句に菊の柄なんて、季節感の演出が完璧で。

慎太郎:帯は堀省平先生の波の地紋に松です。プラチナ箔なんですけど、擦れてきちゃって。直して直して20年くらい締めています。

映画の『吉原炎上』を見ていてね。最後、妓楼のおかみさんが花魁道中のときに、銀系の黒紋付に銀のすごい袋帯を締めてたわけ。それをみて作ったんです。

矢部慎太郎さん03

ひろこ:『吉原炎上』イメージだったとは!

お着付けもステキです。以前お会いしたときに着付けはご自身ではされないとうかがいました。今日の着付けはどちらで?

慎太郎:そう、私、自分では着られないの。だから、今日も銀座のお店にお願いして着せてもらいました。そのほうがキレイだし早いし。

ひろこ:私も最初に着物を着せてくれた方が、銀座で夜のお姉さんたちに着物を着せている方だったんです。それで着物に目覚めて、自分でも着始めました。すっごい早いし、着崩れないし苦しくないし、キレイに着付けてくれるんですよね。

慎太郎さんは柔らかものの訪問着を着てらっしゃるイメージが強いです。

慎太郎:仕事中はね、銀座は訪問着以外ダメだから。紬もダメです。訪問着に袋帯、失礼がないように正装でないと。

ひろこ:そうなんですね、付下げもダメですか?

慎太郎:付下げも小紋もダメなの。

ひろこ:知らなかったです! 慎太郎さんは紬や小紋など、普段に着物を着ることはないのですか。

慎太郎:着ないんです、今日は6ヵ月ぶり。私、正装しか持ってないんですよ。着物を着るときは正装のみ。ドレスアップ、イコール着物。失礼にならないことが大事なのでね。もう極端にいうと、着物かジャージか、ですよ。

ひろこさん01

ひろこ:そんなことってあります?(笑)

慎太郎:本当に、本当!(笑)

ひろこ:私は普段着物として着始めたので、正装よりも普段に着ることのほうが多いのですが、着物は正装のみ、と決てしまうとかえって楽かもしれないですね。

慎太郎:楽ちんですよ。訪問着なら格が高いから、行くところを選ばないですし。

ひろこ:割り切っていらっしゃる……。ところで今日の慎太郎さんの輪出しの帯揚げ、色の合わせ方もセンスがありますよね

矢部慎太郎さん帯02

慎太郎:小物はね、考えることないんですよ。決まっていることをやるだけなんです。帯締めは『道明』、帯揚げは『ゑり萬』って、芸者さん、花柳界、歌舞伎界では常識ですから。それ以外持ってないんだもん。

『道明』って江戸でしょ。でも不思議なことに京の芸舞妓もみんな『道明』なんですよ。SL時代、明治時代の100年前くらいに、東京のお客さんが江戸土産で『道明』を配ったのよ。それで帰りに京都の『ゑり萬』の帯揚げ買って帰ったんです、襦袢だと高いから。そんなところだと思います。

ひろこ:なるほど。

慎太郎:今日の道明は芯に紅をいれてもらったもの。勘三郎さん(十八代目 中村勘三郎さん)のお姉さんがいつもくださるんです。

矢部慎太郎さん帯01

ひろこ:房の色だけ変えるのとは違って、これもまた洒落ています。道明さんで作っていただけるとは。

慎太郎:歌舞伎役者の奥さまはじめ、みなさん当たり前にしているわよ。芯がピンクのもあるんですよ。LGBTのレインボーカラーのものもあるの。

ひろこ:白は何にでも合いますし、きちんと見えますし、便利ですよね。

慎太郎:そこにちょっと色が入っているのがいいのよね。色が入っていないとお葬式みたいで、冷たすぎるし。

矢部慎太郎さんとひろこさん02

敢えての"外し"で魅せるコーディネート

一方、ひろこさんが選んだのは、鮮やかな黄色のグラデーションが美しいインドネシアの浮織の着物。沖縄の花織のルーツだそう。

合わせた帯は鱗紋、幾何学模様です。

ひろこさん全身

ひろこ:季節感を出せるのも着物のよさなら、季節関係なく纏える模様があるのも着物のよさだと思うんです。

この着物は『貴久樹』さんの作品。今年のひろこさんのテーマカラーである黄色(4月末に発売された著書の表紙が黄色)にちなんで誂えられたもの。

お仕立て上がっての初お披露目です。

ひろこ:お相手が訪問着でお見えになるなら訪問着かな、と悩みましたが、今回は色味だけで決めました。並んだ時に水色が映えますし、染めの着物と織の着物、と読者の方の目にも楽しいかなと。

鱗紋は今年の干支・巳年にちなんだ文様でもあり、「再生」「魔除け」「厄除け」などの意味が込められています。

ひろこ:実は今年還暦の学年なんです。慎太郎さんの着物の菊の「無病息災」と合わせて最強の空間にしよう!と思いました(笑)。

ひろこさん帯

相手と同格か、またはひとつ下げることで敬意を表す——これは洋服にはない着物ならではの美学。ひろこさんの装いからは、そんな着物文化への深い理解が感じられます。

映画『夜の蝶』のふたりに

ふたり並んでの撮影の際、ひろこさんから、かねてよりの疑問を。

ひろこ:慎太郎さんもされていますけど、芸舞妓さんたちも(たもと)で手を隠すのはなぜでしょう。素人は真似しないほうがいいですか。

慎太郎:顔は白粉(おしろい)しているのに、手は肌色のままでおかしいでしょう。あと、高齢の芸者さんになると、手に年齢がでてしまって美しく見えないから隠すってこともあります。

ひろこ:そうなんですね、気になっていました。

慎太郎:いろんな方法があるんです。私はふわっと乗せるタイプなんですけど、こうくるっと袂を巻くようにする方もいらっしゃいます。みんな袖が長いからできることよね。踊りの振りもそうですし。新橋の芸者さんは袖のなかに手を入れたりしてね。

矢部慎太郎さんとひろこさん03

ひろこ:そうすると袖の柄もよく見えてきれいですね。

慎太郎:今日の私たちは、「おそめ」と「エスポワールのママ」みたいな感じ? 映画『夜の蝶』の。モデルになったふたりのうち一人が京都から銀座にきた"おきく"こと、おそめさんってママ。もう一人が銀座で元からクラブをやっていた"マリ"こと、エスポワールのママなの。ふたりが白洲次郎を取り合うんですよ。

エスポワールのママは当時から着物にネックレスしたりイヤリングに指輪したりしていたのね。でも私たちは、一切アクセサリーはしないのよ、かんざしも着けません。だからさしずめ、ひろこさんがエスポワールのママで、私がおそめさんね(笑)。

ひろこ:アクセサリーを着けない理由はなんでしょう。

慎太郎:あんまりいいものを着けていると、お客さまの奥さまと一緒になるときとか、ちょっとね……っていう。やっぱりお客さまを立てないと。

ひろこ:知らないことだらけです。

矢部慎太郎さん02

慎太郎:私たちの常識がね、世間の非常識といいますか。私も苦労しました。

インスタグラムを始めたのも、私、いろんなところで恥をかいてきたからなの。だってそんなしきたり、わからないじゃないですか。祇園だって新地だって銀座だってね。

同じ轍を踏まないように、スタッフのための勉強になるといいなって、自分の知識をインスタにアップしているんです。なのに、スタッフだけ見てなかったりしてね(笑)。

ひろこ:慎太郎さんのインスタグラム、勉強になります。

慎太郎:器のことばっかりになっていますけど、以前は着物のこともアップしていましたよ。

ひろこさん02

漫画『銀太郎さんお頼み申す』のモデル

矢部慎太郎さんとひろこさん04

ひろこ:東村アキコさんの漫画『銀太郎さんお頼み申す』のモデルになられたんですね。予めお話があったんですか。

慎太郎:東村さんが私の銀座のお客さまだったの。

それで4年前かな、お正月に電話がかかってきて「先生どうしたの?」って聞いたら、「着物の漫画をお試しで描いたらすごく好評で、連載で描こうと思うんだけど、いい? まるっきりママなのよ」と言うから、「どうぞどうぞ。じゃあ一緒に旅しましょ」ってことで着物の旅を始めたの。

唐津に行ったり、奄美大島も行きましたね。

それで読んだら、まるっきり私でした。私は「慎太郎ごのみ器展」というのをやっているんですけど……本当にまんまなんですよ。

矢部慎太郎さんとひろこさん04

ひろこ:初めに知ったときは驚きました。登場人物の「銀太郎さん」は慎太郎さんのまんまですよね、アイライン強めの感じも。

矢部慎太郎さん01

慎太郎:私、半襟をこう出して着るんですけど、それもまんま同じでしょう。

ひろこ:それは京都風な着方なんですか。

慎太郎:どうでしょう、新橋の芸者さんも同じように出してますしね。

ひろこ:東村先生にとっても慎太郎さんは先生なんでしょうね。私も学ぶことがたくさんあります。

矢部慎太郎さんとひろこさん05

慎太郎さんの経験から得られた他所では聞けないお話しに、思わず聞き入るひろこさん。後編では、ふたりの着物観の違いから、商売の秘訣、古き良き時代から受け継がれる美意識についてうかがっていきます。

取材・文/小峰千佳
撮影/伊藤圭

2025.09.25

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