着物・和・京都に関する情報ならきものと

変わりゆく色で、ひとを酔わせる花。〈十月 酔芙蓉〉「日本画家・定家亜由子 帯のたもとに隠す花」vol.10

変わりゆく色で、ひとを酔わせる花。〈十月 酔芙蓉〉「日本画家・定家亜由子 帯のたもとに隠す花」vol.10

記事を共有する

日本画家・定家亜由子さんの連載10回目は、「酔芙蓉」について。扇のかたち(扇面)に描く自然の美を通して、移ろう季節を感じながら、胸の内を綴る10月です。日本画家らしい感性と視点で、酔芙蓉の魅力を深掘りし、「香り」に惹かれる心持ちを語ります。

2026.09.05

カルチャー

菊の香立ち昇り、深まりゆく秋に。〈九月 菊水かほる〉「日本画家・定家亜由子 帯のたもとに隠す花」vol.9

たった一日で色変わりゆく花の「にほひ」

十月になりました。竜胆や菊、吾亦紅、秋桜など、好きな花がたくさん咲く頃です。そのなかでも特にお気に入りが、酔芙蓉の花。

今年も残すところあと三か月――いま、この花の絵をご紹介できることが、なんだか本当に幸せです。

酔芙蓉の魅力は、なんといっても一日花であること。そして、一日かけて色が変化することでしょう。朝はまぶしいほど高潔で無垢な純白、昼は柔らかく親しみやすい淡いピンク、夕方から夜にかけてはドキッとするような妖艶な濃い紅色へと変わります。

お酒を飲んで顔が赤くなることに重ねて、「酔芙蓉」という名が付けられました。濃く紅色になった花は夜にはしぼみ、翌朝には地面に落ちてしまいます。

御靈神社

翌朝には萎んで落ちている様もまた、酔っ払いの在り様を彷彿とさせる

私もたくさん写生し、絵にも描いた酔芙蓉。

日本画では蕊しべのことを「におい」と呼び、花の蕊を描くことを「においを描く」と表現します。その言葉の成り立ちには、西洋画での解釈とは異なる日本画独特の写実の心が宿っているように思います。

現代では「におい」というと嗅覚のイメージが強いですが、古語における「にほふ」は「色が美しく映える」「艶やかに美しく輝く」という視覚的な美しさを意味する言葉でした。

「丹に(日本画の赤でもあります)」が「秀(ほ=ひときわ目立つ)」を語源とし、花びらの中央で蕊が鮮やかに際立って美しく映える様子そのものを「にほふ」と呼んだ名残なのだそうです。

制作風景

形を構造的に模写するだけでなく、生を写すこと。対象が持つ空気感や五感に訴えかける生命感を描くことを重視する日本画ならではのスタイルです。

最後に最も色彩が鮮やかで実際に香りの源でもある蕊を画面に描き加えることで、「まるでそこから花の香りが漂い立ってくるかのように仕上げる」という象徴的な意味が込められています。

においたつような花を描きたい——そう思う私にとって、蕊を「匂い」と表現する、この呼び方がとても好きです。ただ、この蕊を魅力的に描くことはとても難しく……いまだに答えが出ません。

いつかきっと、酔芙蓉の咲く庭を――

夢や時間、大げさにいうと人生とは、酔芙蓉の花の色のようなものだと思います。

同じ意味で平家物語に登場する一日花は、沙羅双樹。「祇園精舎の鐘の声」からはじまり、「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」と結ぶ、あまりに有名な冒頭の一節です。

自分の胸にひととき燃えて焼き付いたいのちの美しさをかたちに残すこと――。花を描くことは、本当はあまりにも儚く、無意味なことかもしれません。でも、どうしても、描きたくなるほどに美しいのです。この花に与えられた一日という一生のほうが、自分の一生よりも大きくて長くて深くて高く広いものを含んでいるような気がしてなりません。それなのに、私は何日も生きることができている。そのことが不思議でたまらないし、なんだか切ないような、苦しいような気持ちもあります。

だからこそ、私は花の中にたしかにあった匂いを、時間を、何日でも何十年でもかけて、描きたいのです。

写生

ところで、私が多くの花、特に酔芙蓉を写生したのは、花が咲き誇る実家の庭のおかげです。幼い頃、母が大切に育てていた家の庭を「花いっぱいにしてほしい!」とお願いしたことを、いまでも憶えています。もちろん、酔芙蓉も私のリクエスト。残念ながら、私も妹も巣立ち、父が数年前に亡くなってから、母は生活するのに便利なマンションに越すこととなりました。

将来いつの日か、もしも、自分の小さなお庭を持てるようなことがあったとしたら、きっと酔芙蓉を一番に植えることでしょう。

花の色のような、幻のような、私のゆらゆらとした小さな夢のひとつです。

時雨月の亜由子好み

少し前に、淡路島へ行ってまいりました。

淡路島は、実はお香の発祥地。

推古3(595)年、大きな流木が淡路島に漂着し、島人がそれと知らず薪として焚いたところ、その煙が遠くまで薫ったため、不思議なこととしてこの木(沈水じみ香木)を朝廷に献上し、聖徳太子が「これは沈である」と教えたと、『日本書紀』に記されています。これが、日本で最も古いお香の記述であり、それを伝えるお社まであります。

枯木神社

淡路島西海岸・尾崎にある枯木神社。伝説の香木が御神体として祀られている

お香のお仕事に携わる知人や友人たちとお参りをした後、お香の工場も見学しました。

淡路島は京都から車でおよそ二時間ほど。以前からちょっとした日帰り旅の目的地として大好きな場所でしたが、お香にこれほどご縁の深い土地とは全く気づいていませんでした。

淡路島の気候がお香の生産に非常に適していること、島内には14軒ものお香の会社があることも、今回初めて知り、驚きました。

「香り」に焦点を当て淡路島を巡ったのは初めてで、私の新しいお気に入りの旅のテーマとなりました。一泊では香りの深さを学ぶにはとても足りませんでしたので、香りの世界についてさらに奥深くまで触れるため、改めてゆっくりと伺いたいと思っています。

2023.12.23

着物でおでかけ

『山田松香木店』で私だけの“匂ひ袋”体験を 「京都できもの、きもので京都」vol.7

2024.10.03

エッセイ

晩秋の候 ―寒露から霜降 「感じたい、七十二候」vol.3

構成協力/椿屋

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • マンスリー

HOT KEYWORDS急上昇キーワード

記事を共有する