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“88点の個性派美人”なものづくりを目指して 貴久樹 糸川千尋さん【YouTube連動】「着物沼Interview」vol.12

“88点の個性派美人”なものづくりを目指して 貴久樹 糸川千尋さん【YouTube連動】「着物沼Interview」vol.12

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着物沼住人の価値観や流儀から着物の魅力を深掘りする、YouTube連動連載「着物沼Interview」。京大卒の女性庭師から着物の世界へ導かれた、「貴久樹」常務取締役の糸川千尋さんが、アジアの手しごとを愛するものづくりについて語ってくださいました。

2026.02.12

ライフスタイル

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愛するインド刺繍を主役にしたコーデ

今回のゲストは、「貴久樹」の常務取締役・糸川千尋さん。

京都大学文学部美術史学科を卒業後、日本を代表する庭師・北山安夫氏に師事し、京都御所や離宮、禅宗寺院などの庭園管理を担います。1999年、貴久樹の現社長・糸川英宏さんと結婚。子育て期間中に家業を手伝い始め、“着物界のカリスマ”として知られる義父・糸川禎彦氏※の薫陶を受け、ものづくりの仕事を通して、禎彦氏のスピリットをいまに伝えています。

※糸川禎彦氏……「きもの百科イトカワ」2代目社長にして、「貴久樹」創業者。インドをはじめとする世界各地の染織文化を着物へと昇華させ、独創的な長着や帯を生み出し続けた、着物業界のカリスマ的存在。

常務取締役・糸川千尋さん

この日の千尋さんの装いは、まさに貴久樹のものづくりの核となるインド刺繍が主役となったコーディネート。

真っ先に目を引くのは、千尋さんが大好きなインドのカンタ刺繍で船や気球といった大人メルヘンな意匠が描き出された帯です。

貴久樹らしい絵柄の袋帯

貴久樹らしい絵柄の袋帯

「貴久樹のアイテムには船や鳥のモチーフが多いんですが、どこかに行っちゃうみたいなイメージのデザインを義父はとても愛していたんです」と、千尋さん。

帯を引き立てるシンプルな小紋には、よく見るとサンガレン刺繍が。

バランスよく散りばめられた飛び柄のドットは、年齢層を選ばず着用できて重宝する一枚

バランスよく散りばめられた飛び柄のドットは、年齢層を選ばず着用できて重宝する一枚

「スイスのザンクト・ガレンという町の刺繍で、50年ほど前に義父がヨーロッパ旅行中に出会った技法で、糸川禎彦が手掛けた作品の中でも超ロングセラーのヒットアイテムのひとつです。多色に染め分けられたマジョリカ糸をぐるぐると渦巻き状にしてドット柄を表現しています。可愛さもありつつ幅広い年齢層の方に愛されるデザインですね」

発売当初から多くのファンに愛される三分紐

発売当初から多くのファンに愛される三分紐

「こういうのがあったらいいな」という想いで千尋さんが考案した同系色の三分紐が、帯の雰囲気に寄り添います。

アイデアポイントは、真ん中に付いている帯留の代わりとなるビジュ―。取り外し可能で、手持ちのブローチなどを付け替えて使うこともできる優れものです。

2023.10.06

カルチャー

「忘れえぬこと」

美術史専攻から庭師へ、異色の就職

美術好きだった母に連れられて、よく美術館を訪れていた幼い頃から、美しいものに憧れる気持ちを育んできた千尋さんは、大学では美術史を専攻。伝統的な文化にふれられるのでは?という期待を胸に京都へ移住しました。

就活の一環としてコシノジュンコさんのセミナーに参加した折、

「うちにおいでよ、と声をかけてくださったので、思い切って留年して東京へ行きました。働いたのは一年間だけでしたが、パリコレにも連れていってもらったり、北京でのファッションショーに同行したりするなかで、仕事への情熱の傾け方を教えていただきました。先生はライセンスで着物もつくられていたので、そのお手伝いをしたのが、着物と関わった初めての経験です」

と、千尋さんは若かりし頃を振り返ります。

2025.09.17

イベント

『魅せる立ち姿の秘訣!』 日本最大級きもの展示会2025@東京丸の内KITTE 「Magnificent KIMONO!」vol.14

糸川千尋さん2

京都へ帰ってくると同時にバブルが崩壊し、文系女子の就職難は酷くなる一方。とはいえ、美術史を学んでいたことから新聞社の文化事業部に興味をもった千尋さんは某有名新聞社から内定をもらいます。が、「なんか違う」という理由で内定を辞退。

どうせなら好きなことをやろう!という想いから、「北山造園」の門を叩いたのでした。

糸川千尋さん3

提供:糸川千尋さん

「実は人見知りで、人と関わるより絵を見たり本を読んでいたいタイプ。その延長線上で、植物も大好きだったので、自然の中に身を置いていたいと考えて、お庭の仕事に行き着きました。学生時代、演習で寺院を訪れることもあり、勉強として襖絵や掛け軸も見るものの、なぜか私はお庭の方に惹かれて……」

当時は、京大卒の女性庭師としてメディアに注目されることも多かったとか。そうして選んだ会社での仕事を通して、後に貴久樹というものづくりの会社へのご縁を得ることになるのですから、「人生とは不思議なものだなぁと思います」という千尋さんの言葉にも感じ入ってしまいます。

更紗と刺繍に魅せられた義父との仕事

あるとき、クライアントである寺院にて、千尋さんは後に夫となる糸川英宏さん(現社長)と出会います。和尚が言います、「糸川くん、千尋さんは丈夫そうだし、嫁にもらったらどうや」と。そこからまさかのトントン拍子で結婚することになった千尋さん。

「お庭の仕事は辞めたくないと義父に伝えたら、大いに賛成してくださって。『すごい人だな』って思いました」

仲睦まじい食事中の1カット

仲睦まじい食事中の1カット 提供:糸川千尋さん

「3月に結婚して、4月には淡路景観園芸学校に入学し、2年かけて設計などを学びました。卒業後すぐに子どもを授かったので、木登りができなくなって(苦笑)。子育て期間中に家の仕事を手伝うようになって、いまに至ります」

と、庭師から着物の道へ進んだ経緯を教えてくれた千尋さん。

当時、義父・禎彦氏は苦労を重ねて開発したゴールデンムガ※という生地を着物にするため苦心し、商標登録を取得。

※ゴールデンムガ……インド・アッサム地方にのみ生息する「ムガ蚕」から採れる、自然な黄金色をもつ稀少な天然絹糸からつくられた織物。

禎彦氏が開発したゴールデンムガのプロトタイプ

禎彦氏が開発したゴールデンムガのプロトタイプ

忙しさが一段落した後も、インドに何度も足を運び、全土の様々な土地で個性ある刺繍に出会います。それらの魅力的な生地を着物や帯にしたいという想いに駆られ、一層深く、インドにのめり込んでいく中で、義父の想いをカタチにするお手伝いをしながら、千尋さんもまた、インドの手しごとに魅せられていきます。

「もうめちゃくちゃ楽しくて。新しいことを学んでいるというよりも、最初から知ってたみたいな……。すっと入ってきて。『更紗、大好き!刺繍、大好き!』って思いながらものづくりに携わっていました」

完璧な美より“88点の美”を愛す

千尋さんを導いてくれた義父・禎彦氏が愛したインドの手しごとをご紹介しましょう。

糸川さんの手が添えられている黒地にゴールドの線画が施された帯がジャイさんの代表作

糸川さんの手が添えられている黒地にゴールドの線画が施された帯がジャイさんの代表作

こちらは、手描き更紗職人のジャイ・パラカシさんの作品です。インド・デリーに暮らしながらマハラジャの生活などを細密な線で写し出す彼は、ミニアチュール・ペインティングというジャンルでナショナル・アワード※を受賞した腕利きのミニアチュリスト(細密画家)。

※ナショナル・アワード……芸術・科学・公共分野などにおいて、顕著な功績を挙げた人々にインド政府が国家として授与する公式表彰の総称。

ジャイ・パラカシさんと

ジャイ・パラカシさんと 提供:糸川千尋さん

「ジャイさんと出会ったときは、まだその賞を受賞されてなかったんですが、義父が『この人すごいわ』と言い、着物や帯をつくってもらうことになった翌年に晴れて受賞が決まり、乞われて義父は授賞式に行きました。そこからの長いお付き合いですね。

義父は、彼の作品について、ただ細かいだけじゃない描きっぷりを称賛し、『絵心がある』と言っていました。ジャイさん以外の描き手も探していましたが、義父の美意識のハードルは厳しく、他に眼鏡に適う人はいませんでした」

ミニアチュール・ペインティングに魅せられるのと同様に、ナショナル・アワード受賞者でもあるルーナ・ライラさんという作家さんのカンタ刺繍の素朴さを愛していたという禎彦氏。彼はルーナさんの刺繍を、“稚拙の美”と評しました。

カンタ刺繍とは、インド・ベンガル地方に伝わる一針一針手縫いで施される伝統的な刺し子刺繍のこと

カンタ刺繍とは、インド・ベンガル地方に伝わる一針一針手縫いで施される伝統的な刺し子刺繍のこと

「義父は、人間国宝の刺繍も扱ってましたから、完璧な美しさをよくよく知っていたと思います。確かな審美眼をもっていた人が、こういうユーモラスなものも好きというのが面白いなぁって。“88点の美”って、よく言ってました。ミス・ユニバースみたいな非の打ち所がない美しさじゃない、個性派美人みたいな(笑)。ゴールデンムガもそうですが、ちょっと織りのクセがあるものを好みましたね」

禎彦氏と編んだ思い出深い3冊の本

禎彦氏が遺した3冊の著書

禎彦氏が遺した3冊の著書

禎彦氏が初めて上梓した『神戸キモノ物語――糸川禎彦・素敵の軌跡』(2012年/ハースト婦人画報社刊)は、これまで氏が手掛けてきた着物についてまとめた一冊です。千尋さんは、禎彦氏の要望を汲み取り、彼と編集者をつなぐような役割を担いました。

次に出版されたのが、禎彦氏の半生を綴った『きものとともに五十年 万華鏡のように生きて』(2016年/ハースト婦人画報社刊)。数々の斬新な提案で全国の着物通を魅了してきた氏の生涯を振り返り、その美学と心情を明らかにした自伝本です。本書では、文章面のサポートに尽力した千尋さん。

禎彦氏の人となりや仕事への姿勢が伝わる一冊

禎彦氏、最後の著書となったのは『糸川禎彦のコーディネート』(2024年)。

「これは、編集者・田中敦子さんのお力で出来た本です。義父の言ったこと、義父の選んだものを、田中さんの物に対するフラットな目線できちっと書いていただきました。私は私で、義父が言いたかった言葉を2年半かけて採集して、それを田中さんと一緒に反映させていく作業をした思い出深い本です」

2026.02.12

ライフスタイル

無地着物ブームの立役者たる工芸ライターの美意識 田中敦子さん 【YouTube連動】「着物沼Interview」vol.11

念願の書籍の発刊を見届けることなく他界した禎彦氏。病床にあって、「どうしてもちーちゃんに伝えたい」と、喋れない状態にもかかわらず、想いの丈を千尋さんに伝え続けました。

動画では千尋さんが義父のメッセージを朗読するシーンも

動画では千尋さんが義父のメッセージを朗読するシーンも

「ワンフレーズごと書き留めて、こういうこと?って噛み砕き、うんうんって頷いたり、違うって答えたり。そうしてまとめた『終わりに』には、義父の何より伝えたいことが詰まっています。

あんまり決まりごとに捕らわれ過ぎずに、着物を自由に着たらいいんだよって。

あんなにいろんな着物にふれて、たくさんのお客様に勧めてきた人が、最期に口にした言葉が『自由に着たらいいよ』だったことに、私としてはビックリしましたし、感動しました」

『糸川禎彦のコーディネート』に記された禎彦氏の最後の言葉たち

『糸川禎彦のコーディネート』に記された禎彦氏の最後の言葉たち

禎彦氏からのメッセージは、すべての着物沼住人に刺さるに違いありません。

「着物は、素直な心で着たらいいんですよ」

染色家・久保田一竹氏との交流

室町時代に失われた染色技法「辻が花」を復元させ、現代に甦らせたことで知られる染色家・久保田一竹いっちく氏。彼の作品を呉服業界で初めて発表し、「辻が花染め」を全国的なブームへと押し上げたのが禎彦氏でした。

一竹先生との思い出を語る千尋さん

一竹先生との思い出を語る千尋さん

「不思議なご縁なんですけど……。私がお庭の仕事をしているときに、師匠と共に山梨県にある久保田一竹美術館の庭園造りに携わらせていただいたことがあり、すごく可愛がっていただきました。先生自らほうとうを振る舞ってくださったり、第一期工事が終わって帰るときにスタッフが一列に整列して『先生、ありがとうございました!』って言ったら、先生が号泣しながら見送ってくださったんです。

一竹先生は本当にあったかい方で、私たちが雨の日も風の日もお庭で仕事しているのを見て、ご自分の思い通りのお庭が完成したときに『ありがとう』って言葉をかけてくださったのが本当に嬉しかったです」

久保田氏から頂いた訪問着を着た披露宴の写真

久保田氏から頂いた訪問着を着た披露宴の写真 提供:糸川千尋さん

いろんなご縁があったからこそ、着物の道を真っ直ぐに進んでこられた千尋さん。

庭師の経験が、いまのものづくりにどう活かされているか?と訊いたところ――。

「北山造園の親方は、『庭っていうのは、土に絵を描くことだ』と常々仰っていて。それは、『余白をどうつくるかということ』だと学びました。この教えは、着物をデザインするときにも役に立っていて、いつも余白をいかにつくるかを大事にしながらものづくりと向き合っています」

愛が止まらない!アジアの繊細な手しごと

創業40周年を迎える貴久樹。大半は、禎彦氏が手掛けたものです。

「義父がつくったものは、ものすごくコアでヘヴィなものなので……我々世代にとっては着こなすのが難しいものもあります。もちろん、それが魅力ではあるんですが。私はそこから一歩進んで、現代のユーザーさんが着やすいもの、義父の培ってきた土台を少し変えながら新しいものを生み出していきたいと思っています」

例えば、こちら。

「インドのアリ刺繍という刺繍です。それに南風原花織作家・宮城麻里江さんのお着物を並べています。現代のつくり手さんの作品と、インドのちょっと土臭い帯ってとても合うと思うんです」

アリ刺繍の帯

アリ刺繍の帯

「実際に、麻里江さんもご自身の着物に貴久樹の帯を合わせてくれていますし。異種格闘技じゃないですけど(笑)、日本の織物と遠く離れたインドの手刺繍が合わさったときの化学変化が面白い」

ジャイプールのバグルーという村でブロックプリントの工房を構えるスラジさんの作品

ジャイプールのバグルーという村でブロックプリントの工房を構えるスラジさんの作品

広大な国土を有するインドの中でも特に、千尋さんが大好きなのが、マリ・カンタ・チカンの刺繍。現在も、それぞれの作家さんにお願いして新しい作品をつくってもらっています。

その他、草木染めによるブロックプリント※や、チャンチン※の細かい手しごとが光るジャワ更紗※など、千尋さんは世界中で受け継がれている土着の手しごとをこよなく愛しているのです。

※ブロックプリント……手彫りの木版に染料をつけ、布に繰り返し押していくことで模様を描く、インド発祥の伝統的な染色技法。
※チャンチン……銅製の細い管(チャンチン)で精密な模様を手描きするろうけつ染めの技法。
※ジャワ更紗……インドネシア・ジャワ島で発展した、緻密な点描文様を特徴とする伝統的なろうけつ染め布。バティックとも呼ばれる。

海を表現するために全通で施されたチャンチンは圧巻の美しさ

海を表現するために全通で施されたチャンチンは圧巻の美しさ

「愛せないものはつくらない」こそ信念

そんな彼女が何より大事にしていることは――「何をつくるかよりも、何をつくらないか」。そう言う千尋さんの瞳には、揺るぎない意志と誇りが感じられました。

「愛せないものは絶対につくらないし、自分がつくったものは最後まで責任をもちたい。ずっと売れなかったら、自分で買います(笑)。もう本当に、我が子同然なんです」と、慈愛に満ちた表情で語る千尋さん。

「当然、完璧を求めなければいけないんでしょうけれども……。インドの手刺繍やチャンチン、木版って、ズレたり糸が飛んだりすることもあります。それが駄目だっていうじゃないんです」

義父であり師でもある禎彦氏が愛した手しごとの“クセ”は、それこそが“味わい”。

愛する貴久樹の商品たちに囲まれて

「“愛せるもの”を探し求めて、これからも“88点の個性派美人”な着物や帯をつくっていきたいと思います。」

千尋さんが目指す“88点の個性派美人”の魅力は、ぜひ実物を手に取ってご覧ください。きっとあなたの中にも、手しごとへの“愛おしさ”が生まれることでしょう。

撮影協力/KIKUJU
文章/椿屋
撮影/五十川満

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