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護る布〜小説の中の着物〜中川なをみ『晴れ着のゆくえ』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十九夜

護る布〜小説の中の着物〜中川なをみ『晴れ着のゆくえ』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十九夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、中川なをみ著『晴れ着のゆくえ』。孫の健やかな成長を願い、祖父が丹精込めて育てたむらさき草で絞り染めし、祖母が仕立て、刺繍を施して出来上がった晴れ着が辿る数奇な運命。むらさきに託され、そして護られた人々の祈りと願いの物語。

2026.05.29

コーディネート

壺中に揺蕩う、幻の〜小説の中の着物〜川端康成『古都』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十八夜

今宵の一冊
『晴れ着のゆくえ』

中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

 おじいちゃんは、あらかじめ水につけておいた白い絹(あちこちが絞られていて、でこぼこになっている)を、水を張った桶の中からとりだして絞り、湯気が立っている石臼の中に入れた。
「すごーい」
 布はみるみるむらさき色に染まっていく。もう、においなんか気にしていられなかった。でも、染まったと思った布は、絞って広げると、色はうすくてぼんやりしている。
「これでもむらさきなの?」
「あわてないあわてない」
 おじいちゃんは笑いながら、染まった布をまた石臼の中へ入れた。
 それを何度もくりかえしているうちに、色はだんだんと濃くなっていき、同時に、おじいちゃんの手もむらさき色に染まっていった。
 その日の夕方、おじいちゃんは竿に干して乾かした布を取り込んできた。
「これでいい」
 おじいちゃんがうなずきながらみんなの前で染めた布を広げると、母さんがうっとりと見つめた。
「すいこまれそうに深いむらさきなんて、はじめて見ました。それに、なんだか、あたたかい感じもします」
 そばにいた父さんが布を手にとった。
「色がまだらになっているのもいいなぁ」
 おじいちゃんが黒っぽくなった手をのばして、父さんから布をとりあげた。
「ケチをつけるのはゆるさん。千恵さんとわしでむらさき草を育てて、やっと染められるようになったんだ。な、千恵さん」
 おじいちゃんにいわれて、畑で水やりをしたことや、根っこを掘り出したことなどを思い出した。おじいちゃんの手にあるむらさきの布を見ているうちに、わたしはすごいことをやり終えたみたいな気がして、とていい気分だった。

 中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

今宵の一冊は、中川なをみ著『晴れ着のゆくえ』。

本作の主人公である千恵が生まれたときに、祖父の手によって種を蒔かれた紫草は、その丹精により千恵が5歳となった1951年の夏にようやく目処が立ち、その年の秋に収穫されて、祖父母の手によって染められ、千恵のための晴れ着として仕立て上げられる。

その着物は、新たに従姉妹の春子のために制作された茜染めの長襦袢とともに春子の身を包み、いずれは千恵の元に戻ってくるはず―――だったのだけれど。

紫の着物はスリランカへ、そして茜染めの襦袢はイギリスへと別れ、辿り着いた先で、それを手にした人々の想いや願いを託されてゆく。

そして、約60年(!)の時を経て、形を変えてようやく千恵の手元にむらさきの布は戻ってくる―――

 おじいちゃんはわたしが生まれたとき、いつかこの子にむらさき色の着物を着せたいと思ったそうだ。しかも、買った着物ではなくて、自分で布をむらさき色に染めようと、決心したらしい。

〜中略〜

 おじいちゃんは、むらさきがわたしのからだを守ってくれるというけれど、なんだか心を強くしてくれるような気がする。からだの底から、力が湧いてくるようで、すごく元気になっている自分が、とてもいい感じだ。

 中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

ただただ孫の健やかな成長を願い、祈るように時間と労力を費やして、丹精込めて作られた着物と襦袢。

本来であれば、成長してからも幾度となく袖を通し、その託された祈りを守護の力として遺憾無く発揮して、もしかしたらその子に、そして孫にと受け継がれたかもしれなかったものが、その当事者ではない他者の思惑によっていとも簡単にやりとりされてしまい、本来の用途とは違う運命を辿ることになってしまう……(誰かにとっては“かけがえのないもの”でも、他の誰かにとっては“ただのモノ”でしかない。そんなの、よくあることではあるのですが)。

着るものは、護るもの。

動物と違い、毛皮や鱗といった肌身を守る術を持たず生まれてくる人間にとって、衣類はその生命を維持するためにとても大切なものですから、古来よりさまざまに工夫され発展を遂げてきました。

本書で描かれるむらさき草や茜、藍といった薬効を持つ天然染料を用いた染色方法も、そして“絞り”という技法ー見た目の美しさだけではなく、立体的でクッション性があり空気を含んで保温効果も高いーもまた、“健やかに生命を護る布”として生まれたもの。

そうして出来上がった、祖父母の愛情の結晶のような千恵の大好きな紫根染めの着物でしたが、そこに他者の思惑ー欲ーが絡んで、じわじわとその運命を狂わせていきます。

むらさきに託され、そして護られた人々の祈りと願いの物語。

今宵の一冊より
〜紫根染め〜

 ホテルに届けられた着物を、そうっとベッドの上に広げた。
 よく見ると、むらさき色は一色ではなかった。紺色に近いところもあれば、淡い水色のようなところもある。赤紫色の濃淡がそこかしこに散らばっているのもことさらに趣が深い。
 白く染め抜いた部分に、あざやかな刺繍が施してあるのが、特別によかった。
 着物全体は地味と言っていいぐらい落ち着いているのに、点々と散った刺繍のおかげでとても華やかに感じられる。こういう美しさは日本独特のものだろうか。
 むらさきの着物は、いつまで見ていても、あきることがなかった。ところどころにある小さな汚れまで、着物が過ごした時間を物語っているようでいとおしい。
 点のようなシミは、むらさきと白の境があいまいで、しかもぎざぎざと複雑な境界線になっているものだから、模様にまぎれてしまっている。むらさきは強くて、汚れを包み込んでもまだ美しさを保っていた。

 中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

藍や紅花と並び日本三大色素のひとつとされる紫根(=紫草の根)によって染められる紫色。『冠位十二階』においても、天皇にしか着用が認められない最高位の色と定められ珍重されました。

その土地土地に自生する紫草の成分により、京紫(赤みが強い)、江戸紫(濃い青紫)といった風に色みが異なります。殺菌作用などの薬効があるとされ、歌舞伎などの病気のシチュエーションで使われる“病鉢巻”は、この紫根で染められたもの。

生産量自体が少なく、また取り扱いが難しいため、美しい発色を実現するには複雑な工程と高い技術が必要であった紫根は、その希少さゆえに、江戸時代に至っても庶民には手の届かないものでした。

「布が過ごした時の流れを暗示する古い布に、特別に心惹かれる」性質たちである、イギリス人女性アネットが魅せられてしまった千恵のための紫根染めの着物と春子のための茜染めの襦袢。

5歳の千恵のために作られた晴れ着……そのイメージに通じるなと思って選んだのは、薄手で柔らかな風合いの紬地に風車を絞りで表した紫根染めの着物。

お伽話の挿絵のような、のどかな異国の風景が刺繍された八寸帯を合わせて。

深みのある紫の濃淡、翻る八掛には鮮やかな紅紫。そして帯の刺繍に使われているスモーキーで綺麗な色を小物に散らし、コーディネートのアクセントに。

紫根染めコーデ小物

小物:スタイリスト私物

茜染めを思わせる薄茜色を半衿に。抜け感と軽やかさを生むのは、半衿や帯揚げに使われたぼかしの白。

帯締めは組み出しの蜻蛉玉。ここは、せっかくの刺繍を邪魔しすぎないように、着物と同系色をセレクトして。

4つ並んだ横長の蜻蛉玉の金彩が程良く華やかで、帯周りに奥行きをもたらします。

2025.07.28

エッセイ

紫色の白昼夢 〜小説の中の着物〜 泉鏡花『艶書』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第四十五夜

今宵の一冊より
〜茜染め〜

真冬の透明な陽光が、さんさんと降り注いでいる。
縁側に腰を下ろしたおばあちゃんが自分のひざに茜のお着物を広げた。
「えっ、さっきと色が違う……」
陽を受けた布は、室内で見たときとは全く感じが異なった。とても鮮やかなのだ。
「こんなにきれいなのに、むらさきの下に着るの?隠れて見えないよ。もったいないよー」
おばあちゃんがいかにも満足そうにうなずいた。
「さすがだわ、春ちゃん。見えないところをきれいにするのが、素敵なの。素敵な大人はそうするのよ」
聞いただけで、自分は将来素敵な女性になれそうな気がしてきた。

 中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

千恵のおばあちゃんが、もうひとりの孫である春子のために染めて作ってくれた茜染めの長襦袢。

その象徴とも言えるのが、本書の装丁です。著者愛用の紫根染めがあしらわれた表紙のカバーを脱がせると、そこに表れるのは……

表紙カバー

古くは弥生時代の遺跡からもその染料が検出され、額田王によって万葉集にも「あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる」と歌われた“茜(赤根とも)”。

日本茜にほんあかねによって染められる、日本古来の赤は、少し黄みが勝った鮮やかな赤。本来、日の丸はこの茜で染められていたと言われます。

浄血や解毒などの薬効があり、またヒゲ根と言われる程に細い根から取れる染料は極めて少量でもあるため、取り扱いの難しい貴重なものでした。

2025.07.05

エッセイ

茜さす 秋の美山に 君訪ね 「古谷尚子がみつけた素敵なもの」vol.10

表紙にあしらわれたものと同じ枡柄の名古屋帯を更紗間道が染められた薄抹茶色の生紬に合わせたら、9月末から11月半ばくらいまで活躍してくれそうな秋単衣のコーディネートに。

黒みを帯びた深い紅鳶色野の地に絞りによって走る線は、どこか光が差しているようにも見え、後ろ姿を晴れやかに彩ります。

大人の女性に似合う赤

小物:スタイリスト私物

更紗や茜染めのプリミティブな魅力と相性の良い、素朴な琉球ガラスの帯留をころんと添えて。

大人の女性に似合う赤。

大胆な枡とリズミカルに響き合う更紗縞が、クラシカルでありつつもモダンで新鮮な雰囲気に仕上がります。

紫根染めの着物に、淡い茜色の長襦袢を重ねて。

本作中で合わせた茜染の長襦袢をはじめ、金茶やからし、深緑、澄んだ水色、そして真紅……紫根染の着物の袖口や袂からのぞいたら美しいだろうと思う色は多々あります。

逆に、合わない色はないのでは?と思うほど(羽織を選ぶ際に、合わせる着物を選ばない色の代表格が黒、カラシ、深紫の3色なのですが、ここでも同じことが言えますね)。

表に出るむらさきを引き立たせるために、あえて茜の主張を抑えたのだろうか。白く染め抜かれた部分だけが、わずかにゆるりと遊んでいて、長襦袢とはそうしたものかと、門外のわたしを納得させる。
日本の文化は奥深い。このように美しい茜を、裏の舞台で遊ばせるだけの包容力がある。

 中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

長襦袢好きな私としては、このアネットの考察には肯首せざるを得ません。

着物と身体の間で、その動きによって起こる摩擦やズレから着崩れを防ぎ、汗や皮脂汚れを吸うといった機能面での効果。そして、まずはそれ一枚で身を包むたびに、着てしまったあとは動きによって、目に入るたびに自分自身の気分を上げてくれる綺麗な色。

それが長襦袢という存在。

さほど重要視せず、何にでも合う淡い色め(ピンクとか)の一枚ですべてをまかなう、という方や白しか着たことがないという方もいらっしゃるでしょう。もちろん、それでも問題ないですし、中に着るものより着物や帯が先!という気持ちもわからないでもないのですが、私にとっては、長襦袢は完全に見えなくなる肌着というよりはスーツで例えればシャツのようなアイテム。

どんなスーツでもシャツは絶対白、というのもひとつのポリシーではありますが、それがもし美意識からの主張ではなく妥協や面倒くさいからという理由なのであれば、それはちょっともったいないなと……。

見えないようで、実は着こなしの完成度にもかなり影響のあるアイテムだと思っています。

今宵の一冊より
〜藍・Paris〜

真っ先に紫色が目に飛び込んできた。白っぽく模様が浮き出た布は、ふんわりとやわらかそうで、一目でシルクとわかった。模様は絞って染めたものらしくて、模様のまん中には、赤や黄色や緑の刺繍がしてあって、布を華やかにしている。
「まあ、すてき。ちょっと古そうだけど、それでもいい感じよ」
ママンが歓声をあげた。

〜中略〜
「買ったんじゃないよ」
いいながら、パパが布をゆっくりと広げていく。
子ども用の着物だった。ママンが日本へいったときに買ってきた着物を、ガウンにしているから知っている。

〜中略〜
 スーツケースの中には、ベルサイユで求めたむらさきの布が入っている。紅茶好きの母は、木綿のレースがあしらわれたティーポットのカバーを気に入ってくれるだろう。ポーチ類も、やさしい肌触りで、使い勝手がよさそうだった。

 中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

千恵のために作られた紫根染めの着物は、茜染めの襦袢とともに春子の身を彩ったのち、イギリス人のアネットの手を経て、バティックの染め師を志しながらもスリランカの民族闘争に身を投じていく青年チャンドラと運命をともにする。

「いつか、染め物のできる日がくるんだろうか」

「幸せになりたくなる布だった。いつか、平和な時代がやってきたら、こういう染め物を作ってみたかった」

美しいものを作りたいという願いは、時代や人種を問わず人類共通のものだけれど、それは“平和”という大前提があってのこと。

これまでも繰り返されてきた、そして未だ世の中から消滅してはいない“戦争”という状況下では、当然のことながら“命”の確保が最優先。文化や思考、芸術分野の発展は少なからず頓挫し、後退の憂き目を見る。そして、最悪の場合は……それを担う人材とともに、消滅しかねません。

日々爆撃に晒される“戦争”と同等とまでは言えませんが、少なくとも、非常事態においては生命維持に関わる欲求以外は後回しというのは、私たちもつい数年前のコロナ禍で少なからず経験し、平和な日常の有り難みを痛感した出来事だったと思います(恐ろしいことに、早くも喉元過ぎれば…となりつつありますが)。

本藍染めによる深く美しい濃藍の地に浮かび上がる霞の横段が、すっきりと際立つ本結城。

むらさきの布が辿り着いた最後の地であるParis、そしてバティック(ジャワ更紗)の染め師を志していたチャンドラを思い浮かべながら選んだ、16枚の型紙を用いてパリの街並みを染め上げた和更紗の染め帯を合わせたら、食事や街歩きといった日常のなんでもないお出かけに似合う綺麗目デニムのような着こなしに。

トリコロールな帯周り

小物:スタイリスト私物

ほっこりと暖かい本結城が活躍するのは、やはり秋冬。落ち葉舞う秋のParisをイメージして彫金の虫喰い葉の帯留を。

赤いラインの三分紐で、さりげなくトリコロールな帯周り。

縞の八掛

袖口と裾にちらりとのぞく、縞の八掛が小粋な印象。

正統派の着こなしはもちろんですが、足元をブーツにするなど少し外した着こなしも似合いそうです。

2023.12.31

ライフスタイル

きものでパリ navigated by MariMaeda

季節のコーディネート
〜有松鳴海絞り〜

10年以上前になるかと思いますが、ビールのCMで女優さんが着られたことで一世を風靡したと言っても過言ではない『有松鳴海絞り』。

江戸時代の初め、竹田庄九郎を開祖として始まった愛知県名古屋市の有松町・鳴海町地域で生産されている木綿絞り。つい先頃お祭りも開催されていましたが、そこでさまざまな絞りの浴衣を目にされた方もいらっしゃるかと思います。CMで着用されたのが雪華文様だったため、有松鳴海絞り=雪華絞りのようなイメージがありますが、雪華絞りの技法である板締め以外にも縫い締めや巻き上げなど、その技法は100種類以上に及ぶと言われます。

2026.06.09

おでかけ

とことん楽しむ!『有松絞りまつり』の巡り方 「きものと編集部のおすすめ」vol.13

板締め絞りで藍の太縞が表されたナチュラルカラーの綿麻ゆかたに、紗博多の八寸帯を合わせて。

薄水色と薄黄色のグラデーションが、夜明けの水面を見るような幻想的な雰囲気。大胆な縞ですが、強すぎず優しい着姿に仕上がります。

素足に下駄を合わせた浴衣らしい軽やかな着こなしはもちろん、足袋に夏草履できちんとした雰囲気に装っても。

また、麻などの長襦袢を合わせたら、単衣の着物として長く楽しめます。

浴衣の帯周り

関東巻き(順手)側。 小物:スタイリスト私物

ごく淡い薄縹色の濃淡に淡黄色が柔らかく差して、夜明けの水面か、それとも夜の水面に映る月光のイメージでしょうか。

千鳥と貝の銀細工の帯留を添え、麻の帯揚げでより涼やかな胸元に。

浴衣の帯周り

関西巻き(逆手)側は、淡黄色のグラデーションがメイン。 小物:スタイリスト私物

ここでは先ほどと同じ小物を合わせていますが、向日葵の帯留なども似合いそうですね。

マニラ麻の半巾帯を合わせて、ざっくりラフな着こなしも素敵。

帯周りアップ

例えば、素足に下駄で、お祭りやビアガーデンなどの夜のカジュアルなイベントに。優雅な大人のゆかた姿を演出してみては。

「色はたまたまのご褒美だから、こだわらなくてもいいと思う」
 紫根染めに熱中していた夫の言葉とは思えなかった。美しい色を出すために、彼が様々な努力を惜しまなかったことを知っている。
「色は、染料になる植物の意思だよ。ねじ伏せても、機嫌を損ねるだけだ」

 中川なをみ『晴れ着のゆくえ』/文化出版局

本書においていちばん魅力的な人物は、やはりこのおじいちゃん。

私自身が祖父のことが大好きだったのでつい感情移入してしまう部分もあるのですが(ちょっと雰囲気が似ているのもあって)、第1章で詳細に描かれる紫根染めの過程は、まるで自分も5歳の千恵のような気持ちでわくわくしながら読んでしまいますので、その後辿ることになる過酷な運命がなんとも切ないものがありました。

抜粋したのは、茜染めに臨もうとするおばあちゃんに向けたおじいちゃんの言葉。これは草木染めだけでなく、手作業によるものづくりにおいては共通して言えることかもしれません。

もちろん、それまでに至る技術の習得や反復練習など最低限同じクオリティを担保するための努力をした上で、というのは大前提なのですが、これが現在の自分のMAXだと納得できる作品が出来上がる瞬間というのは、多分に運や勢いの要素が大きい気がして。

職人としては、絶対に毎回寸分違わぬものを作り上げないといけないのかもしれないけれど、着物をはじめ、手による作業が関わる創作物の魅力はそこにある。

本書で描かれた絞りの持つ緩さや曖昧さ、汚れさえも包み込む懐深さ。同じ分量で染めても、毎回絶対に違う草木染めの発色。

ひとつひとつが同じようでまったく違う、唯一のもの。そこが愛おしいんですよね。

さて次回、第六十夜は……

夏の風物詩と言えば、花火。

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