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紅をさす〜小説の中の着物〜水上勉『紅花物語』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十一夜

紅をさす〜小説の中の着物〜水上勉『紅花物語』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十一夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、水上勉著『紅花物語』。魔除けの力を持ちながら、同時に、魔を内に孕む色である“紅”に魅入られ、理想を追い求め紅づくりに励む玉吉と、その妻とく。“聖”と“邪”、その両方を持つ“紅”という色をめぐる物語。

2025.08.29

コーディネート

あえかな月の光のような 〜小説の中の着物〜 杉本章子『東京新大橋雨中図』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十夜

今宵の一冊
『紅花物語』

水上勉『紅花物語』/角川文庫

水上勉『紅花物語』/角川文庫

「―――つまりはたくらんだびは鼻につくわけや。何げない挙動のはしばしに、かすかな紅がのぞくのが第一等の色気や。しかし、口紅だけは表に出る。表に出るのやからして、下品な色では落第なんや。同じ紅でも、深いのと浅いのとがある。わしが夢みてる紅は、深くて艶のある紅や。表へ出しても、清らかな、深い紅。それが出来たら、わしは死んでもええ」
 とくは、義父のこの言葉を何度聞いたかしれない。はじめは、好色な義父の眼をいとい、試験台にされれば、尻ごみする気持になったけれど、義父の紅づくりへの執念がわかってくると、自分から義父に協力するようになっていった。朱の裏をのぞかせる着物もきた。襟に緋紅をのぞかせて、義父の前にすわり、義父がよばなくても、さあぬっとくれやす、と口をつき出して待つようになった。

 水上勉『紅花物語』/角川文庫

今宵の一冊は、水上勉著『紅花物語』。

“紅花”と聞くと、つい紅花染の着物をまず思い浮かべてしまいますが、この物語で追求されるのは女性の口元を彩る“べに”。

大正〜昭和の京都を舞台に、紅商「紅清」の主である木下清太郎と、清太郎の元で丁稚として仕え、のちに養子となり跡を継ぐ玉吉。そして、紅花の里である山形の最上から玉吉に嫁入りすることになるとくの3人を中心に、紅作りに生涯を捧げた人々の姿が描かれます。

冒頭の抜粋部分……とくの唇に紅をさしながら、語り続ける清太郎。それは熱意という域を超え、もはや“魅入られた”といった方が正しいかもしれません。

清太郎の養子となって跡を継ぎ、「玉吉紅」として独自の製法、効果を極めるべく研究、改良を重ね、新たな商品の開発に励む玉吉も同じく。

古来より神聖な力があるとされてきた、“べに。太陽や火、血の色に通じることから“生命”の象徴であり、血の巡りを良くし冷えから身体を守る。引いては魔除けの効果があるとされ、人生の節目節目ー初宮参りには紅で額に文字を書き、七五三では初めての紅をさす。婚礼衣裳の三枚襲のうちの一枚は真紅だし、還暦にもちゃんちゃんこと帽子ーにおいて、紅の加護を願う行為がありました。

その“紅”の大元である紅花は、もともと薬草であるため病(特に眼病)にも効果があるとされました。そのため紅花染めの布は下着や裏地に用いられることも多く、江戸時代の諺には、異性から見て心惹かれる姿として“目病み女に風邪ひき男”ー女性は濡らした紅絹もみの布を目にあてる姿が色っぽいーと謳われるほど(ちなみに、この場合の男は解熱などの効果があるとされた紫根染めの病鉢巻姿)。

本作の時代に先立つこと、約100年前(『べらぼう』のちょっと後くらい)の江戸で大流行したのが“笹色紅”(“笹紅”とも。下唇にだけ高価な紅を塗り重ね、玉虫色に光らせる化粧法。高価な紅を大量に使えない一般庶民は、墨を塗って黒くしてから、その上にちょっとだけ紅を重ねたりしていたんだとか)。

花柳界や舞台役者から流行が生まれるのは、この頃から現代に至るまで変わることのない現象。より上質な「玉吉紅」を作り上げるため研究に余念のない玉吉は、花街の芸妓たちから使い心地の感想を聞き集めたり、舞台上の紅の見え方を確かめては、もっと合う、もっと映える・・・であろう品を無償提供して使用感をモニター&宣伝してもらったりと、その手法は、現代のインフルエンサーマーケティング顔負けといったところ。

現代のスティックタイプの口紅の原型であろう“棒紅”、グロスのような使い方の“もち紅”、舞台用のおはぐろの開発などなど……

―――何げなく頁を繰っていると、むかしの美人画が出てきた。廓風俗といったものであった。「群妍宴遊図」としてある妓楼の絵だ。男ぬきであそんでいる女たち。中央に黒襟をかけた女将おかみがおり、その女の前で酌をする赤前だれの仲居がいる。さらにそのよこに三人の芸妓が振袖をきて、三味線をもっている。いずれもみな朱の勝ったきもので、顔は厚化粧である。むかしは、妓らの化粧もちがっていたようだ。若い妓は下くちびるは緑色をかけた濃紅だ。仲居は多少うすめの色だが、それだって、いまに比して濃い。
 次の頁を繰ってみる。江戸の廓だ。三人の芸妓が、それぞれ髪型も、きものもちがえて出ている。化粧もちがう。どの女も、まるで紅の色を競うかのようだ。上くちびるはうすく塗り、下くちびるは玉虫にするもの、一人は、おはぐろで上下同様中ぐらいの紅。もう一人は白歯で、上下ともくちびるに、緑色をかけた濃紅だ。一人の画家が、三人の妓をスケッチしたものらしい。年の層によって、あるいは、女の顔の造りによって、紅はそれぞれ工夫してつかわれているのだった。
 「つける女によって、紅の色もかわる。玉吉紅も、できるだけの色を案出せんとあかんな……女はいくつもの色をもつ。着物や、顔の化粧にあわせて、とりかえてみるたのしみもあるのや。これまでのように、三色ぐらいの棒紅では倦かれてしまうな……ええことを勉強した」

 水上勉『紅花物語』/角川文庫

安価で大量生産が可能な中国産の紅を扱い始める大手紅白粉問屋も多い中、最上産の紅花にこだわり続け、創意工夫を重ねていく玉吉の姿は、この時代の、化粧品業界の発展を見るという意味でも興味深いものがあります。

魔除けの力を持ちながら、同時に、魔を内に孕む色でもある。

“聖”と“邪”、その両方を持つ“紅”という色。

清太郎亡きあとも、変わらず夫婦で協力しあって紅づくりに励む玉吉ととく。

しかし、ふとした隙に、その“魔”が作用するのは……果たして―――

2025.09.24

カルチャー

知ってた?べらぼうなお江戸話

今宵の一冊より
〜紅〜

いつか、玉吉は、先代の清太郎から、女の色気というものは、桃色よりも紅色にあると教わったことを思いだした。師匠の説によると、紅こそ女の色気の根源である。ピンクや白や、ブルーは、邪道だということであった。事実、とくがその感化をうけて、襦袢も、腰巻も真紅のものを使うようになったのだが、とくの場合は、毒々しさは感じられないのに、妓楼の溜り場ではどうして、真紅は毒々しく映ったのか。
これは考えてみなければならないことであった。玉吉は、女の色気も、いやしく、毒々しくあってはならないと思う。色気はやはり、匂うような、やわらかいものでなくてはならないと思う。
 〈匂うような色!〉
それはいったい、どんなものか。人間でない場合は、いくたも例をあげることが出来る。ず、桜はどうだろう。これは真紅のものはまだ見たことはない。が、薄緋、薄紅の花は見た。陽がさせば、桜は、心もち汗ばんだ花弁を輝かせ、眺めているものの眼に匂うようにうつった。紅葉だってそうであった。屋敷町の塀ごしでみる楓の葉は、陽がさすと、真紅の葉も光りの中で、蝉の羽をすかせたみたいにうすく匂っていた。紅葉はたしかに真紅ではあっても、匂うような色気を感じさせるのは、どれも、薄く透けて見える時だった。

 水上勉『紅花物語』/角川文庫

ピンクや白、ブルーが邪道……かどうかはともかく、太陽や火、血の色を想起させ“生命”の象徴でもある“紅”という色は、血の巡りを良くし身体を温め冷えを防ぐとして裏地や下着に使われることも多く、そのイメージから、端的に色っぽさを感じさせる色であることは事実だと思います。

いろいろな意味で“強い”色であることは確かですし、その見え方(見せ方)によっては、品がない着姿になりかねない。それは、真っ赤な口紅が“紙一重”なのと同じような感覚かもしれません。

闇に浮かぶ白い顔とぽつりとさされた真紅がその美の極みであったのは、光量のない時代ゆえのこと。現代のようにすべてが白日のもとに曝け出される世界では、その“真紅”はときに強すぎることもあるため、さりげなく印象的に“紅”を着こなすには、そのバランスの調整が重要です。

小さな赤い十字絣が織り出された白大島。身体の動きに従って翻る八掛、手元にのぞく深い紅が目を惹きます。

少し昔の着物に付けられていることの多い朱赤の八掛は、その“ひと昔前”感がどうにも強調されてしまうためあまりおすすめはできないのですが、このように表地に対してはっきりとした意図を持って選ばれた深い“紅”なら別。

とはいえ、その紅を、活かすも殺すも帯合わせ次第。

まず最初は、ちょうどこれからの季節に似合いそうな……。

深い紅と深い紫も意外と相性の良い組み合わせなのですが、セレクトをちょっと間違うと、微妙に品のない印象になってしまうことも。

そこで重要になるのが、素材感。

しっとりと落ち着いた質感の深紫の縮緬地に、紅葉と流水ー竜田川文様ーが染められた名古屋帯を合わせて。

着物の地色の白が紫と紅を程良く中和し、丸紋に配された紅葉の深い紅とも自然にリンクして、違和感なく馴染みます。

メリハリのある色遣いが、紅を引き立てる組み合わせ。

小物:スタイリスト私物

メリハリのある色遣いが、紅を引き立てる組み合わせ。

クラシカルなモチーフの染め帯が、深紅と白橡しろつるばみの斜め縞の半衿と、紫との相性も良い浅縹あさはなだ色の帯揚げで、小粋でモダンな印象に。

帯締めは、すっきりとした抜け感を添える白の冠組み。赤の菊房が、横から見た姿のさりげないアクセントにも。

帯にしっかりと面で紅を持ってきたい場合、色としては合うのはある意味当然。だからこそ、大事になるのはその分量です。

のっぺりとした平坦な紅を合わせてしまうと、野暮ったく幼い印象や安っぽい雰囲気になりがちなので、例えばこんなパッチワークのような幾何学的な織味が印象的な洒落袋帯を。

地色の濃い焦茶色で引き締めつつ、くっきりとした紅が際立つ組み合わせに。

おしゃれなチョコレートのパッケージみたいな、大人可愛い雰囲気に。

小物:スタイリスト私物

媚茶こびちゃの帯揚げに深紅の山珊瑚の帯留と、帯周りを同系色でまとめつつ、両端に焦茶のラインが入った銀の二部半紐で細くぴりっとアクセントを効かせて。上質な素材感のある小物で、奥行きを感じさせる組み合わせ。

半衿は先程と同じく斜め縞。この帯と合わせると、ポップなストライプといった印象になりますね。

おしゃれなチョコレートのパッケージみたいな、大人可愛い雰囲気に。

着物と同系の地色の帯を合わせて、すっきりと縦長のシルエットを作りつつ、紅の小物をリフレイン。そんなコーディネートも、新鮮な表情を引き出します。

生成りの縮緬地に、鮮やかな手描きの紅梅が描かれた染め名古屋帯は、お太鼓の梅の木の墨色が、後ろ姿を引き締める効果的なアクセントに。

適度な晴れ感と程良い甘さ、そして凛としたシャープさも感じられる、お正月らしい装いに仕上がります。

小物:スタイリスト私物

小物:スタイリスト私物

この3本の帯をコーディネートするにあたり、最初は当然、半衿もその都度替えるつもりでいました。

しかし、いざ合わせてみると……

どの帯とも合い、それぞれ違うニュアンスが生まれて面白いなと(ちなみに、いちばん最初に合わせたのはこの帯)思い、半衿は共通でいくことに。

胸元に差した深紅と白橡しろつるばみのぼかしの帯揚げと、帯に描かれた意匠と形が似たアンティークの彫金の帯留を枝に添えたら、帯周りに立体感が生まれます。

着物と帯が同系の場合、半衿や帯揚げに濃色を合わせて、帯締めは控えめに馴染ませると、他者からの目線を上げ、全身をすっきりと縦長に見せる効果があります。

馴染ませると、他者からの目線を上げ、全身をすっきりと縦長に見せる効果があります。

今宵の一冊より
〜紅花紬〜

それは、一間はばの横長の和紙にかかれた極彩色の「紅花物語」であった。美しいみどりの山がかすむ最上の平野に、一本の川がゆるやかに流れている。岸の畠は、七月の花畠で、黄色い絨毯をしいたように、朝露をうけて光り輝いている。その畠へ、いま、姐さんかぶりに、紅だすき、脚絆、手甲をはめた娘たちが、紺がすりの着物を短かくたくしあげて、手に籠をもち、花を摘んでいる。空には鳥がいっぱい飛んでいる。畠の中央から畦道を歩いてくると、ちょうど佐々の家を偲ばせるような一軒家があり、そこの表の庭で、一番花をむしろに集めて干している年増女がいる。さらに小舎こやをのぞくと、そこにはうすがあり、手綱に手をつかまえてふんどし一つの男が、足でいっしんに花を踏んでいる。餅花が出来ると、娘たちが、手で一つ一つ団子にして、これを筵にならべている。小舎の横の陽あたりのいい庭へ干している。さらに岸の手前の川をみると、そこには一そうの舟がうかんでいる。さしわたした板の上を、天秤棒をかついだ男がいる。板がしわんでいる。船頭がそれを受けとっている。酒田港へはこぶ紅餅なのだ。川岸には猫柳がいっぱい生えている。風がふいている。舟の上には、帳簿をもった男が品を当っている。紅餅はカマスにつめられて、そこにうず高くある。もう一人の船頭が竿をつかっている。のどかな積込み風景である。川は海に向かって流れている。遠い海岸には帆柱をあげた船がうかび、そこは、酒田の港があるのだろう。点々とカモメがとんでいる。カモメは青空の中に、半紙のように白い羽をひろげてとび廻っている。
玉吉は、ほとんど、感動に近い気持で、この絵をみつめていた。

〜中略〜
「これは、うちの嫁はんの里やど」
「……」
勇はだまってみつめている。
「とくは、このような村に生まれよった。わいも、山形へいって知っとるが、紅花は、咲いとるときは黄色いけんど、摘んで足で踏んどるうちに紅くなる。見てみや。小舎を出る時は、まっ赤な花になっとるやろ。不思議な花やな……」
「旦さん」
勇はいった。
「美しい花ですねんやな。咲いとる時は黄色うて……摘んでしまうと赤うなるなんて……不思議な花どすねやな」
「日本の花や。日本の紅やな」

 水上勉『紅花物語』/角川文庫

古代エジプトのミイラとともに紅花染めの布が出土しているほど、古来より染料として用いられてきた紅花。3世紀ごろにはシルクロード経由で日本に伝来したようで、聖徳太子が定めた被服制度「冠位十二階」のうち、上から3番目の“紅”が紅花染めであったと言われます。

紅花の花びらを用いて染められる紅花染ですが、そこに含まれる色素は黄色色素と赤色色素。そのうち“べに”の色を生み出す赤色色素は1%にも満たなく、ほとんどが黄色色素のため、その抽出にも染める過程にも、大変な手間がかかります。

紅花染めが、最上の主たる産業として活性化した江戸時代には、その色の元となる紅餅は金と同等とされたとか。

“本紅”と呼ばれた深く鮮やかな“紅”色は、そのわずかしか採れない染料を大量に用いて何度も何度も染め重ねなければなりません。従って、“紅”という色を衣類に用いることができるのは限られた富裕層のみで、とても貴重なものでした。

現代でも、紅花のみで本紅色に染められ織り上げられたものは花嫁衣裳や振袖用にわずかに作られてはいますが、大変高価で希少。

現代において、一般的に紅花染の着尺として目にするのは、黄〜薄紅色がほとんどかと思いますが、ここではちょっと趣向を変えて……

極薄い秘色色ひそくいろにさまざまな色の糸が織り込まれた細かい格子の紬地。

裾や袖に、紅花の淡黄をはじめ、藍や薄紫鳶などの柔らかく深みのある色が段違い状に織り出され、上品かつ個性的な雰囲気にを醸し出しています。

灰桜と潤色の優しい色遣いの紋紗の羽織を重ね、スモーキーカラーを溶かし合うようなコーディネート。

ちょうど今頃から、気候によっては11月くらいまで使えそうな織の単衣。栗の帯に、楓の帯留などの秋のモチーフを重ねて。夏単衣として装うなら、柳や花菖蒲、紫陽花などの晩春〜初夏のモチーフを合わせて楽しみたいですね。

藤煤竹色の楊柳の半衿、濃藍色の帯揚げでメリハリを。

小物:スタイリスト私物

柔らかい色を重ね、溶け合うようなコーディネートのときには、どこかに小さく引き締める色を使うと全体が締まります。

藤煤竹色の楊柳の半衿、濃藍色の帯揚げでメリハリを。

もう少し季節が進んだら、どことなく北欧のテキスタイルのような雰囲気のある椿柄が全体に染められた、こんな単羽織を合わせても。

かつては(この物語の舞台でもある昭和初期ごろまでは)外出時には羽織が必須であったため、羽織にも袷、単、薄物と季節に合わせた違いがありました。

戦後以降、普段着の着物の衰退とともに羽織自体が少なくなり、その感覚も途絶えていましたが、アンティーク着物の流行とともに羽織人気が復活。日常の普段着として着物を楽しむ方が増えた現代では、薄羽織も含め、おしゃれの一つとして取り入れる方も増えましたね(着なければならないというわけではないので、あくまでも好みですが)。

この連載でも何度も触れているように、薄羽織は透け感の程度により一年の中でも長く使えますので、薄羽織と袷の羽織があればとりあえず用が足りると言えますが、このところの気候を鑑みると、“単羽織”という選択肢も、また復権の余地がありそうです。

ここでご紹介した椿柄などは秋〜春まで通して使えますし、色無地や江戸小紋、飛び柄といった無地感覚のものは季節を問わないので使い勝手が良いですね。

あるいは、菊や紅葉の柄を10〜11月用に、菖蒲や藤柄の小紋を4〜5月用にといった感じで、季節限定感のある柄をあえて選んで単羽織にしても。意外と、着物として作るより出番が多くなる可能性が高いため、おすすめの利用法です。

2025.07.06

エッセイ

憂いの黒羽織 〜小説の中の着物〜 樋口一葉『十三夜』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第四十一夜

小物:スタイリスト私物

小物:スタイリスト私物

羽織の柄に使われた色とリンクした、柔らかい薄墨色と薄樺色のぼかしの半衿を胸元に。栗の実に添えたのは、紅葉に虫喰いのニュアンスが秋の深まりを感じさせる、伊万里焼の蔦葉の帯留。

濃紺の羽織紐によって、帯周りに細いラインがすっと入ることでコーディネートが引き締まります。

墨絵のようなニュアンスを湛えた栗の刺繍。

墨絵のようなニュアンスを湛えた栗の刺繍。

お太鼓にあしらわれたのは、墨絵のようなニュアンスを湛えた栗の刺繍。

私自身が“羽織”というアイテム自体が好きということと、帯を守る(背中なので、自分では気づかないうちに擦れたり引っ掛けたりしやすい)という意味もあって羽織を合わせた着こなしをよくご紹介していますが、帯が隠れてしまうのがもったいない……と言われることも。

わざわざ羽織を脱いで、見せたくなる。

“羽織る”、そして“脱ぐ”。

そんな仕草も、風情があって魅力的な“羽織”。所作も含めて楽しみたいアイテムです。

季節のコーディネート
〜秋色に染まる〜

薄手で軽やかな大島の生地に、和染紅型でいろ鮮やかな蔦葡萄を染めた紬地の小紋。

多色遣いながら、落ち着いた色ばかりなので上品で大人っぽい雰囲気があり、程良く華やか。世界が多彩な色に染まる季節ー秋ーを、年齢に関係なく楽しめそうな一枚です。

これだけ色が使われていたら、帯合わせはある意味簡単。

着物の柄に使われた色を一色選んで……というのは言うまでもなく王道の手法だけれど、先程紅のところでも触れたように、のっぺりとした平坦な一色では、せっかくのニュアンスに富んだ深い色合いを活かしきれないので、色だけでなく、その質感にもこだわって選びたいところ。

草木染めによる繊細な緑〜藍のグラデーションが美しい小倉織の名古屋帯。木綿織物ですが、絹と見紛うような、しっかりと打ち込まれた独特の艶のあるしなやかな地風により、その色の深みがいっそう増して感じられます。

帯を巻く際にどちら側を出すかで、かなり雰囲気を変えて楽しめそう。

葉の藍や緑と響き合い、まるで色付いた葉や実が銀鼠の地色から浮き上がってくるような……そんな奥行き感や軽やかさが際立ちます。

墨色や深い松葉色が、ぼかしの横段状に織り出された真綿紬の八寸帯。そのほっこりとした素材感も、深まりゆく季節の気配を漂わせます。

地色に溶かし込むような色合いは、着物に使われた色も柄のラインもふわりと緩やかに見せてくれ、どこかクレヨン画のような素朴で柔らかな着姿に。

深い葡萄色と銀鼠で道長裂の柄が織り出された、しなやかで締め心地の良いすくい織の洒落袋帯。

シックで落ち着いた色遣いながら、適度な艶があるため、地味過ぎず程良くエレガントな印象に。ほんのりドレスアップ感があり、モール糸を用いたアレンジがモダンなニュアンスを添えています。

銀鼠の地部分の透明感がより冴えて、ひとつひとつの色の深みが増して見える組み合わせ。小物の色遣い(帯周りだけでなく、草履やバッグ、髪飾りなどまで含めて)を、いろいろ楽しめそうです。

葡萄の赤い実と呼応する、煉瓦色の組み織の八寸帯。揺らぎのある格子が程良い甘さを添え、若々しく軽快な印象の組み合わせ。

柔らかく身に沿う組み織は、軽やかで締め心地が良く、普段使いにぴったりです。

“赤の帯”というと、ゆかたの真っ赤な半巾帯を想像してしまい、若い女性の専売特許のように思えますが、こんな組み合わせなら、意外と大人の女性にも似合うのではないでしょうか。

例えば……

ショートのグレイヘアの女性が、赤いセーターを着こなすような……そんなイメージ。お嬢さんと共有、なんていう楽しみ方も素敵かも。

季節のコーディネート
〜芳醇の秋〜

袷の着物が着られる季節なんて、永遠に来ないのでは……?と本気で思ってしまうほど暑さが厳しかったこの夏。

でも、ようやくほんの少し涼しくなってきたので、あと1ヵ月後くらいには、―――お?今日は袷に手を通しても良いかも?なんて気分になる日が訪れている……はず。

まだまだ残暑が厳しそうなので希望的観測かもしれないけれど、そうであって欲しい……!という祈りを込めて。

“秋”そのものを纏うようなコーディネートをご紹介します。

先程は白大島に合わせた竜田川の帯。鮮やかな深紫が、着物に使われたそれぞれの色みを引き立てて、ぱっと華やかな空気が漂います。

蔦葡萄の着物に菊の半衿、帯には紅葉。心ゆくまで秋を堪能する組み合わせ。

少しアンティークっぽい雰囲気のある艶やかな色遣いですが、どれも落ち着いたシックで大人っぽい色ばかりなので、現代においても意外としっくり馴染みそう

胸元には、白地に深い緑のグラデーションで大輪の菊があしらわれた刺繍半衿を。

手毬を模ったアンティークの彫金の帯留、袂からのぞく緋の襦袢、天紅の扇子……

徐々に紅に染まりゆく景色のように紅を散らした、深まりゆく秋を纏うコーディネートです。

本作中で、ちらりと「(浅草の)伊勢半」という名称が登場します(とくの姉が働いている、という設定)。

清太郎と玉吉がこだわり続けた、“本紅(艶紅、京紅とも)”と呼ばれる紅花を用いて作られた紅(顔料)は、盃や猪口、陶器や象牙などの板、貝殻などに塗られており水で溶いて使用します(季節の柄が描かれた器や、紅板の細工も凝っていて美しいものが多いんですよね)。

本コラム冒頭のイメージ画像は、ずいぶん前に雑誌の撮影でスタイリングしたものなのですが、ここで手にしているのが紅猪口。現代でも、青山にある伊勢半さんで「小町紅」という名前で製造販売されていますので、お使いになったことのある方もいらっしゃるかもしれません。

“塗る”でも、“付ける”でもない。

紅を“さす”。

ぽつり、ぽつりと、点を重ねていくように。(このため、薬指は“紅さし指”とも呼ばれます)

そんな繊細な表現がふさわしい、美しい所作だなと思います。

さて次回、第五十二夜は……

紋付、あるいは羽織袴に、身を整えて臨むとき。

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