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千五郎家所蔵の狂言装束、大解剖! 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.10

千五郎家所蔵の狂言装束、大解剖! 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.10

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京都を拠点に全国はもちろん海外まで活躍の幅を拡げ続けている大蔵流狂言師・茂山千五郎家。芸の技や精神に加えて、多岐にわたる装束も室町時代から大切に受け継がれてきました。今回は、ご当主・千五郎さんを筆頭に、茂さん、宗彦さん、逸平さん、千之丞さんの5名に狂言装束について教えてもらいました。

2025.04.17

まなぶ

ギオンコーナー、それは伝統への玄関口 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.9

茂山千五郎さん:千五郎家を代表する狂言装束

最初に「みんな好きやと思いますけど」と前置きした上で、

千五郎さん

「千五郎家がというよりも私が好きな柄です」

と、ご当主である茂山千五郎せんごろうさんが選ばれたのは、見るからに年季の入った子ども用の肩衣。

肩衣

現物は保管され、この図案で写しがつくられた大人サイズの肩衣がさまざまな舞台で活躍しています

描かれているのは、中国の故事「猿猴が月を取る」になぞらえた猿と月の画。

己の能力を弁えず、大それたことをして失敗するという意味の言葉で、水面に映った月を取ろうとした猿が池に落ちて死んでしまったという故事からの図柄です。

座右の銘というほどではないですが、龍安寺のつくばいでも有名な『吾唯足知われただたるをしる』という語も好きで、足元を見つめて常に身の丈に合ったことを心がけていることもあり、自分自身との親和性が高いと思います」

この画は、南禅寺金地院にある長谷川等伯筆『猿猴捉月図えんこうそくげつずをモチーフにしたもの。

「そもそも肩衣の背中には何を描いてもいい。だからこそ、他の家と被ることがあまりないんです。お願いして写させてもらうことはあっても、あの柄ええからうちでも作ろうかと、勝手に作ることはありません。そういった点からも、この猿が月を取ろうとする画は、千五郎家ならではの特徴的な図案のひとつだと言えます」

装束を組んでいる風景

「丁寧に正確にやるのは当たり前。それを早くやれてこそプロ」という、息子や弟子たちへの千五郎さんの言葉は、すべての作業や業務に通ずる神髄です

茂山茂さん:千五郎家装束を管理する最強蔵番

千五郎家の蔵番は、茂山しげるさんです。

「足りへんもん、無いもんは手づくりで」の精神で、裁縫はお手のもの。

茂さん

そんな茂さんが被っているのは、大黒頭巾。

禰宜山伏ねぎやまぶし』『夷大黒えびすだいこく』『大黒連歌だいこくれんが』など、大黒天が登場する番組には欠かせない小道具です。

茂山茂さん

茂さん

「古くなった厚板の柄は切り取って、裏に和紙を貼りつけてアップリケ状にしてストックしてあるんです。この頭巾もその中から選んだ柄を縫いつけました」

※厚板……能楽において、主に男役が装束の一番下に用いる小袖(裏地のついた袷)。強い柄を明快な色彩で表したものが多い。生地の名称がそのまま装束名になっているが、錦や綾の生地で仕立てられたものもある

大黒頭巾

茂さんが蔵番を任されるようになったのは24.5歳の頃。

「ひいじいさんからお役を受け継いだ父が似たような装束ばかりつくるのを見かねて、『そんな同じのばっかりつくってもしゃあないやろ!』と口を出したが最後、『文句言うなら、お前がやれ!』って言われまして(苦笑)」

それ以降、装束や小物など蔵の中に収められている全ての管理を一手に引き受けることになったのです。

「蔵番として最も大事なのは、事前に察知しておく力。足りないものがないよう把握し、出来なことがないよう常に考えておくことを意識しています」

装束の今昔

「淡い色から分かりやすくハッキリとした色味へと変化してきました。染色技術の進化もありますし、照明が当たるステージで演じられるようになったことも関係していると思います」と茂さん。写真中央が古い装束

茂山宗彦さん:千五郎家ならではのカラーセレクト

家によって、装束組みの好みもそれぞれ。

宗彦さん

「千五郎家では、補色で組むように教えられてきたので、こういう同じような色の組み合わせはしませんね」

と、茂山宗彦もとひこさんが分かりやすく例を提示してくれました。

※補色……色相環で正反対に位置するコントラストの強い色の組み合わせ。反対色。

NG例その1。近しい色は合わせない!

NG例その1。近しい色は合わせない!

黒に灰色を合わせることはまずしません。狂言の装束を組むときは、シテありき。役者に先に好みを訊くこともありますよ。色柄を指定する人もいれば、何でもええよって言う人もいてます。ぼくは、何でもいい派」

NG例その2、色被りさせない!

NG例その2、色被りさせない!

「着物のコーディネートやったら同系色もお洒落かもしれませんけど、装束では濃淡で同じ色を組み合わせることはないですね。

大事なのは、舞台映え。背景に紛れなあかんような役……例えば、新作狂言で墨の精に仕える太郎冠者やったら、真っ黒な装束をつけることもありますけど」

狂言装束らしい大胆な桜柄の小紋

狂言装束らしい大胆な桜柄の小紋

「うちとこは色違いで同じ柄の装束も多いんで、一緒に出掛ける主人とその友人が同じ柄の袴をはいてる、なんてことも可能です。少しずつ装束が増えてきて、洒落っ気や茶目っ気をプラスできるようになってきたんでしょうね」

例えば、こんな宗彦好み

例えば、こんな宗彦好み

「ぼく自身は、派手な色を平気で着ます(笑)。差し色になるバッタみたいな緑色とかね。真っ赤な厚板に黄色の衿つけたり……こだわりは衿の色ですね。

40を超えて、自分で会を主宰するようになってから自由度が増したかな。こんな大きな六花柄、雪解けの頃にしか着られへんかもしれんけど、そういう季節に合わせた組み方も面白いですね

茂山逸平さん:柄は作品次第、物語に沿うように

宗彦さんが色なら、弟の茂山逸平いっぺいさんは柄

逸平さん

「役柄はもちろん、作品の主題、背景、人物、さらには時季にも合わせて装束を選びますね」

とくに肩衣はモダンなモチーフも多く、インパクトの強い柄で物語に華を添えるアイテムにもなります。

竹と馬

「関東一の名馬と六波羅の庭の立石が出てくる『膏薬煉こうやくねり』であれば、馬とさざれ石が描かれた肩衣を選びたいですね。狂言の装束には決まり事がないからこそ、演目に合わせた組み合わせで遊び心ある演出が可能です」

亀にさざれ石

若松と老松

松が登場する『二千石』にはこんな肩衣も。肩あたりには緑が濃い若松、下部には老松が配置。松ぼっくりの披き具合の違いも細かく表現されている

「現在、蔵にある装束は3000~4000点。細かい小道具まで数えれば、その倍ほどあるかもしれません。消耗して破棄するものもあれば、型の資料として残すものもあります。

年間50点ほど新しく増えていくため、千五郎家の装束は多岐にわたります。多様かつ多彩な装束の組み合わせも楽しんでもらえたらうれしいですね

茂山千之丞さん:新作用の小道具も千五郎家の財産に

千五郎家の新作狂言やコント執筆を担う茂山千之丞せんのじょうさんには、新しく作品を書き下ろした際、どんなふうに装束を決めているのか伺ってみました。

2024.12.27

まなぶ

新作公演が広げる、狂言への間口 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.5

千之丞さん

「実はそんなにこだわりがないんですよねぇ……」

と、困り顔の千之丞さん。

蔵番の茂さんと相談しつつ、彼が奥から出してきたのは――

新作狂言用の装束

真っ白な装束と、TOTO?

「2022年夏のカッティングエッジでやった『IB争い』で使った装束です。インバウンドの観光客を呼び戻そうとする観光地の精とアニメの精と和食の精が小競り合いをしているところへ現れたのがウォシュレット便座の精で。

彼らの諍いの元を洗い流して仲裁するという話なんですが、その精のイメージを具現化するためのエッセンスとしてトイレの蓋を背負いました

※カッティングエッジ……千五郎さん・宗彦さん・茂さん・逸平さん・千之丞さんの5人による狂言ユニット「Cutting Edge KYOGEN」。新作狂言の発表の場としても注目を集める公演を行う

『ラーメン忠臣蔵』という新作のときは、メンマが茶色で、九条ネギが緑と白の装束をつけるなど、よほど特殊なキャラでないかぎりは通常の装束を利用することが多いですね」

「個人的に思い入れの深いものといえば、ニッポン画家・山本太郎さんに短冊と色紙の絵を描いてもらった『花子』の装束です」

千之丞さん『花子』装束

「朝顔鉄柵図」「群鶴とジェット機」「清涼飲料水紋図」など山本氏の代表的モチーフと並んで、帽子や眼鏡といった千之丞さんのアイコン的私物も描かれ、唯一無二の平成版花子装束となった

千五郎家では、『花子』の初披きのときには好きな装束をつくってもいいという伝統があるそう。

あきらさん『花子』装束

千之丞さんの父・あきらさんは、1994年に上演した『花子』のために、9名の画伯らに依頼して10年がかりで新たな装束を制作したというから驚きです

「『花子』だけならここまで凝らなかったですけど、三世千之丞襲名披露も兼ねていた公演だったので、思い切って計37枚の絵を描き下ろしてもらいました。頼んでから出来上がるまでに1年半くらいかかっています

今月の狂言師

茂山千五郎

十四世 茂山千五郎しげやませんごろう(本名:茂山正邦)

1972年7月7日生まれ。五世千作の長男。
1976年『以呂波』のシテで初舞台。1993年『釣狐』、2004年『花子』を披く。
2016年、十四世茂山千五郎を襲名。
好きな狂言は、『靱猿』『空腕』『通圓』『釣狐』『花子』。愛称は「まーくん」。

茂山千五郎家家系図

「5月の大型連休は、昔は暇でした。働いている方たちの休みに合わせた素人会の方が多いくらいで、旅行に出かけようにも高いですし(笑)、ずっと家でごろごろしているかんじでしたね。近年では、高槻での茂山一族デラックス狂言会が定番となったので、その印象が強くなりました。

また、京都の5月といえば15日に行われる葵祭。千五郎家では、下鴨神社の境内で奉納狂言をさせていただいています。下鴨さんは、毎年5月1日から祭にちなんだ御朱印も授与されていますので、この時期に京都へお越しの際は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょう」

公演告知

新作“純”狂言集マリコウジ2025 京都公演/東京公演

2025年6月14日(土) 大江能楽堂(京都)
2025年6月15日(日) セルリアンタワー能楽堂(東京)

室町時代から受け継がれる型や演技方法を踏襲しつつ、現代にも通ずる可笑しみを体験してもらうべく、「未来に続く新作」をモットーに毎年書き下ろし新作を2本上演している舞台

7回目を迎える今年は、古典的な妻乞物をベースに現代的な笑いのフレーズを散りばめた『妻乞冠者つまごいかじゃ』と、古典の『梟』を西洋的な演出と身体表現で昇華された『狸憑き』の2作品を初演する。

第6回 千五郎の会 舞台生活50周年記念 東京公演/京都公演

2025年7月5日(土) 矢来能楽堂(東京)
2025年7月13日(日) 金剛能楽堂(京都)

“舞台生活50周年記念”となる6回目の「千五郎の会」は、東京・京都の2都市で開催。記念の会に相応しい、千五郎家のお家芸ともいえる『三番三』と『素袍落』が上演される。

前者は、狂言会では上演される機会の少ない曲ゆえ、ぜひこの機会に。また後者は、太郎冠者が活躍する曲の中でも最高傑作と評される名曲です。その他、『太刀奪』と小舞『福の神』『鮒』も同時上演。

撮影/スタジオヒサフジ

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