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新作公演が広げる、狂言への間口 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.5

新作公演が広げる、狂言への間口 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.5

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室町時代より続く大蔵流狂言師・茂山千五郎家では、古典を大切に受け継ぐ傍ら、新作公演にも意欲的に取り組んでいます。今回は、クリスマス前に京都の小劇場で上演されたコントを手掛ける茂山千之丞さんに、新作狂言への想いを語ってもらいました。

2024.11.02

まなぶ

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狂言の延長線上にあるコントづくり

茂山千之丞せんのじょうさんが、初めて本格的に新作狂言を書いたのは2008(平成20)年の「HANAGATA」公演のとき。

京都の温泉宿で自主的にカンヅメとなり、昼夜公演合わせて15本の作品を書き上げたといいます。

※HANAGATA……前身は、1976(昭和51)年に先代の千五郎氏、七五三さん、あきらさんの3人で発足した「花形狂言会」。その後、2006年に千五郎さん(当時・正邦)、宗彦さん、茂さん、逸平さん、千之丞さん(当時・童司)が「HANAGATA」と名を改めて再スタートし、2019年に終焉を迎えた。2020年からは「Cutting Edge KYOGEN」として活動している。

楽屋での千之丞さん

公演初日の楽屋にて。ギリギリまで、台詞の間合いやきっかけの摺り合わせを行う千之丞さん

その後、「HANAGATA」用の新作を考えるなかで、面白いけど使えないネタが増えていきます。

「現代劇と古典っぽい新作狂言ではテンポもリズム感も異なるので、面白いけど使えないなぁというネタが溜まっていった」

との理由から、“ネタありき”で始まったコントづくり。

「私が物心ついた頃にはすでに祖父や父、叔父たちが積極的に新作をやっていたので、新作をすることが茂山の狂言師の一部であるような気がしている」

と、千之丞さん。

※祖父や父、叔父たち……祖父は二世千之丞氏、父はあきらさん。叔父たちは、先代当主の十三世千五郎氏、宗彦さん・逸平さんの父である二世七五三さんを指す。現当主の千五郎さんと千之丞さんは、はとこの間柄。

伝統的技法をベースとしたコント公演「ヒャクマンベン」の最新作となる『Answer Song』が、12月20日から22日の3日間、東九条エリアにある小劇場E9で行われました。

E9外観

2019年6月に開館した「THEATRE E9 KYOTO」は、「京都に100年つづく小劇場を!」という想いで運営されているブラックボックス。昭和42年に建てられ、社員寮として使われていた倉庫をリノベーションした小さなハコで、千之丞さんの父であるあきらさんが館長を務めます

今回で7回目を迎えた「ヒャクマンベン」は、現代への“びしっ”とした風刺を“ふわっ”とした作品で描くことをテーマとし、千之丞さんが本名である茂山童司名義で作・演出を担い、面白い作品を発表していく実験と修行の場です。

リハーサル風景

ゲネプロ(本番同様に行う最終リハーサル)前、演者およびスタッフと音響や照明の確認をする千之丞さん

「コントづくりは、完全に狂言の延長線上のもの。とにかく面白い笑えるものを作る、演じる、そのための思考力や瞬発力を色々な作品(古典含め)に携わり鍛えておくことが肝心です。

狂言でもコントでも、他のお芝居に出させていただいても、茂山の狂言や役者が面白いと、一人でも多くのお客様に伝えることが使命だと思っています」

勝手知ったる仲ゆえのキャスティング

千穐楽後、楽屋にお邪魔しました。

直後の感想を伺ってみると、「また一回終わったな」という淡白なお答え。すでに再来年の2月に次回公演も決まり、千之丞さんにとってのライフワークとなる創作作業は続きます。

「古典は公演前に2〜3回合わせる程度ですが、新作はそうはいきません。まずは読み合わせをして、配役を考え、そこからブラッシュアップしていきます。今回の公演では、本番のひと月前くらいに台本が完成して、12回の稽古を重ねました」

舞台風景

ぼんち揚げを狙うゴキブリに扮する千之丞さん(左)と茂さん(右)

書いて、演出して、舞台に立つ一人三役。どんなふうに切り替えているのでしょうか。

「それぞれ脳が違うかんじですね。書いているときは頭の中でキャラを動かしていますが、演出となるともっと客観的に見られるので、平気で無理なことを言います(笑)。作・演出・出演でいえば、自分は演出家ではないなと思います。

オペラの演出をする父について行ったり、外の舞台に出たりして、演出とは何かを知って。実力のある方とご一緒すると、シェイクスピアなど他人の作品に対する理解の深さ、考え抜かれたプランに驚きます。とてもじゃないですが、私はそこまで他人様の書いたものに興味がもてません(苦笑)」

舞台風景

「Love Me,Please Love Me」が元ネタとなる「美しいひと」で、茂さんが暗転明け、板付き(開幕時すでに役者が舞台上にいること)での登場で笑いを誘ったシーン

「私の場合、基本は当て書きです。物語によっては誰がやっても問題ないニュートラルな役もありますが……

今回の作品でいえば、『美しいひと』の茂さんと、テレビを見ている酔っ払いのもっちゃん(宗彦もとひこさん)は完全に当て書きです」

※当て書き……演劇や映画・ドラマなどで、その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいて脚本を書くこと

「中には、この役は結局自分がやることになるだろうな、と思いながら書いていることもありますね。千五郎家だと、千五郎ともっぴーはほぼ当て書き。キャラ強のふたりなので(笑)」

ゲネプロで出番を待つ宗彦さん

劇中、トイレに行くシーンで非常口から外に出た宗彦さん。再び登場するタイミングを図り、中の様子に耳を澄ませています。ちなみに、雨天時には客席の階段を移動するパターンも

100年後の未来に残る新作狂言を

9年前30歳にして、新作狂言の発表の場として立ち上げたプロジェクト「マリコウジ」では年に一度のペースで、狂言が社会の中で生きた芸能であり続けるため、「新作“純”狂言」と銘打った創作に挑み続けています。

茂山千五郎家に伝わる狂言は180曲を超えますが、その全てがコンスタントに上演されているわけではありません。それらを“生きた狂言”として次世代へと受け継ぐため、伝統的な狂言の形式を使って新作を書き下ろしたり、改作したり。狂言への間口を広げる一役を担っています。

撮影:桂秀也

数ある新作狂言の中には、怪談を得意とする人気作家・京極夏彦氏が茂山千五郎家のために書き下ろした妖怪狂言「豆腐小僧」「狐狗狸噺」(写真)も

「新作を上演する意義は、古典芸能を難しく考えて気後れされるお客様に、まずは見ていただく機会を増やすことです。

題材やテーマが新しいものであれば、普段のお客様以外の方にも関心を持っていただきやすいと思いますし、昨今では、古典作品でも理解することが難しくなっているもの、上演が困難なものも増えつつあるので、次世代以降に新たなレパートリーを提供する可能性を広げる意味もあるといえます。

さらに、狂言師にとっても、様々なものにチャレンジして幅を広げることで、古典作品への理解や技術の向上につながると考えます」

2022.01.21

まなぶ

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「ヒャクマンベン」台本

新たな番組をつくる上で千之丞さんが大切にしているのは、「何よりも、現代のお客様にとって面白い作品になること」だと言います。

「あまり形式や歴史、狂言がもつ風刺精神といったものにこだわりすぎると、かえって難しい作品になってしまいがちです。それでは、敷居を下げて間口を広げるという新作を上演する意図と逆効果になってしまいかねません。

ですので、まずは楽しく笑えるものであること。その上で、古典への橋渡しになればこれ以上の結果はないですね」

まずは、千之丞さんが手掛ける新作狂言やコントから、狂言の世界へ一歩足を踏み入れてみてはどうでしょう。きっとこれまでの固定概念が覆され、古典芸能のイメージががらりと変わるはずです。

カーテンコール

カーテンコールより。右から、茂山千之丞さん、宗彦さん、茂さん、鈴木実さん

今月の狂言師

茂山千之丞

茂山千之丞しげやま せんのじょう

1983年4月2日生まれ。あきらの長男。
1986年、父・あきらの主宰する「NOHO(能法)劇団」の『魔法使いの弟子』で初舞台。
2013年から、作・演出を手掛ける新作“純”狂言集「マリコウジ」、コント公演「ヒャクマンベン」を始動。2018年、三世茂山千之丞を襲名。
アメリカンスクールに通っていたこともあり、英語が堪能なバイリンガル狂言師としても知られる。近年はNHKテレビの語学番組「プレキソ英語」に“カウドージ”なるキャラクターでレギュラー出演していたほか、国内外でのバイリンガル狂言公演、若手アーティストや他劇団とのコラボレーションを通して、新境地を切り拓き続けている。

茂山千五郎家家系図

「秋の能や狂言のオンシーズンが月末が近づくにつれて一段落する12月は、新年に向けての準備をする時間です。

狂言師はクリスマスやカウントダウンとはほぼ無縁ですが、1月になると奉納や新春のおめでたい会で様々な大曲や奇曲が上演されますので、それに向けて稽古などに励みます。無事お正月を乗り切るための大事な期間です」

公演告知

第37回 初笑いおやこ狂言会

2025年1月13日(月・祝)
金剛能楽堂(京都)

狂言に初めて出合うなら、『第37回 初笑いおやこ狂言会』がおすすめ!

こども実行委員による“子どもならではの目線”で、子どもや初心者が気軽に楽しめる演目で初笑いを届ける。能楽堂の歴史や演目の解説に加えて、狂言を観るときのポイントなど、宗彦さんによるトークで狂言ワールドへの扉が開く。

狂言 五笑会特別公演

2025年2月1日(土)
京都府立文化芸術会館 ホール(京都)

当代と同年代の弟子たち5名によって構成されている「五笑会」は、2011年4月の発足以来、京都府立文化芸術会館で年4回開催されている定例公演。

今回の特別公演は、千五郎家の役者も駆けつけ、いつもの和室では表現しにくい曲に挑戦している。

撮影:株式会社ルート/瀧本加奈子、北川紗也

2024.07.19

よみもの

堀内將平さん INTERVIEW ”自分らしい”表現とは。「千紫万紅」vol.4

2023.02.25

インタビュー

先達の姿から“粋”を知る― 歌舞伎俳優 尾上右近さん(前編)

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