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狂言を習い事に? 茂山千五郎家の社中とは 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.4

狂言を習い事に? 茂山千五郎家の社中とは 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.4

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室町時代の庶民に根差した狂言の笑いをいまに伝える大蔵流狂言師・茂山千五郎家。狂言師のお仕事は、狂言を「演ずる」ことだけではありません。狂言を「教える」のも、狂言師の大事な役割。狂言を習い嗜むメリットについて迫ります。

2024.10.02

まなぶ

歴史ある『茂山狂言会』に託す想い 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.3

全国にある茂山千五郎家のお稽古場

茂山千五郎家には、全国に20以上のお稽古場があります。各お稽古場で狂言を習う生徒さんたちを、"お社中さん"と呼びます。

もともと能の謡は「謡曲」と呼ばれ、武家式楽として武士にとって嗜むべき教養でした。茶道・華道などと同じく、狂言も「習い」「嗜む」という側面をもっているのです。

大津市伝統芸能会館外観

普段のお稽古も発表会会場と同じ会館で行なわれている。発表会の立て看板は、お社中さんが作成。「ありがたいことに、どこのお稽古場にも必ず一人はめっちゃ達筆な人がいてるんです!」と宗彦さん

まだ暑い夏の盛り、滋賀県の大津市伝統芸能会館にて茂山七五三しめさん率いる(現在は宗彦もとひこさんが指導)「大津なごみの会」の25周年を記念する発表会が行なわれました。

11時に開演し、13番の狂言に2曲の小舞、さらに最後の〆として宗彦さんの父であり人間国宝の茂山七五三しめさんが「盃」を舞って、16時頃まで。発表会の一日は長丁場です。

※茂山七五三さん……二世茂山七五三氏のこと。四世千作氏の次男。若い頃から家業を継ぐ兄の補佐役に徹し、平日は銀行員、休日は狂言師という二足の草鞋を履き、崩れない真面目な芸に努めてきた。近年では円熟期に入り、茂山千五郎家らしい柔らかでやさしい芸風に定評あり。

開演前の楽屋風景

開演30分前。紋付袴に着替えたお弟子さんたちの横で、宗彦さんが差し入れのお菓子を頬張る一幕も。長年一緒にやってきている面子ゆえ準備に慌てることもなく、楽屋は和気藹々とした雰囲気に包まれていました

「今日、初めて舞台に上がる方もいはりますよ」

と、宗彦さん。

彼が指導を担当する「大津なごみの会」は30~80代のお社中さんが25名ほど在籍しています。現在幹事を務めている方で15年以上の歴だとか!

一般の方が狂言を習うメリットを訊いてみると、

「人前に立つ勇気がつきますね。お稽古を重ねるにしたがって、大きな声が出せるようにもなります。あとは……お行儀がよくなる、人もいる(笑)」

記念Tシャツ

着ているのは、この日のために制作した記念Tシャツ。大津市のシンボルマークと茂山千五郎家の家紋を合わせたデザインは、宗彦さん渾身の作

番組表に名前のない逸平さんも家族揃ってお手伝いに駆けつけます。

※逸平さん……二世茂山七五三の次男。宗彦の弟。NHK連続テレビ小背う『京、ふたり』『オードリー』『ごちそうさん』など、狂言以外の出演作も多く、2017年10月よりNHK・Eテレ語学講座『旅するスペイン語』にも出演。

取材中、撮影クルーの目を引いたのが、逸平さんの角帯。なんともかわいいクルマ柄!

逸平さんの角帯

茂さん(現当主・千五郎さんの弟)と宗彦さんが『花子』を披いたときの身内へのお配りものに選ばれた角帯

袴を付けたら見えなくなるのに……と言うと、「せやからええんですよ。かっこいいでしょ」と、にやり。

その笑顔に、クルー全員が陥落させられたのはここだけの話。

狂言が育む健やかで逞しい心

「演じる番組は社中さんのレベルに合わせて、それぞれがやりたい演目であったり、先生が決めたり。年一回の発表会では、プロに着つけてもらえて、プロと同じ装束で、プロが立つ舞台で演じられる。

これは他でななかなか味わえない貴重な体験やと思います。もちろん、打ち上げもプロと一緒です(笑)」

装束をつける様子

狂言の装束は、手伝ってもらって着るのが一般的。本人とお手伝いさんとの協力で衣装が完成します。

プロの狂言師は、着付けやすいように姿勢を変えたり、着物や帯を押さえたり。整える本人とお手伝いの呼吸も大切です。

とはいえ、お社中さんたちにとっては慣れない作業。それぞれに二人がかりで手早く着付けていきます。

組まれた装束たち

楽屋には番組ごとに組まれた装束やら小物やらが整然と並びます

「私が担当しているお稽古場では、とにかく楽しんでもらうのが一番。叱らない、怒らない、厳しくしない!」

と、宗彦さんは笑います。お稽古場への参加条件は、「健康な心さえあれば!」とのこと。

舞台に立つ宗彦さん

「ワークショップで狂言をやり始めたら、不登校気味やった人が学校に行けるようになった例もあります。そういう変化は傍で見ててうれしいもんですよ」

また、お社中さんたちとのお稽古を通しての学びや気づきについて問うたところ、

「お素人さんの楽しい演技、私は普通にパクリます(笑)」との答え。

さすが、宗彦さん!

目の前のお客さんを楽しませることに全力を注ぐ狂言師たるや、そこかしこに転がっている笑いの種を決して見逃さないものなのです。

国語の教科書でもお馴染み!「附子」

急用で出かけることになった主人。内緒で隠している貴重な附子ぶす(砂糖)を、家来である太郎冠者と次郎冠者に食べられてしまうのでは、と心配で仕方がありません。

そこで二人には、「この附子は、向こうから吹いてくる風に当たっただけでも死んでしまうくらいの猛毒だから気をつけなさい」と嘘をつきます。残された家来たちは、初めのうちこそ怯えていたものの、次第に好奇心が抑えられなくなります。

社中会の一幕

『第二十五回おおつなごみの会 二十五周年記念公演 狂言と小舞の会』のトップバッターを飾った「附子」の一幕

空気感染しないよう扇子で扇ぎながら恐る恐る近寄ってみると――、なんとも美味しそうではありませんか。根っからの食いしん坊な二人は、決死の覚悟でパクリ!なんと中身は甘い砂糖でした。

夢中で食べているうちに壷は空っぽに。自分たちの行いを正当化するため、主人が大事にしている掛け軸を破り、茶碗を叩き割ります。

帰宅した主人に訳を尋ねられると、二人は泣き真似をしながら、

「相撲を取っていたら、掛け軸や茶碗を壊してしまいました。申し訳がないので附子を食べて死のうと思ったのに、いくら食べても死ねませ~ん」

と、いたずら顔で笑って逃げてしまうのでした。

社中会の一幕

附子を食べるシーン。家族や友人たちが見守るなか、稽古の成果を存分に発揮する伸び伸びとした演技に、会場からは自然と笑いが生まれます

狂言の中で最も有名といっても過言ではない曲。解りやすくて楽しめるとあって、学校での公演では必ずといっていいほど上演されます。

茶碗を壊すときのオノマトペ「ガラリ、チーン」など、細かい面白ポイントが満載です。

今月の狂言師

茂山千五郎

茂山宗彦しげやま もとひこ

1975年6月4日生まれ。二世七五三の長男。
1979年『以呂波』のシテで初舞台。2000年『釣狐』、2009年『花子』を披く。
歌舞伎や落語、ミュージカル、テレビドラマなど狂言以外の活動にも精力を傾ける。
NHK朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』『おちょやん』等に出演。
好きな狂言は、「上手に出来たときの狂言」。愛称は「もっぴー」。

茂山千五郎家家系図

「11月は学校狂言や奉納狂言が多い月。ぼくは奉納狂言が大好き! 狂言はもともと、野外で演じられていたもの。本来あるべきスタイルやから、奉納狂言はえぇんです。

無料で観られるものがほとんどなので、ぜひ気軽に遊びにきてくださいね!」

お稽古場紹介

会員募集のチラシも、お社中さんのお手製!

各地にある茂山家のお稽古場。一度、体験してみたい!という方はぜひお気軽に問い合わせてみてください。
詳しくは公式サイトをご覧ください。

公演告知

ヒャクマンベンvol.7『Answer Song』

2024年12月20日(金)~22日(日)
THEATER E9 KYOTO(京都)

茂山千之丞さんが手掛けるコント公演

狂言の枠に収まらない笑いを模索する彼の作風は、不条理・風刺・ファンタジーの「3F」を得意とする。観る者を、ここではないどこかへと誘う不思議な連作コントの第7段には、「今月の狂言師」に登場した茂山宗彦さんも登場する。

よね吉・千五郎ふたり会「笑えない会」

2024年12月28日(土)
ヒューリックホール京都(京都)

笑えない会」は、長講や難曲、また何かしらの理由で“笑えない”演目を取り上げる二人会。

9回目を迎える今回は、千五郎さんが狂言の難曲「抜殻」に、桂よね吉さんが落語「胴乱の幸助」に挑む。狂言×落語の競演を存分に楽しめるコラボ公演だ。

撮影/スタジオヒサフジ

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