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歴史ある『茂山狂言会』に託す想い 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.3

歴史ある『茂山狂言会』に託す想い 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.3

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室町時代より続く狂言の笑いをいまに伝える大蔵流狂言師・茂山千五郎家が何より大事にしている自主公演――それが、春と秋に行なわれる『茂山狂言会』です。今回は、9月23日に京都・金剛能楽堂で開かれた『茂山狂言会 秋 宗彦「木六駄」開曲』の様子をお届けします。

2024.09.05

まなぶ

佳景かな!狂言面の虫干し 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.2

『茂山狂言会』

『茂山狂言会』(略して、茂狂)は、1967(昭和42)年に発足された狂言会。茂山千五郎家で最古の歴史をもつ自主公演です。

発足当時は後援会的な要素が強かったといいますが、現在でも茂山家では『茂山狂言会』こそが最も重要な自主公演に位置づけられており、一門総出演の狂言会だからこそ上演可能な大曲や稀曲を披露する場となっています。

チラシを組む狂言師たち

公演の数日前には手の空いている面々が集まってパンフレットに挟み込む公演チラシを組む作業が行なわれます。すべて自分たちの手で――自主公演ならではの風景です(撮影/椿屋)

ちなみに、京都・観世会館で開かれた記念すべき第1回では、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹氏が「狂言愛好者の一人として」という挨拶をされました

そんな大事な狂言会の第1回番組のトリとなったのが、『茂山狂言会 秋 宗彦「木六駄」開曲』で茂山宗彦もとひこさんが挑んだ木六駄きろくだ」。

本番を2日後に控えたタイミングで意気込みを伺ったところ――

「『木六駄』は、九番目習――簡単に言うと“べらぼうに難しい”番組です。個人的には簡単な狂言は何ひとつなく、どの曲も上手に演じるのは難しいですが……

今回はなかなか稽古をつけてもらう時間がないことが分かっていたので、いつも以上に早めに稽古を始めました。なんせ大曲&難曲の『木六駄、開曲』ですから。一瞬でも迷いなく演じたいので、何度でも稽古を繰り返してそのまま舞台に直行したい気持ちです。……倒れるから、そんなんしませんけどね(苦笑)。

とにかく、ピチピチ鮮度抜群の『木六駄』をお客様に届けたいという想いだけです。ストレスなく、ただただ楽しく演じたい。いま思うことは、ただそれだけです」

開演前ロビーでの夫妻

開演前、お社中「おおつなごみの会」(詳しくは次回vol.4にて!)から贈られた花の前で記念撮影する茂山宗彦夫妻の微笑ましい1コマ

装束付けの様子

宗彦さん曰く、「装束は正邦(=茂山千五郎ご当主:写真右)、茂(写真左)がわざわざ着付けをしてくれました。これはめっちゃ有り難いことで、御当主、本家次男に着付けてもらうとか、本当にないことです。でもなんか二人、俺が大曲のときは着付けてくれます」

鏡の間

出番直前、「鏡の間」(楽屋と橋がかりの間にある大きな姿見が置かれた部屋)で気持ちを整える神聖な時間

登場シーン

見えぬ牛との奮闘が見どころ!「木六駄」

都の伯父に木六駄(6頭の牛に積んだ薪)と炭六駄(同じく6頭の牛に積んだ炭)と酒樽を送ることにした主人から、その命を受けた太郎冠者。

大雪のなか12頭の牛を追って峠の茶屋に辿り着いた太郎冠者が酒を注文するものの、切らしていると言われて届けるはずの酒樽に手をつけてしまいます。

「木六駄」舞台カット

お酒を美味しそうに呑む演技には定評のある宗彦さん

太郎冠者は店主にも酒を勧め、酒盛りに。酔って気分がよくなった太郎冠者は、木六駄を店主にやってしまいます。炭六駄の牛を追って伯父のもとへ行く太郎冠者。

「木六駄、炭六駄、持たせ進じ候」と書かれた手紙を読んだ伯父に、木六駄はどうしたのかと尋ねられた太朗冠者は、「木六駄とは自分の名前のことだ」と言い訳するというお話です。

「木六駄」舞台カット

「茶屋をしてくれた賢弟、逸平が本当に良かった。台詞のやりとりから、絶妙な間の芝居。あれは本当に気持ち良かった。配役決める時から『俺がやる!!』と言うてくれて嬉しかったです」と宗彦さん

舞台に登場しない12頭の牛を見えるように演じるのは至難の技。

降りしきる雪のなか、勝手気侭に動く牛を束ね、追っていく太郎冠者の奮闘っぷりが最大の見どころとなる、狂言師の力量が試される番組です。

「木六駄」舞台カット

大舞台を無事に終えて、「ほっとした(笑)。ただそれだけです」と宗彦さんは言います。

「やれることを全力でやるために、父から稽古をしてもらいました。やれることが全力で出来ないから、自分でも全力で一人で稽古しました。茂山狂言会を見に来てくださるお客様のために。

自分の出来なんかほんと、どうでもよくて、笑ってもらえることだけを考えて演じました。満員御礼のお客様は皆楽しげで、喜びのメッセージをたくさん頂戴しました。それだけで、本当に有り難いです」

リハーサル風景

本番前のリハーサルでは、ひとり眉間にしわを寄せながら小声でぶつぶつと流れを確認する宗彦さんの姿が

「ただ、舞台は一人では出来ません。皆のおかげでやりたいことが、舞台で出来ました。

反省はあります。もっともっと上手く演じたかったです。ただ、今のところもう引退してもええかなぁ~ぐらい出しきりました。ご来場のお客様、茂山家の優しさに助けてもらった『木六駄』でした」

室町時代から現代へ、“人間賛歌”の芸能

「狂言」という文字が初めて文献に登場するのは、室町時代のこと。それより以前は「猿楽」や「散楽」と言われていました。

江戸時代には能とともに「式楽」(幕府の儀式に演じられる芸能)に定められたものの、明治維新後、大名家などに保護されていた能楽師は解雇されてしまいます。

その後長らく、狂言師が狂言だけで生活するのは難しい時代が続きました。

実際に、宗彦さん・逸平さんの父親である七五三しめさんは、銀行員との二足の草鞋で家族を養っていました。

2000(平成12)年に宗彦さんが『釣狐』を披くことになったとき、父は息子に「お前に『釣狐』を教えるために、銀行を辞めたんや」とこぼしたといいます。

※宗彦さん・逸平さんの父親である七五三さん……人間国宝(重要無形文化財「狂言」各個認定保持者)の二世茂山七五三氏のこと。四世千作氏の次男。若い頃から家業を継ぐ兄の補佐役に徹し、平日は銀行員、休日は狂言師という二足の草鞋を履いて活動してきたことでも知られる。

お見送りの図

この日は七五三さんも物販コーナーでお手伝い

狂言をひとことで説明するなら、”室町時代の吉本新喜劇”。

新喜劇同様、狂言にも“笑いのパターン”があるからです。

最初に登場人物が決まった名乗り(自己紹介)をして、道行(物語が展開する場所へ移動するという設定で舞台上を歩くこと)があって。市井の者を主人公に日常の笑いを掬い取ったり、笑いの質がドライだったり。とてもよく似ています。

「鶏猫」舞台カット

本公演では、当主・千五郎さんと3人の息子たち、千五郎さんの弟である茂さんとその息子が一堂に会する場面も見られました

また、狂言は会話劇。そのセリフは室町時代の人々が使っていた言葉です。

所々解りにくいこともあるかもしれませんが、単純なストーリーが多いので、前後の流れでなんとなく推察できてしまいます。

600年という年月で、受け継がれ、洗練され、現代に息づく芸能となった「狂言」には、さまざまな人間の生き様が描かれています。

まさに、狂言は人間賛歌の芸能なのです。

お見送りの図

終演後は役者たちがお客様のお見送りのためにロビーへ集います。『茂山狂言会』だからこその光景

お見送りの図

馴染のお客様に手を振ったり、握手したり。記念撮影も大歓迎!

カレンダーにサイン

発売になったばかりの2025年版カレンダーにサインをする七五三さん

今月の狂言師

茂山宗彦

茂山宗彦しげやまもとひこ

1975年6月4日生まれ。二世七五三の長男。
1979年『以呂波』のシテで初舞台。2000年『釣狐』、2009年『花子』を披く。
歌舞伎や落語、ミュージカル、テレビドラマなど狂言以外の活動にも精力を傾ける。
NHK朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』『おちょやん』等に出演。
好きな狂言は、「上手に出来たときの狂言」。愛称は「もっぴー」。

茂山千五郎家家系図

「一年間のお稽古の成果が試される――それが、ぼくら狂言師の10月。10月に入ると、一気に番数が増えて、やることがいっぱいです。

それまでサボってなければ、忙しいながらも充実感を得られる月。そういう意味では、一年で一番の“決めどき”とも言えますね」

公演告知

茂山狂言・笑の収穫祭2024~スポーツの祭典~

2024年11月2日(土)
金剛能楽堂(京都)

今年で22年目を迎えるKBS京都放送主催の『笑の収穫祭』。

今年は、「スポーツの祭典」と銘打って、「八幡前やわたのまえ」は弓道、「土筆つくづくし」の相撲、「止動方角しどうほうがく」では馬術と、狂言で“スポーツの秋”が愉しめるラインアップとなっている。

お豆腐の和らい2024 名古屋公演

2024年11月23日(土)
名古屋市 北文化小劇場(愛知)

2023年秋に人間国宝に認定された二世茂山七五三さんの記念公演が名古屋で開催される。

銀行員との二足の草鞋を履いて活動してきたからこそ、人一倍の努力を重ね、崩れない真面目な芸に努めてきた七五三さん。円熟期に入り、茂山千五郎家らしい柔らかくやさしい芸風で魅せる名作「素袍落」をお見逃しなく。

撮影/瀧本加奈子

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