着物・和・京都に関する情報ならきものと

佳景かな!狂言面の虫干し 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.2

佳景かな!狂言面の虫干し 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.2

記事を共有する

室町時代の庶民に根差した狂言の笑いをいまに伝える大蔵流狂言師・茂山千五郎家の一年に密着する連載。狂言装束の糊付けに続き、今回は約120点もの面の虫干し風景をお届けします。稽古舞台に面が整然と並ぶ様子は、まさに圧巻です。

2024.08.23

まなぶ

壮観なり!狂言装束の糊付け 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.1

千五郎家の夏の風物詩「おもての虫干し」

面の虫干し

8月15日朝。

向こう一週間の天気予報を鑑みて、千五郎家では狂言面の虫干しが行なわれました。

面の部屋

どこに何が入っているか一目で分かるように、桐箪笥には写真付きでインデックスがつけられています

「日程を決めるときは、何よりも湿気を気にしています。乾燥していると剥げてきますし、湿度が高いと黴てきますから」

と、ご当主・茂山千五郎さんは言います。

まずは、いまおもての蔵」に保管されている千五郎家が所有するすべてのおもて を、行李に詰めて稽古舞台のある2階へと運んでいきます。

面を運ぶカット
面を行李から取り出すカット

その数、およそ120。

「いまここにないのも合わせたら、150くらいかなぁ。博物館などに貸し出ししてたり、修理に出てたり。新しいおもてを打つための手本用にお貸しすることもあって、出張中のものも仰山ぎょうさんあるんですよ」

と、教えてくれたのは、千五郎さんの従兄弟の茂山宗彦もとひこさん

2020年NHK朝の連続テレビ小説『おちょやん』出演も記憶に新しく、同じくNHK放送の『チャリダー★快汗!サイクルクリニック』のチャリダー★ファミリーとしても人気の狂言師です。

面を机に並べていくカット

この日は宗彦さん(右)はじめみなさん、動きやすいカジュアルスタイルで

稽古舞台に運び込まれたおもては、順番にテーブルの上に並べられていきます。

面を取り出すカット

面へのリスペクトが感じられるやさしい手つきで作業を進める宗彦さん。狂言は基本、素顔で演じる「直面(ひためん)」で、動物・鬼・神様などの役で面を使用。能の演目で使用されるものを「能面」、狂言の番組で登場するものを「狂言面」として区別されています

取材スタッフからの「面袋は?」の問いには周囲から、

「昔は茂山家の奥様方が縫ってましたが、いまは既製品を購入することも増えました」とすかさずのご回答。

質問を投げかけると、誰ともなく、手を動かしながら答えてくれる――その阿吽の呼吸も、千五郎家ならでは。お弟子さんとの関係も朗らかで、連係に無駄がありません。

箱に入った面たち

「木箱に入ってるのは、ええ面です」と、宗彦さん

箱に入った面たち

どの袋に何の面を入れるかはすべて決まっています。面袋が整列している風景だけでも、思わず溜め息がこぼれます

おもては一つひとつ丁寧に取り出され、面袋の上へ。

面ずらり

同じ種類の面でも一つひとつ表情が異なります。年季の入ったものは丁寧に手入れをし、新調したものと並行しながら使っているそう

この状態で3~4日。大切な狂言面は、こうして年に一度、一堂に会するのです。

狂言修行は「猿に始まり、狐に終わる」

狂言師としての修行は、「猿に始まり、狐に終わる」と言われます。

靭猿うつぼざる」の猿と、釣狐つりぎつね」の狐。どちらも、着ぐるみ+おもてで 登場するキャラクターです。

猿の面

猿の面

靭猿うつぼざる」の子猿は、小学生頃までの幼いときに担う役。

子方(子ども・少年の役。または、子どもの役者)が腕や脚をぽりぽり掻いたり、転げまわったりしながら、無心に芸を披露するいじらしい姿がキュートな一曲です。

対して「釣狐つりぎつね」の狐は、狂言師として一人前だという証になる役どころ。

狐をやるまでは、教えられたことをひたすらに修得していく修行期間で、狐を無事に終えれば、そこからは各自が自分らしさを追求してさらなる稽古を重ねていくことになります。

狐の面

横並びになっている狐の面の左側は、宗彦さん曰く「千之丞のおじきが古道具市で買ってきたもの」。狂言面と市で出合えるとは、なんたる掘り出し物!

ちなみに、2000年に宗彦さんが「釣狐」をひらいた(節目となる重要な曲の役柄に初めて取り組むことを「ひらキ」という)ときに着た狐の着ぐるみは、祖父・四世茂山千作せんさくさんと父である茂山七五三しめさんが着用したのと同じもので、100年以上の歴史ある一着。宗彦さんの背丈に合わせて布を継ぎ足したといいます。

※千之丞のおじき……二世茂山千之丞のこと。三世茂山千作氏の次男。20歳で学徒出陣し、静岡県浜松市にて終戦を迎える。その後、京都に戻り、主に闇屋として生計を点てながら狂言の舞台に立ち続け、自身が稼いだお金で購入した狐の面で、1947年に「釣狐」を披く。ラジオドラマや歌舞伎、新劇などにも数多く出演し、狂言師がジャンルレスで活躍できる時代を築いた。2018年に孫である茂山童司(どうじ)が三世を襲名。

※祖父・四世茂山千作……千五郎家十二世当主(1919-2013年)。人間国宝(重要無形文化財「狂言」各個認定保持者)、文化勲章受章者、文化功労者、日本芸術院会員。「天衣無縫、自由闊達。天性の喜劇役者」と評され、「出てくるだけでも面白い」狂言師として伝統芸の基礎に立脚した自由自在の境地で知られた。

※父である茂山七五三(しめ)……人間国宝(重要無形文化財「狂言」各個認定保持者)の二世七五三のこと。四世千作氏の次男。4歳で「業平餅」の子方にて初舞台。チェコ共和国で「七五三(なごみ)の会」を発足するなど、海外公演にも積極的に参加。役柄の幅広さは茂山家随一で、人間だけでなくカエルやゴキブリの役まで見事に演じる万能選手。

竜正さんと虎真さん

この日、手伝いに勤しんでた当主・十四世千五郎さんの息子たち。長男・竜正さん(右)と、三男・鳳仁さん(左)

千五郎家で最も大事なおもて「黒式尉」

黒式尉

熊の毛が使われた長い髭は、長寿の象徴。顎は紐で繋がれ、動く仕様になっているのも特徴的です

千五郎さんが最も大事にしているおもてが、こちらの黒式尉こくしきじょう

室町後期に福原文蔵の手によって打たれたもので、三番三さんばそう」の翁でのみ使用される貴重な狂言面です。

黒式尉2

装束の糊付け日に「面の部屋」を見学した際、一番貴重な面は?という問いに、間髪入れずに「黒式尉」を見せてくれた逸平さん曰く、「火事になってもこの部屋だけは焼け残る構造ではありますが、もし本当に何かあったら真っ先に持って逃げる面です」

黒式尉を手にする千五郎さん

国土安寧を祈る神様である白い翁に対して、黒い翁は農作業で日焼けした老人を表し、田の神だと考えられています

三番三さんばそう(和泉流では「三番叟」と表記)は、「能にして能に非ず」といわれる神事・祈祷曲「式三番(翁)」で、翁の祝言の舞に続けて狂言方が舞う舞五穀豊穣を祈り、感謝を捧げる舞です。通常の狂言とは異なる特殊な舞で、演者は精進潔斎をして臨むのが習わしとされています。

千五郎家のみなさんの職業を正式にいうなら、「能楽師 大蔵流狂言方」です。

そう、狂言師は能楽師。

能と交互に演じられる古典狂言を大切にし、能の中でのアイ語りという役割を果たせてこその狂言師なのです。そのために必要な「黒式尉こくしきじょう」が家宝というのも納得のいく話です。

今月の狂言師

茂山千五郎

十四世 茂山千五郎しげやませんごろう(本名:茂山正邦)

1972年7月7日生まれ。五世千作の長男。
1976年『以呂波』のシテで初舞台。1993年『釣狐』、2004年『花子』を披く。
2016年、十四世茂山千五郎を襲名。
好きな狂言は、『靭猿』『空腕』『通圓』『釣狐』『花子』。愛称は「まーくん」。

茂山千五郎家家系図

「暑さが和らぎ、京都はもちろん地方での公演も増えてくる9月。やはり狂言は春秋に公演が多くなります。茂山千五郎家では、全国各地で大小合わせて年間300以上の公演を行なっています。

京都であれば、各神社への奉納狂言のほか、京都市主催の『市民狂言会』も定期的に開催されますので、一度生の舞台をご覧になってみてください」

公演告知

落語と狂言~満腹セット~

2024年10月5日(土)

大槻能楽堂(大阪)

狂言と落語の競演で「秋の笑い」を届ける『落語と狂言~満腹セット~』。千五郎さんの長男・竜正さん、次男の虎真さんの双子の息子たちも出演する。

落語家・桂よね吉さんとともに、ふたつの芸能の共通点やそれぞれの歴史について分かりやすく紹介するトークもあって、初心者でも楽しめる公演内容になっている。

第二回 因幡堂で狂言因幡堂

2024年10月8日(火)

因幡薬師伝統館(京都)

舞台となった因幡堂で狂言「因幡堂」を観ることができるユニークなイベント。定期的に開催したいという井口竜也さんの想いが叶い、念願の第2回公演が実現する。

大酒呑みの女房に嫌気がさし、因幡堂で妻乞いの祈願をする男を千五郎さんが演じる。今回は、ハワイの伝統文化であるフラカヒコ(古典フラ)の奉納も行なわれる。

撮影/スタジオヒサフジ

2023.10.02

まなぶ

能面師という仕事(前編)~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.5

2023.10.11

まなぶ

能面師という仕事(後編)~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.6

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • マンスリー

HOT KEYWORDS注目のキーワード

CATEGORYカテゴリー

記事を共有する