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音楽ときもの。私が持っている笑顔の作り方 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.4

音楽ときもの。私が持っている笑顔の作り方 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.4

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草木染と手機の温もり。古典文様から洋のエッセンスを感じる図柄など、他に類を見ない世界観を放つ『夢訪庵(むほうあん)』桝蔵順彦氏の作品。そしてそれを愛してやまない女性たち。両者が出会った瞬間、多くの物語が生まれます。この連載では、無限に広がる「帯とわたし」の物語をお届けします。

2023.01.03

よみもの

出産当日、夫からのサプライズ ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.3

訪問演奏先のおばあちゃまに表情が蘇った瞬間

はじめまして。

ホルンとオカリナを吹いている渡辺由美です。現在は神奈川、さいたま、福岡でオカリナ講座を開催しています。

私が着物を着るようになったのは、10年ほど前になるかと思います。初めて高齢者施設へ訪問演奏に伺うことになっていた前夜ふと、

「着物を着て行ったら、喜んでもらえるかしら」

という思いが頭に浮かびました。

オカリナと楽譜

就寝時間は過ぎていましたが、私は箪笥に眠り続ける着物を出してみることに。

(久しぶりに見たけれどとても素敵。そしてこの肌ざわり。ずっと触れていたくなる)

着たい気持ちが膨らみます。

でも、自分で着ることができません。
先ほど閉じたばかりのパソコンを立ち上げて調べてみると、着付け動画がたくさん出てくるではないですか。

(よし、なんとかなりそう)

当日の朝、苦労はしたものの着物を着て、時間通りに訪問先へ行くことができました。

結論から言えば、私の決断は大正解。みなさん盛り上がる盛り上がる!思っていた以上の効果でした。

そして演奏後、多くの方が話しかけてくださいました。

おじいちゃま方は、

「着物はよかねー」
「見るとホッとするけんなー」

おばあちゃま方には、それこそさまざまな想い出がありました。

「気に入った着物があったんよ。新しく仕立ててもらっても、結局ずっと同じのを着とったけんね」

「お出かけの日だけ、着てもよかよって言われとった着物があったんよねー」

これまで感情を表に出さず、演奏を聞いていた方々が相合を崩し、ご自身のヒストリーを私に話しはじめてくれたのです。

神奈川、さいたま、福岡でオカリナ教室を開催する渡辺由美さん

とてもかわいい笑顔になったおばあちゃまや、目に涙を浮かべていたおじいちゃままでいらっしゃいました。

みなさん昔を思い出し、若き日の記憶を楽しんでいただけたようです。もしかしたらその日の話題は、演奏の感想より多かったかもしれません。

歓談中、「ちょっと、よかね」と、一人のおばあちゃまが私の肩をぽんと叩きました。そして人気のない場所で、着崩れはじめていた私の着物を、そっと整えてくれました。

天才音楽家が五線譜に並ぶ、夢訪庵のお誂え帯

天才音楽家が五線譜に並ぶ、夢訪庵のお誂え帯

音楽は人を癒すと言われています。私もそう感じる場面をたくさん経験してきました。

私はこの日、着物にも同じ力を感じたのです。それ以来、オカリナの演奏をするときは、必ず着物を着るようになりました。

そして皆さんの話を聞いているうちに、幼き日の父と母の姿を思い出しました。

幼き日の記憶

父は、着物姿の母が好きでした。

「あら大変。もうこんな時間」

母は父が帰宅する前に、いそいそと着物に着替え始めます。なぜって、父が不機嫌になってしまうから……

父は、二十歳で実の母親を亡くしています。妻である私の母に、着物姿の母を重ねていたのかもしれません。

「着物だけは惜しみなく買ってくれたのよ」と、母が笑いながらよく話してくれました。

昔の人ですから、父から「似合うよ」「きれいだね」なんて言われたことはなかったかもしれません。でもきっと、父の態度のどこかにその気配を感じていたのではないでしょうか。

着物姿を喜んでもらえることの悦び。

母親ではなく。
一人の女性として。

そんな気持ちもあったのではないでしょうか。

そしてその母の母(私の祖母)は、品不足だった戦後の時期、自分の着物を4人の子どもたちの洋服に作り直したそうです。

「お母さんに残された着物は1〜2枚だったと思う。今思うと本当に可哀想なことをしてしまったわ」

少しだけ寂しげな顔で、母がそう話してくれたことを覚えています。

オカリナを奏でる渡辺由美さん

自宅の和室には衣桁があり、季節の柄の着物や母のお気に入りが飾られていました。私の日常には、着物が身近にありました。

子どものころの環境には、誰に何を言われなくても、いつの間にか影響を受けているものなのでしょうか。

訪問演奏の前夜、着物を着て行ったら喜んでもらえるかなと思ったのは、そんな幼き日の原風景があったからなのかもしれません。

音を着よう

着物が着られるようになると、これまで以上に興味を持ちはじめることは自然なこと。ただ、どれも素敵に感じ、選びきれません。

そこで私は、

「音楽の世界に生きているのだから、音楽をテーマにしよう」

と決めました。

フェルナンブーコで染められた紬に音符の地模様入り半衿を合わせて

フェルナンブーコで染められた紬に音符の地模様入り半衿を合わせて

ちょうどその頃、桝蔵さんの奥さま、典子さんと出会いました。京都きもの市場さんが主催した新年会のことです。

偶然にも典子さんとお隣の席になり、そこで着物の話をするうちに、音楽や楽器の帯が欲しいと言ったことが、桝蔵さんとの出会いに繋がったのです。

「夫が帯を作っているの。よかったらこの後、個展にいらっしゃらない?」

展示中の作品に、音楽モチーフの帯はありませんでした。けれど、これまでの作品集から、ト音記号の帯を見つけました。

弦楽器とト音記号が淡い色彩で織り出された夢訪庵の名古屋帯

弦楽器とト音記号が淡い色彩で織り出された夢訪庵の名古屋帯

優しい色、柔らかな曲線で表現された柄。私は他では見たことのないこの作品に一目惚れ。

ぜひ、この帯を作ってくださいとお願いし、さらに音楽に関する柄の帯を作って欲しいとお伝えしました。

そしてその後、完成したのが天才作曲家たちが描かれた帯です。

天才音楽家が五線譜に並ぶお誂えの帯

天才音楽家が五線譜に並ぶお誂えの帯

モーツァルト、ベートーヴェンやバッハ……

五線譜の上で愛らしく、音符のように描かれていました。すぐに誰なのかがわかるほど特徴も捉えています。

かわいい表情をしたお顔に、優しい色遣い。もともとディズニーのキャラクターに目がない私は、桝蔵さんの世界にときめいてしまいました。

この帯を締めていると、いろんな方が話しかけてくれます。なかには「写真を撮らせてください」とおっしゃる方も。

メルヘンな世界から飛び出してきた帯は、初めて出会った人との垣根を軽やかに超え、穏やかで豊かなコミュニケーションのひと時をもたらしてくれます。

天才音楽家が五線譜に並ぶお誂えの帯

桝蔵さんの作品に「フェルナンブーコ」という木の染料が使われるようになってから、さらに私の着物の装いの幅が広がりました。

2021.08.27

よみもの

「フェルナンブーコ」って、なあに? 「古谷尚子がみつけた素敵なもの」vol.1

赤、紫、ピンクの花びらはどれもフェルナンブーコの染料から現れる色。

赤、紫、ピンクの花びらはどれもフェルナンブーコの染料からあらわれる色

フェルナンブーコはブラジル産の原木で、弦楽器に使用する弓材の最高峰の材質。この弓材の制作時に出たフェルナンブーコの廃材から、桝蔵さんは染料を生み出したのです。

おかげで私は音楽をテーマにした柄だけでなく、音楽から生まれる「色」も楽しむことができるようになりました。

笑顔で満ちあふれた、代官山の個展

元NHK交響楽団で永年にわたってビオラ奏者を務めていた三原征洋さん。

着物も大好きで、私の音楽人生を豊かにしてくださった恩師であり、フェルナンブーコを桝蔵さんに紹介したのも三原先生です。

先生から、

「桝蔵さんが来年の個展でピアノのある会場を借りて、誰もが気軽に音楽を奏でられる空間にしたいと。由美さん、お知り合いの方々にいかがでしょうか」

という提案をいただきました。

当時、緊急事態宣言は解除されていましたが、それでもまだコンサートなどイベントの開催が少なく、生徒さんたちは発表の場を失っていた時期でもありました。

人前で披露することは、上達への近道にもなります。そして練習のモチベーションにも繋がります。さらに精神力や集中力……本番でしか教えられないこともあります。

演奏メンバーは三原征洋さんと渡辺由美さんがオーガナイズ

演奏メンバーは三原征洋さんと渡辺由美さんがオーガナイズ

私は生徒さんや知人に声かけをしました。

会期中、音楽を愛する方々が発表をする機会を得ることができました。オカリナ、ピアノや弦楽アンサンブルも。

さらに会場の入り口にはバーカウンターがあり、そこではコーヒーやワインなどの飲みものとアペリティフ(軽食)、スイーツなども用意され、個展会場は温かい空気に包まれていました。

「2022 夢訪庵展 代官山〜ようこそ憩いの空間へ」入り口にあるバーカウンター

「みなさんね、バーカウンターで立ち止まっちゃうんですよ。その奥に僕の作品が並んでるのに!ひどいでしょう」

「どうぞ、飲み物や軽食を楽しんで帰ってください。奥では演奏家の方々が演奏会もしてくれているんですよ。どうぞ音楽を聴きながらゆっくりしてくださいね」

「あ、帰ろうとしてはります?なんか飲んで行って!帰ったらあかん!」

桝蔵さんが面白おかしくお客さまと話していました。桝蔵さんが話しかけてばかりいるもんだから、お客さまから、

「ちょっとお願いだから、帯を見せて」

なんて言われている場面もありました。

これが展示会!?

笑い声と音楽が響きあう空間。

会場にお越しくださったお客さまは驚かれたのではないでしょうか。

和楽器が描かれた小紋をまとって

和楽器が描かれた小紋をまとって

桝蔵さんは、私たちに依頼したあとはすべてを委ねてくださいました。

バーカウンターチームも同じだったようです。

スタッフ全員を信頼してくれたことで、みんなが主役になり、全員で作り上げたという充実感がありました。

お客様だけでなく、演奏をした生徒さん、スタッフ、そして桝蔵さん。会場にいた誰もが、楽しいと感じる空間でした。

オカリナ教室の生徒さんたちと

メンバー全員が楽しさを感じていたからこそ、お客様にもその雰囲気が伝わり、ゆっくりとおくつろぎいただけたのではないかと思います。

桝蔵さんはご自身の作品を生み出すだけでなく、想像以上のおもてなしと、私たちへの信頼感で幸せを届けていたのです。

音楽と着物――

こんなにも幸せで豊かな時間を与えてくれるものなんだ、と、会場に流れる空気から感じました。

一生を音楽とともに

これからもずっと、音楽とはお付き合いしていくつもりです。

そして着物とも。

天才音楽家が五線譜に並ぶお誂えの帯
天才音楽家が五線譜に並ぶお誂えの帯

それから私にはもうひとつ、毎日着物を着て暮らしたいという夢があります。誰に会うでもなく、家でくつろぐ時も。

自分のためだけのひと時に。

音楽と着物は、私のこれから先の毎日も、きっと豊かにしてくれると思います。

撮影/菅原有希子(http://yukikosugawara.com

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