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首里花倉織 工房涼 金城涼子さん(沖縄県那覇市)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡り」vol.3

首里花倉織 工房涼 金城涼子さん(沖縄県那覇市)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡り」vol.3

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京都きもの市場の名物バイヤー・野瀬の買い付け現場に密着。引き続き沖縄より、今回は花織作家の金城涼子さんを訪ねました。

2022.10.31

まなぶ

玉那覇紅型工房(沖縄県那覇市・琉球紅型)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡り」vol.1

買い付けの現場から

それぞれの産地の特色を生かした、歴史ある染織の数々。そしてそのすばらしい伝統が消えないように、原料や技術を大切に守り真摯にものづくりを続けるひとたち――

それはこの先も、受け継がれるべき日本の文化であり、私たちの誇りです。

バイヤー野瀬

この連載では染織の産地とお客様を繋ぐエキスパート、京都きもの市場・名物バイヤーの野瀬達朗が、実際に買い付けをしている現場に密着。

朗らかな人柄と、その笑顔の裏側に秘める情熱でみつけたこだわりの品々を、作り手さんとの対話も交えながらお届けします。

気高き美の集結、花倉織

今回は、首里織の中でも高度な技術が求められ、織ることができる織り手もごくわずかという「花倉織」をご紹介します。

平織と絽織、さらに両面浮花織を組み合わせるという、極めて複雑で高度な技術を要する花倉織。その昔、琉球王朝の時代では、王族だけしか着用が許されていなかったという史実からも、その希少性や高級な織物であったことがわかります。

金城涼子さんの工房にて

金城涼子さんの花倉織

絽目が生み出す透け感、さらに平織と花織が加わることで生まれる陰影と奥行き。

光の反射によって、その表情は実に豊かな輝きをもたらします。織の技法が集結したこの花倉織には、圧倒的な美しさと雅な気品が宿っているのです。

優雅さと軽やかさのある、”単衣・夏きものの大本命”と言えるのではないでしょうか。

相当な技術を必要とする花倉織。現在では、限られた織り手さんしか織ることができません。

奇跡を生み出す花織作家・金城涼子さん

今回ご紹介する金城涼子さんは、そのおひとり。

バイヤー・野瀬が密かに注目している作家さんでもあります。

金城涼子さん

花織作家・金城涼子さん

ご存じのない方がいらっしゃるかもしれません。それもそのはず、全工程を一人で担う彼女の制作ペースはひと月に一反。

そして店頭に並べばすぐにお客様のもとへ。なかなか市場に出回ることがありません。

実は、花倉織に唯一無二の美しい魔法をかけられる作家さんなのです。

その魔法とは、いかに――

金城涼子さんの工房にて

バイヤー野瀬達朗(以下、バイヤー野瀬):花倉織を織ることができる人は少ないと聞いています。

沖縄の産地問屋さん(以下、産地問屋さん):そうなんです。まずは生地を見ていただけますか。経(たて)に花織 - 平織 - 花織 - 平織と並んでいますよね。

花織は交互に織っていくので、生地に生じる歪みをカバーしながら真っ直ぐ織れるのですが、花倉織は経に花織を織っていくため、歪みやすい。真っ直ぐに織ることがとても難しいんです。

織り進めていくと花織が緩みがちになり、平織はつまりがちになってしまうんです。

だから織り手さんの中でも、相当な技術を持っていないと織ることができません。でも、この”経に一列”というのが花倉織の伝統的な柄なので、変えるわけにもいきません。

金城涼子さんの工房にて

バイヤー野瀬:織り方によって力加減を調整しながら、しかもその調子を着尺分ずっと続けなくてはならないんですね。

それだけでも価値のある反物です。ただ僕が金城涼子さんに魅せられている理由は、他にもあるんです。

金城さんならではの優雅なグラデーション

バイヤー野瀬:織り自体が難解な花倉織は、みかけるもののほとんどが無地でした。ところが金城さんの作品は、さらにもう一歩踏み込み、縞や緯段などで美しい色彩のグラデーションが生み出されているんです。

グラデーションがとにかく美しくって… その色数の多さにも驚きました。織りの複雑さに色の複雑さまで加えてしまった金城さんの花倉織は、まさに奇跡と言うべききものだと思います。

金城涼子さんの工房にて

優雅なグラデーション

作家・金城涼子さん(以下、金城さん):「グラデーションで織ってみませんか」と言ってくださったのは、産地問屋さんの方からなんですよ。「あの植物を3段階のグラデーションで染めて経糸(たていと)に使ったらどう?」と提案いただいて、私が「やってみます」という感じで。二人三脚で作り上げてきました。気づいたら一反に使う色糸が増えていました。

産地問屋さん:こちらは言うだけです。ここまでの組み合わせが実現できたのは、やはり涼さん(金城さん)だから。色の染め方、選び方も涼さんのセンスが輝いています。彼女は新しい花倉織の世界を築いたんです。

金城涼子さんの工房にて

金城さん:新しい配色に挑戦する時は、不安になります。そんな時いつも、実際に着ていただくお客様の好みを知っている問屋さんが背中を押してくれるから、安心できるんです。本当にありがたいことです。

産地問屋さん:涼さんは経歴が長く技術も高いので、絣もできるし、ロートン織も花織もと織り続けて来られています。これまでずっと、妥協のないものづくりをしてきた結果が”金城さんだけの花倉織”に集約されたのだと思います。

金城涼子さんの工房にて

染色もご自身で。かつては絣の入った花倉織も

金城涼子さんの工房にて

バイヤー野瀬:草木染めもすべてご自身でやっていらっしゃるんですよね。

金城さん:はい。私が使うのは、身近にある草花がほとんど。庭で育てているゲッキツも使います。とても優しい黄緑色に染まるんですよ。

藍は生葉しか染めないので、濃紺の藍色が欲しい時だけ『工房 真南風』の花城さんにお願いしています。

金城涼子さんの工房にて

緑豊かな金城涼子さんのお庭。息子さんと一緒に手がけているそう

2023.01.17

まなぶ

工房 真南風(沖縄県中頭郡読谷村・首里織)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡り」vol.2

金城さん:以前は絣を組み合わせて織った作品もあったんですよ。

バイヤー野瀬:ほんまですか!?もう作らないのですか?

金城さん:今はもう作っていませんね。指がね、折れ曲がったままになってしまったのでもう難しいんですよ。

金城涼子さんの工房にて

買い付け、スタート!

金城涼子さんの工房にて

金城さん:経糸(たていと)を整経(せいけい)する段階で二反織り続けられるように組んでいるので、このオーダー分の着尺が終わったら、このままもう一反作れますよ。

金城涼子さんの工房にて

金城さんの言葉に反応したのは、もちろんバイヤー・野瀬です。

バイヤー野瀬:実はこの色合わせがとてもいいなと思って見ていたんです!

金城さん:緯糸(よこいと)の配色を変えるだけで雰囲気が変わります。新たに黄色を加えるとか、これよりも強いグリーンを入れてみてはどうでしょう。

バイヤー野瀬:もう少し深みのある緑もいいですね。

金城さん:そうね、でもあまりに強すぎても…… フワッとさせたいわ。ああ、この色なら強くても綺麗だわ。

金城涼子さんの工房にて

まるで何かに導かれるかのように、金城さんが絹糸を並べます。

金城さん:ここにもうひとつ色を足すと、すごく綺麗だと思うの。薄紫はどうかしら。緑と紫は”最強の組み合わせ”ですからね。これなら安心して織り進められるわ。優しい雰囲気のグラデーションが生まれますよ。

バイヤー野瀬:”最強の組み合わせ”、でお願いします!

金城涼子さんの工房にて

配色に光るセンス

金城涼子さんの工房にて

バイヤー野瀬:この一反に加えて、新しい巻きでも二反作ってもらうことはできますか? クワディーサー(モモタマナ:シクンシ科の落葉高木)から出るグレーを経糸に使ってほしいのですが。こちらも濃い地色でお願いしたいです!

クワディーサーとは、亜熱帯地方でよく目にする大木のこと。沖縄の公園や街路樹でもよく見かける落葉樹です。

金城涼子さんの工房にて

打ち合わせで見せてもらった生地見本

金城さん:クワディーサーのグレーにピンクの糸を足しましょうか。ピンクはどの植物がいいかしら。月桃(ゲットウ)か桜か…… ガジュマルのピンクも綺麗よ。

バイヤー野瀬:今回は渋い色でお願いしたいので、月桃でお願いできますか。月桃(ゲットウ)って響きもいいですよね。お客様に「月の桃と書くんですよ」とご説明するのも、ロマンティックでいいなぁ。色も本当に綺麗で、この銀鼠のような輝きが最高です。

金城涼子さんの工房にて

金城さん:福木の黄色に、強めの藍色とログウッドの紫を加えて…… ここにもう一色、濃い色を加えて、中央をグレーにしてグラデーションを作りましょうか。

金城涼子さんの工房にて

花倉織に魅せられて

色を決めてひと段落したころ、金城さんに花倉織の魅力を伺いました。

金城涼子さんの工房にて

金城さん:光にかざすと輝く、あの絽目の透け感がなんとも言えません。花織によって生まれる奥行きもですし、立体感よね。その日の、その瞬間の光で変容する美しさを目の当たりにすると、ああ、やはり私は花倉織が好き、と再認識します。

さらに経糸や緯段でグラデーションを生み出し始めて、もっと奥行きが作れるとわかってからは、ますます花倉織の魅力に惹き込まれました。

金城涼子さんの工房にて

バイヤー野瀬:他に、作り手として大切にしていることはありますか。

金城さん:なるべく表面に結び目を作らない、出さないというのが目標です。整経までは、努力をすれば繋ぎ目を作らないことができます。でも織っていると、どうしても切れてしまうことはあるんですよね。

その場合は、左右の端どちらかに繋ぎ目がくるようにして、縫い代に収まるように繋ぐようにしています。繋ぎ目のせいで生地が破れる心配をゼロにしたいんです。これにはとても気を遣っていますね。できれば親子3代に渡って着てほしいと思いながら織っていますから。

“早い”理由は、人生の多くを使っているから

織っている様子も見せてもらいました。

機織りというと、「スー、トン。トン」、「カタン、カタン」と、杼の心地よいスピードとリズムをイメージするのではないでしょうか。

しかし、花倉織のそれは全く異なりました。

金城涼子さんの工房にて

上下する経糸の綜絖の間が狭く、杼を通すにもスムーズに入らないのです。

さらに花織、平織、絽によって力加減や織り方が変わる上に、金城さんの場合は緯段をグラデーションにして織っていくため、糸も変えなくてはなりません。

杼をそっと上下する経糸の間に通し、ゆっくりと、右から左へ。

途中で杼がつかえたら手で直して、筬をトン。トン。

金城涼子さんの工房にて

金城さんは一往復で手を止めました。

金城さん:色を変えながら、平織と絽織と花織の三種類を織り変えながら進めなくてはならないの。集中していないと間違えてしまうんです。だからあとは、一人の時に作業させてね。

そう、花倉織は、心地よく淡々とただ織り進める“作業”ではありませんでした。

常に力加減や色合わせなど、意識を機に集中し続けなくてはならないのです。効率化もスピードアップもできません。

丁寧に、ゆっくりと。

平織にはこの加減。

花織は緩まないように。

この段まで織ったら色を変えて……

ベテランである金城さんでさえ、こんなにも時間がかかります。それでも月に一反、織ることを目標にしているといいます。

金城涼子さんの工房にて

バイヤー野瀬:ほんまにゆっくりとしか杼が通せないんですね…… こんなにも時間がかかるなんて思っていませんでした。

金城さんが、これまでで一番はっきりと、そして強い口調でおっしゃいました。

金城さん:手を早くすることなんてできません。だから、とにかく時間をかけるんです。時間が足りなかったら、4時に起きて作業を始めます。

家に帰ってからは作業ができないので、料理をしながら、お風呂や布団に入ってから、次はあの色をやってみよう、これもやってみたいとずっと考えています。時には夢に出てくることも。こうして月に一反を仕上げています。生活のすべてをささげています。

「私は、幸せ。」

金城さん:何をしているのが一番楽しいんだろう、と考えるとね。花倉織を織っているときなの。だから洗濯や掃除に疲れたなと思ったら、ここ(自宅の庭にある工房)に避難してきちゃう。

金城涼子さんの工房にて

ご自宅の庭に咲く花。

金城さん:休みたいと思ったことがありません。織っている時がとても幸せなんです。幸せだと思えることを一日中ずっとしていられるなんて、私は幸せね。

限られた織り手にしか表現できない高度な技術と、色彩豊かなグラデーションで織り上げられる、金城涼子さんの花倉織。

彼女が配色を決めて糸を染め、織り上げるすべての工程で感じている”心からの多幸感”が、その一反にはぎゅっと詰まっています。

金城涼子さんのご自宅と工房を繋ぐお庭にて。バイヤー野瀬と金城さん

金城涼子さんのご自宅と工房を繋ぐお庭にて

撮影/田里弐裸衣 @niraiphotostudio

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