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ブルゴーニュのワイン畑で結婚パーティ ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.2

ブルゴーニュのワイン畑で結婚パーティ ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.2

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古典文様から洋のエッセンスを感じる図柄など、他に類を見ない世界観を放つ『夢訪庵(むほうあん)』桝蔵順彦氏の作品。そして、その個性に惹かれた女性たちとの出会い。第2話は、フランス人の彼と結婚したモモコさんのストーリーです。

2022.09.26

よみもの

⺟の祈りを帯に込めて ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.1

「自分らしさ」を教えてくれた帯

季節や時間、見る角度によって奥行きのある輝きが生まれる草木染め。そして多様な技法で生み出される手機の妙味、自由な発想で描かれる図柄。

他に類を見ない世界観を放つ『夢訪庵(むほうあん)』桝蔵順彦(ますくらゆきひこ)氏の作品の数々と、その個性に惹かれた女性が出会った瞬間に生まれるストーリー。

小花

第2話は、フランス人の彼と結婚をしたモモコさん。

二人は日本とフランスで結婚パーティをしようと計画をしました。

まずは日本でささやかに。そして翌年にはブルゴーニュのワイナリーで、200人以上のゲストを迎えてのウェディングパーティを。

今回は、彼女が婚礼衣装として誂えた帯の物語です。

一生に一度の婚礼衣装に誂えた帯のこと

初めまして、モモコと申します。趣味はガーデニング。だから春になると大忙しです。夫には「あなたはファーマーのように真っ黒だ」と言われるほど、ひもすがら庭で過ごしています。種から育てたレモンの苗木は、毎年友人にお裾分け。私のレモンは全国各地で育っているんですよ。

小花

フランス人の夫であるブルノは依頼があれば世界各国、その地に赴いて仕事をしています。行く先々で環境も変わる忙しい日々を過ごしていましたが、数年前には縁があって1895年にパリで創設された歴史ある料理学校で、大好きなお菓子のことを学ぶ機会がありました。その後日本のブーランジェリーで働いたこともありました。

私たちはお互いに日本とフランスの文化を尊重しながら、一つ一つ乗り越えてきました(時にはケンカもするけれど!)。

『夢訪庵』の桝蔵順彦さんとは、ブルノよりももっとお付き合いが長く、出会ってから四半世紀以上が過ぎようとしています。

夢訪庵展

夢訪庵展会場風景

実は自分で着物を着られない私が、たった一度だけ婚礼衣装として誂えた帯がありました。

その帯には、私とブルノ、そして桝蔵さんとの想い出が、ぎゅっと詰まっています。

ウェディングパーティで「KIMONO」を

付き合って3年目に、私はブルノと結婚をしました。日本で入籍届を提出し、その日は家族と友人だけでささやかな会食をしました。

そして翌年、ブルゴーニュのワイナリーでウェディングパーティをしようと計画をしたのです。

自宅の庭

モモコさんの自宅の庭に咲く花。春には花粉まみれの蜂の姿も

「私、なにを着ようかな」

入籍して1年経ってしまうこともあって、ウェディングドレスを着ることに抵抗がありました。そしたらブルノまで、

「ウェディングドレス着るの、変だねぇ」

なんて言い出して。何よ、ブルノまで言わなくたっていいじゃない。とはいえ、もともと着飾ることが好きではないからいいのだけれど。

しばらくしてブルノから家族や親戚が「モモコにはKIMONOを着てほしい」と言っていると聞かされました。

「見たことがないから」なんて言われたら、見せてあげたいという気持ちにもなります。

でも……

そもそも私は自分できものを着ることができません。

それなのに……
フランスでKIMONO!?
ええ〜!?

大変なことになりました。パーティまで一年もありません。私は早速、以前勤めていたN絵本美術館の元館長で、きものに精通するK子さんに相談をすることに。

N絵本美術館は東京の閑静な住宅街にある瀟洒な佇まいの小さな美術館で、私の元勤務先でした。

都会の喧騒を忘れさせる広大な公園内に併設されていたこともあって、緑豊かなその職場が大好きでした。K子さんはそこの館長さん。惜しまれつつも美術館はなくなったけれど、彼女との関係は途切れることなく、定期的にお会いしていました。

きものエキスパートたち、大盛り上がり

待ち合わせの場所に行くと、K子さんと桝蔵さんと奥様がいらっしゃいました。3人に経緯を説明すると大盛り上がり!

『夢訪庵』は毎年、N絵本美術館で個展を開いていたので、桝蔵さんのことは私もよく知っていました。

彼の作品を初めて見たときの衝撃は忘れられません。

こんなにも洗練された帯を作る人がいるなんて……

夢訪庵展

秋に開催された金沢での夢訪庵展会場風景

それまで着物は、私にとって別世界でした。和の世界には厳しいルールがあるイメージが先行し、敷居が高くて触れられなかったのです。だから自分がきものを着るなんて論外。想像したことさえありませんでした。

「僕はね、ももちゃん。ルールやしきたりだけで着るんやなくて、大好きなおしゃれをするように、洋服を選ぶようにしてきものを着たってええんやないかと思ってる」

桝蔵さんのこの一言で、心がふわりと軽くなったのを覚えています。そうか、きものは自由な発想で楽しんでもいいんだ……

三人の会話はますますヒートアップしていました。
きもの用語が飛び交い、途中からはよくわかりませんでした……

そして桝蔵さんが、「よっしゃ、ももちゃん!帯、作ろう!」とおっしゃったのです。

わたしの着物デビュー、しかも婚礼衣装でいきなりお誂え!?

夢訪庵展

夢訪庵展会場風景

でももし、結婚式で桝蔵さんの帯が締められるのなら……

きものを着てみたい!

自分では着られないし、一枚も持っていないけれど、どうにかしよう。心強い味方がこんなに近くにいてくれる。

決めた。

私、桝蔵さんの帯を婚礼衣装にする!

あんなに戸惑っていた気持ちが嘘のように、私の心は決まりました。

こんなことでもなければここまで思い切ったことはできません。私は桝蔵さんに帯を誂えていただくことにしました。

相談してよかった。これでブルノの家族たちにきもの姿を見せてあげることができます。

ウェディングに「婚礼用」は着たくない

そうと決まれば、次はきもの探しです。とはいうものの、白無垢や打掛といった婚礼衣装を着る気にはなれませんでした。

場所はフランスの片田舎ブルゴーニュ。会場はワイナリーです。格式高い婚礼衣装は場違いな気がしたし、自分が着ている姿を想像することはできませんでした。

当時、一緒に暮らしていた祖母は、きものをよく着ていたので、家には着物がたくさんありました。まずは母と祖母と、箪笥の中を覗いてみることに。

しばらくすると母が、

「私のきものが出てきたわ」

と言って、母が二十歳のころに誂えたきものを見せてくれました。白地に優しい藤色の柄が大胆で、昔のものとは思えないモダンな雰囲気の宿る着物でした。

母のきもの

母が二十歳の頃に誂えたきもの

白地に絹特有のとろみのある質感と、控えめながらも上品な光沢感はシルクのドレスのよう。さらに大胆な藤色の柄は、まるでワイン畑で収穫を待つ葡萄のような色です。

白地に紫色―

フランスを代表するワインの生産地、ブルゴーニュ。広大なワイン畑で開催するウェディングパーティに、これ以上調和の取れたきものがあるでしょうか。

「お母さん、私のウェディングドレスにしてもいい?」

リクエストなしで誂えた帯が、私の価値観を変えた

招待状

和紙で作った招待状

それからはゲストのリスト作成や、招待状を作成する日々。ワイナリーでのウェディングパーティはパッケージでなくすべてがオリジナルだったので、準備はすべて私たち。本当に大変でした。

そんなある日、ついに帯が届きました。

桝蔵さんには母のきものを一度お見せしただけ。そして私からのリクエストは一切なし。すべて委ねました。

どんな帯が仕立て上がってきたのか、想像もつきません。ブーケのようなお花の柄、それともワイナリーにちなんで葡萄とか?さあ、どんな帯を誂えてくれたのかしら。

開梱しながら、胸の高鳴りが抑えられません。

箱を開けた瞬間……

思わず笑っていたかもしれません。

「やっぱりすごいよ……!」

お太鼓柄は、おしゃれな女性がパリの街を歩いている情景だったのです。

誂えた帯

お誂えの帯にはパリのおしゃれな女性やエッフェル塔、カフェが描かれていました。

エッフェル塔やカフェが並び、彼女たちは犬を散歩させながら、おしゃれを自由に楽しんでいます。まさかパリの日常を、婚礼衣装の帯にするなんて!

誰が想像できたでしょうか。

でもこれこそ、私が桝蔵さんにリクエストなく委ねた理由でした。私の価値観を軽やかに飛び越えた、この感性です!

白無垢や打掛といった婚礼衣装を着る気はない―

結婚式だというのに、婚礼衣装を着ることに「自分らしさ」を見いだせなかった私。

「僕はね、ももちゃん。ルールやしきたりだけで着るんやなくて、大好きなおしゃれをするように、洋服を選ぶようにしてきものを着たってええんやないかと思ってる」

表情豊かな草木染めの糸を使い、卓越した織の技術で自由な世界観を放つ桝蔵さんの作品が私に囁きます。

自分らしさを大切にしてええんやで。

誂えた帯

淡い色調が上品な雰囲気

日本の厳かな場所ではなく、ブルゴーニュのワイナリーで着ること。そしてゲストはほぼ海外の人たちで、きものを着るだけでも喜んでくれるだろうということ。

結婚パーティだけでなく、いつか私がきものを着ようとしたときにも締められるように、ということ。

パリの帯

きっと今回のウェディングパーティの形態や、他のシーンでも締められるようにとか、いろいろなことを配慮してくれたんだと思います。いつものように、何もおっしゃってはくれないけれど。

みんなと一緒じゃなくてもいい。

自由に、自分らしさを見失わずに。

こうして、私の価値観をはるかに越えた帯によって、母のきものに現代的なエッセンスが加わり、私だけの婚礼衣装が完成しました。

フランスのウェディングパーティ事情

ここで少しだけフランスのウェディングパーティ事情を。

通常は家族や近親者が出席し、市役所の市長さんの前で公的な書類にサインをします。その後、場所をパーティ会場へ移動し、vin d’honneur(ヴァン・ド・ヌール)という立食形式のアペリティフの会で、飲み物とフィンガーフードなどの軽食を準備し、招待客をおもてなしします。

そして日が暮れ出したころに、着席スタイルの会食がスタート。その後はダンスやゲームなどで賑やかな一夜を過ごします。大抵は明け方まで続き、中には3日間かけて行うカップルもいるほど長い時間をゲストとともにします。

フランスのウェディングパーティは、終始ゲストと近い距離感を大切にしているんです。

”私たちらしい”ウェディングパーティ

こうして迎えたフランスでの結婚披露宴。

私とブルノは、大好きな人たちに囲まれて、ブルゴーニュのワイナリーでウェディングパーティを開くことができました。

ウェディングパーティ当日

白、グリーン、パープルをウェディングパーティのテーマカラーに。

私の花嫁姿をみて、ブルノの家族はとても喜んでくれました。そしてゲストの人たちも。なかでも、パーティの様子を撮影してくれたフォトグラファーは大興奮でした。

「僕、KIMONOの女性を撮影するのは初めてなんだ!」と言いながら、こちらが笑っちゃうくらいシャッターを切ってくれました。

そして結局、着付けはどうしたかというと……

ウェディングパーティの当日

ブルゴーニュには桝蔵夫妻も来てくださいました。

私たちのパーティに桝蔵夫妻が出席してくださって、奥様が着付けも含めたお支度を整えてくれたのです。この帯と着物に合わせた帯揚げと帯締めまでプレゼントにいただきました。

アペリティフの会には約200人、そして夜の会食には100人近くのゲストと明け方の4時近くまで、私たち二人はすばらしい仲間と最高のひとときを過ごしました。

帯の物語は、この先へ

何を着る?という問いから始まり、準備のすべてが挑戦となりましたが、私たちらしさを大切にしたウェディングパーティをオーガナイズできたことはとても幸せでした。

パリの帯

帯揚げと帯締めは桝蔵さんの奥様からのプレゼント

桝蔵さんとのお付き合いはずっと続いています。

そして今年4月に行われた「2022 夢訪庵展 代官山」では、お客さまに振る舞うアペリティフを私とブルノが任されました。

アペリティフ
アペリティフ

打ち合わせは5分程度の電話のみ。

「ももちゃん、キッチンのある会場を借りたからお菓子出してくれへん?」

「あとは任せる!」

え〜!? あとはって……

長いお付き合いのおかげで、言葉があまり必要のないことはお互い理解しています。だから仕事の重みを感じたものの、同時にわたしたちへの信頼を感じ、楽しく給仕させてもらいました。

そして個性的で温かい人たちとのたくさんの出会いも。

桝蔵さんと私の関係から、ブルノが加わりました。そして桝蔵さんの周りにいる、個性的で温かい人たちと繋がって。

「パリの帯」

当初の目的はウェディングパーティ用にと誂えましたが、今の人生や出会った人たちと繋がっている気がしてなりません。

彼らとは付き合いが長くなるほどに、深く、強いご縁になっていくはず。桝蔵さんと私の関係のように。

代官山の個展にて

代官山の個展にて

相変わらずきものは着られないし、この帯を締めたのはウェディングパーティの一度きり。

でも毎年、あの帯だけはたとう紙を開けて必ずお手入れをします。準備した新しい着物専用の除湿・防虫材に取り替えて、それから空気を通して。

帯のお手入れをするたびに、披露宴の想い出を噛みしめながら。

楽しかったな。また着たいな……

来年の桝蔵さんの個展では着てみようかしら。着付けの先生をしていらっしゃる方が、

「持っておいで、着せてあげるから」

とおっしゃってくれたし。甘えちゃおうかな。

これからも自分達ならではの方法で、フランスのエスプリと日本の文化との融合を、みなさんと分かち合い、お届けするのが私とブルノの役目かなと思っています。

自由に、楽しく。

自分らしく人生のデッサンを。

撮影/菅原有希子(http://yukikosugawara.com

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