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壮観なり!狂言装束の糊付け 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.1

壮観なり!狂言装束の糊付け 「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」vol.1

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室町時代の庶民に根差した狂言の笑いをいまに伝える大蔵流狂言師・茂山千五郎家。観る者にほのぼのとした和みのひとときをもたらす“お豆腐狂言”として親しまれる、茂山千五郎家の一年に密着します。「笑門来福」な狂言の世界へ、いざゆかん!

まなぶ

気になるお能

夏の恒例行事「装束の糊付け」

狂言の装束

狂言の登場人物たちは、その身分や職業、性別などによって装束が決まっています。

茂山千五郎家の蔵に大切に保管されている装束・小物は、その数なんと5000点以上。

これらは年に一度、梅雨明けからお盆くらいにかけて、役者たちの手で糊付け・虫干しが行なわれます。

千五郎さんの作業風景

ご当主・茂山千五郎さんの作業風景

半日4人がかりで、のべ10日間。

約1000点の装束一枚一枚に糊付けしていく作業は、体力と気力のいる仕事です。消耗品である装束は、古いものでも20年ほど。丁寧な糊付けが装束を長保ちさせています。

糊を希釈する様子

自分なりの分量で糊をつくる茂山逸平さん(奥)と島田洋海さん(手前)

使う糊は、懇意にしている糊屋から買ってきたもの。長らく愛用してきた洗濯糊が販売終了となり、いまは友禅染に用いられる糊を採用しているといいます。

そのままでは粘りのあるドロドロの状態であるため、水を加えて伸ばしていくのですが、その比率は決まっていないのだとか。

「濃さは各自の好みですね。付ける糊の量もそれぞれです。装束を畳む順番で糊を塗っていきます。もちろんくっつくので、乾かした後でパリパリと剥がします」と、ご当主・十四世 茂山千五郎さん

畳みながら糊を付ける千五郎さん

畳みながら糊を付ける千五郎さん

千五郎さんの従兄弟で、2014年のNHK朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』などドラマ出演も多い茂山逸平さん曰く、

「人によって若干やり方が違うんです。習った方法を自分なりにアレンジして、畳み方が間違っているのを見つけたら修正しながら糊付けしていきます。

去年の糊が残っているところもあれば、重ね塗りすることで糊が甦ってくる箇所も。しっかり付けるところと、そうじゃないところ、自分好みに仕立て上げていきます。

ぼくはパリッとさせたいので、ぎゅうぎゅう押し付けながら糊付けしてますね。でも、紐はそこまで強く当てない。結びにくくなるので」

茂山逸平さん

軽妙な返しで終始、場の雰囲気を和ませる逸平さん

「業者がいないので自分たちでやるしかない」と、朗らかに笑う彼ら。

好みでない糊付けには、「着たときに『糊付けたん誰やねん!』って文句言いますよ(笑)」という逸平さんの言葉に、その場が笑いに包まれました。

紋のアップ

「雪輪に蒲公英」は能楽師共通の紋

代々受け継がれてきた年中行事

この日は、狂言袴(二尺五寸の半袴)に長袴、肩衣がノルマ。

10時頃からスタートし、お昼休憩を挟んで、14時にはシートが敷かれた舞台の上に糊付けされた装束がずらりと並びます。

装束を舞台に並べる逸平さん

きっちりと畳んだ装束を広げる逸平さん。紐も重ならないように置いていきます

指先の感覚を頼りに作業を進めるなか、「一年に一回なので、初日はイマイチなんですよね(笑)」と千五郎さんは言います。

「豆から作られる天然糊なので、天気や湿気によっても変わります。装束は麻なので、水分で縮みます。濡らして干してを繰り返すことで多少アンバランスにもなるため、それを修正するのも糊付けの役割」

竹尺で装束を畳む千五郎さん

竹尺で装束を畳む千五郎さん

装束を返したり、折り畳んだりするのは竹尺で。折り目がズレないように、そっと扱います。

袴一枚の作業時間は、約10~15分。糊付けして正しく畳んだ後は、座布団の下のござに挟んで圧をかけ、その後、広げて乾かすのです。

畳んだ装束をござに挟む島田さん

畳んだ袴の折り目がズレないようにござに挟む島田さん。この上に座布団を敷いて座りながら作業を続けます

撮影日は、若手のひとりでもある千五郎さんの息子(双子の兄)竜正さんも参加。

「装束が畳めることが大前提。構造が分かるようになる高校生くらいから手伝いに入って、怒られつつ叱られつつ、身体で覚えていきます」と、息子の刷毛捌きに目を光らせる千五郎さん。

息子に見本を見せる千五郎さん

息子に見本を見せる千五郎さん

「塗る折るを互い違いに」と、実演しながら手ほどきます。

「センターを意識せなあかん」など、合わせるポイントを分かりやすく伝えていく姿に、父ではなく師としての威厳が垣間見られました。

糊付けをクラファン返礼品に!

今年の糊付けはクラウドファンディング「狂言の至宝を後世へ」の返礼品のひとつになっていて、取材日にも3名の参加者が狂言師たちの作業を間近で見学されていました。

見学するクラファン参加者

「自由に見てください。何でも質問してください」というウェルカム体制に、見学の方々も手元を覗き込んだり、糊をかき混ぜてみたり。気になることをいろいろと問いかけ、現場は終始和やかムード。

質問に答える間も手を動かし続ける狂言師たちとの会話が弾みます。

「帯は締めるんちゃうねん、折るねん。ぎゅうぎゅう締めつけたら帯が傷んでしまう」

や、

「女性のきものは大変やわ。腰紐が多ければ多いほど、着崩れが増えるから。装束は胴帯だけやから直しやすい。紋付でも下紐なしで帯だけやし」

といった狂言師ならではの言葉の数々に、クラファン参加者と取材クルーから「へぇ」が連発。

見学するクラファン参加者

希望者は糊付け体験も! なんとも価値のある返礼品です

「折り目の間違いを見逃せない性分です。腰も痛くなるので糊付けはしんどいですが、衣装に愛着が湧きますし、装束を大事にするためにも必要な作業。狂言を上演するためにも必要不可欠だからこそやれるんやと思います」

という千五郎さんのお言葉に、装束への愛情が滲み出ていました。

長袴に糊付けする逸平さん

ビフォーアフターで幅が2㎝も変わるという長袴。全身を使って隅々まで糊を当てていく逸平さん

袴のランク付け

第一線で活躍できるのは5年ほど。「ランク落ちした装束は、体育館での学校公演などで使います」

「おじいちゃんはめっちゃ下手やったなぁ。子ども心に『下手やなぁ』っていつも思ってたもん(笑)。ひいじいちゃんが装束管理を一手に担ってて、息子があまりに杜撰ずさんやから任せられず、孫に仕込んだから、父たちはちゃんと出来るんですけどね」

と、逸平さん。

※茂山四世千作氏のこと。千五郎家十二世当主(1966-94年)。人間国宝(重要無形文化財「狂言」各個認定保持者)、文化勲章受章者、文化功労者、日本芸術院会員。「天衣無縫、自由闊達。天性の喜劇役者」と評され、「出てくるだけでも面白い」狂言師として伝統芸の基礎に立脚した自由自在の境地で知られた。同じく人間国宝(重要無形文化財「狂言」各個認定保持者)の二世茂山七五三はその次男

家族の思い出と行事ごとが密接に関わっているのも、同業者一族ならでは。

狂言の衣裳

「きものと」らしく、装束についての記事から始まった新連載の次回は、装束部屋の奥にある「おもての蔵」とおもての虫干し、さらには貴重なおもてのいくつかをピックアップしてご紹介します。

少しずつ狂言の魅力を紐解いていく「大蔵流狂言師・茂山千五郎家の365日」、どうぞご期待ください。

今月の狂言師

茂山千五郎

十四世 茂山千五郎しげやませんごろう(本名:茂山正邦)

1972年7月7日生まれ。五世千作の長男。
1976年『以呂波』のシテで初舞台。1993年『釣狐』、2004年『花子』を披く。
2016年、十四世茂山千五郎を襲名。
好きな狂言は、『靭猿』『空腕』『通圓』『釣狐』『花子』。愛称は「まーくん」。

茂山千五郎家家系図

「8月は、比較的ヒマな時期。それは昔から変わりません。そのため、狂言師が自由になる時間も多い。

千五郎家にとって8月は、装束の糊付けや面の虫干しなど、忙しくなる秋からの各公演に向けてメンテナンスをする月です」

公演告知

茂山狂言会

2024年9月23日(月・祝)
金剛能楽堂
(京都)

茂山狂言会』(略して、「茂狂」)は、春と秋の年2公演行われる茂山千五郎家で最も重要な自主公演。今年は、茂山宗彦しげやまもとひこさんが「木六駄」に挑む節目の会。

「木六駄」とは、6頭の牛に積んだ薪のこと。舞台に登場しない牛を見せる演技が最大の見どころ。その他、「鶏猫」「犬山伏」と、動物を隠れテーマとした3番組が楽しめる。

千五郎の会

2024年9月28日(土)
セルリアンタワー能楽堂
(東京)

東京で5回目の開催となる『千五郎の会』。今回は、新作狂言「大仏くらべ」が東京初上演される。

その他、山伏VS禰宜の「禰宜山伏」、酢売りVS薑売りの「酢薑」で、比べ物シリーズの3番が揃う。山本則孝氏を迎えた大蔵流東西対決も見もの。

撮影/スタジオヒサフジ

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