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師匠の遺した着物は誂えたかのようにぴったりだった― 講談師 七代目 一龍斎貞鏡さん(前編)

師匠の遺した着物は誂えたかのようにぴったりだった― 講談師 七代目 一龍斎貞鏡さん(前編)

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祖父から続く講談師の家に生まれ、令和5年秋、真打へ昇進した七代目 一龍斎貞鏡さん。4児の母であり着物好きでも知られ、軍談などの修羅場ものを得意とする講談師です。3年ほど前に亡くなられた師匠であり父である八代目一龍斎貞山さんへの思いから、講談と着物まつわるエピソードをうかがっていきます。

2023.02.25

インタビュー

先達の姿から“粋”を知る― 歌舞伎俳優 尾上右近さん(前編)

講談師の家に生まれて

世襲ではない講談界において珍しく……

父は古典講談の本格派八代目 一龍斎貞山、祖父は怪談噺を得意とした七代目 一龍斎貞山、義祖父は世話講談の第一人者六代目 神田伯龍と、講談師の家系に生まれた貞鏡さん。

一龍斎貞鏡””女性講談師””講談”

大学生のときに初めてみた父の高座に惹かれ、講談師の道を志します。

2008年1月、大学卒業を前に弟子入りを許可され、入門。4月に前座となり、一龍斎貞鏡となりました。

2012年に二ツ目に。2022年に第77回文化庁芸術祭賞新人賞受賞。入門から15年経った2023年10月、真打へ昇進されました

父であり、師匠であった八代目 貞山の格調高く美しい日本語の語り口を受け継ぎ、古典講談を得意とする講談師として活躍しています。

師匠の形見の色無地

京都きもの市場のイベントでも、高座を披露してくださっている一龍斎貞鏡さん。

2020.01.23

イベントレポート

人気女性講談師・一龍斎貞鏡さんによる新年初講談レポート!講談師にまつわる着物エピソードも

この日も取材後に高座が控えているとのことで、講談師としての着こなしでいらっしゃいました

イベント時とはまた違う、きりりした佇まい。黒紋付の羽織が映えます。

一龍斎貞鏡””女性講談師””講談”

「今日は、亡き師匠の着物(男着物)を

厳つい人だと思っていましたが、女物から男着物を作ることをしていたんですね。これは女性用の色無地で仕立てています。松皮菱のなかに花菱が入っているような変わった地紋。シンプルだけれどもどことなく華やかさがあるのは、やはり生地が女物だからでしょうね。

実はこの着物、令和3年4月23日の高座で師匠が着ていたものなんです。師匠はこれを着て倒れてしまったので思い入れがあります。

しばらくは触ることもできなかったのですが、三回忌も過ぎましたし、高座で恩返しができたらいいなと思い選びました」

父の着物姿を見ずに育った

――お父さんが講談師でしたが、子供のころからお父さんの着物姿を見ていたのでしょうか。

一龍斎貞鏡””女性講談師””講談”

「それが、初めて講談を聞くまで、父の着物姿すらまともに見たことがありませんでした

ずっとすれ違いの生活でしたからね。私が朝、学校行くときにはまだ寝ていましたし、学校や塾から帰ってくる時間には夜席へ行っていない。打ち上げして帰ってくるので寝る時間になってもまだいない、という感じです。土日はもちろん公演が入っていますし、地方へ行き家を空けることも多かったです。

家には父の稽古部屋があり、衣裳もそこにしまってありましたが、台本もあるしカセットテープもある……すべて大事なものだから稽古部屋には一切入らないようにと言われていました。なので、どんな着物を着ているかも知りませんでした

まさかこういう形で、師匠の遺した着物を一気に譲り受けることになってしまうとは……

驚いたことに師匠と私の着物のサイズが同じだったんです。

師匠は自分にとって偉大な存在なので大きく見えるし、毎日、師匠の着物を畳みながら恰幅のいい大きな人だなと思っていました。それなのに、袖を通してみたら裄も丈もぴったりでビックリ。不思議ですよね」

江戸の講談師の着こなし

――師匠の貞山先生も、今日のような色味でまとめられることが多かったのでしょうか。

”一龍斎貞鏡””女性講談師””講談”

高座では着物が目立ちすぎないようにするのがお約束ですので、こういうシルバーグレーの色味が好きでした。そして、この黒紋付の羽織を合わせるのが多かったです。

大阪の講談師だとジャガード織のような派手な着物を着られる方もいらっしゃいます。いっぽう、江戸の講談師はわりとシックな着物が多いですね」

――半衿のお色は紺で。

「わりとこの組み合わせが多いです。グレーの着物にベージュや薄桃色の半衿といった淡い色同士を合わせることはしません。パキッとしたほうが好きなんです。

これも師匠譲りですね、白黒はっきりつける性格は、私も似たところがあるんです」

”一龍斎貞鏡””女性講談師””講談”

──性格だけでなく、着物の好みも同じように。

「パキッパキッとね。ここに赤! 葡萄色! みたいな配色をしますね。今日もそうですね」

──羽織紐と半衿の色を合わせて。

「羽織紐は桐生堂のです。房が膨らんでいなくて粋でしょう? 演芸界では有名なところです。いい色のものが揃っているんです。

半衿と羽織紐の色は統一させることが多いですね。今回は羽織紐の裏面と半衿が紺で。統一感があったほうがきれいにまとまるのでね。

今日は男着物ですけれども、女着物でも、基本的に帯揚げと帯締めの色を合わせます。そういうときの半衿は、柄物が苦手なので白の刺繍の半衿か、スタンダードな半衿にします」

”一龍斎貞鏡””女性講談師””桐生堂

女着物で高座にあがるときは、黒紋付か色紋付、江戸小紋や無地を着ることが多いです。

京都きもの市場さんのイベントに出たときは、お正月でしたので友禅の華やかな訪問着で参りましたが、普段の高座では着ません。やはり、演芸会、講談会の高座では話の邪魔にならないのが第一ですから」

”一龍斎貞鏡””女性講談師””中陰光琳桐”

「友禅の着物を着て、赤穂義士の読み物をやるとね、大石内蔵助が花柄の着物を着ているみたいになってしまうのでね。

私たち講談師は中間な立場で大石内蔵助にもなり、吉良上野介にもなり、神崎与五郎にもならなきゃいけないので、高座ではとにかく着物の印象が強くならないように気をつけて選んでいます」

講談での演目と着物の関係は

――女着物の上に黒紋付を羽織るようなこともないのですね。

「今日のような男着物でない限り、高座で女着物の上に羽織ることはないかな。気分にもよるけど。

女性の噺家さんは男着物を着る方が多かったりします。講談はそうでもありません。どのような着物を着るかは、まず師匠の教えが一番で、それによるところが大きいです。お太鼓を締めて高座に上がる方もいらっしゃいます。

また、講談とは関係なく私はこの”黒の羽織”というものが好きなので、ちょっと外に行くときでも紋付のものを羽織ったりしますね。着物のしきたりとしてはいけないのかもしれないけど、例えば、縞の着物にサッと羽織るのもいいですよね私、”着物はこうあるべき”というのがイヤでね。その人がそう着たいのであれば好きに着ればいいと思うんです」

――縞の着物に黒紋付。貞鏡先生には江戸の粋を感じます。江戸っ子といいますか、講談にしても読み口がサッパリしていて。

一龍斎貞鏡””女性講談師””講談”

「短気なだけです(笑)。実際に東京は渋谷区の生まれではありますが、それだけです。

講談もね、武芸物から大岡越前さまのお話、水戸黄門さまのお話、怪談噺、忠臣蔵に軍談などさまざまあって、女性の講談師が読むときはあえて、女性目線の講談を選んだりすることがあるのです。でも、私はそれが苦手で。やはり、チャンチャンバラバラの武士の話が好きなんですね。

そうすると武士が出てくるものを読んでいるのにピンクの着物というのもおかしいから、自ずとこういったシックな着物が多くなるというわけです」

――演目と着物について。この演目をやるから、この着物をというのはありますか。

「基本的には、演目を決めてから高座に上がることはないです。どんな読み物を読むかわからないので、どんなものを読んでも触りのない着物を選んでいきますね

それとは違って、事前に演目を出している会もあります。赤穂義士伝の会、怪談話の会などね。怪談のときにピンクの着物ではおかしいので、黒か真っ白にしてオバケっぽくしてみますね。

赤穂義士伝、忠臣蔵でしたら、武士の物語だから黒紋付袴を着けるなどします。

会の趣旨が決まっている場合は決めて上がりますけれども、それ以外では事前に何を読むか決めていないので、なにを読んでもいいようになんでも合う着物にしています」

一龍斎貞鏡””女性講談師””講談”

後編では、男着物の着こなし方、入門時の着物、着物のよさから失敗話などをうかがいます。

一龍斎貞鏡ひとり会

一龍斎貞鏡ひとり会

5月4日(土) 13時開演
前売3,800円、当日4,000円
千駄ヶ谷・国立能楽堂
ご予約 yoyaku@mixyose.jp
(オフィスエムズ)

一龍斎貞鏡 真打昇進特別公演

一龍斎貞鏡 真打昇進特別公演

6月19日(水)  19時開演
銀座・博品館劇場
3800円
ご予約 0570-06-6600(夢空間)

取材・構成/渋谷チカ
撮影/五十川満

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