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初秋だけのとっておき ~長月(ながつき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.5

初秋だけのとっておき ~長月(ながつき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.5

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9月は、「芭蕉」「露芝」「菊」「鶏頭」「竜胆(りんどう)」「秋桜(こすもす)」などの植物をはじめ、「蜻蛉」「玉虫」「鈴虫」「虫籠」など初秋を思わせるモチーフが季節にぴったりとマッチします。残暑のあとにふっと感じる秋の気配を、初秋の着物姿に楽しんでみませんか?

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。
しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

さとうめぐみの半衿箱

二十四節気と半襟について

さて…
今月9月は、旧暦名で「長月」(ながつき)。

その意味・由来・語源には諸説あります。
長月の語源は諸説あり、夜がだんだん長くなる月で「夜長月(よながつき)」の略とする説、雨が多く降る時季であるため、「長雨月(ながめつき)」からとする説、「稲刈月(いなかりづき)」「稲熟月(いなあがりつき)」「穂長月(ほながづき)」など、稲を刈り収める時期にちなむ説、そして「名残月(なこりのつき)」が転じたとする説などがあります。

この中でも「夜長月」の略とする説は、中古より広く信じられている説で最も有力とされています。

そんな秋に向かう月に訪れる「二十四節気」は、

「白露(はくろ)」(2021年は9月7日)
「秋分(しゅうぶん)」(2021年は9月23日)

です。

白露:朝晩の涼しさを感じる秋のはじまり! 「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

「音にのみ きくの白露 夜はおきて 昼はおもひに あへず消ぬべし」朝夕の気温差で、植物に露が宿った様子を「白露」と呼び、その儚さを自らの命になぞらえた平安時代の人々。 自然を敏感に感じる心は、刹那を生きる心とともにあったのでしょう。

秋分:昼と夜の長さが同じ・秋の真ん中! 「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

「秋分」は、「春分」と同じく太陽が真東から昇り真西に沈むため、 「昼と夜の長さがほぼ同じ長さ」になる日です。 「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが、 秋の彼岸からは日が短くなってくるので、 たしかに地上の熱が引いていく実感があります。

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦の上では…」のもとになっているものです。

実はこの「15日ごとの季節」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せ所。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

着物の暦では9月は単衣の季節とされていますが、まだ暑さの残ることから、半襟には夏の名残で絽を用います。
なかでもアンティーク半襟には、「絽縮緬(ろちりめん)」という縮緬で絽を織り出した美しい半襟が作られました。

長月の半襟1『絽縮緬地 流水に蛇籠・撫子文様 刺繍半襟』

『絽縮緬地 流水に蛇籠・撫子文様 刺繍半襟』
可愛らしい色づかいの蛇籠文様を美しく組み合わせた刺繍半襟

長月にご紹介する一枚目の半襟は…

『絽縮緬地 流水に蛇籠・撫子文様 刺繍半襟』

絹が自然な色に変化した生成り色の絽縮緬地に、銀糸で涼しげな水の流れを縫い取った流水文様。そこに、白とピンクで丁寧に刺繍された撫子は、まさにカワラナデシコ(河原撫子・ヤマトナデシコ)そのもの。

そして、その名前の怖さを思わせないかわいらしい色づかいの蛇籠(じゃかご)文様を美しく組み合わせた刺繍半襟です。

「蛇籠」とは、長い籠の中に石などを詰めて堤防沿いの河川に沈めて水の勢いを弱めるもので、長くて蛇のような形をしているため、このように呼ばれるようになりました。着物などに図案化されるときは、長細い形は見せず籠を伏せたような形で表現されます。

また蛇籠は、外の籠の網目のみがあらわされ、中に詰められた石はあらわされないこともデザインの特徴です。

この半襟の蛇籠にも、水の勢いを弱める石の代わりには撫子が繍いあわらわされています。8・9月ごろの夏の草むらに淡紅の花を咲かせる「大和撫子」。「河原撫子(カワラナデシコ)」とも呼ばれ秋の七草のひとつに数えられる可憐な花が、花籠と見まごう意匠になっています。

流水といえば涼を呼ぶ文様の代表格ですが、撫子を添えることで、単衣のコーディネートに初秋の趣を醸し出して。

単衣のコーディネートを初秋の趣に…

長月の半襟2『竪絽縮緬地 芭蕉に雨文様 染め半襟 刺繍半襟』

『竪絽縮緬地 芭蕉に雨文様 染め半襟 刺繍半襟』
夏の終わりの景色が凝縮された、昭和モダンならではのデザイン

二枚目にご紹介する半襟は、絽縮緬でもなかでも竪絽(たてろ)と呼ばれる素材の、染めの半襟です。

『竪絽縮緬地 芭蕉に雨文様 染め半襟 刺繍半襟』

明るい紫色の地に黒く染め出されたのは、芭蕉の葉。斜めに走る線は、激しく降りかかる夕立の雨です。雨が一気に降った後には、かわいらしい渦巻の水たまり…

一枚の半襟の中に夏の終わりの景色が凝縮された絵画のような構図は、昭和モダンならではのデザインです。

「芭蕉」はバショウ科の多年草。英名を「ジャパニーズ・バナナ」といいますが、中国が原産といわれています。高さ2~3m、幅50cmほどの大きな葉をつける南国的でおおらかな葉の形が好まれ、俳人・松尾芭蕉も、自宅の庭に植えたこの木に感銘を受けて俳号にするなど、風雅な植物として日本に定着しました。

本土では古くから、能の『芭蕉』における「芭蕉の露の~」という謡曲にちなんで文様化されました。江戸期の小袖には、現実にはありえない「雪持ち」の姿*であらわされるなど、イマジネーションを刺激するおもしろい意匠のものも残されています。

*雪の降らない地域の植物である芭蕉の葉の上に、雪を積もらせたデザインのこと

琉球諸島では昔から、芭蕉の葉鞘(ようしょう:茎を包む部分)の繊維で「芭蕉布」を織って衣料などに利用しており、その伝統技は現在にも受け継がれております。

着物好きの憧れ『喜如嘉の芭蕉布』には手が届かなくても、芭蕉モチーフの半襟で南国に思いを馳せる夏の終わりの着物コーディネートを楽しんでみたいものです。

芭蕉モチーフで夏の終わりのコーディネートを楽しむ。

長月の半襟3『絽縮緬地 露芝文様 刺繍半襟』

『絽縮緬地 露芝文様 刺繍半襟』
「露芝」は、趣のある夏の着物の文様と定着しました。

三枚目にご紹介するのは…

『絽縮緬地 露芝文様 刺繍半襟』

濃い紫色に半月のような芝草と、そこに宿る白露を、白から薄紫色のグラデーションの刺繍で表現した半襟です。

「露芝(つゆしば)」とは、細い三日月形の芝草に、露が玉状に宿った様子を描いた柄のこと。

平安時代には芝草についた露のことを「道芝の露」とよび、朝の日差しによって消える露を「はかなさ」の象徴として和歌などに多用。趣ある夏着物の文様として定着しました。

ちょうど9月7日に迎える二十四節気は「白露」(はくろ)。新暦ではまだ夏の名残りが感じられる頃ですが、旧暦では、朝晩の冷え込みで生まれた露が草に白玉のように光る時期とされています。

絹糸に撚りをかけて細かなシボを出した紫色の絽縮緬に、まぶしいようなツヤ感の刺繍が、秋のはじまりを予感させてくれる半襟です。

秋の始まりを予感させてくれる半襟です。

長月の半襟4『絽縮緬地 アール・ヌーヴォー&アール・デコ 菊文様刺繍半襟』

『絽縮緬地 アール・ヌーヴォー&アール・デコ 菊文様 刺繍半襟』
秋桜色に菊の花のような文様を刺繍した半襟

さて四枚目の半襟は…

『絽縮緬地 アール・ヌーヴォー&アール・デコ 菊文様 刺繍半襟』

秋桜色(こすもすいろ)と呼びたくなるような薄い赤紫色に、白一色で菊の花のような文様を刺繍した半襟です。

この半襟の面白いところは、一枚の半襟に「アール・ヌーヴォー」と「アール・デコ」のデザインの特徴が同居しているところ。自然の植物をモチーフにしたところは「アール・ヌーヴォー」、花びらを間隔をあけて単純に表現した手法は「アール・デコ」という、なんともおもしろさのある半襟です。

このふたつの芸術思想の同居につきましては、前回コラムでもお話しさせていただきましたね。

夏素材に冴える意匠デザイン ~葉月(はづき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.4

8月は、「ひまわり」「茄子」「枝豆」「夏野菜」「鳳仙花」「やつで」などの植物、「蝉」「鈴虫」「虫籠」など、夏の盛りを思わせるモチーフが季節にぴったりとマッチします。暑さの盛り、どうしても着物を躊躇しがちですが、8月ならではの季節のモチーフはこの夏だけのお楽しみ。

ちょうど9月9日(新暦)は「菊の節句」「重陽の節句」と呼ばれ、菊を飾ることで長寿を願う日とされています。

本当の菊の見ごろは旧暦の9月9日(2021年は10月14日)頃ですが、

「六日の菖蒲に十日の菊」
※時期に遅れて役に立たないもののたとえ
(5月5日の端午の節句に用いる菖蒲は6日では間に合わない、9月9日の重陽の節句に用いる菊は10日では遅い、の意)

となるよりは、季節の先どりで、半襟のような小物から季節の花を取り入れていくのがお洒落上手と言えましょう。

古典文様からこうしたモダンなデザインまで、幅広く秋のモチーフとして楽しめるのも菊の良さです。

季節の先どりで、小物から季節の花を取り入れていくのがお洒落上手

9月のモチーフ

秋の気配を感じさせるモチーフで初秋の着物姿を楽しんでみませんか?

9月におすすめのモチーフは…
「芭蕉」「露芝」「菊」「鶏頭(けいとう)「竜胆(りんどう)」「秋桜(こすもす)」などの植物をはじめ、「蜻蛉(トンボ)」「玉虫」「鈴虫」「虫籠」など初秋を思わせるものも季節にぴったりとマッチします。

また「雀」「兎」「雁」などの動物柄、「稲穂」「月」「秋空」など景物をモチーフにした文様も、この季節ならではお洒落です。

「残暑」のあとにふっと感じる秋の気配を感じさせるモチーフで、初秋の着物姿を楽しんでみませんか?

長月のとっておき

長月のとっておき

今月のとっておきのコレクションは、「アール・ヌーヴォー」と「アール・デコ」合体モチーフの半襟(袷用)です!

「アール・ヌーヴォー」とは、ヨーロッパを中心に広まった、イギリス発祥の自然をモチーフにした新芸術運動で、曲線的で優雅なデザインがその特徴とされています。

日本では橋口五葉(はしぐちごよう)や杉浦非水(すぎうらひすい)などの芸術家たちがその影響を受け、本の装丁や生活雑貨のなかに新しいデザインを生み出しました。

一世を風靡したその流行がおさまったのちに興ったのが「アール・デコ」。

「アール・ヌーヴォー」を支えた一部の特権階級のものから大衆のものへ、装飾性から機能的でシンプルへと移行し、直線的で合理的、単純な色使いのデザインがその特徴です。

赤紫色の暈しに、メルヘンチックな植物文様を染めた半襟

赤紫色のぼかしに、メルヘンチックな植物文様を染めた半襟は「アール・ヌーヴォー」の味わいですが、単純な曲線が重ねられた影の様子は「アール・デコ」の趣があるところが、大正ロマンの半襟のおもしろさです。

一方、薄い絹を濃い紫色に染め、薄い紫の濃淡であらわした半襟がこちら。

薄い絹を濃い紫色に染め、薄い紫の濃淡の半襟

丸に切り込みを入れただけで表現されたのは、これぞ「アール・デコ」という薔薇文様。…ですがその背景には、「アール・ヌーヴォー」の象徴ともされる「くるくると螺旋を描いたシダ文様」が配されています。

この発想は、世界にも類を見ない、昭和モダンな半襟ならではの合体型デザイン。最先端のお洒落をせめて半襟に取り入れたいという女心に応えて作られたような、「良いとこ取り」の半襟は、当時の日常着だった地味な縞の着物を華やかに見せるスペシャルなアイテムだったことも書き添えておきましょう。

さて…
今ではすっかり目にすることのなくなった色付きの絽縮緬・竪絽など、単衣向きの絹物半襟の数々はいかがでしたでしょう。

以上が今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

ひと月に一度、半襟箱という名のタイムカプセルを開けるドキドキをみなさまとともに…

次号は「神無月(かんなづき)」の巻、10月8日二十四節気「寒露(かんろ)」の前日の配信をお楽しみに!

半襟撮影協力/正尚堂

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
 
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!
京都きもの市場 秋柄特集

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