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夏素材に冴える意匠デザイン ~葉月(はづき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.4

夏素材に冴える意匠デザイン ~葉月(はづき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.4

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8月は、「ひまわり」「茄子」「枝豆」「夏野菜」「鳳仙花」「やつで」などの植物、「蝉」「鈴虫」「虫籠」など、夏の盛りを思わせるモチーフが季節にぴったりとマッチします。暑さの盛り、どうしても着物を躊躇しがちですが、8月ならではの季節のモチーフはこの夏だけのお楽しみ。

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。
しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

さとうめぐみの半衿箱

二十四節気と半襟について

さて…
今月8月は、旧暦名で「葉月」(はづき)。

その意味・由来・語源には諸説あります。
暑い日が続き落葉が始まるころから、「葉落ち月(はおちづき)」が「葉月(はづき)」に転じたという説、シベリアから雁が越冬のために渡ってくる月を意味する「初雁月(はつかりづき)」が転じて「はづき」になったという説、稲の穂が張る月である「穂張り月(ほはりづき)」「張り月(はりづき)」が転じたという説があります。

そんな暑さの盛りから秋に向かう月に訪れる「二十四節気」は、

「立秋(りっしゅう)」(2021年は8月7日)
「処暑(しょしょ)」(2021年は8月23日)

です。

立秋:色あいと柄で個性楽しむ!

明日訪れる十三番目の節気は「立秋」。秋の気が立つという意味の節気で、二十四節気(旧暦の太陽暦)では「立秋」から「立冬」の前日までの約90日間が「秋」とされています。

処暑:暦の上での夏の終わり!

明日訪れる十四番目の節気は「処暑」です。「処」という字はもともと、「来て止まる」という意味の漢字で、そこから派生して暑さの終わりを意味する節気です。着物の世界では、「麻は処暑まで」という言葉があります。次に訪れる節気「白露」までの間、今夏の名残の麻の着物・帯を楽しみましょう。

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦(こよみ)の上では…」のもとになっているものです。

実はこの「15日ごとの季節」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せ所。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

着物の暦では、8月は、「絽(ろ)」に加えて透け感の強い「紗(しゃ)」、そして植物素材の王様・麻の着物の出番です。
アンティーク半襟には、そうした素材に合わせた美しい半襟が作られました。

葉月の半襟1『紗地 萩に帆掛け船文様 刺繍半襟』

『紗地 萩に帆掛け船文様 刺繍半襟』
薄く透き通る絹織物で「うすぎぬ」「さ」とも呼ばれます。

葉月にご紹介する一枚目の半襟は…

         
『紗地 萩に帆掛け船文様 刺繍半襟』

紗地に、淡い朱鷺色(ときいろ)のグラデーションで、帆掛け船と萩を刺繍した半襟です。

「海に浮かぶ船」と「陸に咲く萩」は、実際には一緒になることのない取り合わせですが、秋風にゆれる萩の茂みの中から出帆する船を眺めている情景と読み解けば…なんとも風流な意匠に思えてきます。

「紗(しゃ)」とは、綟り織(もじりおり)で織られた薄く透き通る絹織物のこと。
「うすぎぬ」「さ」とも呼ばれます。

緯糸(よこいと)を1本ずつ取ったうえで、強撚糸の経糸(たていと)を2本ずつ絡ませて織り上げたもので、生糸で織り上げることが多く希少な絹地といわれています。

その織り方は「羅(ら)」から発生したといわれていますが、特殊な機(はた)を使う羅と違って通常の機で織ることができ、中国では唐末から宋代にかけて大流行しました。
日本ではすでに平安時代には夏の衣料として大いに用いられていましたが、安土桃山時代、天正年間に大陸から最新技術が再導入されると、雅楽の装束や夏物の着物などに使われる現在の形になりました。

ぼんやりとした様(さま)を示す「紗がかかったような」という表現は、この「紗」地を通して物を見た喩え(たとえ)ですね。

そんな紗の儚げな風情をより優しく見せているのは「朱鷺色(ときいろ)」の刺繍糸です。

朱鷺色とは、江戸時代に生まれた色で、少し黄みがかった淡くやさしい桃色のことです。「鴇色」とも記され、紅花や蘇芳(すおう)で染められました。

「朱鷺」はペリカン目トキ科の鳥で、学名は「ニッポニア・ニッポン」。
日本では古くから知られており、『日本書紀』『万葉集』にもその名が見られます。
全身は白っぽいのですが、翼の下面や風切羽(かざきりばね)が朱色がかった濃いピンク色をしており、この羽の色が「朱鷺色」と呼ばれました。

儚げな風情を優しく見せているのは「朱鷺色」の刺繍
淡い色が褪せずに時代の空気を伝えてくれている

現在は絶滅が危ぶまれ天然記念物に指定されている朱鷺ですが、江戸時代は朱鷺が至るところにみられたもの。「朱鷺色」といえば誰でもすぐに分かるようなとても一般的な色で、着物の染め色として若い女性に好まれたようです。

汗との闘いでもある夏に、目にも涼しげにかけるお洒落心。
淡い色が褪せずに時代の空気を伝えてくれている奇跡に、感謝です。

葉月の半襟2『紗地 アール・ヌーヴォー 蝶文様 刺繍半襟』

『紗地 アールヌーヴォ― 蝶文様 刺繍半襟』

二枚目にご紹介する半襟も、紗地の半襟です。

『紗地 アール・ヌーヴォー 蝶文様 刺繍半襟』

黄みがかったピンク色「聴色(ゆるしいろ)・一斤色(いっこんいろ)」に、同色のグラデーションと銀糸で蝶文様が刺繍されています。

古典柄である蝶も、大正ロマンの洗礼をうけるとここまでモダンになるのか…と驚くようなデザイン。

写真でもお分かりのように、光をうけると紗の特徴であるモアレ(ゆらぎ)が浮かび上がり、蝶の羽の瞬きのように見える仕掛けです。

「聴色・一斤色」に、銀糸で蝶文様を刺繍した半襟
アール・ヌーヴォ―の様式を取り入れた最先端のお洒落

「アール・ヌーヴォー」とは、ヨーロッパを中心に広まったイギリス発祥の新芸術運動のこと。
「Art (芸術)+Nouveau(新しい)」で、「新しい芸術」という意味を持ちます。

19世紀初頭の産業革命により、安価で粗悪な大量生産品が出回ったため、その反動により芸術性や独自性が高いモノを人々は求めるようになりました。
その結果、芸術品や実用品に従来の様式にとらわれない装飾性を施したり、鉄やガラスなど当時の新素材を利用して「新しい芸術」を生み出そうとしたアール・ヌーヴォーが誕生したのです。

日本では当時、アール・ヌーヴォーに触発された橋本五葉や杉浦非水などの芸術家たちが、新しいデザインを生み出していました。

この半襟はまさに、和の柄であった蝶文様にアール・ヌーヴォーの様式を取り入れた、最先端のお洒落が施された一枚といえましょう。

葉月の半襟3『麻絽地 アール・ヌーヴォ―&アール・デコ植物文様 染め刺繍半襟』

『麻絽地 アール・ヌーヴォ―&アール・デコ植物文様 染め刺繍半襟』

三枚目にご紹介するのは…

『麻絽地 アール・ヌーヴォー&アール・デコ植物文様 染め刺繍半襟』

その名の通り若竹の緑を写した「若竹色」の麻絽地に、緑と紺色で抽象化された花葉とシダのような植物を染めた半襟です。
花の白い部分には、さりげなく刺繍が施されています。

この半襟のおもしろいところは、一枚の半襟に前述の「アール・ヌーヴォー」と「アール・デコ」のデザインの特徴が同居しているところです。

植物をモチーフにした点、そしてシダ植物のくるくると渦を巻いた表現は、自然を題材にしたアール・ヌーヴォーのもの。
一方、植物を描く単純なタッチはアール・デコのものです。

「若竹色」に植物の柄を染めた半襟
着物が日常着だったころのお洒落を教えてくれる、貴重な一枚。

「アール・デコ」という名称は、パリ万博「Arts Décoratifs」の略から名付けられた芸術思潮で、直線的で合理的なデザイン、原色の対比などがその特徴です。

アール・デコの時代は、大衆が大量生産の商品を求めはじめた時代。
アール・ヌーヴォーを支えた一部の特権階級のものから大衆のものへ、装飾性から機能的でシンプルなデザインへと移行していきます。

海外の美術品・芸術作品ではアール・ヌーヴォー、アール・デコは明確に分けられますが、当時芸術思潮をゆっくりと船便で輸入していた日本では、このふたつがいつのまにか同時にデザインの中に取り入れられるようになりました。

これは世界的に見ても珍しい現象で、ことアンティーク着物においては、伝統文様と調和する形で残されています。

手入れが楽な麻をさらに風通しの良い絽織にした半襟は、着物が日常着だったころのお洒落を教えてくれる貴重な一枚です。

また、着物の暦で麻は「処暑」までとされています。

実際8月23日を過ぎると、まだまだ残暑とはいえ、空気も空の色も秋に向かっていくもの。麻は人の目に寒々しくうつる、という感覚はしっくりくると思います。

最先端の「アール・デコ」をデザインに取り入れながらも、季節の約束をきちんと守ったその律儀さ、現代も引き継ぎたいものです。

季節の約束をきちんと守ったその律儀さ、現代も引き継ぎたいものです。
雨水の着物コーディネート

「アール・ヌーヴォー」と「アール・デコ」の同居はこちらにも!

雨水(うすい)。「雪が雨に変わり、雪解けがはじまるころ」という意味の節気です。雲の中の氷片がそのまま地上に降りてくれば「雪」、途中で解ければ「雨」。厳しい寒さが少しずつゆるんでくる時期にぴったりの表現ですね。

葉月の半襟4『絽地 御簾に秋草文様 刺繍半襟』

『絽地 御簾に秋草文様 刺繍半襟』

さて四枚目の半襟は…

『絽地 御簾に秋草文様 刺繍半襟』

「五本絽」と呼ばれる絽目と絽目の間隔が太い絽地に、金糸・銀糸で御簾(みす)を、燃えるような朱色で撫子と萩の花を刺繍した半襟です。

夏の半襟というと、涼しげな色合い、控えめな色合いのものが多い中、この半襟の朱色の鮮やかさにはハッとさせられます。

というのも五行説において、春は青(「青春」の語源)、夏は朱(赤)、秋は白、冬は玄(黒)とされており、「夏」の異称を「朱夏(しゅか)」と呼ぶからです。

目に涼しいものを…と寒色系ばかりに手が伸びるこの季節。
日差しの強さそのものの朱を配することで、背景にある御簾文様が風に揺れる光景、萩の葉が風に裏返り螺鈿(らでん)色に輝く様子が際立つ構図…白地にほんの少し加えられた朱色は、着物姿になによりのアクセントとなります。

燃えるような朱色で撫子と萩の花を刺繍した半襟です。
「付け襟仕立て」になっていることが、おもしろい半襟

さらにおもしろいのが、この半襟、「付け襟仕立て」になっていることです。

現代も様々に工夫を凝らした美容衿が発明・販売されていますが、暑い夏に一枚でも着るものを省きたい生活の知恵として、さらし地に半襟を縫い付け、肌襦袢の上にかけるだけで着物から半襟をのぞかせるアイディアが古くからあったことに、思わず微笑みがこぼれます。

夏のアンティーク着物には、着物の袖に絽地の嘘つき袖が縫い付けられており、長襦袢を着ているようにみせるものが見かけられますが(アンティーク着物好きの間では密かに「当たり」と喜ばれる)、この半襟はそうした着物に合わせて使われていたものだと思われます。

こんな着物にまつわる工夫を発見するもの、アンティークコレクターの楽しみのひとつなのです。

8月のモチーフ

お好きなモチーフで夏の着物姿を楽しんでみませんか?

8月におすすめのモチーフは…
「ひまわり」「茄子」「枝豆」「夏野菜」「鳳仙花」「やつで」などの植物、「蝉」「鈴虫」「虫籠」など、夏の盛りを思わせる文様が季節にぴったりとマッチします。

お盆を中心に各地で行われる「盆踊り」、花火大会にちなんだ「花火」、「橋」「海」「川」をモチーフにした文様も、この季節ならではお洒落です。

そして「雪輪」「雪の結晶」など、雪から生まれた文様も冬の冷たさ・寒さを連想させ、涼しげな気持ちにさせてくれます。

また夏の着物には、「夏の和歌」と呼ばれる、「くずし字」をモチーフにした文様も多く見られます。これは「流麗な文字」と「涼を呼んだ和歌そのもの」の両方で涼感を感じさせるという、繊細な感覚から生まれた表現・形です。

暑さの盛り…どうしても着物を躊躇しがちですが、8月ならではの季節のモチーフは、この夏だけのお楽しみです。
お好きなモチーフで夏の着物姿を楽しんでみませんか?

葉月のとっておき

葉月のとっておき

今月のとっておきコレクションは、「アール・デコ」モチーフの半襟(袷用)です!

パリ発のアール・デコ、実はアメリカで花開きました。
第一次世界大戦の戦勝国アメリカは芸術・文化の面でも世界の中心になり、アール・デコ期にはニューヨーク・マンハッタンで高層建築ラッシュが起こったのです。

アール・デコ期の建築といえば、「クライスラービル」と「エンパイア・ステート・ビルディング」。

「クライスラービル」は建築当時世界一の高さになり、また、映画『キング・コング』でキング・コングがよじのぼったビルとしておなじみの「エンパイア・ステート・ビルディング」は、クライスラービルから「世界一の高さのビル」の称号を奪うべく建築されました。
アール・デコ期の建築はここにピークを迎えます。

「狂騒の時代」とも呼ばれたアール・デコ。
日本にもたらされてからは、これまでになかった数々のデザインが生み出される原動力となりました。

直線と円形の組み合わせはまさにアール・デコ
不思議でありながら完成度の高い抽象文様のこれらの半襟

黒地に抽象文様の半襟、そして紫色に抽象文様の半襟は、直線と円形の組み合わせで「まさにアール・デコ」としか言いようのない不思議な文様です。

これらの半襟は、東京音楽学校・東京美術学校図案科を卒業し、ドイツ留学を経て斎藤佳三美術研究所を設立した総合芸術家・斎藤佳三(さいとうよしぞう)により考案された『リズム模様半襟』と酷似しています。

※2006年・東京芸大美術館「斎藤佳三の奇跡-大正・昭和の総合芸術の試み-」の図録参照

『リズム模様半襟』は、1918年に白木屋呉服店で夏向きのものが発表され、1927年ころから本格的に制作開始、1929年に資生堂ギャラリーで『春向きリズム模様半襟」』が発表されるなど、アール・デコの誕生から終焉の時期とぴたりと重なる時期に創作されています。

不思議でありながら完成度の高い抽象文様のこれらの半襟が、重い日本髪を切り、「毛断」=モダンガールに憧れる女性たちに似合う半襟として考え出された『リズム模様半襟』だったかもしれない…
思い馳せつつ、手に取って眺めるひとときもまた楽しいものです。

さて、おまけの最後の一枚は…

目がチカチカするような色合いで、太さの違う横縞を染めた半襟。
この半襟には、化学染料が普及して生まれた当時の新色「アプリコット色」「金沢色(かなざわいろ」「コバルト色」が使われています。

金沢色にいたっては、もはやその色名を知る人も少なくなりましたが…
まだ着物が誂えだった時代、呉服屋・染屋は独自の流行色を作ろうと創意工夫を凝らしていたのですね。

この半襟には化学染料が普及して生まれた当時の新色が使われています。

今ではすっかり見かけなくなった紗の半襟からはじまって、和洋折衷が見事に調和した半襟の数々、いかがでしたか?

以上が今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

ひと月に一度、半襟箱という名のタイムカプセルを開けるドキドキをみなさまとともに…
次号は「長月(ながつき)」の巻、9月6日二十四節気「白露」の前日の配信をお楽しみに!

半襟撮影協力/正尚堂

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
 
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!
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