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皐月、新生モダン&クラシック 「現代衣歳時記」vol.4

皐月、新生モダン&クラシック 「現代衣歳時記」vol.4

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京都祇園の禅寺に生まれ、東京でサロン「enso」を主宰する伊藤仁美さんのコラム第4弾。「水のようにありたい」。その日の気温、己の体調、向かう場所、出会う人々と向き合いながら装いを選ぶ伊藤さんの哲学とは?

過ぎ去った季節に感謝しながら、次の季節に身を置いていく

桜の季節があっという間に過ぎ去り、外の気温も少しずつ暖かくなってまいりました。withコロナ時代に突入してから2年目。おうち時間が増え、なかなか季節感を味わえずにいる方が多いのではないでしょうか。

日本の風景を彩り、豊かにしてくれる春夏秋冬の“四季”。季節があるおかげで、私たちは心を都度切り替えることができます。

過ぎ去った季節に感謝しながら、次の季節に身を置いていくーーそれはとても大切な儀式。
だから私は装いに季節感のある柄やお色味を取り入れることで、その一瞬、一瞬を存分に味わいたい。

ハマナス文様の色無地

この日は、誉田屋源兵衛さんのハマナス文様の色無地につづれ織りの袋帯を合わせました。

白でもなく、グレーでもない。
銀鼠の色無地に、私が出会ったのは約2年前。

♪ 知床の岬に はまなすの咲くころ / 思い出しておくれ 俺たちのことを

森繁久彌さんが作詞・作曲を手がけた『知床旅情の歌』の一説です。子供の頃、母がこの曲をよく聴いていたことを私はこの着物に出会った瞬間に思い出しました。

5月になると、知床半島にはハマナスの花が群生します。そんな美しい風景が脳裏に浮かび、まだ見ぬ季節に心逸り……
その一方で、散ってしまった桜に後ろ髪を引かれる思いでピンクの長襦袢を纏ったのです。

ピンクの長襦袢をまとう

水のように景色を、人を、食事を引き立て

ハマナスの花は素敵ですが、私は常日頃“花”ではなく“水”でありたいと思っています。水は透明で味もなく、それ自体に個性はありません。しかし、その場の風景をありのままに映し出す水面は美しく、私たちは生きるために水を必要とします。

私は、そんな水でありたい。だから例えば美術館に行く時、私は建物やそこに並ぶ絵画、一緒に行く人を想像して、その日の装いを決めます。

自分が目立つのではなく、一歩ひいて景色や隣に並ぶ人が映えるような装いを。ひいては、それが自分を一番美しく見せることだと思っています。
調和や相互関係が“美”を作るのです。

今日はあの人が好きな模様や色をどこかに取り入れてみよう。
あの人がくれた小物が映える着物はどれかしら。
そんなラブレターを認めるかのような服選びは、私にその日の心のあり様を教えてくれます。

水を美しく見せるも、濁らせるも自分。昨日の出来事で乱れた心を“調え”、いつもの自分でまた新たな一日を。一つひとつ、覚悟を決めて身に纏う作業は私にとって大切なスタートです。

つづれ織りの袋帯

また、私は何かものづくりを必要とされる場に赴く際には、このハマナス文様の色無地のようになるべく色がないものを選びます。

創作物を生み出すときに、重要なのは柔軟性。あらかじめ、「今日はこんな一日にしたい」と個性が出る色や模様を選んでしまうと、実際にその場に行ったときにイメージと違ったということがよくあるのです。

勝手な先入観はのちに自分の執着に繋がり、苦しみが生まれます。主張しすぎない装いで色んなものを吸収できる自分でありたい。ひと処に留まらず、流れゆく水のような着物に出会えるか、出会わないかでその人の人生は大きく変わってくるのではないでしょうか。

どんな色無地を選べば良いか迷っている方には、この銀鼠のようなお色味の色無地がおすすめです。名古屋帯を締めればカジュアルダウンでき、袋帯なら礼装にもなる。洋服でいえば薄いシルバーやゴールドのワンピースのように、着まわし抜群でタンスの肥やしを減らしてくれます。

実は今回、私が合わせたつづれ織りの袋帯は母から譲り受けたものです。

よくお持ちの古典的なアイテムをアップデートして今っぽく着こなしたいというご質問を受けることがあります。例えばこの色無地にオレンジのような濃い色の帯を合わせると、ちょっと気張った印象になってしまいますが、敢えて同系色を合わせることで古典的だけど新しい、モダン&クラシックなスタイルに。

自分で仕立てたもの、誰かから譲り受けたもの、いただいたもの。
水のように吸収し、映ったものすべてを美しく見せる装いで今日という一日が幕を開けます。

山花映水紅(さんかみずにえいじてくれないなり)

花越しに見える伊藤さん

「山の花が水面いっぱいに映り、紅に染まっている。」

山の花を映して、水面が紅く染まる景色の美しさ。
その美は山の花だけでも、流れる水だけでも成立しないもの。双方が調和しているからこそ、美しい。

先の見えない状況だからこそ、水のように留まらない心でありたいものです。

文章/苫とり子

京都きもの市場 色無地

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