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2100頁ものマニュアルこそ作品の要。「エミー賞受賞!『SHOGUN 将軍』の座組から」vol.2 時代考証・フレデリック・クレインス教授

2100頁ものマニュアルこそ作品の要。「エミー賞受賞!『SHOGUN 将軍』の座組から」vol.2 時代考証・フレデリック・クレインス教授

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エミー賞18冠に輝いた海外ドラマ『SHOGUN 将軍』。太秦関係者をはじめ、所作や能楽・茶道の指導者、衣裳のプロなど、世界が注目する時代劇を創り上げた縁の下の立役者たちによる撮影秘話をご紹介するシリーズvol.2は、慶長期の日本を見事に再現した時代考証を担当されたフレデリック・クレインス教授にお話をお聞きしました。

2024.10.16

まなぶ

世界観を下支えした所作指導とは? 「エミー賞受賞!『SHOGUN 将軍』の座組から」vol.1 女優・こばやしあきこさん

時代考証を担当したクレインス教授とは?

メインビジュアル

映画『ラスト サムライ』(2003/ワーナー・ブラザーズ)以降、活動の拠点をロサンゼルスに移した真田広之さんが主演・プロデュースを務める海外ドラマ『SHOGUN 将軍』が、エミー賞で史上最多となる18冠に輝く大快挙を果たしました。

年末には、第82回ゴールデングローブ賞で4部門にノミネート。

1月6日に行われる授賞式には、真田さん率いる出演者が登壇され、再び注目を集めています。

※エミー賞……アメリカで放送されるドラマ番組に与えられる賞。「テレビ版アカデミー賞」とも称され、アカデミー賞(映画)・トニー賞(演劇)・グラミー賞(音楽)と並ぶ、アメリカで最も権威ある文化賞のひとつ

※ゴールデングローブ賞……毎年1月に発表される、アメリカにおける映画とテレビドラマに与えられる賞。1943年に創設された歴史ある賞で、アカデミー賞の前哨戦としても注目度が高い

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本作の時代考証を担当したフレデリック・クレインス教授は、京都にある国際日本文化研究センター(日文研)の副所長を務める日本史研究家です。

フレデリック・クレインス

生まれ故郷であるベルギーで三船敏郎主演の1980年版『将軍』を見て日本の歴史や文化に関心を抱き、日本学科のある大学に通いながら日本語を修得。

19歳で来日され、以降35年以上も京都にお住まいと聞き「日本が第二の故郷ですね!」と驚いたクルーに返された「もう第一の故郷ですよ(笑)」という言葉に、チャーミングなお人柄が伺えました。

そんな教授と撮影についての昔話に花を咲かせるのは――

当連載vol.1でご登場いただいた所作指導担当の女優・こばやしあきこさん。

提供:こばやしあきこ

バンクーバーでの撮影期間中、お正月らしい恰好での一枚

2024.10.16

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何より大事にしたかった慶長期の言葉

こばやしあきこさん(以下、あきこさん):この時代の歴史について誰よりもお詳しい教授ですが、フィクションは初めてというのは本当ですか?

フレデリック・クレインス教授(以下、教授):はい。歴史番組はたくさんやってきましたが、ドラマは初めてです。ですが、時代劇のドラマや映画を観ながら脳内で勝手に考証して点数をつけたりしていたので(笑)、問題はありませんでした。

あきこさん:私が京都舞台の作品においてロケ地にうるさいのと同じですね(笑)。時代考証で一番気になるのはどういった点ですか?

教授:一番は、言葉ですね。現代語で話してしまうと雰囲気がでないので、慶長期の日本語を使ってくださいとお願いしました。例えば「~まする」「~でござる」といった特徴的な表現はできるだけその時代のものを使ってもらいたい。

4年ほど前から相談を受けていた『SHOGUN 将軍』の脚本については、言語学に詳しい妻と一緒に修正と提案を行い、その9割のアイデアが採用されました。初めて映像を観たときには、あまりにもたくさん採用してくれていたことに驚いて涙が出ました。

ただ、当時は使われていなかった「はい」「いいえ」は、「然様さよう」「いな」に直すべきだという指摘をしていました。すべての台詞に反映はされませんでしたが、それでも提案の大部分が採用され、時代考証の向上に貢献できたことは大きな前進だったと思います。

あきこさん:いまでもあのドラマを日本で撮っていたと思っている人が多いのは、教授の細やかなご指導があったからこそだと思います。

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浅野忠信さん演じる樫木藪重(モデルは本多正信)が甥(央海)に異人の死についての歌を詠めと命じる際、当初台本には「一句詠め」とあったが、映像では「一首詠め」と正しく表現されている。言葉の一つひとつまで気を配ってつくられたドラマだからこそ、その真正性が評価されているといえる

衣裳を観るだけでも価値のある作品

教授:言葉だけでなく、衣裳にも思い入れがあります。慶長期の衣裳を一からつくると聞き、基礎から調べて、小袖を正しく再現してほしい!と衣裳担当のカルロス(・ロザリオ)さんにお願いしました。

あきこさん:衣裳といえば、鞠子まりこさまのお召しになっている着物は、最初あんまり花が咲いていないのに、彼女が自身の生き方や使命について理解し、心が開いていくにつれてだんだん華やかなになっていくのが印象的でしたね。

教授:地味の中にある素敵さというデザインで、キャラクターの内実を表現している良い衣裳だと思います。

もともと肌着だったものが進化した小袖は、身幅が広く、袖が狭い。室町時代にはいくつか重ねて着るようになり、現代の着物へと変化していきます。

身体をキレイに見せるいまの着物とは違って、中で身体が泳ぐ小袖を派手に見せるのは、当時の文化の象徴的なものです。打掛も豪華なものが多く、『SHOGUN 将軍』は作中登場する素晴らしい衣裳の数々を観るだけでも価値のある作品だといえます。

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あきこさん:家紋へのアドバイスもされたのですか?

教授:はい、入れるように提案しました。戦国時代では主君から許可を得た家紋を使うこともありましたので、各家の家紋を調べて送って、少し変えてくださいとアドバイスしたら、よく見れば判る程度にアレンジされていました。

あきこさん:日本独特の衣裳については、各部位やその役割を説明するだけでも難しかったと思います。

教授:そうですね。甲冑の用語については、英語での正確な部品名称を見つけるのに苦労しました。鎧兜だけでも60頁ほどのマニュアルをカルロスさんへ送りました。

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あきこさん:そんなに⁉

教授:ええ、全部で2100頁にも及ぶマニュアルを作成しました。

各シーンにおいて、何をどこに置けばいいのか、誰がどこにいるべきなのか。言葉遣いだけでなく、文化芸術や上下関係などさまざまなことについて英語でまとめました。

時代考証で思いがけず磨かれた英語能力

あきこさん:それは、大変なご苦労だったのでは?

教授:苦労は全然していませんね。(苦労が)あったとすれば、毎日たくさんのメールが届いていたことでしょうか。村ではどういう作業をしているのか、矢はどのように放つのか、子どもたちはどんな遊びをしているのかなど、思いもよらない質問が投げかけられ、それを調べるうちに多くの学びを得ました。

あきこさん:調べてもなかなか分からないこともあったと思うのですが……

教授:我々研究家は一次資料で事実を確認することをモットーとしていますが、この時代の資料はあまり多くありません。牢屋がどんなふうに運営されていたのか、という問いには、絵画資料からイメージして考証した内容を伝えました。実際の映像を観てみると、わりとキレイめな牢屋になっていました(笑)。

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あきこさん:教授はもともと、英語はそこまでお得意ではないと聞きました。

教授:はい、そうです。私の生まれたベルギーの母国語はオランダ語です。日本に来てからは日本語で書いたり説明したりすることが多く、論文を英語で書いたり読んだりすることはあっても、話す機会は多くありませんでした。

今回のオファーに伴ってオンラインでインタビューされたときは、拙い英語で何とか伝えたいことを伝えられたかな?といったレベルでした。

あきこさん:何かひとつのものを説明するにあたっても新しい言葉を見つけていく行為は、本当に骨の折れることだと思います。

教授:オンラインでも対応しますが、できるだけ文章で説明して、誤解のないように伝えることを心がけました。日本の戦国時代の文化を英語で説明するのは大変でしたが、毎日勉強して、書く能力が各段に上がりました。

あきこさん:随分と上達されたのですね。

教授:はい。ドラマの時代考証を通じて英語に自信がつきました。2024年春には、以前書いた按針についての本を自ら英語で書き直して上梓しました。また、いまは足利将軍家の本を英語で執筆中です。

※按針についての本……「ウィリアム・アダムス:家康に愛された男・三浦按針」(2021年/筑摩書房刊)

クレインス教授が「勢津」の生みの親

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あきこさん:撮影の現場では、「侍女」がレイディーズ・イン・ウェイティングと言われることが多くて、「侍」が「待」と混同されたのかな?と思うこともありました。字面としては、サムライ・ウーマンなんですが……。侍女と下女との違いも、現地スタッフに理解してもらいにくかったですね。

教授:侍女と下女の違いは、私も一生懸命説明しました。もともと、侍女と小姓は脚本になく、武家の女性には複数の侍女がついているものだし、武将に小姓は欠かせないと訴えて、何人か私がキャラクターをつくりました。

あきこさん:教授こそが、私の演じた「勢津」の生みの親なんですよね!

教授:鞠子のモデルとなった細川ガラシャには17~8人の侍女がついていました。だから、ドラマでもせめて1~2人はつけてくださいとお願いしました。あの当時の武家の女性が一人でいることなどありません。リアルに描くなら(侍女を)たくさん入れてください、と何度も言いました。

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アンナ・サワイさん演じる鞠子さま(右)のそばには常に、「勢津」として仕えるこばやしあきこさんの姿が(左)

あきこさん:勢津も実在の人物をモデルにした役どころでしたね。

教授:そうです。ガラシャの最期を見守ったしものようなキャラクターをぜひ入れてほしいとお願いして設定した役です。信憑性やリアリティを担保するために、そこはすごくこだわった部分です。

あきこさん:「勢津」という名前も教授が名付けてくださったんですよね。勢津を生み出してくださり、本当にありがとうございます!

教授とあきこさんのお気に入りシーン

あきこさん:教授の一番お気に入りのシーンを教えてください。

教授:一番ですか……難しいですね。

印象的だったのは、鞠子が大阪城から出ようとして薙刀で戦うシーンですね。私のアドバイスが活かされていて、イメージ通りにつくってくれました。観た瞬間、あれはガラシャだー!と興奮しました。

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教授:自害が未然に防がれ、鞠子が「勢津、今日はいいですよ」というような声を掛ける場面も好きですね。鞠子と勢津の関係がよく表れているシーンだと思います。

それから、鞠子と(真田広之さん演じる)虎永が連歌でやり取りをするシーンは、初めて観たときに感涙しました。

文化的側面を表現するためにも連歌は絶対に入れてください!とお願いしたら、じゃあつくってくださいと言われてしまって。央海が詠んだ一首は原作小説から引用しましたが、あとの歌は妻の助けを借りてすべて私が詠みました。

心の機微を歌にのせて交わす、奥深さがあふれるシーンになりました。あれでグッとクオリティが上がったのではないでしょうか。

あきこさん:茶の湯と並ぶほど、連歌もまた戦国武将にとっては必須のスキルだったといわれているので、とても意味のあるシーンだったと思います。

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教授:あきこさんは、どのシーンがお好きですか?

あきこさん:私は、虎永さまが按針と一緒に海に飛び込むシーンですね。あのシーンは、実際に海にプールをつくって撮影されました。といっても、飛び込むのはスタントの方ですけど。真田さんも本当にご自身で泳いでいらっしゃいます。

ふたりの間に友情が生まれ、それを皆が微笑ましく見守っている……嵐の前の静けさのような印象的なシーンですが、ちょっとほっとするエピソードでもあります。

教授:あれも素敵なシーンでしたね。いろいろとアドバイスしたことが思い出されて、懐かしい気持ちになりました。

あきこさん:今日は貴重なお話をたくさんお聞きすることができてうれしかったです。ゴールデングローブ賞も楽しみですね!

教授:4年前にオファーをもらってから、将軍から離れられない毎日です(笑)。SEASON2でも、変わらぬ緻密さで本当の日本を描いて、日本の歴史や文化を正しく世界へ伝えたいと思います。

SHOGUN 将軍
“Courtesy of FX Networks”
ディズニープラスで全話独占配信中

取材・構成/椿屋
聞き手/こばやしあきこ

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