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現代的な感性の持ち主、女三の宮 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.12

現代的な感性の持ち主、女三の宮 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.12

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世間を知らず大人として成熟しないうちに親の身勝手で結婚させられた女三の宮が自我に目覚めたのは、若い男の強引で一方的な不倫関係の末、望まない妊娠出産をさせられたとき。生まれて初めて自分から強く望んだことは、出家でした。

2024.12.12

インタビュー

書にも、衣裳のような装いがある─ 書道家 根本知さん(前編)

まなぶ

3兄弟母、時々きもの

こんにちは。tomekkoです。

源氏物語の女君の内面を掘り下げ、勝手に現代着物のコーディネートをしていく連載「源氏物語の女君がきものを着たなら」もついに年の瀬、12回目となりました!

今回はちょっと特殊な女君です。

みなさん天下の色男・光源氏と恋愛するからにはそれなりに魅力的だなぁ……と思うところが必ずあるんですよね。前回の藤壺女御なんかその最高峰なので、比較するとギャップがすごいかもしれません。

光源氏最後の正妻、女三の宮

彼女には良い印象を持てという方が難しいかもしれませんね。物語がハッピーエンドに向かうところで特大爆弾となって紫の上と読者に地獄を見せた……って書くとすごい悪女の肩書きみたいだけど、本人がその自覚ゼロで、なんなら被害者ムーブなところにイライラしてしまうんですよね。

2024.01.24

まなぶ

源氏物語のもう一人の主役、紫の上 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.1

女三の宮の外見は、これまた名作漫画『あさきゆめみし』の独特の表情が脳裏に残っている人が多いのではないでしょうか? 黒目がちな瞳には光が宿らず、生気の無いお人形のような頼りなげなお姫様

先帝である父(光源氏の異母兄)朱雀院から溺愛された申し分ない高貴な内親王ではあるけれど、その割に幼稚で隙だらけ。いつもぼんやりと薄膜が張ったように何を考えているのかもわからずされるがまま……

平安の深窓の令嬢を絵に描いたような姿にも思えますが、源氏物語ではあまり良くは取れない語り口で、光源氏も惹かれている様子がない。

源氏物語の女君がきものを着たなら1

女宮は、いとらうたげに幼きさまにて、御しつらいなどのことことしく、よだけくうるはしきに、みづからは何心もなく、ものはかなき御ほどにて、いと御衣がちに、身もなく、あえかなり。
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫
女三の宮は、とても可愛らしく幼い様子で、部屋の調度や装飾などは大袈裟で、立派で整然としているが、ご自身は何も考えておらず頼りない雰囲気で、たくさんのお召し物に埋まって身体もないかのように弱々しい。

光源氏も40歳を迎え、ようやく腰を落ち着けて最愛の紫の上と二人、穏やかに幸せな老後を過ごしていけそうかな……

と、読者がホッと胸を撫で下ろしかけたところに、いわくもしがらみも絡まりまくりの縁談話を持ち込む紫式部の作家としての才能には惚れ惚れする展開ですが、読んでる方は感情ジェットコースター!ですよね。

初恋にして生涯恋焦がれた「藤壺」の類縁である、という情報が光源氏の消えかけた欲望に火をつけ、他の若い男に取られる前にと結婚を承諾してしまい、紫の上は絶望のどん底へ。

後ろ盾のない紫の上とは違い、準太上天皇にまでなった光源氏が、輿入れの車から手ずから降ろすほど丁重な扱いをされる正二品内親王ですもの。当然”正妻”の座に就くこととなります。

源氏物語の女君がきものを着たなら2

御髪のすそまでけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうになびきて、裾のふさやかにそがれたる、いとうつくしげにて、七、八寸ばかりぞ余りたまへる。御衣の裾がちに、いと細くささやかにて姿つき、髪のかかりたまへる側目、言い知らずあてにらうたげなり。
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫
御髪が裾まで鮮やかに見える様子は、糸をよりかけたように風に靡いて、髪の裾がふさふさと切り揃えられているのはとても可愛い感じで、背丈よりも20cmほど余っている。お召し物の裾が余ってとても細く華奢で、姿や、髪のかかった横顔はなんとも言い表せないぐらい高貴で可愛らしい。
【桐屋 徳永憲峯】 特選十日町本手加工絞り染振袖 「木花咲耶姫」

外見の表現として目立つのは「かわいらしい」「衣に埋もれている」といったとにかく幼さとか弱さを想起させるもの。女性というより、可愛い少女という感じが強いですね。ま、14歳ですからね。

平安時代といえば衣が多いほど、裾や袖が長いほど裕福で気品があるとされていたわけで、華奢さ、線の細さと同時にその高貴な身分を表しているとも言えます。

また、後に密通してしまう柏木が姿を見てしまった際の感想からは、身長よりもさらに20cmほど長い豊かな黒髪を持ち、やはり小さな体に衣が余っている様子がわかります。

その愛らしい様子に歳の近い柏木はうっとりと見惚れてしまいますが、親子ほども歳の離れた光源氏からすれば、まだ女として見るレベルにも達していないようです。もともとこの人、歳上好みなところがありますしね……

2024.09.24

まなぶ

光源氏からの”愛”を受け取る、花散里 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.9

さらに光源氏は、年齢や身分よりも、その女性の持つ知性や品性、気遣いなど”嗜み”の部分を重視していたことを思うと、高貴さだけでは愛せなかったのも頷けますね。

中学生男子が同世代の未完成なアイドルに夢中になるのを醒めた目で見ているお父さんは多いと思いますが、女三の宮を巡る『若菜上』の主要登場人物たちはみな、そんな子どもをも妻にできてしまう時代背景の被害者なのかもしれません。

2024.10.24

まなぶ

穏やかな感性で愛や友情を育む、秋好中宮 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.10

唐猫が巻き上げた御簾の隙間から現れた女三の宮は、愛らしく若々しい桜襲の細長姿。

幾重にもたっぷりと重ねた紅の袿の袖口や裾がまるで草子の小口のように見えるほど。雛人形のようなイメージでしょうか。

着物を見立てるなら、生地も仕立ても最高級、かわいらしい色味の振袖を。

10代前半だからこそ映える明るい彩り豊かな古典柄を肩上げして着せられている華奢な少女は、与えられる物に疑問や興味を抱くこともなさそうです。

源氏物語の女君がきものを着たなら3

人よりけに小さくうつくしげにて、ただ御衣のみある心地す。匂ひやかなる方は後れて、ただいとあてやかにをかしく、二月の中の十日ばかりの青柳の、わづかに枝垂りはじめたらむ心地して、鶯の羽風にも乱れぬべく、あえかに見えたまふ。
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫
女三の宮は他の女人より身体が小さく愛らしく、ただお召し物だけがそこにあるような感じがする。艶やかな美しさは足りないが、ただとても高貴でよろしく、二月の二十日ごろの青柳が、ようやく枝を垂れ始めたような趣で、鶯の羽が風に乱れてしまうような弱々しい感じに見える。

ところで、ここまでのイメージと矛盾するようですが、女三の宮って、ただただ言われるがままの”中身空っぽな人”だったのかというと、そうではないんですよね。

ひと通りの和歌を知り理解して歌を返すなど、勤勉な朱雀院の内親王らしい教養は身につけています。ただしそこに、相手を思いやる心や軽妙な駆け引きは見えません。

紫の上の身を切るような配慮も無邪気に受け入れ、素直に楽器を教わったり……

決して頭も性格も悪いわけではないのですが、「成熟していない」んです。

大人の女性のように相手や周囲に気を配って言い回しを考えたり寄り添ったりといったことができず、なんとなく思いついたことをそのまま口にしてしまう子どもっぽさ。

(こう言ったら相手はどう思うだろうか?どうすると喜んでくれるだろうか?)といった、先を読む力やホスピタリティが足りない、ということなんですが、まぁこれは現代の感覚だと14~5歳ならふつうかな、と思ってしまいます。

幼くして母に先立たれ父親の溺愛のもと、世間知らずのお姉さん、おばさんたち(女房)に囲まれて箱入りに育てられたなら、そりゃあそんな気の回る子に育たなくても不思議ではありません。

要するに、周りの大人がひとり立ちできるように育てていないのに、社会に出された途端、足りないところばかり指摘されて自己肯定感をズタボロにされてしまうお嬢様、ですね。

有名な柏木の垣間見のシーンでは、姿をはっきり見られてしまったのは内親王ともあろう高貴な身分にも関わらず、御簾のすぐそばにふらふらと立っていたからでした。

もともと扉の無い寝殿造。その中を布や簾で仕切る程度なのだから、めくれてチラチラ見えてしまうのは想定内。だからこそ身分の高い人は何重にも仕切りを置き、最も奥の暗い場所に一日中座っているわけです。

女三の宮の浅はかさ、慎みの無さを責める前に、周りにいたたくさんの女房たちは注意もしなかったのでしょうか。一を聞いて十を知る察しの良いタイプではないけれど、言われたことには従順な人なのにね……

源氏物語の女君がきものを着たなら4

「なほ、え生きたるまじき心地なむしはべるを、かかる人は罪も重かなり。尼になりて、もしそれにや生きとまると試み、また亡くなるとも、罪を失ふこともやとなむ思ひはべる。」
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫
「やはり生きていられない心地がいたしますが、こんな時に死ぬのは罪も重いと聞きますので尼になり、その功徳で生きることができるかどうか試してみて、また死んだとしても罪を軽くすることができるかと存じます。」
正絹手刺繍付下着尺 丹後ちりめん 本手描き友禅九寸名古屋帯 本蒔糊・真糊糸目

世間を知らず大人として成熟しないうちに親の身勝手で結婚させられた女三の宮が自我に目覚めたのは、若い男の強引で一方的な不倫関係の末、望まない妊娠出産をさせられたときだった……というのがまた皮肉ですね。

女三の宮が生まれて初めて自分から強く望んだことは、出家でした。

柏木の死によってなんだか純愛とか悲恋みたいな雰囲気にされていますが、ただの”同意なき性的暴行”なので、当然ながら生まれたわが子に愛着が湧かない女三の宮の気持ちも理解できます。

父を前に、初めて感情むき出しで泣いて頼む悲壮さに耐えきれず、朱雀院手ずから愛娘の髪を下ろすことになりました。

彼女って平安時代の女性としては失格なのかもしれないけれど、とても現代的な感性の持ち主なのかもしれませんね。

令和の若者──

きっとみんなではないけれど、意志を主張しない、目立ちたくない、そして恋愛や性愛への興味が薄く、それぞれ自分の好きな世界からあまり出たがらない=ゆえに少し精神的に幼い傾向にあると言われます。ちょっと近いものがあるように感じました。

身勝手な男たちに振り回されて傷付き、若くして女としての生を捨て、色をなくした世界で長い長い余生を過ごす。申し分ない身分に恵まれながら、とても哀しい人生ですね。

仏門の人らしくモノトーンの着物を考えましたが、松と梅が降り積もる雪に耐えるデザインが際立つ帯を見つけたので採用しました。なんだか女三の宮の人生を表しているようにも見えて(もちろん本来雪もち松や梅は縁起の良い柄ですよ)。

女三の宮のことを、”主人公カップルの幸せを無自覚にぶち壊したおじゃま虫”のように感じていた自分をちょっと反省した今回の執筆でした。

大河ドラマ『光る君へ』も終わり、あらためてこの年末はぜひ、源氏物語をゆっくり紐解いてみてはいかがでしょうか。

2024.11.24

まなぶ

光源氏のすべての恋の土台、藤壺の女御 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.11

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【桐屋 徳永憲峯】 特選十日町本手加工絞り染振袖 「木花咲耶姫」

正絹手刺繍付下着尺 丹後ちりめん 本手描き友禅九寸名古屋帯 本蒔糊・真糊糸目

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