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御菓子司 聚洸 当主・高家 裕典さん「京のつくり手語り」vol.10

御菓子司 聚洸 当主・高家 裕典さん「京のつくり手語り」vol.10

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老舗の和菓子店の三兄弟の次男にして、独立する道を選ばれた「御菓子司 聚洸」当主・高家 裕典さん。「ちょっと独特やから、若い人には参考にならないかも」と話す和菓子業界におけるご自身の境遇や、だからこそ出来る菓子づくりへの想いを伺いました。

2022.03.31

まなぶ

御菓子司 塩芳軒 5代目当主・高家 啓太さん 「京のつくり手語り」vol.8

「着物の人を見ても、だからどうこうっていうのは無いですね」

と話す、「御菓子司 聚洸」の高家 裕典さん。

決して無関心なのではなく、その穏やかな口調からはそれが当たり前に存在する毎日に対する愛着が垣間見えます。

生家は同じ西陣の老舗和菓子店「御菓子司 塩芳軒」。裕典さんは三人兄弟の真ん中。

兄弟のなかで真っ先に和菓子の道へと飛び込んだいきさつや老舗の後継としてでなく、独立して店を持った人ならではのつくり手としての想いを伺いました。

2021.11.30

よみもの

御菓子司 塩芳軒 本店留めの『聚楽』 「京都・和の菓子めぐり」vol.11

何も教えてもらってないけど、全部見せてくれた

聚洸当主・高家 裕典さん

自身の進路選択を振り返り、そんなカッコエエもんとちゃいますよ、と苦笑いをする裕典さん。

幼い頃は家業の邪魔にならぬよう、美術アトリエ「上京児童美術研究所」に放り込まれていたという高家三兄弟。

その甲斐あってか、美術と体育の成績だけはいつもよかったといいます。現在は3人とも和菓子職人の道を選んでいますが、真っ先に修行を始めたのが裕典さん。

「兄は美術系の大学に、弟は専門学校に進みましたが、僕は学校の勉強が嫌いやったから、進学するつもりがなくて。それなら働きなさい、という感じですね」

器作家や和食の料理人に憧れを抱いたこともあるというその根底には「手から直接、何かを生み出す職業がいい」との想いがあったのだとか。

「高校卒業後、あんまり長いことふらふらしているわけにもいかなくて、修行に向かったのが、実家とつながりのある名古屋の『芳光』でした」

聚洸当主・高家 裕典さん

名古屋の「芳光」といえば、初代が「塩芳軒」で修行をしたことに加え、わらび餅のおいしい店として真っ先に名前のあがる全国区の有名店。

「菓子屋の息子やのに、材料の名前もよう知らん状態の僕やったけど、師匠をはじめ、店の先輩たちがホンマに良くしてくれました。入ってしばらく経つと、和菓子づくりの魅力にどんどんのめり込んで行きましたね」

気がつけば、5年が経過。

「『芳光』のおやっさんは説明のほとんどを擬音で済ませる人なので、具体的に解説してくれたことは無いんです。

じゃあ、何も教えてもらっていないのかというと、全部教えてくれたと思っています。『見とけよ』って、手の内を全て明かしてもらってるわけですから。

そこから何を取り込み身につけるかは、十人十色。その人次第やと思います」

さらに「塩芳軒」に戻り3年、その後にもう一度「芳光」で2年の学びを重ね、2006年、ついに自身の店「聚洸」のお披露目となります。

聚洸外観

二度目の名古屋時代に、実父から「良い物件が空いたで」と連絡がきたという

名付けといえば、晴明さん

「屋号は自分でも考えたんですけど、良い案が思い浮かばなくて、晴明神社さんにお願いしました。この辺りでは命名といえば晴明さん。五つの候補の中から選びました」

「聚」には集まるという意味、「洸」には石の宝玉ではなく、水の玉が光っているとの意味がある。

店内の様子

書家・小峰 鐵彰先生による揮毫

「晴明さん曰く、一つひとつの小川が集まって、滝となり、水の玉がきらきらと光って弾けている様をイメージしているのだそうです。

自分に置き換えてみると、学んできたいくつもの事柄が集まって今があること、みずみずしいお菓子をつくりだしたい、との想いにも重なりました。

僕は聚楽小学校の出身だし、実家の『塩芳軒』の代表銘菓は『聚楽』といいます。洸の中には修行先の『芳光』の光の字も入ってる。これは良い名だと思いました」

聚洸の生菓子

瑞々しき光の玉のごとき菓子たち

ひとつだけ心のこりを挙げるなら、自分の名前から一字使いたかった、となんとも初代当主らしい話を打ち明けてくださいました。

聚洸の店内の様子

「塩芳軒」の次男さんが名古屋「芳光」での修行を経て、満を持しての独立。

鳴り物入りでの開業に思えますが、製造から販売まで、何もかもを1人でこなさなければならない大変さは、寝る間もないほどだったといいます。

それでも、自身を「正直、誰よりも恵まれていると思う」と話す裕典さん。

それは、“みんなが知っているのに、あたらしくて自由”という独特の立ち位置を自覚しているからかもしれません。

「いつか自分の店を持ちたいので独立の話を聞かせて欲しい、って若い子がたまに相談に来るんですけど、僕の話はあんまりアテにならないと思うんです」

余談ではありますが、「聚洸」の引き戸を開けると「ぴーんぽーん」と大きめの電子音が鳴り響きます。この店の落ち着いた佇まいには、やや不釣り合いな気もするこのアラーム。

その昔、裕典さんが店の奥でほんのちょっと仮眠をとるつもりで目を閉じたところ、ハードワークと睡眠不足がたたって完落ちし、お客さんの来店に気づかなかった事件がきっかけで取り付けられたそうですよ。

見えない手しごとへの還元を

「和菓子に限った話ではないと思いますが、今ある仕事を続けていこうと思うなら、必要なのは、自分よりも先の段階、前の段階の仕事をしてはるところへの利益還元やと思います」

そう言って、裕典さんが取り出したのは「通し」と呼ばれる菓子づくりの道具。

和菓子づくりの道具

桜の皮で留められている

「ここの留め具が桜の皮でできているんですが、これは若桜の皮やないとあかんそうです。

新芽のあたりの樹皮を採取しなければならないので、わざわざ木の上の方まで登らないといけない。

でも“割に合わない”仕事なので、採ってくれる人材がいないというのが現状です」

先日の記事でもご紹介した「小田巻」は、木の部分が樹脂製のものも増えているそう。

和菓子づくりの道具

木製と樹脂製では重さがかなり違う

「つくるのが数個なら樹脂製でも特に問題はないのですが、何百個となく作業をするとなると、やはり軽い木でないと」

進化して使いやすくなるものもあれば、やはり昔からの素材の方が理にかなっているという場合もあるのですね。

2024.09.25

よみもの

御菓子司 聚洸 『小田巻』を訪ねて 「京都・和の菓子めぐり」vol.13

道具をつくる人、材料をつくる人——

たとえ表側からは見えなくても、そういう多くの手しごとに支えられて成り立っていることを忘れずに、モノづくりをする人が増えれば、伝統産業にも本当の意味でのSDGsの風が吹くはず。

「そこまで考えて値付けをすると、お客さんには高いと言われることもあるかもしれません。

でも、今年の6月に開催された和菓子イベント『山滴る、甘党市』に参加して感じたんです。ちゃんとしたおいしいお菓子なら、ちゃんとした値段で買ってもらえて、お客さんにも喜んでもらえる。

和菓子にはまだまだ伸びしろがあるぞ!って」

ありえない立ち位置からの景色

自身の境遇を“ありえないほど恵まれた立ち位置”だと裕典さんはいいます。

老舗の先代さんの「頑張ってるなぁ、最近よう見るで!」との声に「好き勝手やらしてもろて、すんまへん」と応える。

「それでええねん!もっと好き勝手にやれー!」

と背中を押してくれる存在の頼もしさ、ありがたさ。

職人も、経営者も、若手も、老舗も。

裕典さんの周りには、さまざまな世代のさまざまな立ち位置の人が集まってきます。

それは、裕典さんが職人の顔と、経営者の顔と、若手の顔と、老舗の顔を持っているから。

それでいて、どんなに気合いが漲ってもギラギラとならず、キラキラと澄んだ空気の持ち主だからではないかと思うのです。

改めて「聚洸」とは、言い得て妙。

聚洸ロゴ

さて、この家紋のようなロゴマーク。

よく見ると、「塩芳軒」のロゴに似て、枠がちょっと変わっています。

「塩芳軒」では真ん中の塩の字をカタカナの「ヨ」4つで囲んで、塩・ヨ・4=しおよしとしていましたが、「聚洸」の聚の字の周りにあるのは…?

「カタカナのヒが6つで、ヒ・ロです。裕典の“ヒロ”ですね」

と嬉しそうな笑顔。

屋号に入らなかった名前の一字がこんな形で入っていたとは!

実はこれ、「塩芳軒」の現当主で、元グラフィックデザイナーの兄・啓太さんがデザインしてくれたのだそうです。

2022.03.31

まなぶ

御菓子司 塩芳軒 5代目当主・高家 啓太さん 「京のつくり手語り」vol.8

聚洸のロゴを指差す高家裕典さん

「男兄弟なんで、小さい時からケンカはしょっちゅう。今でもお互いに認めてないところはあると思います。…けど、兄弟ってそういうもんとちゃいます?」

と、ニヤリ。

京都の商家の取材では、ご実家との関係に緊張が走ることがあるのですが……

今回はその心配は無さそうです。

撮影/スタジオヒサフジ

2021.12.31

まなぶ

御菓子司 塩芳軒 ”雪”に願いを 「和菓子のデザインから」vol.7

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