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色を愛して。私のファッション哲学 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.7

色を愛して。私のファッション哲学 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.7

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草木染と手機という日本古来の技術を使いながらも、立ち止まることなくさまざまな織組織と図案を発表し続ける夢訪庵。止まることを知らない美の世界に魅了される感度の高い女性たち。両者が出会った瞬間、多くの物語が生まれます。この連載では、無限に広がる「帯とわたし」の物語をお届けします。

2023.07.31

よみもの

人生をともにする”楽器の色”が見たい 〜夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界〜 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.6

きものの装いで「きれい色」を楽しむコツとは

まるで呼吸するかのように。

迷うことなく、美しい配色できものを着こなすツルタアツコさん。海外の建築物や、美術をこよなく愛する女性です。

華があって、品のあるその装いを楽しむ彼女は、友人や知人からよく聞かれることがあるという。

「どうしたら、アツコさんのようなセンスで着こなせるの?」

今回は、色彩を自在に操る、ツルタアツコさんの、物語。

それは幼少のころから始まっていた

物心がついた時からおしゃれが好きだった。とくに色に関してはとても敏感だったように思う。

「アッちゃん、遊びましょう」

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 子どもたち」530

夢訪庵 九寸名古屋帯「子どもたち」

ランドセルを置いた友人たちが我が家へ遊びに来ると、毎日のようにしていたことがある。

それは、着せ替え人形。

自作の紙製の人形に、たくさんの洋服を作っては着せ替えて遊んでいた。

私は人形に服を着せ替えること以上に、着せ替え用の洋服を作ることに熱中していた。

ワンピースを作るにしても、その柄は果物、花、水玉、チェック、ストライプ柄といろいろ。遊びに来たお友達の数だけ、同柄で色違いのワンピースを12色の色鉛筆ですばやく仕上げていた。

色選びに迷ったことは、ほとんどなかった。

色やファッションに関する思い出は、鮮明に覚えていることが多い。

大好きな母と手を繋ぎ、向かいの山に沈む夕日を眺めていた3歳ぐらいの私。裾に紺色のアヒルのアップリケのある黄色いワンピースを着ていた。

小学校5年生のころ、当時にしては珍しいラベンダー色と黄緑色のリバーシブルのジャンパーを買ってもらい、すっかりそれが気に入ってラベンダー色が大好きになったこと。それから、少女雑誌で見て憧れていたモヘアの帽子を、叔母に頼んでラベンダー色で編んでもらったこと……

何かを見て「欲しい」と思うことよりも、「こんなのが欲しい」から始まる心の動き。

「好き」を探して。なければ作ってもらうだけ。

それは大人になった今でも変わっていないように思う。

会えば質問攻めの桝蔵さん

桝蔵さんとの出会いは、松屋銀座で行われた雑誌『家庭画報特選 きものSalon』のイベントだったように記憶している。

ふらりと中を覗くと、ブース内には美しいきものや帯がディスプレイされていた。専門誌の審美眼はさすがだ。

そこですぐに目に留まった帯があった。

ランドセルを背負っている可愛らしい子どもたちが、優しい配色で何人も織りあげられていた。

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 子どもたち」帯締めと帯揚げのスタイリング/ツルタアツコさん※私物 546

夢訪庵 九寸名古屋帯「子どもたち」 帯締めと帯揚げのスタイリング/ツルタアツコさん(私物)

気に入ったわ。これにしよう。

私はどれだけ多くの商品が並んでいても、迷ったことはほとんどない。

夢訪庵には、比類なき独自性がある。和文化だけでなく、ヨーロッパや古代エジプト文明、シノワズリ……桝蔵さんが熱く強いこだわりのもと、さまざまな分野にアンテナを張っているからだろう。

私も同じ。美しく綺麗なもの、可愛いもの、ちょっと変わったユーモラスなものに終始惹かれている。だから彼の作品に共鳴したのかもしれない。

ブース内には桝蔵さんご本人もいらした。

草木の染料や媒染方法を丁寧に説明してくれたけれど、私は話半分、気もそぞろ。気に入った帯を見つけた幸せの余韻に浸っていた。

だって覚えきれないし、私は「色が綺麗、気に入った。それだけで十分」。蘊蓄はそんなに大事なことではない。

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 子どもたち」美しい色で構成された子どもたち538

楽しく明るい色で構成された子どもたち

そんな私の心情を見抜いた桝蔵さん。そこがとっても気に入ったと後日教えてくれた。彼も変わり者だ。

それからは、彼の質問攻撃が始まった。

「ツルタさん、お洋服も好きでしょう」
「なんでそんなにセンスがいいんですか」
「今日はどうしてその帯にその小物を合わせんたんですか」
「どうしてここに、黄色を選んだんですか」
「どうしてこの帯をお選びくださったんですか」

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 ブルガリア華紋」715

「このブルガリア華紋の帯は、撮影のために初下ろしいたしました。何に合わせようかと思った時に、すぐにこのきものが思い浮かびました。東京手描き友禅作家の染谷洋先生の作品で、葡萄柄の型絵染めの生地を好みの色で染めていただいたものです」(ツルタアツコさん)

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 ブルガリア華紋」731

「きものには、よく見ると、バゲットやワインボトルやグラスが葡萄の葉の影に潜んでいます。とても遊び心のある柄に、白地のブルガリア華紋は品のよい雰囲気を演出してくれるので気に入っています。モダンで洋の雰囲気があり、この着物とは好相性です」(ツルタアツコさん)

家にあるきものに合うから、とか、長く着られそうだ、という理由では決して選ばない。

私も変わっている? そうかしら。

人生は余命宣告をされずとも、いつ、不慮の事故でピリオドが打たれることがあるかもしれない。未来のことを考えるより、今「好き」だと思ったことやものに囲まれていたいのだ。

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 蕪」498

「桝蔵コレクションの中で一番のお気に入りで、“かぶらちゃん”と呼んでいます。しっとりと品のある淡いピンクのグラデーションも素晴らしくって」(ツルタアツコさん)

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 蕪」516

「一見しただけでは蕪とはわかりにくい大胆な構図や、勢いよく伸びる葉に生命力を感じます」(ツルタアツコさん)

生きているかもわからない将来を考えて選んでいたらもったいない。それにその頃には、どのくらい顔のシワが増えているかもわからない。

「夢訪庵」「九寸名古屋帯 蕪」帯締めと帯揚げのスタイリング552

帯締めと帯揚げのスタイリング/ツルタアツコさん(私物)

こだわることで造詣が深まり、その魅力がより楽しめる

きものを着るようになったのは、2010年の秋頃から。

それまではシェルやストーンに浮き彫りを施した装飾品、特にシェルカメオ蒐集に没頭していた。

イタリアのカメオ作家に、初めて作ってもらったフレディ・マーキュリーがモティーフのブローチ。638

「イタリアのカメオ作家に作ってもらったフレディ・マーキュリーがモティーフのリング。天国で彼と会話ができるように英会話を始めたほど、フレディを愛しています」(ツルタアツコさん)

既成のカメオの購入だけでなく、イタリアのカメオ作家に図案から制作を依頼したほど夢中で、絵画のような、彫刻品のような、美術品と呼ぶべきその小さき世界に私は魅せられていた。

すべてイタリア人のカメオ作家による作品623

「一番左のイヤリング。片方はエンジェルでもう片方は『夢遊病』の子供の骸骨。ナイトキャップを被り、大きなスリッパを履いて夜中に徘徊している様子を彫ってもらいました。真ん中のブローチ『地獄への門』は、オーダーメイドした中でも、最も手の込んだ作品。死神がデビルを連れ、魑魅魍魎のいる世界の扉を開けている様を表現してもらいました。一番右のブローチ『エターナル・エンブレス(永遠の抱擁)』は、2007年にイタリアにある新石器時代の墓から見つかった人骨「ヴァルダーロの恋人(男女のペアが向かい合って腕を組んだ状態で埋葬されていた)」に着想を得て制作をオーダーしました」(ツルタアツコさん)

すべてイタリア人のカメオ作家による作品で、どれも私の発想を彼に伝え、そこから着想を得て制作されたもの。それぞれの作品完成までの過程で、ディテールへの話し合いを(拙い英語で)何度も重ねたのも楽しい経験だった。

初めて彼の展示会に行った際に惹かれたのが骸骨を彫った作品だった。

ゾッとするような恐ろしさの奥に潜む美しさが表現されていて、私は一気に惹きつけられた。

それから、古代ローマやギリシャのアンティークコインにも強い憧れを抱いていた。

閉店5分前のデパートで出会った紀元前4世紀のドラクマ銀貨。後日そのアンティークショップに持ち込んでアクセサリーに。

マケドニアのアレキサンダー大王が玉座に座って杓を持っている様子が彫られています。648

「ゼウス神が玉座に座って杓を持っている様子が彫られています。彫りがしっかりと残っていて、とてもいい状態でした」(ツルタアツコさん)

アレキサンダー大王が、ヘラクレスに扮している図。653

「アレキサンダー大王がヘラクレスに扮している図。シルバーにイエローゴールドのコンビにしたのでどんな洋服にも相性がよく、きものの際はリングにして使っています」(ツルタアツコさん)

コインだから、表と裏のデザインの両方が楽しめるようにし、さらにリングにもネックレスにもなる仕様にしてもらった。

日本文化に目を向けたきっかけは3.11の震災

「夢訪庵」「雲、海、空」566

「これまでご縁のあった夢訪庵の帯すべてが白地の帯。次は綺麗な色の帯がいいわと『雲、海、空』と題された帯を。地の爽やかなスカイブルーと、たれ先の深みあるマリンブルー、その調和が気に入っています」(ツルタアツコさん)

そんななか、あの3.11東北大震災を経験した。

多くの犠牲者を出し、ある街は全滅に近いほどの被害をテレビで見るたびに心は重く沈んでいった。

「夢訪庵」「雲、海、空」、帯締めと帯揚げのスタイリング/604

夢訪庵 九寸名古屋帯「雲、海、空」 帯締めと帯揚げのスタイリング/ツルタアツコさん(私物)

私に出来ることはなんだろう……

「日本の工芸品を購入することで貢献しよう」と決めた。

たまたま半年前に着付け教室に通い始めていたこともあり、今に至るまで、きものの装いを楽しむ日々を送っている。

自分のセンスと若い人の感性があればいい

百貨店の伝統工芸展にふらりと立ち寄り、大島紬のブースに足を踏み入れたのも、日本文化に貢献したいという理由があったからかもしれない。

泥染めの大島紬は私には似合わないと思っていたから、普段なら素通りしていたと思う。

「いらっしゃいませ」

若い男性がにこやかに話しかけてくる。彼は大島紬を洋服にリメイクしているデザイナーだった。

細い大島紬の生地を何枚も縫い合わせ、それを上下3段にはぎ合わせたスカート、試着してみるとステキ!即購入。

100枚の継ぎの順番にもこだわって制作したという大島紬のロングスカート。617

「100枚もの大島紬の生地を、順番にもこだわって継いで制作されたロングスカート。きものを洋装にリメイクしたものでこんなにもファッション性をキープしているデザインは、なかなか見つかりません。またこんなに長く(縦方向に継いである)、貴重な大島紬の裂を取れること自体も稀有とのこと」(ツルタアツコさん)

2年後に別のデパートで偶然、また彼のショップに出くわした。

私を覚えてくれていた彼が、おもむろにロングスカートを目の前に広げ始めた。

「これ見てください。ツルタさんにおすすめしたいです。絶対に損はさせません!」

彼が迷うことなく勧めてくれたのは、大島紬の生地を100枚繋げて作ったというロングスカート。大島紬のエレガントでクールな輝きはまさにシルクドレス。

シンプルなトップスに、シルバーゴールドのアクセサリーをつけてモダンに。614

「シルバーのアクセサリーをつけてモダンに」 スタイリング/ツルタアツコさん(私物)

ある日、顔なじみの着物コンサルタントから「ツルタさんは若い人が好きですね」と言われてハッとした。

そういえば、どんな場所でも年配の人から買うことは少ない。それが呉服でも。

「この着物にはこの帯ですよ」なんて言われると、「いえ、私だったら」と逆に提案することもしばしば。

私は好き嫌いがはっきりしている。だから誰かが決めたルールに則った、決まりきった装いには興味がない。

私らしさを一番理解しているのは、当の本人、この私だ。

けれど、ときどき受け入れるのは若い人たちのアドバイスだ。彼らの柔軟性や意外性のある発想はとても新鮮。その感覚を自分の個性に取り入れると、面白い効果が生まれることがある。

世代も国境も越えて共通する美意識

昨年末、国立新美術館で開催していた『イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル』に行ってきた。

入場規制があったほどの大盛況ぶりで、入るのに時間はかかったが、その甲斐は十分にあった。

ツルタアツコさん

普段は着付け教室やきものイベントなどできもののおしゃれを楽しんでいる

ピーコートやサファリジャケット、ジャンピングスーツなど100点以上の衣裳が並び、そのどれもが懐かしく、また彼の稀代の才能にあらためて感心した。

しかし、それ以上に私の心を捉えた展示があった。

それは彼が16歳の時にヴォーグ誌のモデルの写真を切り抜き、そのモデルに着せ替えるドレスをデザインして描いていたスケッチの存在だった。

サンローランも着せ替えの洋服をデザインするとき、すでにその素材もイメージしていたと解説に書かれていた。

「私もそうだったわ!!」

共感してとても嬉しくなり、サンローランにそれまでにないほどの親近感を抱いた瞬間だった。

そうか。私は美を表現することに、こだわりと愛を持っている人が創る世界が好きなんだ。きっとその美意識は、世代も国境も超越した世界観なのだと思う。

モデル/ツルタアツコ
撮影/菅原有希子(http://yukikosugawara.com

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