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美しさと抑圧―着物がもつ”複雑さ” 作家・山内マリコさん(インタビュー前編)「きもの、着てみませんか?」番外編

美しさと抑圧―着物がもつ”複雑さ” 作家・山内マリコさん(インタビュー前編)「きもの、着てみませんか?」番外編

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新刊『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』発表を記念して実現したスペシャルインタビュー前編。20代の頃から着物が大好きだったという山内マリコさんの”着物観”がテーマです。美しさとルールが同居する着物についての、複雑な想いを伺いました。

2022.10.27

インタビュー

『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』 作家・山内マリコさんの着物姿 「きもの、着てみませんか?」番外編

幅広い世代の女性の生きる姿を描いて、大きな共感を得続けている作家・山内マリコさん。前回は、着物スタイリスト・薬真寺 香さんによる山内さんへのスタイリング提案と撮影のようすをお届けしました。

実は山内さんは、ご自身でも着付けをされる大の着物好き。今回は、着物との出会いや着物に対する想いをお聞きしました。

10月27日に発表された『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』(山内マリコ・著、株式会社マガジンハウス)は、ユーミンこと松任谷由実さんのデビュー50周年を記念して企画されたノンフィクション・ノベル。来週公開予定の後編では、こちらの作品についての想いや、あのユーミンへの取材がどのように行われたのか?!などについても伺っています。どうぞお楽しみに!

着物に出会ったきっかけ

薬真寺 香(以下、薬真寺):着物を着るようになったきっかけというのはありますか?

山内マリコさん 浅草花柳界の隠れ家バーにて

山内マリコさん(以下、山内さん):実は成人式でも着物は着ていなくて、七五三以来の着物体験は、兄の結婚式なんです。貸衣裳のお店で、一式選びました。着物の知識ゼロだったので、何をどうするかわからないまま、お店の方が着物をどんどん広げて見せてくれて、「好きなものがあったら言ってください」と。

ただ、安いランクだと好きなものがなくて。ランクを上げたらかわいいものが出てきて、だんだんこちらの気持ちもノッてきて(笑)、着物の次は帯、帯が決まったら帯揚げ、帯締めと、ああでもないこうでもないと組み合わせました。

最終的に一番驚いたことは、半衿を合わせた時に、着物の印象がガラリと変わったことです!組み合わせを変えれば変えるほど、どんどん印象が変わるのがすごくおもしろかった。

薬真寺:半衿は顔に近い部分ですし全体の印象を大きく左右しますよね。ただ、範囲としてはごくわずかなので最初の着物体験からそこに着目する方は少ないような気が… 山内マリコ作品から受ける印象と共通するものを感じます。

着物:(仕)墨流し染付下げ 帯:【人間国宝 故:喜多川平朗】唐織錦袋帯「流水紅葉文」

山内さん:もともと着物の構造に興味があったのと、自分で着れるようにもなりたくて、その後着付け教室に通いはじめました。師範が取れるコースにも進んで、二年かけて資格を取りました。

実家にはタンス一竿分の着物があったんです。私の母がお嫁入りの時に持たされたものですが、まったく着ていなくて。祖母は、もともと着物で生活していた人。普段着が洋服になってからも、お正月は着物でした。

母に「着物に興味を持った」と言ったらすごく喜んでくれて。着付け教室に通うことにしたときも、しきりに「それはいいこと」だと、授業料もお母さんが出すわとまで言ってくれて。

山内マリコさん 白地に墨流しの着物に紅葉の帯で

山内さん:私の母の世代は、家事育児が、まさかここまで自分の時間が持てない過酷なものとは思わずに結婚したんですね。

着物を着る機会なんてなくて、娘時代の名残りのような着物がタンスで眠っているだけ…というのは母にとっても寂しいことだったんだなと。だから私が着るのならうれしいし、ぜひ頑張ってと。

薬真寺:確かに、私の母も祖母もほとんど似たような感じでした。隔世遺伝のように私が着物に惹かれていったことも共通しています。

「着物を着てみたい」という自分の欲を満たしつつ、母孝行、祖母孝行もできているような、なんとなくみながうれしいような状況ですよね。ちなみにそれは、山内さんが何歳くらいの時だったんですか?

山内さん:着付けを習っていたのは20代後半です。そのくらいの年頃から和文化に惹かれ出す現象ってありますよね。それまではパリかアメリカかというような感じだったんですが、だんだん日本の文化に興味を持つ大きなきっかけとなったのが着物でしたね。

その時期の有り余るエネルギーと情熱を、全部着物に注いでいました(笑)!

右から作家・山内マリコさん、着物スタイリスト薬真寺香さん、カメラマン坂本陽さん。撮影:河村英朗

撮影中のようす 右から、山内マリコさん、着物スタイリスト薬真寺香さん、カメラマン坂本陽さん
撮影:河村英朗(都鳥bar千)

薬真寺:わかります!身に覚えがありすぎて(笑)。着物の懐の深さは、それを受け止めてくれますよね。

山内さん:はい、しばらくは彼氏できたくらいの熱量で、着物に入れ込んでました。行きつけの着物屋さんの店員さんと友達みたいに仲良くなったり(笑)。イベントにもよく行きましたし、最初はプレタポルテの中から選んでいたのが、だんだん反物から仕立てることを覚えてみたり。気がついたらローンも複数組んでいました。

薬真寺:今のが終わりそうになると、また新しいローンが始まるみたいな状態ですよね(笑)。

山内さん:そうなんです。それで、私このままだと宮部みゆき先生の『火車』みたいになるなぁと。その頃は小説の仕事もなくニート状態だったので、貯金を切り崩していました。

初期衝動も次第に落ち着いてきて、小説で世に出させてもらった頃には、買った着物も貰った着物もたくさんあるし、着付けの資格も一応持っている、という状態でしたね。着物に関しての失敗は、とりあえず一周目は済ませたかな、という感じ。

「これが私」がほしい

山内マリコさん ジュエリーと着物のコーディネート

薬真寺:雑誌『七緒』(プレジデント社)では、さまざまな着物に関わる方とお話しをされていますよね。連載を通して着物に対する考え方が変わったなどはありますか?

山内さん:七緒さんの連載がはじまる前くらいから、実はプライベートではほとんど着物を着なくなっていたんです。また着物を着られる、とても良い機会をいただけたなと思いました。

連載ではできるだけ、自分の手持ちの着物を駆使しています。着ていないものも多かったので、それらに袖を通せて良かったです。

ただ自身のスタイルとしては、着物はじめの頃に着ていたプレタ着物がだんだん似合わなくなって処分しつつ、他の着物はどんどん増えていって…… 減ったら増える状態で、どこに進んでいいのか少しわからなくなって、”着物迷子”になっていました。

山内マリコさん 白地に墨流しの着物で

山内さん:紬一択にいくのか、アンティークにいくのか。はたまた本当にクラシカルな方向にいくのか……。

どれも好きなんです。そうなると、これ素敵あれもかわいい、となってしまって、トータルのことが考えられていなくて(笑)。相性の良くないジャンルがタンスの中に混在している状態。

そんなタイミングだったこともあって、連載で毎回、しっかりご自身のスタイルで着込んでいらっしゃる方々のお話がすごく参考になりました。着物の趣味が、ご自身としっかりリンクしていて、着こなしにも説得力があります。

薬真寺:道しるべじゃないですけど、他の人の着物観、生き方や考え方が反映された実践的なお話は聞いていておもしろいし、参考になりますよね。

山内さん:「これが私」という着物のスタイルを決めていきたいと思いつつ、まだ全然絞りきれなくて、探しています。

薬真寺:まさに今日は、山内さんに新しいご提案ができたらなと思っていたんです!山内さんにはこういう感じも絶対良いですよ、というものを。

山内さん:ありがとうございます。すごく素敵です!

薬真寺:あえていつもとは違う雰囲気のものを選んでいます。そう言っていただけてすごくうれしいです。

着物:(仕)墨流し染付下げ 帯:【人間国宝 故:喜多川平朗】唐織錦袋帯「流水紅葉文」

『一心同体だった』独身と着物

薬真寺:今年刊行されたご著書『一心同体だった』(光文社)で描かれた、友人の結婚式に参列した未婚女性が、独身の女だからという理由で蔑まれバカにされた、と感じてしまうシーン。

”留袖ではしゃぐ独身差別ババア”、という表現が強烈でした。

世界ではじめての「留袖」という言葉が含まれたパンチラインだなと。あの場面が生まれたきっかけだったり、実際にああいう空気感を体験したりということはあったんですか?

山内さん:むしろ、自分の中にあった独身差別の意識から出た、という感じです。アラサーのときは自分が差別される側として怒っていたけれど、高校生くらいのときは、平気で独身の先生をイジる側だったことを思い出して。そういう無意識の差別心って、親からきていたりもするなぁと、いろいろ思い当たるふしもありました。

薬真寺:中高生の頃、独身の先生をからかっていた自分や友人の振る舞いが立派な差別だったと気づく、そしてその差別意識のおおもとがなんだったのか紐解いてみると自分たちの母親につながっていくという。

後ろめたさ、罪悪感、モヤモヤしてたことが言語化された爽快感のようなものが同時に襲ってきたものすごい場面でした。”男に傷つけられると怒りがわくけど、女に傷つけられると悲しくなる。”という一節も刺さりました。

山内マリコさん 白地に墨流しの着物で

山内さん:母の世代はほとんどの人が結婚しているので、逆に結婚していない人に対して変わり者のような気持ちが強いのと、横並びに育てられてきているのもありますね。

親戚のおばさま方も個々はすごく良い人なんだけども、親戚という集合体となった瞬間に特有の”圧”が生まれてくるというか。

私は特に田舎というのもあって、結婚して数年経てば「子供は?」とか「寂しくない?」みたいなことを普通に聞いてきますし。

薬真寺:実際にそう言われた時って、心の中ではどんな気持ちだったんですか?

山内さん:独身の頃は、思春期並みにピリついていましたね。『一心同体だった』に集約させたんですが、当時は本当に辛くて。まだ結婚しないの? という周囲の外圧以上に、自分の内側から突き上げてくる内圧にも戸惑いました。なにか言われたら、「じゃあ紹介してよ、今ここにいい人連れてきて!」みたいな感じでキレてましたね。

薬真寺:キレたくもなりますよね(笑)。私も経験があって、山内さんの小説ではそういう点でも救われています。

フェミニズムと着物って?

薬真寺:未婚既婚、年齢により着るものや着方を変えよ、とされる和服の世界。ちょっと前時代的だなと不安を覚えることがあります。そのあたりについてはいかがでしょう。

山内マリコさん 老舗人形焼店にて

山内さん:あくまでも、着物が好きないちカスタマーとしての意見なのですが……

特にここ数年、日本もすごく価値観が変わってどんどんアップデートしていこうという流れの中においては、着物は「べき」が多いかもしれません。

薬真寺:あらゆる「べき」が立ちはだかっていますよね。山内さんはご著作においても、フェミニズムを軽快に、山内さんにしかできないやり方で扱ってらっしゃる印象があったので、着物に関してどういう感触を持っているのかなって。

山内さん:業界のルールを変えてほしいみたいなことは思わないんですが、少なくとも、ルールから外れた生き方や、やり方をしている人に、目くじら立てるのはなしにした方がいいのかなと思っています。

薬真寺:「着物、着てみたいけど怒られそう…」というのをよく聞きます。つい言いたくなっちゃう側の気持ちもわかるんですけどね。

山内さん:着物警察の気持ちもわかるんですよね。「着物はこうあるべき」を一通り勉強してしまった以上、「教わったやり方と違う!」と気になってしまう癖がついて。例えば、全身真っ白の白装束みたいな着物を着ている子を見たりすると、「そ、それは!?」と思ってしまうことはあります(笑)。でも自由に着ている人に文句を言わない、失礼なことを言わない、というのがまず第一なのかなと思います。

山内マリコさん 職人さんが目の前で焼いてくれる人形焼

薬真寺:楽しんで着ているうちに、少しずつ覚えていくパターンもありますよね。ルールはルールで、ふまえた方が綺麗に見えるとか、素敵にそこに存在できるというのはありますし、頼れるものでもある。洋服でも、このシャツはこういう背景のものだからこのタイプのジャケットを合わせるのがベター、というようなことがあるし。

ルールが全部ダメではないけれど、時代の空気感と照らし合わせると悩ましい。ここからどうなっていくのか、個人的に気になっています。

山内マリコさん 職人さんが目の前で焼いてくれる人形焼

山内さん:私自身、何も分からずに着ていた最初の頃が、一番楽しかったというのもあるんです。着物を着て外を歩いてるだけでめちゃくちゃ気持ちが上がる時期。ひとつルールを学ぶ度に、その楽しさが少し失われていく感覚もあって。着物好き!着物楽しい!だけで充分だったのに、ひとつずつその芽が摘まれて、いつの間にか面倒になっていったのは事実ですし。

薬真寺:無敵!って感じの楽しさですよね。確かにその感覚はだんだん失ってしまっているかも… それでもその先にまた新しい楽しさを見出して、というのはあったりしますか?

山内さん:まだそこまで行けていないですね。体力的にも長く着ていられなくて。毎回撮影の後、タクシーではぎとろうとしてたりして(笑)。

山内マリコさん 焼きたての人形焼をパクリ

薬真寺:実際にこっそり身八つから伊達締めを引き抜いたことあります、私(笑)。

山内さん:着物は肉体的にも結構負担がかかるものだし、今のジェンダー感で考えると、”女性をうまく抑圧するための装置”というふうにもいえます。動けないし走れないし、「女性らしさ」をどこまでも要求してくる。

ただ、それによって生み出される美しさもある。何が正解で何が間違っているというのはないのですが、考えちゃいますよね、日本とは何だろう、ということが着物には詰まっている。

薬真寺:抑圧=ダメとか、抑圧=着たくないとかではないんですよね。そういう側面もあるよね、という。いろんなことを考えながら、でも着物との関係は続いていく、ということですね。

山内さん:そうなんですよね。いろいろと矛盾した、複雑な気持ちを持ちつつ、これからも着物と付き合っていきたいです。

山内マリコさん 白地に墨流しの着物で

次回は11月22日公開予定。

山内さんの新作『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』への想いを伺いました。

松任谷由実のデビューまでを描く
『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』

2022年は、ユーミンこと松任谷由実さんのデビュー50周年。それを記念して、10月27日に『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』(山内マリコ・著、株式会社マガジンハウス)が発表されました。

17歳で作曲家としてデビュー以来、現在に至るまで日本の音楽シーンを牽引してきたシンガーソングライター松任谷由実さんの少女時代を、作家・山内マリコさんが小説で描き出します。

幼少期から10代でデビューするまで、そしてあの名曲「ひこうき雲」ができるまで。松任谷由実さんへの取材をもとに書き下ろされた初のノンフィクション・ノベルです。

松任谷由実さんのコメント

これはノンフィクションというより、ルポルタージュに近いかもしれない。

山内マリコさんの獰猛な取材力とインタビューに、記憶のボタンが次々とクリックされ、私は幼少期を、青春を、サーフィンしまくった。目眩く楽しかった。

これは多くの人たちが好きなサクセスストーリーの真逆だから、全くシンパシーが得られなかったとしても仕方ない。

正に、"事実は小説よりも奇なり"。

ひとりの特異な少女が、50s、60s、そして70sの、東京カルチャーとカウンターカルチャーに彩られ、特異なまま大人になってゆくお話。

山内さんの大いなる好奇心が、私自身もすっかり忘れていた愛を、思い出させてくれた。

こんな機会を与えていただけて、本当に良かったと思う。

つくづく私は、"ユーミン"以外のものにはなれなかったのだなあと、覚悟とも諦めともつかない幸せな気持ちで、この小説を読み終えた。

※帯揚げ、二分紐、帯留めはスタイリスト私物

構成・文/金井茉利絵
撮影/坂本陽 minami.camera
ディレクション・スタイリング・着付け・ヘアメイク/薬真寺 香 ___mameka_

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