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櫻井焙茶研究所所長  櫻井真也さん(前編)「温故知新ー日本の美と健康を巡るー」vol.1

櫻井焙茶研究所所長 櫻井真也さん(前編)「温故知新ー日本の美と健康を巡るー」vol.1

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着物家・伊藤仁美さんが、伝統文化に携わる方々と“現代のより良い暮らし”について考える新連載第1弾。初回のゲストは、日本茶専門店『櫻井焙茶研究所』所長の櫻井真也さん。日本茶との出会いや、伝統文化全般に共通するお茶の様式美、五感の重要性などについて伺います。

よみもの

「現代衣歳時記」

“現代のより良い暮らし”を考える

着物とウェルネス

着物と親和性のある伝統文化。

美と健康、環境や社会に良い循環をもたらすものにフォーカスし、それらに対峙されている方との対談を重ねることで、“現代のより良い暮らし”を考えるー

着物家・伊藤仁美さんの新連載「温故知新ー日本の美と健康」が始まります。

着物家・伊藤仁美さん

【enso主宰】着物家・伊藤仁美さん

先人の知恵や美意識をリスペクトし学びながらも、現代に再解釈、そして未来に繋ぐ“温故知新”な方々をゲストにお迎えする本連載。

記念すべき第1回目のゲストは、東京・表参道の日本茶専門店『櫻井焙茶研究所』で所長を務める櫻井真也さんです。

櫻井さんは、バーテンダーから和食料理店『八雲茶寮』、和菓⼦店『HIGASHIYA』のマネージャーを経て2014年に独立。

現在は『櫻井焙茶研究所』を拠点に、固定観念に捉われない日本茶の楽しみ方を提案されています。

『櫻井焙茶研究所』所長・櫻井真也さん

『櫻井焙茶研究所』所長・櫻井真也さん

扉を開くと、そこは静寂した非日常空間

扉を開くと、そこは静寂した非日常空間

京都在住の頃から、和菓子と日本茶のマリアージュを楽しめるティーサロン『HIGASHIYA』に足繁く通われていたという伊藤さん。

現代人の心と体を調える日本文化について思いを巡らせた時、その代表である日本茶の可能性を当初より追求されていた櫻井さんの顔がすぐ思い浮かんだといいます。

伊藤さんと櫻井さん

「櫻井さんは古きと新しき、東と西をも超えた形で日本茶をモダンに表現されていらしたので、ぜひその活動についてお話をお伺いしたいと思いました」

そんな伊藤さんきっての希望で、『櫻井焙茶研究所』での対談が実現。今回は日本茶への入り口や空間づくりなど、櫻井さんが創造する茶の様式に迫ります。

洗練された無駄のない動き

黒漆を塗ったL字型のカウンターで日本茶をいただく

黒漆を塗ったL字型のカウンターで日本茶をいただく

伊藤仁美(以下、伊藤):本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます!さっそくですが、櫻井さんはもともとバーテンダーをされていたんですよね。そこからお茶に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

櫻井真也(以下、櫻井):きっかけは、和食料理店『八雲茶寮』と和菓子店『HIGASHIYA』などを展開している『SIMPLICITY』に入社したことですね。

前職での経験を活かして、最初は会社が当時運営していたレストランに携わっていたんですが、同時に2003年に東京・中目黒で開店した『HIGASHIYA』(現在は銀座・南青山・丸の内に店舗を構える)の方にも関わるようになって。

伊藤:そこでお茶との出会いを果たすんですね。

櫻井:それまでは全くお茶というものを意識したことがなかったんですが、仕事でお茶を淹れるようになってどんどん興味が湧いてきました。

伊藤:じゃあ、どこかの流派で修行されていたというわけではないんですね。

櫻井:HIGASHIYAで働き始めてから、裏千家の先生の元で、月に1〜2回お稽古をさせていただきました。煎茶の方は東京赤羽にあった『思月園』の高宇政光さんに日本茶全般について教えていただいて。なので、そのお二人が私のお茶の師匠にあたります。

※裏千家……千利休の孫・千宗旦の子どもたちが確立した茶道流派「三千家」の一つ。三千家は表千家・裏千家・武者小路千家からなる。その中で裏千家は伝統を重んじながらも、時代に合わせた風潮を積極的に取り入れる傾向にある。

合理性を追求した無駄のなく美しい所作

合理性を追求した無駄のなく美しい所作

櫻井さんの美しい所作に魅せられる伊藤さん

伊藤:私はバーテンダーさんの美しく無駄のない所作にいつも見とれてしまうんですが、その辺りが茶道とも共通している気がします。

櫻井:おっしゃる通り、そこが最も共通している部分だと私も思います。それがあったからこそ、自分もお茶の世界にスッと馴染めたというのもありますね。バーテンダーは無駄のない動きを、どれだけ綺麗に見せるかにかかっているんです。

もちろん美味しいお酒を作ることが一番に大事なんですが、そこに至るまでのプロセスを突き詰めていくと、自然と合理的で美しい所作になるんですよ。その感覚がお茶の淹れ方とも共通していたので、あまり苦もなく自然と所作が身についたんだと思います。

昼夜で表情を変える店内。夜はバーのような空間に

昼夜で表情を変える店内。夜はバーのような空間に

伊藤:それは、日本文化全体に言えるような気がしていて。私自身も着物を着る時の動きに無駄がない時ほど仕上がりが美しく、着心地もいいんです。手数が多ければ多いほど着心地は悪いし、精神的な面でも雑念が入る気がします。

櫻井:私は全く着物に関する知識はないんですが、確かに言われてみればそうかもしれないですね。

伊藤:でもそうやって、日本文化とも良い距離感でお茶の楽しみ方を伝えていらっしゃるところが素晴らしいと思うんです。バーテンダーをされていたところから始まっているので、広い視野からアイデアが浮かぶのではないでしょうか。

櫻井:そうですね。飲食の世界からこの世界に入ってきたので、独立後に開設した『櫻井焙茶研究所』は今までとは少し違ったお茶屋さんになっていると思います。

窓から眺める表参道の街並み

“緊張”と“緩和”ー徹底した空間づくり

茶室に入る前に手を清めるために使う「つくばい」に見立てた水のしつらえ

茶室に入る前に手を清めるために使う「つくばい」に見立てた水のしつらえ

伊藤:『櫻井焙茶研究所』だけではなく、『八雲茶寮』や『HIGASHIYA』の方にも伺ったことがあるんですが、まず伝統とモダンが見事に融合した空間に衝撃を受けたことを覚えています。そんな中でお食事もお茶もいただいて、すごく新しい感覚をおぼえました。

櫻井:SIMPLICITY代表の緒方慎一郎さんがお店の空間デザインをはじめ、料理や菓子、器のデザイン、所作に至るまで手掛けていて、古き良きものを取り入れながら、現代に合ったものを表現していく「日本の伝統文化の再構築」がコンセプトになっているんです。

客席に向かう段差は茶室のにじり口をイメージ

客席に向かう段差は茶室のにじり口をイメージ

伊藤:だから、どこか新しさを感じる空間になっていたんですね。

櫻井:緒方さんとは茶の発展を目的とした『茶方薈(さぼえ)』という新たな事業にも乗り出し、伊藤さんが今おっしゃったような空間や、茶道具などを含めた茶の“様式”を世界に広めていく活動を行なっています。

異なる顔を持つ茶種に合わせた茶器たち

異なる顔を持つ茶種に合わせた茶器たち

伊藤:空間で言えば、「モダンとクラシック」や「陰と陽」など相反するものが存在しているように思えたんですが、その辺は意識されているのでしょうか。

櫻井:そうですね。「緊張と緩和」も意識しています。私共のお店もお客様から、お店に入るまで緊張したってよく言われるんですが…

伊藤:確かに、ちょっと緊張します。

櫻井:やっぱり(笑)。でも席についてお茶を飲むと、心がホッとするんですよ。精神的な“緩和”が始まるんです。ふわっと溶けるような感覚。それって茶室に入る時のドキドキや、お茶を一口いただいた瞬間に緊張が一気にほぐれる感覚と共通していませんか?

伊藤:ちなみにスタッフの皆さんが白衣を着られている理由はなぜですか?薄暗い空間に白衣で佇んでいらっしゃる姿があまりにも美しくて、それもまた緊張するんです(笑)。

櫻井:「茶は養生の仙薬なり」という先人の言葉があるように、個々人の体調や気分に合ったお茶を提供する。その考えに基づいて白衣を着用しています。

『櫻井焙茶研究所』という名前も、お茶の楽しみ方を研究するという意味合いでつけたものです。

煎茶をいただく伊藤さん
パキッとした白衣は胸元に店名が刺繍されたシンプルなデザイン

パキッとした白衣は胸元に店名が刺繍されたシンプルなデザイン

伊藤:そこにも着物の文化と親和性があって、中国古代の歴史書である書経に「草根木皮 これ小薬 / 鍼灸 これ中薬 / 飲食衣服 これ大薬」、つまりは健康のためには漢方や鍼灸に頼りすぎることなく、普段の食事や衣類を意識することの方が大事だと記されているんですね。

例えば解熱や消炎作用のある藍や、血行をよくする紅花を衣類として身につけたり、昔の方は日常の中で健康を意識されていたんだなと思います。

店内の一角に並ぶ石料理の蔵書

店内の一角に並ぶ懐石料理の蔵書

櫻井:ちなみに藍の葉も紅花もお茶で飲めるんですよ。うちのお店でもブレンドの材料として使っています。藍の葉と番茶をブレンドしたり、染料をお茶としても飲んでもらっています。

伊藤:藍染の染料の元となる“すくも”は、納豆やお味噌と同じ「発酵」ですよね。お話を聞いて、より衣食住から健康意識を高めていくことが大事だということを改めて感じました。

五感が導く四季折々のブレンド茶

ブレンド茶と合組茶の違いについて語る櫻井さん

伊藤:ちなみに先ほど「ブレンド」という言葉が出てきましたが、日本茶の世界でも普通に使われる単語なのでしょうか。

櫻井:日本茶の世界では、異なる産地や品種の緑茶同士を組み合わせることを「合組(ごうぐみ)」と言います。加えて私のお店では、緑茶とそれ以外のもの。例えば、緑茶に先ほど言っていた藍の葉や紅花などを組み合わせたものを「ブレンド茶」と呼んでいるんです。

伊藤:「合組」とお伺いしてすぐイメージが湧きにくいのですが、「ブレント」と言われた瞬間にとっつきやすい感じがしてきますね。若い人にも受け入れられる分かりやすさ、その辺りも心がけていらっしゃるんでしょうか。

櫻井:変な話、心がけは何もせずに自分のやりたいことをやってきたんですが、逆にそれが良かったんだと思います。うちのお店にくる若いお客様もブレンド茶を注文される方が多くて、彼らには「ブレント」という言葉に馴染みがあるんでしょうね。

伊藤:ブレンド茶から入って、合組されたお茶に興味を持つ方もいらっしゃると思いますし、入り口づくりがとても素晴らしいと思います。

上段は緑茶と季節の素材を合わせたブレンド茶。下段は全国各地の緑茶やほうじ茶。好きな茶葉を選ぶことができる

上段は緑茶と季節の素材を合わせたブレンド茶。下段は全国各地の緑茶やほうじ茶。好きな茶葉を選ぶことができる

入り口付近にて約30種類のオリジナルブレンドの茶葉や茶道具を販売

入り口付近にて約30種類のオリジナルブレンドの茶葉や茶道具を販売

櫻井:「合組」も結構奥が深いんですよ。一般的に販売されているお茶も、商品によっては複数の緑茶が組み合わされていることがあって。ブランデーや香水の業界で“ブレンダー”や“調香師”と呼ばれる職業の方がいらっしゃいますが、お茶の世界にも調合を担う方々がいて、色んな産地のお茶を組み合わせてオリジナルの味を作っているんです。

杓子でお湯を注ぐ

伊藤:『櫻井焙茶研究所』では、どちらのお茶をご提供されているんでしょうか。

櫻井:私共のお店では各地から厳選したお茶や、店内でローストしたほうじ茶、緑茶と国産の自然素材を組み合わせた四季折々のブレンド茶を提供しています。まずは日本茶は美味しいものなんだってことをブレンド茶で知ってもらって、そこからベースとなっている緑茶に興味を持ってもらう。

逆のパターンも然り。とにかくきっかけは何でも良くて、少しずつ世界を広げていってもらえたらと思います。

伊藤:ちなみに四季折々のブレンド茶をご提供されているということで、組み合わせる素材はどのような観点から選ばれているんですか?

櫻井:日本の暦に「二十四節気」というものがあって、例えば「芒種(ぼうしゅ)」に当たる6月6日は、三年番茶と青紫蘇や生姜をブレンドしたものを提供しました。

青紫蘇で新緑のような味わいを補いつつ、雨の日も増えて蒸し暑くなり、つい冷たいものばかりを飲んでしまう時期なので身体を温める生姜もプラスしています。

※取材撮影は6月に実施

カウンター越しにお客様と向き合い、一人ひとりの体調や気分に合わせたお茶を提供する

カウンター越しにお客様と向き合い、一人ひとりの体調や気分に合わせたお茶を提供する

カウンター越しにお客様と向き合い、一人ひとりの体調や気分に合わせたお茶を提供する

甘味とのマッチングも楽しみ方の一つ。夏はかき氷も人気

伊藤:それだけ細かく分けられた季節の中で、旬のものを取り入れながら健康を増進するものを創り出すにはかなり繊細な感覚が必要ですよね。櫻井さん自身が感覚を研ぎ澄ますために意識されていることはありますか。

櫻井:やっぱり五感を使って季節を感じることが一番大事だと思いますね。家を出たときの香り、例えば雨が降った後の香りとか、歩いているときの音、お店に向かうまでの道のりで目に入る木々や葉っぱ。そういう五感で受け取ったものの一つひとつがブレンドの方におちてくる。

今の季節にはこんなお茶が飲みたいなっていう感覚から入って、主となるものに甘みや酸味のバランスを考えながら素材を加えていくんです。

伊藤:それって、今ものすごく大事な感覚だと思うんです。いくらでも情報が手に入る時代なので、自分の五感で受け取って判断をするという機会がどんどん減ってきているような気がするんですよね。

櫻井:携帯がすぐ近くにあって、そればっかり見てしまうことが多いですからね。自分も含め五感を養うのは人間にとって大事なことだと思いますし、情報ばかり目で追っていると疲れちゃいますからね。

毎朝の日課はベランダでのラジオ体操。そこで外の空気を五感で受け取るという

毎朝の日課はベランダでのラジオ体操。そこで外の空気を五感で受け取るという

伊藤さんもまた五感を意識して研ぎ澄ませている

伊藤さんもまた五感を意識して研ぎ澄ませている

伊藤:私も着物を着るときに五感を使うことを大事にしてて、その日の気温もなるべくスマホで確認するのではなく、窓を一度開けてから空気を吸って気温や湿度を自分で感じて旬のものを取り入れるようにしているんです。

それがひいては、心の栄養に繋がると思うんですよね。

〜 後編へつづく 〜

構成・文/苫とり子
撮影/水曜寫眞館

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