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着ることで俳優としてのスイッチが入る 歌舞伎俳優 澤村國矢さん(後編)

着ることで俳優としてのスイッチが入る 歌舞伎俳優 澤村國矢さん(後編)

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実力派歌舞伎俳優として、近年めざましい活躍をみせる澤村國矢さん。インタビュー前編では、着ていた着物の話から、出世作である「超歌舞伎」についてうかがいました。後編では、着物にまつわるお話をお聞きします。

2022.08.17

インタビュー

チャレンジングな役柄も次々と― 歌舞伎俳優 澤村國矢さん(前編)

丸みのある腹こそ美しい着姿

鏡を見ずとも着付け、帯を締める。子役時代から日本舞踊を習い、和事の所作が身についているからこその、さまになる着こなし。

粋にかっこよく着物を着るためにも、國矢さんが気をつけていることは。

”澤村國矢””超歌舞伎””新橋演舞場”

「帯の位置とか、腹の膨らみをいちばん気にしていますね。

子供のころから着ているのでなおさら意識がいくんでしょうけど、子供の体型ってお腹の厚みがないじゃないですか。お稽古でもお腹のところにタオルを入れて補正するんです。

「肉を入れる」と言ってね、そうやって帯の位置をしっかりと固定させるんです。肉を入れないと、どうしてもどんどん上がってきて帯の位置が高くなってしまうので。

十代でこの世界に入ってからは、肉を入れて帯が上がるのを押さえつつお腹に丸みができる着方をします」

「舞台でも厚みのある綿入れの着物だと、ものによっては衣裳負けしてしまうので、肉を足します。自分のお腹がぺったんこに見えるのはよくないので。

現代の感覚からすると、脚は短く、お腹はでっぷりみせるなんて、と感じるでしょうね。でも僕は、そういう姿のほうが着物映えしていいんじゃないかなと思います。

いまはおかげさまで肉いらずで、今日も入れていません。やっと自腹でいけるくらいの貫禄がついたってことですね(笑)」

歳を重ねると着物が似合ってくる、といわれるのは、そんなところもあるんでしょうね。踊りなど若い人たちに教えるとき、タオルで補正することは伝えますか。

「僕は言いますね。入れたほうが気持ちよく踊れるんですよ。やっぱりきちんと着ておかないと、みんな踊っているうちにぐずぐずになっていくんです。そうなると踊っていても気持ちよくないですから」

何をまとっているのか想像して動く

”澤村國矢””超歌舞伎””小千谷縮”

着物を乱さず踊るというのは、日本舞踊の基本でしょうか。

「乱れてしまうのは、理にかなってない身体の使い方をしているせいかなと思います。裾をさばくのであっても、ある程度は割っておくけれども、足をガッと急に上げたらね。とくに汗で生地が身体に引っ付いていたらビリッとやってしまう。

自分がどういったものをまとっているのか想像しながら、しっかり動くっていうのは大事だと思います。それは衣裳の扱い方としても気にする点ですね」

そういったことで、歌舞伎や踊りの師匠、先輩たちから注意せよ、と伝えられていることはありますか。

”澤村國矢””超歌舞伎””小千谷縮”

「昔からの口伝で、旅姿の、『吉野山』にもでてくる”吾妻からげ”という着方は、裾をからげているから股が割れやすくなっている。それをいかにきれいに、割りすぎず気をつけて踊るか、というのはありますね。

荒事すぎずに割るっていう、技術的に難しいところなんだけど、うまく想像して動くというか。

荒々しくバーッとやってしまったら、足の付け根まで丸見えになってしまうし、また、裏地をみせすぎるというのもいけない。そういったことを注意しなさい、ということですかね」

フランスで受けると思いきや…

國矢さんのなかで、忘れられない着物の思い出はありますか。

「僕は日本舞踊・藤間流の宗家、藤間勘十郎さんとは同世代で、師事している世家真(せやま)流が藤間流と近いところにあったものですから、踊りの勉強会ではお声をかけてくださったりして、親しくさせてもらっているんです。

それで、宗家のワークショップがフランスであるというので、20年くらい前に3週間ほど一緒にパリにいくことになりまして」

「出発前、ちょうど稽古着もやつれてきたし、新調しようかなって浅草に向かい「いいのないですか?」って。3月で寒かったから、袷で作ってね、と。

そしたら、「フランスいくんでしょ。フランスいくんだったら絶対これ!」って、けっこう派手な青の裏を持ってきたんです。

え!? と思ったんだけど、「フランスだったらこれくらいじゃないとダメ」っていうから、じゃあそれで、とお願いしました。

だけど、フランスで着てても裏地が派手だなぁと。日本に帰ってきてからも稽古で着たんだけど、やっぱりすごい派手で自分で恥ずかしくなってしまって。フランスでも、誰もなにも言ってきませんでしたし(笑)。それからは部屋着になってますね」

歌舞伎俳優あるあるの失敗とは

派手な裏地がフランスで受けるはずが、まさかの忘れられない着物に。ほかにも着物での失敗談などはありますか。

「歌舞伎役者あるあるでは、袖でしょうね。

僕ら、舞台に出ている以外は、裏(楽屋での)の用事をしているんです。「あれ、呼んできて」と頼まれごとを言いつかってバタバタ動くんですよ」

”澤村國矢””超歌舞伎””小千谷縮”

「それで僕ら「三階役者」といって、芝居小屋の3階にいるんだけど、1階の舞台にいくだけじゃなく、2階の旦那(歌舞伎の師匠)の部屋にも応対したりして、毎度階段を駆け上がるわけ。

そのとき必ずやるのが、袖。手すりに引っ掛けてビリッと破くっていう。

僕はもう何回もやってるから手すりに近寄らないし触らないんだけれども、やっぱり若手は走ってやっちゃうよね。念のため、「大丈夫か、気をつけろよ」って言っても、少しすると「ああっ!」って声が聞こえてくる(笑)。

だから袖つけのところに補強入れたりしてね。慣れてくると、引っ掛けた瞬間に袖を手すりから外す能力がついてくるから、「ビリ」までいかず「ピッ」だけで止まったりして。

いまだに南座では「ああっ!」って声が響いていますね。歌舞伎座は昔よりは広くなったからね。昔は、廊下に人はいるわ、荷物はあるわで、行き交うのが大変でね。しかも、ボテ(衣裳を入れる竹かご)が両側に置いてあったりしてさ。よくあんな狭いところから楽屋にいったよね。

幹部さん(幹部俳優)と僕らの距離感も近くてね。よく声をかけてくださったりした。懐かしいですね」

破れた袖はどうやって直すのでしょうか。

「僕は人に頼むのがいやでね。かといって自分で直すのも苦手なので、放っておくんですよ。

そうすると「直してないの~?」って見かねた衣裳さんが直してくれる(笑)。ありがとうございますって、それに甘えます」

プライベートから仕事へスイッチするもの

稽古での稽古着、楽屋での部屋着、舞台上の衣裳だけでなく着物で過ごすことが多いと思いますが、着物で楽屋入りすることもあるのでしょうか。

「楽屋入りといえば、初日と千穐楽、歌舞伎役者はスーツ着用で入るのがお決まりです。

そういう日以外で、着物で楽屋入りする先輩方もいらっしゃいます。ただこれは師匠方のすることですから、若いときはしないです。生意気だってなっちゃいますんでね」

「床山(とこやま)さんでもね、お師匠方っていうのは着物で仕事する人もいてね。元結(もっとい)をたすき代わりにして作業する。もう親方級の人たちなわけですよ。若手にはなかなか許されない。

でも、どっかで「いいよ」って許しが出るらしくて。年を重ねてやっと着られる、というのがある。そういったところでも、人にある程度認められてから、力がついてからじゃないと、着物で楽屋入りなんてめっそうもないな、と。

そう思ってたんですけど、自分はそろそろ着物で楽屋入りしてもいいんじゃないかとも思えてきて。これから、おしゃれ着も勉強して着ていけるようになったらいいですよね。僕ら、衣裳と部屋着、稽古着以外の、よそ行きの着物については、まったくの無知なので」

※床山(とこやま)…俳優のかつらをそれぞれの役に合わせた形に結い上げ、俳優にかぶせる仕事の人
※元結(もっとい)…日本髪の髪の根を結い束ねるひものこと

國矢さんにとって着物とは。

「僕らのなかでも、オンオフがはっきりするアイテムだと思っているんです。自分が吉川文康っていう名前から澤村國矢になるきっかけといいますか。

それを着ることによって、歌舞伎役者としての自覚が入る。シャキッとしますよね。そのスイッチとして、なくてはならないものです。

やっぱりどうしても楽屋にいくと洋服でいる時間ってすごく少ないですし。洋服でいると気持ち悪いんです、部外者みたいで。だから、着いたらさっと着物に着替えてオンに切り替える感じですね」

”澤村國矢””超歌舞伎””新橋演舞場””澤村國矢””超歌舞伎””新橋演舞場”

前後編とインタビューに応じてくださった國矢さん。次回は思い入れのある品々をご紹介いただきます。

聞き手/九龍ジョー
構成/渋谷チカ
撮影/グレート・ザ・歌舞伎町
撮影協力/新橋演舞場

公演情報

”超歌舞伎2022””中村獅童””初音ミク”

博多座、御園座と続き、8月21日からは東京・新橋演舞場で、9月8日からは京都・南座にて、澤村國矢さんが出演される「超歌舞伎2022 Powered by NTT」が上演されます。

今回上演される演目『永遠花誉功(とわのはなほまれのいさおし)』は古代王朝を題材にした歌舞伎の名作『妹尾山婦女庭訓』の世界をもとにした作品。リミテッドバージョンでは主役の金輪五郎今国を國矢さんが演じます。伝統芸能の歌舞伎とNTTの研究所が開発した最新テクノロジーとの融合、舞台と客席が一体化する「超歌舞伎」ならではの劇場体験、この機会にぜひお楽しみを。

チケット・公演詳細

新橋演舞場 ●8月21日(日)〜9月3日(土)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/752

南座 ●9月8日(木)〜9月25日(日)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/play/753

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