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89歳、ひとり暮らし。大崎博子さんの着物やファッションとの向き合い方

89歳、ひとり暮らし。大崎博子さんの着物やファッションとの向き合い方

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15万人のフォロワーがいるtwitterで自身の戦争体験や日常を綴る、89歳の大崎博子さん。結婚式場で衣装アドバイザーも務められていた大崎さんのファッションのこだわりや、終活で悩みの種となっている着物との向き合い方を教えていただきました。

twitterのフォロワーは15万人超え

78歳でTwitterをはじめ、自身の戦争体験や充実した日常のあれこれを綴るやいなや、瞬く間にフォロワー数が増加。

御年89歳を迎えた現在は、なんと15万人以上のファンを抱える大崎博子さん初の著書『89歳、ひとり暮らし。お金がなくても幸せな日々の作りかた』(宝島社)が2022年2月10日に発売されました。

日課となっている太極拳や韓国ドラマの視聴、週1の健康麻雀、ご友人からの勧めで食べ始めたぬか漬けをつまみに晩酌などなど……。忙しくも充実した日々を過ごしている大崎さん。

コロナ禍で先の見えない状況が続く今、そんな大崎さんのバイタリティあふれる姿やtwitterに並ぶ等身大で前向きな言葉に、幅広い世代の方々が元気をもらっているのです。

着物が日常着だった幼少期の思い出

これまでの人生や現在の暮らしを綴った著書の中には、日々を楽しく過ごすヒントがたくさん!

その中で我々が注目したのは、“終活”について綴られている第7章。

立つ鳥跡を濁さず。ご自身を“高貴香麗者(こうきこうれいしゃ)”と名乗る大崎さんは、マナーの一つとして身辺整理やご自身が亡くなった際の手続き等を始めていらっしゃるそう。

しかし、ある悩みが。それは、若い頃から大切にされてきた着物の行く末……。着物ファンのみなさんもいつかはぶつかるであろう壁に直面されている大崎さんに、今回、着物との向き合い方やこれから着物を始める若い方々へのアドバイスを伺うことができました。

日々の生活を綴る大崎博子さん

ロンドンで暮らしている娘さんと離れ、都内で一人暮らしを営むご自宅からリモートで取材に応じてくださった大崎さん。この日も素敵なお洋服をお召しになっていましたが、子どもの頃からとにかくファッションが大好きだったそう。

89歳の現在は動きやすい洋服で過ごすことの多い大崎さんですが、以前はよく着物でお出かけされていたと言います。

「最後に着物を着たのが3年前。週一で行ってる健康麻雀仲間との新年会に着ていきました。以前は何か特別な時だけじゃなくて、ちょっと友達と会う時にも着てましたよ」

大崎さんのご自宅にある桐の和箪笥には、若い頃に購入された着物が今もたくさんあります。ご自身が思う着物の魅力はどこにあるのでしょうか。

「着物を着るとシャキッとしますよね。姿勢が綺麗に正されるというか。それに着物を着ていけば、間違いないでしょ。何万円のドレスを着ても、やっぱり綺麗な着物姿には負けるもの」

真ん中が幼少期の大崎さん。ご実家は下駄屋を営んでいた
真ん中が幼少期の大崎さん。ご実家は下駄屋を営んでいた

そう語る大崎さんの日常には、幼少期から着物が身近にありました。

大崎さんが小学生だった戦前には、学校にも3分の1の生徒が着物で登校してきていたのだとか。特に旗日(現在の祝日)には、日本のあちらこちらで着物姿の子どもたちが見かけられたのです。

大崎さんもその一人ですが、実はにが〜い思い出も。

「7〜8歳の頃に庭で焚き火をしていたら、羽織に火がついちゃったの(笑)。両親が新調してくれた矢絣の着物は無事だったんだけど、ショックでしたね」

危うく大切な着物を燃やしてしまうところだったという大崎さんですが、逆にいえば、それほどまでに着物が“日常着”として人々の生活に根付いていたということ。当時は子どもでも、兵児帯だったら一人で着れたそうなのです!

でも時代は変わり、着物は日常着から何か特別な時に身につける“外出着”に。
「綺麗に着ないと外出にならないでしょ!」と、大崎さんはあらためて従姉妹のお姉さんから着付けを教わりました。

今から着物を始めるという方に向けてのアドバイスを求めると、「とにかく億劫がらずに着てみることよね」と大崎さん。

「年配の方で着物を持っていないという人は少ないと思うけど、みんな箪笥の肥やしにしてる。私は従姉妹から『大事なのは衿元とお端折り(おはしょり)。衿元でバシッと決めて、次にお端折りで着姿が垢抜けるかどうか決まる』と教わったんだけど、やっぱり着慣れていないと変なんですよ。しょっちゅう着ていると体に馴染むし、体に馴染んでいると衿元がざっくりしてても綺麗よね」

こだわりの中にもトレンドを。89歳、ファッションの流儀

結婚式会場としても人気の東京白金の「八芳園」で衣装アドバイザーを務めていた大崎さんの著書には、お洋服や着物を凛と着こなす写真が多数掲載されています。

特に印象的だったのは、ご自身でお買い求めになったお気に入りの小紋を身にまとう上品なお姿。

大崎さんお気に入りの黒地の小紋
大崎さんお気に入りの黒地の小紋

「昔は自宅で着物を販売されている方が大勢いらっしゃって、そこでみんな着物を買ってたの。いっぺんに払えないと、ローンを組んで5回払いで買ったりね。母から譲り受けた着物はもう全部残ってなくて、今手元にあるのは自分で買ったお気に入りの着物ばかりです」

そんな着物好きが高じて、50歳の頃、衣装アドバイザーの仕事につかれた大崎さん。

新聞広告に八芳園の求人が出ていることに気づいた大崎さんはすぐに履歴書を持って面接に赴いたそう。

「もっと若くてやる気のある人もいるだろうから、まごまごしてたらすぐに決まっちゃう!と思って。私は他の人よりも歳が行ってるから、とにかく面接してほしい!とアピールしてね。割とすんなり決まったのは、やる気十分って思われたからじゃないかしら(笑)」

その行動力に、ただただ頭が下がります。

八芳園では、和装姿で結婚式を挙げる新郎新婦が着物を選ぶ際にアドバイスをされていた大崎さんですが、ご自身が洋服や着物を選ぶ時に参考にされている方などはいらっしゃるのでしょうか。

お洋服も素敵に着こなす大崎さん。ファッションのポイントはお気に入りのスカーフ
お洋服も素敵に着こなす大崎さん。ファッションのポイントはお気に入りのスカーフ
撮影:林ひろし

「それが…特にないの。マイペースなのかしら。あの人の着物が素敵って思っても、着る人が変わればまた違ってくるし。自分に合ったものや好きなものを着ればいいと思ってます。

でもやっぱり流行りものは、少しでも取り入れたい。今はとにかくユニクロ専門(笑)。いつもバーゲンで買ったユニクロの服だけど、上からスカーフを巻いてちょっと印象を変えてみたり。そんなものかな」

ご自身なりのこだわりをしっかりと持ちつつも、その時々のトレンドも敏感に取り入れる。まるで土地にしっかりと根付きながら、吹く風に気持ち良くたなびく草木のようにしなやかな大崎さん。

それは新しいもの好きだったお父様の影響も大きいそう。

「奥さんがご飯を作ってくれて当然という男の人が多い中で、父は珍しく自ら厨房に入って食事を作るような人でした。とても厳しい父だったけど、固定観念にとらわれずに何にでも手を出してみるところは似たのかもしれないわね。なにせ78歳でtwitterを始めたんだから(笑)」

着物が生み出す素敵なコミュニケーション

「85歳を過ぎると、普通に生活できるだけで『私こんなに幸せでいいのかしら』って思う」

とご自身の健康に感謝する大崎さんですが、それでもいつ何があるかわからないのが人生。

遠くの地で暮らすたった一人の娘さんのために、大崎さんは自主的に終活を始められました。

大島紬で撮影された遺影。この他に洋服パターンの一枚も
大島紬で撮影された遺影はTwitterのアイコンにも
撮影:林ひろし

まず最初に行ったのが、遺影の撮影。

12〜13年前、同じ団地に住む写真好きの方に、着物と洋服の2パターンで撮影していただいたそう。着物の方は、昔からお召しになっている大島紬を着用。シックな地色に可憐な柄があしらわれたお気に入りの一着です。

「色合いが好きなんですよね。もう一枚黒色の大島紬を持っているんですが、それは私が死んだ時に着せてもらおうと思ってます」

必要書類の収集や納骨堂など、用意周到な大崎さん。残るただ一つの悩みは、まだまだ手元に残っている着物の行く末です。

娘さんやお孫さんは今のところご興味がないようす。

大崎さんは着付けを教えてあげた方に少しずつご自身の着物をお譲りになっています。数年前にはtwitterで知り合った着物好きの方に、風呂敷二つ分の着物を受け継いだこともあるのだとか!

そのお礼に明治座に招待され、大崎さんの着物を着たその方とご一緒に舞台を鑑賞されました。

著書の中には他にも、大崎さんが着付けを教えた方から、お返しに“ぬか床ジュース”の作り方を教わったエピソードもありました。着物が一つのコミュニケーションツールになっていることがわかります。

大崎さんの大切な着物が収納されている桐の和箪笥
大崎さんの大切な着物が収納されている桐の和箪笥
撮影:林ひろし

「今はなかなか着物で出かける機会がないけれど、誰かがホテルのランチに誘ってくれた時のために、今流行りの鼻緒が太めの草履も買ってあるの。だから本当にお気に入りのものだけ残して、あとは着物が好きな人に全部譲りたいと思っています。大好きな着物がゴミ同然になるのはあまりにも悲しいでしょ」

最後に大崎さんは、まだ着物に出会っていない若い人たちにこうメッセージを送ります。

「着物を着たら今より10倍美しくなれますよ。みんな洋服を着ている中で、着物姿で立っていたら誰より光る。着物を通じて、また新たな世界の扉を開くことができるから」

時代の潮流にしなやかに寄りそう大崎さんの、優しくも力強い”着物観”をお聞かせいただきました。

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