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御菓子司 塩芳軒 本店留めの『聚楽』  「京都・和の菓子めぐり」vol.11

御菓子司 塩芳軒 本店留めの『聚楽』 「京都・和の菓子めぐり」vol.11

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室町時代より織物のまちとして栄えてきた西陣に店を構える「御菓子司 塩芳軒」。この辺り一帯は豊臣秀吉が築いた絢爛豪華な城郭・聚楽第跡でもあります。創業以来つくり続けている代表銘菓「聚楽」をご紹介いたします。

例年の、とまではいかないまでも、随分と人の流れが戻ってきたなぁなどと思いながら、京都駅を離れ、堀川通を一路北へ。

堀川中立売のバス停で降りたら、一筋ずつ通りを覗きながら中立売通りを西へと歩いていく。
うっかり通り過ぎてしまったかしらと不安になってきたところに、墨染の長暖簾が目に飛び込んできて、思わず口角が上がってしまうのは仕方のないこと。

塩芳軒外観

「御菓子司 塩芳軒」は堀川中立売から徒歩約2分。

風格の漂う建物の多い西陣でもひときわ目を引く町家は、京都市の歴史的意匠建造物・景観重要建造物・歴史的風致形成建造物に登録されています。

この長暖簾を背に着物で写真を撮れば、京都本の表紙気分が味わえそうな、店構えからして「絵になる」老舗なのです。

塩芳軒の暖簾

現在の建物は大正時代のものですが、創業は1882(明治15)年。
林浄因(りんじょういん)の流れを汲むといわれる京の名店『塩路軒』から初代が別家する形でに創業しました。

林浄因とは1341(暦応四)年に中国から来日し、日本で初めて饅頭をつくったと伝えられる人物。

塩芳軒の外燈

水引暖簾や外燈には屋号に由来する「塩」の字があしらわれているのですが、周りを囲っているのが、ただの丸ではないことに気付きませんか。
よく見るとカタカナの「ヨ」の字が4つ。
実にシャレが効いています。

外観を十分に堪能しましたら、店内へ。
これまた素晴らしく、130余年の歴史以上の深みを感じさせてくれる空間です。
店の奥のお庭の見えるお座敷では月に一度、喫茶としても営業を行なっているので、そちらも併せてチェックされたし。

ガラスケースの下段には百貨店でもおなじみのお干菓子がずらり。
上段には季節の生菓子などが並びます。

塩芳軒店内

せっかく本店まで足を運んだのですから、生菓子を買って帰りたいのはもちろんなのですが、忘れてならないのが本店留め(本店限定)の焼き饅頭『聚楽』。
初代から受け継がれる代表銘菓です。

1個から購入できるので、ひとり旅のおやつにもぴったり。
お日持ちは8日間と長めな上に、百貨店には置いていないという特別感もあり、ちょっと気の利いた手土産としても重宝します。

代表銘菓『聚楽』

かつて豊臣秀吉が栄華を極めた時代、この辺り一帯に「聚楽第(じゅらくてい・じゅらくだい)」と呼ばれる城郭が築かれていたことからその名を取った『聚楽』。

秀吉の造語だと考えられている「聚楽」という言葉の由来は、『聚楽行幸記』によれば「長生不老の樂(うたまい)を聚(あつ)むるものなり」だそうで、またフロイスの『日本史』には「彼(秀吉)はこの城を聚楽(juraku)と命名した。それは彼らの言葉で悦楽と歓喜の集合を意味する」(松田毅・川崎桃太訳)とあります。

金箔の輝きというよりは、木製品に現れる手沢のような温かみのある艶。
そこに押された「天正」という年号の刻印。

実際に金箔瓦などが出土しており、贅を尽くした屋敷だったであろう聚楽第から名前を取ったお菓子だと思うと、かえってその見た目のギャップが心に残ります。

代表銘菓『聚楽』

長暖簾にも「聚楽饅頭」とその名を刻む『聚楽』。
この菓子を守ることは、すなわち暖簾を守るということにも通じているのやもしれません。

代表銘菓『聚楽』

封を開ければ、和三盆の蜜を使用した生地の独特の甘く香ばしい香り。
この菓子のためだけに炊き上げるこしあんは、焼き饅頭にありがちなパサつきとは無縁のしっとりとした口どけ。
生地とあんがホロリとほどける幸福感は、フロイスが書き記した「悦楽と歓喜の集合」そのものです。

なるほど、聚楽とは見た目にのみ固執していては気づけないものなのかもしれません…。

撮影/スタジオヒサフジ

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