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逸話あふれる美女の嘆き、やんごとなき方の激しい恋の歌 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.4

逸話あふれる美女の嘆き、やんごとなき方の激しい恋の歌 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.4

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季節の移ろいと、人との縁をより強く感じ入るこのご時世。時の流れを感じて歌を詠んだ絶世の美女と、恋人との再会を強く願い歌を詠んだ天皇の”濃い”人生と、”恋”にまつわるお話をお届けいたします。 心に残るひと時を一緒に過ごせましたら幸いです。

今年は、桜が満開になるのも葉桜になるのも早く、季節の移り変わりを一層早く感じます。
新しい環境での生活がはじまった方、新しい出会いがあった方…
みなさま少しずつなじんできた頃でしょうか。

出会いの多い季節には、「縁」を感じることも増えることでしょう。
百人一首の100首のうち43首に詠まれているのが…そう、「恋」です。

淡い片想い
熱烈な恋
ピュアな恋愛

だけではなく、

せつない失恋の歌
「命」という言葉が出てくるほどの激しい想いの歌
涙で着物の袖が濡れるほどの嘆きの歌

も多く含まれています。

春の終わりには、そんな「恋」の名歌を多く残した歌人の1首と、やんごとなき方が願いを込めて詠んだ「恋」の歌、それぞれをお届けいたします。

何かとままならない状況下にて、人との縁(えにし)をより強く感じる場面も多い今この時。
古(いにしえ)の歌人からのメッセージを、ともにお楽しみいただけましたら幸いです。

4月にご紹介する和歌

今回ご紹介するのは、こちらの2首。

★クリックで歌の読みが流れます。ぜひ音声でもお楽しみください。

今なお「絶世の美女」と称される小野小町が、衰えゆく美貌を嘆いて詠んだ歌と、「今は離れていても、必ずまたお会いしましょう」というロマンチックなムードの歌。

1首目の歌の作者である小野小町は、東北・秋田県と縁が深いともされる方です。
西日本から関東にかけては鮮やかな葉桜の時期も過ぎてしまいましたが、東北や北海道ではちょうど今からが桜の見ごろではないでしょうか。そこで、クレオパトラ・楊貴妃と並び「世界三大美女」の一人(※)ともいわれる小野小町が、桜の花に自分を重ねて詠んだ1首を選びました。

※諸説あり

もう1首には、

◆競技かるたを題材にした『ちはやふる』(末次由紀/講談社「BE・LOVE」)
◆劇場版『名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)』(©2017 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会)

で、主人公たちの情景と重なる歌としても登場する崇徳院の歌を。
「離れていてもまた必ず会える、会いましょう」と願って詠んだ、想いの深い1首です。

(上の2作品に私も出演しています。ぜひ探してみてくださいね!)

人の心に深く触れる2首。
それでは、たっぷりと味わってまいりましょう…

一首目・謎に包まれた「絶世の美女」の恋模様

小野小町の和歌

voice花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに

(9番・小野小町『古今集』)

訳)美しかった花の色はむなしく色あせてしまったなぁ。むなしく長雨が降っていた間に。私の美しさも衰えてしまったなぁ、長雨が降り続きぼんやりとこの世のことに(男女の仲のことに)思い悩んでいるうちに。

「花の色は」の「花」は、「桜」も含みながら様々な春の花をあらわしています。
春の長雨で、美しく咲き誇っていた花が次第に色あせていく様子と、ぼんやりともの思いにふけっている間に自身の容姿がだんだんと衰えていく様子を重ねて詠んだ歌です。

この歌の技巧としては「掛詞(かけことば)」に着目してみましょう。

「世」
 →「この世」と「男女の仲」
「ふる」
 →時が経つという「経る」と雨が「降る」
「ながめ」
 →もの思いにふけるという意味の「眺め」と「長雨」

このように、複数の意味をあらわすのが「掛詞(かけことば)」。

・ぼんやりとあれこれ思い悩むうちにも進む時の流れ
・色あせていく花
・自分の美しさが衰えていくこと

これらを重ね合わせて嘆く…なんとも複雑で繊細な乙女心を表現している1首ですね。
「あの頃は若かったなぁ」という漠然とした印象だけではなく、「私の美しさも衰えていく」と自身の美貌を自覚していたところも、華のある人物像につながるように感じます。
いくつになっても綺麗でいたいと思うのは、今も昔も変わらない乙女心ですね。

先にも紹介した通り、「絶世の美女」「世界三大美女」の一人とも呼ばれ、六歌仙・三十六歌仙の一人でもある、まさに”才色兼備”な小野小町。

小野一族であること以外はいろいろな説があり、謎に包まれた人物でもあります。
美女と呼ばれながらも、当時描かれた絵や彫刻はなく、後世の作品では後姿を描かれているものが多いため、素顔も明らかにされていないようです。

美女としての名が轟いているのは、『古今集』の仮名序(かなじょ)(※1)にて小野小町の歌が、記紀(『古事記』と『日本書紀』の総称)に登場する伝説の美女・衣通姫(そとおりひめ)(※2)のようだと評されたこと、また「歌風が華やかで素敵な歌を詠むので歌人もきっと美人なのだろう」という憶測もあいまって美女としての噂が広まったと考えられているとか。

※1 仮名序(かなじょ)…『古今和歌集』の序文のうち、仮名で書かれたものの名称。執筆者は紀貫之。もう一方の序文は、紀淑望が漢文で著した『真名序(まなじょ)』。
※2 衣通姫(そとおりひめ)…『古事記』と『日本書紀』にて伝承される大変美しい人物。「その美しさが衣を通して光り輝く」とされる伝説の美女。

出生や晩年を過ごした地域の説が多くあり、小野小町のものとされるお墓(「小町塚」と呼ばれる)も全国各地にありますが、伝承によれば、現在の秋田県湯沢市小野が生誕・終焉の地とされています。秋田はお米の銘柄「あきたこまち」も有名ですね。

「小町」という名称は「後宮に仕え天皇に食事などを奉仕する女官の通称」で、小野小町も宮中に女官として仕えたという説もあるそう。なお『古今集』に記された「出羽の郡司の娘(※)」という説があることからも、東北に縁が深いとされているようです。

※出羽の郡司の娘…出羽国(でわのくに)は現在の秋田県と山形県

また、京都の「随心院(ずいしんいん)」も小野氏が栄えたといわれる地域にあり、小野小町の邸宅跡(付近)として残る有名な観光スポット。深草少将(ふかくさのしょうしょう)との『百夜通い(ももよがよい)』は有名なお話で、その伝説の舞台となったのも随心院です。

『百夜通い』

モテモテな小野小町はあちこちからたくさんの恋文を受け取っていました。深草少将も小野小町に恋をした一人で、たびたび恋文を送っては小町に熱烈な求婚を申し出ます。

小町は「百日間、私のもとに毎夜通い続けたなら、あなたの気持ちに応え契りを結びます」と言い、深草少将は自宅から小町邸までのおよそ6kmを健気(けなげ)に毎夜通い続けます。

ところが、最後の晩は大雪が降り深草少将は道中で力尽き亡くなってしまう—

こんな悲しい伝説ですが、こちらも、「99日目の晩に悪天候だったため別人に代理を頼んだところ、小町にばれてしまい念願叶わず」という説や「毎夜1本ずつ芍薬の花を運んでくれていた深草少将。100日目に秋雨の降る中100本目を持ち向かっていたところ、橋ごと流されてしまった」という説など、多くの説があります。

この逸話から、「小野小町は晩年に深草少将の怨霊に憑りつかれて乞食の老女となってしまった」というお話や、「晩年に全国を放浪し行き倒れてしまった」「髑髏(どくろ)を在原業平に発見された」などという悲しい晩年を送る説がある一方…
真剣に向き合っている深草少将に少しずつ心を許しはじめていた小町は、「深草少将が亡くなった後丁寧に供養し、世から離れ岩屋堂に住んで自像をきざみ92歳まで生きた」という説や、「小野小町邸にて余生をゆったりと過ごした」という説も。

亡くなった後にも、これほどまでに多くの伝承が生まれ現代まで語り継がれるほどに、小野小町本人とその恋模様にどれだけ世間の関心が高かったのか伺い知ることができますね。
見えない部分や謎が多いことで、一層考える余地や推測が多く生まれ、逸話のいろどりが豊かになるのだろうな、と歴史を学ぶ楽しさを体感いたします。

さぁここからは、着物の世界を見てまいりましょう。

美女の代名詞、有名な歌人であることからも、小野小町のデザインがあしらわれたお着物や帯もありますね。「花の色は」の歌が描かれたデザインもあるほどです。

長い黒髪と鮮やかな十二単姿で描かれる小野小町は華やかな印象を受けますし、大変雅やかな演出になり、気持ちも優雅になるのではないでしょうか。

帯の変わり結びには「小町結び」と名付けられた結び方もあるようです。
着物や帯のデザインで楽しむのも、着物に合わせてハンカチや扇子といった小物にデザインされたものを楽しむのも素敵ですね。

おしゃれを楽しみながら百人一首に触れ、小野小町に美しさのパワーをいただきながら着物に袖を通す―
少し想いを巡らすだけでも、日常にいろいろな趣を感じることができることでしょう。

二首目・川の流れに重ねる熱く強い願い

voice瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の
われても末(すゑ)に 逢はむとぞ思ふ

(77番・崇徳院『詞花集』)

訳)川の浅い所は流れが速いので、岩にせき止められた滝川の水が二つに分かれている。
しかし、下流でまた一つになるように、今はあなたと別れてもきっとまたいつか会おうと思う。

一見、川の流れを詠んだ景観の歌なのかと思いきや…
「今はあなたと別れてもきっといつかまた会おう」という、恋愛の心が詠まれた歌。なんともロマンチックですね。

歌の作者は、数え年わずか5歳で天皇に即位した崇徳院(すとくいん)。
鳥羽天皇と待賢門院の第一皇子として生まれますが、父帝に愛されず23歳で退位させられます。

その後は和歌の世界に没頭しますが、鳥羽上皇の崩御をきっかけに弟である後白河天皇との間で保元の乱(ほうげんのらん)が起き、戦に負けた崇徳院は讃岐へと流されてしまいます。
8年間帰京を願い続けますが、叶うことはなく讃岐の地で崩御。
その後に立て続けに自然災害や戦乱が起きたため、崇徳院の怨霊だと恐れられた悲劇の天皇です。

この歌は保元の乱よりも前に詠まれた恋の歌ですが、崇徳院の人生を想うと、激しく強い言葉に力がみなぎり「帰京を果たしたい」という決意の歌にも感じられます。

歌の作りに目を向けてみると、

①「瀬をはやみ」から「滝川の」まで
 →「われても」を導き出す「序詞(じょことば)(※)」である

②上の句全て
 →激しい恋心の比喩である

※序詞…ある語句を導き出すために前置きして述べることば。枕詞と同じ働きをするが、5音(4音)とは限らず、2句ないし4句にわたる。

というふたつの観点があります。

激しく水しぶきをあげながら岩にぶつかり、二つに分かれる急流。その割れた水は下流で再び激しく合流し一つになる、という情景…
上の句を序詞として捉えた上で、鮮明に浮かび上がる急流の情景に、今は別れなければならない私の恋、必ずまた会おうという誓い、決意の激しい想いが重なっている1首です。

水の勢いに重ねている愛する気持ちが、どれほどの勢いなのか伝わってきますね。

この、「水」の表現。
関連する柄や伝統文様が数多くあり、着物を通してもお楽しみいただけます。
(前回のコラムでは、滝に関連する着物や帯の柄もご紹介しました。)

咲き誇る栄華への願い、後世に伝わる名声 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.3

時の流れが早く感じる今日この頃。日本の春を感じる華やかな「桜」の歌と、名声を称え自身の名声も願った歌。そんな2首をご紹介いたします。春の陽気とともにみなさまと楽しいひと時を過ごせましたら幸いです。

今回の歌のように勢いのある水流をあらわしてくれるのは「波文様」や「波頭(なみがしら)文様」と呼ばれるもの。

躍動感のある力強い波の柄には、「寄せては返す波は果てることがない」ことから「永遠・不滅・長寿・誕生」といった意味が込められている吉祥文様です。

曲がりくねって流れる水を図案化した「流水文様」は、緩やかな曲線で表現されおだやかな印象を与えます。草花の柄と合わせられることも多い柄であり、「永遠」をあらわす、こちらもおめでたい柄です。

「青海波(せいがいは)文様」と呼ばれる文様も吉祥文様のひとつ。
波を扇形の連続した模様であらわした柄で、おだやかに無限に広がる海を象徴しています。未来永劫、平和な暮らしへの願いが込められています。

青海波文様にも種類があり、菊の花を青海波に見立てた「菊青海波文」、花の形で青海波を形作った「花青海波文」、青海波を敷き詰めずにところどころ破れ(やぶれ)模様になっている「破れ青海波文(やぶれせいがいはもん)」などがあります。
大切な願いが込められた柄でありつつもバリエーションに富んでいますから、気分に合わせて選ぶ楽しみもありますね。

「平和な暮らしへの願い」が込められた「青海波文様」…
今の時代に崇徳院さんがいらしたら、ぜひお送りしたかったなぁと思う今日このごろです。

「静」なる表現に、強い想いを感じとって

今回ご紹介させていただいた2首は、両首ともに「2種類の意味合いがある歌」となりました。

技巧を楽しみながらも、情景がはっきりと浮かんでくる…そして、強い想いのこもった2首。
歌人のエピソードも印象的なお二人でした。
縁のある場所を訪れて、より身近に感じてみたくなりますね。

小野小町に縁のある随心院では、本堂の裏に「小野文塚」があり、男性から受け取った1000通もの恋文が埋められているとのこと。
恋文上達・文章上達・恋愛成就などの願いが叶うとされているようです。
また小町が朝夕に顔を洗った・化粧をしたとされている「化粧(けわい)の井戸」も見られます。そしてもちろん、今回ご紹介した歌の「花の色は」の絵入りの歌碑も。

京都にはほかにも百人一首ゆかりの場所や歌碑が多くありますが、ぜひ着物を着て随心院を訪れてみたいものですね!

また「瀬をはやみ」の歌に詠まれた「今は別れてもまた必ず会おう」という気持ちは、会いたい人の元や行きたい場所へなかなか向かうことのできない今の状況下においても強く共感できる歌ではないでしょうか。
気兼ねなく旅行ができるようになった折には、久しく会えなかった友人と合流して歌碑巡りをしてみるのも楽しそうですね。

今月も最後までお読みいただきありがとうございました。

※参考
『百人一首を楽しくよむ』著:井上宗雄
『しょんぼり百人一首』著:天野慶 絵:イケウチリリー
『世界でいちばん素敵な百人一首の教室』監修:吉海直人(同志社女子大学教授)
『百人一首解剖図鑑』著:谷知子
長岡京小倉山荘 ちょっと差がつく百人一首講座
https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/index.html

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