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有職菓子御調進所 老松 ときじくのかぐのこのみ『大和橘』 「和菓子のデザインから」vol.3

有職菓子御調進所 老松 ときじくのかぐのこのみ『大和橘』 「和菓子のデザインから」vol.3

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旬の食材を取り入れるだけでなく、見た目の季節感も大切にする和菓子の世界。季節を少しだけ先取りするところも、きものと通ずる心があります。共通する意匠やモチーフを通して、昔から大切にされてきた人々の想いに触れてみませんか。 日本の菓子のルーツともいわれる、橘の実を使ったお菓子がついに完成したと伺い、この菓子の生みの親である「老松」の植村健士さんを訪ねました。

非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)。

「時を定めず、いつでも香りを放つ実」との意味をもつ、この神話めいた名前の小さな実。
これ、何だかわかりますか?

追分梅林の大和橘の実

菓子の長上にして人の好む所なり

今から1900年以上昔、垂仁天皇の時代のこと。
現在の兵庫県豊岡市に田道間守(たじまもり)という人がいました。
田道間守は垂仁天皇の命を受け、常世の国(古代の日本で信仰された海の彼方にある理想郷)にあるという不老長寿の果物「非時香菓」を探しに出かけます。

そして10年の歳月をかけてようやく見つけて持ち帰った「非時香菓」こそが、みかんの原種である「橘」だったと伝えられています。

ところが垂仁天皇は田道間守が戻る1年前に崩御しており、残念ながらこれを渡すことは叶いませんでした。田道間守は間に合わなかったことをたいそう嘆き、御陵に「非時香菓」を捧げたまま、息を引き取ったといわれています。

『続日本紀』によると「橘は菓子の長上にして人の好む所なり」とされ、日本の菓子の起源といわれるようになり、また、田道間守は菓子の神様・菓祖として豊岡の中嶋神社に祀られ、崇敬されるようになりました。

京菓子に向き合う職人として、「橘を使った菓子をいつか作ってみたい」との想いを若い頃から抱いていたという老松の植村健士さん。

老松の植村健士さん

「橘は菓子職人にとって神聖な存在である一方、神社の境内に植えられていたり、個人的には家紋が橘だったりと親しみを感じられる存在でもあります。ですが、菓子の材料としては橘の実は希少で手に入らないので、これまで試作をしようにも現物がなく、どうしようもなかったんですよね」

そんな中、老松の代表銘菓『夏柑糖』に使用する夏蜜柑を育ててくれる農家さんを訪ね歩いているうちに繋がったご縁で事態は動き出します。

原種に近い「大和橘」の木があるよと声をかけてくれたのは、奇しくも垂仁天皇の眠る奈良県の「追分梅林」さんでした。

小さい、苦い、酸っぱい、かわいい

橘の実を入手し、そのままを味わってみると果汁は爽やかで美味である一方、これほど小さい実にも関わらず、驚くほど種が多く、その種のまわりは苦くて酸っぱいため、とてもそのままでは食べられなかったそう。

老松当主の太田達さんをはじめ、周囲の職人誰もが口を揃えて「天才」と賞賛するほど、いつもは菓子のレシピが悩む間もなく「降りてくる」という植村さん。
しかしながら今回ばかりは一筋縄ではいかなかったようです。

ただ、橘の実を実際に目にしたときから決めていたことが一つ。

「この形をそっとしておきたい」

その理由は、一番「格」があってしかるべきお菓子だから。

蜜漬けされた艶やかな大和橘の果皮

ちょっぴりビターな果皮は中身をくり抜いて、じっくり蜜漬けに。
上と下がバラバラにならないよう、皮は全て繋がった状態をキープという繊細な作業が求められます。
思わず口をついてでた「なんと大変な…」との私のつぶやきには

「きっと、果汁だけを使って他の素材と合わせれば、もっと楽にいろんなお菓子になったと思います。でも、楽してできるものより、こうした方がおいしいものができるなら、そうする理由としては充分でしょう?」

と飄々とした中にも熱さの垣間見えるお答え。

爽やかな風味の果汁は砂糖と餅粉と合わせ、蒸してお餅にします。

大和橘の果汁を砂糖と餅粉に加える
蒸しあがったばかりの橘果汁入りの餅

このお餅が!これだけでもお菓子として成立するほどのおいしさ。

サラシ布についたわずかなお餅もきれいにこそげ取ります。
これは橘が希少だからとかは関係なく、全ての素材へのリスペクトを欠かさない老松さんの日常風景。

老松作業風景
老松作業風景

辺りが柑橘の爽やかな香りに包まれる中、熱々のお餅を10gずつ小分けにしていくと、すかさず他の職人さんがやってきて作業に加わります。

一つずつ、お餅を蜜漬けした果皮に詰めていきます。

老松作業風景
中に餅を入れた大和橘

小さな大和橘の実に再び中身が入り、愛らしい膨らみを取り戻しました。

これにて完成かと思いきや、最後にほんの数分、もうひと蒸し。

蒸し器の中の大和橘

蒸しあがりはとろんとやわらかいお餅ですが、冷めると、むちんっと歯切れの良い食感に。
ヘタの茎部分以外は丸ごと食べられる『非時香果 大和橘』の完成です。

時を超えて愛される吉祥文様

着物や帯に描かれるおめでたい文様である吉祥文様。
その多くは中国から伝わったものですが、橘は日本で生まれた数少ない吉祥文様の一つだといわれています。

不老不死の理想郷「常世の国」に自生すると「古事記」や「日本書紀」に記されていた「非時香果=橘」は長寿を招き、子宝に恵まれると信じられてきました。

葉が一年中緑の常緑樹で、花と実が同時になる不思議な植物として、文様にも花と果実と葉が一緒に図案化され、平安時代より長きにわたり愛されています。

家紋は果実と葉です。

京都で橘の木といえば、御所の紫宸殿に植えられている「右近の橘」が有名です。

春爛漫の今、老松北野店へのお立ち寄りとあわせてお花見をお考えの方は、紫宸殿の「左近の桜」と一緒に「右近の橘」にも注目してみてはいかがでしょうか。

橘の家紋

菓子の原点の風格『非時香果 大和橘』

店頭に並ぶ姿は、もう50年も100年も前からそうして並んでいたかのような風格。
きっとこの先50年も100年もそうであろうことをも予感させてくれます。

改めて見ると、ひらひらとした薄紙の仕切りは、橘の葉っぱのようではありませんか。

現在は本店とオンラインショップでのみのお取り扱いとなります。
通年商品ではありますが、橘の実がなくなり次第、販売終了とのこと。
「間に合わなかった」はもうこりごりの実なればこそ、どうぞお早めにお求めください。

店頭に並ぶ『大和橘』

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