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香りを”聞く”ー 御家流香道講師 堀井暁蓉さん

香りを”聞く”ー 御家流香道講師 堀井暁蓉さん

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「同じ香りでもすごく好きだと感じる方もいれば、体質的に合わないと言う方もいる。みんなが席に座って聞きはじめると、そこからは全て自分の世界なんです」秘められた扉の向こうにある香道の世界について、御家流香道講師 堀井暁蓉さんに伺いました。

香りを“嗅ぐ”のではなく、“聞く”

日本三大芸道のひとつ、香道

日本の三大芸道のひとつである「香道」をご存知でしょうか。

鼻から脳に伝わり、時には心を落ち着かせ、ストレスや痛みを緩和する効果も期待できる“香り”。嗅覚を持つ私たち人間は、昔からこの香りというものに魅せられてきました。

今から1400年以上も前のこと、『日本書紀』には淡路島に漂流した香木の良い香りに驚いた島民が宮廷に献上したというエピソードが記されています。原来、香りは仏教と結びついていましたが、平安時代になると持ち寄った練り香を焚き、香りに優劣をつける「薫物合わせ」という遊びが貴族の間で流行。戦乱が続いた室町時代にも、香りは武将たちに愛され、八代将軍足利義政公が芸道としての「香道」を確立させました。

香炉の灰を山形に整える

香炉の中に埋めた炭団(たどん)と呼ばれる赤い炭を火筋(火箸)でおこし、灰を山型に整えて火筋で箸目をつける。

灰の中心に1本の火筋で穴を開け、上から雲母の板である銀葉をのせて、そこに香木を置いたら準備は完了です。

灰の中心に雲母の板を乗せ香木を置く
香炉の上から手で蓋をして香りを聞く

「香炉の上から手で蓋をして籠らせたら、大きく息を吸って香りを“聞き”ます。香道では、香りを“嗅ぐ”のではなく“聞く”と表現するんですね。組香という遊びでは香りを聞き分ける必要がありますから、しっかりと香りを覚えてから次の人に回します」

説明してくれたのは、香道の講師を務めている堀井暁蓉さん。彼女も香りに魅せられた一人です。

香道には、公家の三條西実隆公を祖とする「御家流」と武家の志野宗信公から受け継がれた「志野流」の二大流派が存在します。堀井さんは、蒔絵で飾られた香道具を使い、香りと雰囲気を楽しむ公家らしい華やかさが特徴的な御家流の皆伝師範。香道の伝承と普及を目的とした公益財団法人「お香の会」に所属し、様々な場所で体験教室を開いています。

中でも重要な役割は、「組香」の口伝。
香りを鑑賞する「聞香」に対して、いくつかのお香を焚き、香りを聞き分ける「組香」には一定のルールがあり、初めての体験する人は少し難解に感じるかもしれません。

お香には文学と結びついた題材が存在

その日に焚くお香には、それぞれに『源氏物語』や『古今和歌集』などの文学と結びついた題材が存在します。題材によってお香の種類やルールも異なりますが、例えば『源氏物語』をテーマにした「源氏香」の場合、物語を想像しながら香りを聞き分けていくのです。

「組香の種類は200〜300ほどあり、今(12月)でしたら『初霜香』、年の瀬なら『除夜香』といったように季節毎のテーマで遊んでいます」

何千年も昔の人と香りを共有できる

御家流香道講師 堀井暁蓉さん

堀井さんが香道に出会ったのは、18歳の頃。
香道と同じく三大芸道のひとつ、茶道の先生を務めていた母の影響もあり、堀井さんは大学の香道クラブに興味を持ち入会。そこで、御家流の三條西堯山先生に出会いました。

「尭山先生が時々クラブにいらして指導してくださったんですが、初めてお会いした時に『寝覚香』を体験しまして。そこでお香は文学や歌とも関係が深いことを知り、一生続けていくならこれだなと一気に香道の世界に魅了されたんです」

行先を照らしてくれた尭山先生にすすめられ、堀井さんは卒業後に大学の先輩と2人だけで京都で香道の教室をはじめます。意外なことに当時、香道は関西で地名度が低かったよう。二人は手探りで教室を運営していたと言います。

多くの人にとって、秘められた扉の向こうにある香道の世界。私たちの知らないことで言えば、なくてはならない香木の存在です。香木とは樹木から採れる香料のことで、一般的には白檀・沈香・伽羅の3つを指します。良質なものは多くがベトナム産ですが、実は簡単に手に入るものではありません。

ジンチョウゲ科の沈香が何百年何千年と雨風に晒され、害虫や病気の影響で樹皮が傷つけられると、それを食い止めるために自ら香りのある樹脂を出します。人工的に香木を作り出す研究も進みつつありますが、現段階では不可能。本当に貴重なものなのです。

秘められた扉の向こうにある香道の世界

なお、日本最古の香木と言われているのは東大寺正倉院に収蔵されている「蘭奢待(らんじゃたい)」。諸説ありますが、何千年も前に中国から渡来したと言われています。堀井さんは、そんな風に「大昔の人と香りを共有している」と実感したときに香道をしていて良かったと思うのだとか。

「自分たちが存在しなかった頃の香りを、今この時代に聞けるというのは大きな醍醐味だなと思います。他にも、興福寺展がパリで開催された時に展示品である仏像に“香華灯明”としてお供え香をしたんですが、その時にジャック・シラク元大統領と一緒に香りを聞いたんです。そういう貴重な体験は多いですね」

意外にも敷居が高くない、“遊び”としての香道

華やかさに特徴がある御家流

御家流の流派としての特徴は、”華やかさ”。
精神を鍛錬するための香道もあるなか、御家流は祖である三條西実隆公が室町時代の一流文化人だったように“教養を高めるための遊び”として香道を発展させてきました。

ただ香りを聞くのではなく、場の雰囲気そのものを味わうこと。
御家流の会では、特別な時間を味わうためにみなさま華やかな訪問着をお召しになって集まるのだとか。

「薬師寺などで50人ほど集まる式典があると、それは華やかですよ。流派によっては男性は紋付袴だったり、女性も無地の着物をお召しになっていますけど、御家流は何を着てもいいのでみなさん着物も楽しまれています」

組香であれば、香りとともに文学や歌をたしなんだり、ある種のゲーム性を楽しむことができます。また、香席は香りを焚く「香元」と記録を作成する「執筆」で進められ、執筆担当の方は当日使用している香木の種類や組香のテーマとなった和歌や文学、参加者の回答などを記録するため、習字をすることもできるのです。

少しの道具があればはじめることができる香道

少しの道具があればはじめることができ、“香り”がこれまで見たことのない世界へ連れていってくれる。
香道を通じて、自分自身の世界を広げることができる。

堀井さんが「一生続けていくならこれだ」と思った理由もそういったところにあったのです。

個性が尊重される現代に寄り添う娯楽

個性が尊重される時代に香道を

堀井さんが香道の講師をはじめられて気づいたのは、同じ三大芸道でも香道は茶道と真逆の性質を持つということでした。茶道はわび・さびの世界で、誰もが同じ作法でお茶を味わっていきます。

もちろん香道にも作法はありますが、香りをどう楽しむかはその人次第。

「同じ香りでもすごく好きだと感じる方もいれば、体質的に合わないと言う方もいる。みんなが席に座って聞きはじめると、そこからは全て自分の世界なんです。そこが香道の魅力のひとつだと思うんですね」

その場にいる人と香りを共有しつつも、あくまでも自分自身を尊重できる環境がそこにはあります。大多数に迎合するのではなく、個性が尊重される現代。
香道は私たちの今に最も寄り添ってくれる芸道なのでしょう。

ただ、香道は歴史の長い文化であるにもかからず、まだあまり知られていないというのが現状。もしかすると格式高く感じてしまう人が多いのかもしれません。
しかし、それは誤解なのだそう。

「気軽にはじめてもいいんですよ。一度体験してみると、こういうものかっていうのがよく分かると思うんです。例えば、畳の席で香道を体験する時は靴下を履く、ミニスカートでいらっしゃったら膝にハンカチを一枚置いてください。お席に入る心得はそれだけのことです。洋服でいらっしゃっても大丈夫ですし、そんなに敷居の高いものではないですね」

床の間のお軸
香道の道具

だからこそ、きちっとしたお稽古ではなく、“開かれた”サロンを開催していきたいと堀井さんは語ります。

「最初は少し練習が必要ですが、少しずつ覚えてもらえば。毎月じゃなくても、3ヶ月に一度ほど数人で集まって手軽にお香を楽しむサロンを開催していきたいですね。そういう楽しみ方が、一番香道に向いていると思うんです」

外に出て遊ぶということが難しくなってしまったコロナ禍でも、私たち人間には娯楽が必要です。今まで触れたことのない世界を見てみたい、喧騒から少し離れて心を落ち着かせたい。そんな時、香りを“聞く”という新たな体験を提供してくれる香道の世界を覗いてみてはいかがでしょうか。

爪綴れの帯で華やかに

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