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雄大な富士、大切な人を想う気持ち 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.1

雄大な富士、大切な人を想う気持ち 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.1

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藤原定家によって編纂された「小倉百人一首」。漫画『ちはやふる』(末次由紀/講談社)で描かれる競技かるたの世界でも注目を集めています。ともに日本の文化である「百人一首」と「着物」。強いつながりに導かれながら、和歌の意味や新たな楽しみ方をご紹介いたします。喧噪の日常に、ひとときの典雅な時間をどうぞ…

「小倉百人一首」とは?

はじめまして。
声優・ナレーター・競技かるたA級公認読手の木本景子と申します。

約800年前、公家であり歌人であった藤原定家(ふじわらていか/さだいえ:平安時代末期~鎌倉時代初期)が、小倉山の山荘の襖を飾るのに和歌を100首選び色紙に書いたものが「小倉百人一首」として現代に残りました。

百人一首の世界と着物。
両者には切っても切れない縁があるように感じます。
百人一首のなかには、「衣」や「袖」といった着物にまつわる語句を用いた歌が何首もあり、「涙」「泣くこと」をあらわす「袖を濡らす」という表現もそのひとつ。
直接的に事象を表現するよりもみやびやかに、とても美しく感じられますね。

今回より、時節にあったおすすめ百人一首をご紹介するとともに、着物とのつながりや、そこから感じられる和ならではの豊かな情緒についてお話しいたします。
同じ日本の文化として、あらためて百人一首をお楽しみいただくきっかけになればうれしく思います。

それでは、百人一首の世界へ…

1月にご紹介する和歌

今回ご紹介するのは、こちらの二首。

★クリックで、木本景子さんの歌の読みが流れます。ぜひ音声でもお楽しみください。

雄大な富士山を詠んだ歌と…
雪が降るなか、大切な人の健康を願って摘んだ若菜を贈る際に添えて詠んだ歌。

「富士山」といえば、みなさま初夢はご覧になられましたでしょうか。
「一富士二鷹三茄子」でおなじみ、初夢に見ると縁起が良いと言われるものの筆頭が富士山。
2013年に世界文化遺産にも登録され、日本の代名詞となるほど世界的に有名な山ですね。
日本の象徴として、また富士山を拝むとなんだかエネルギーをいただいているような気持ちになります。
霊験あらたかなご来光に感動し気持ちを新たにする感覚は…きっと私だけのものではないと思います。
2021年最初の月もそろそろ終わりを迎えますが、今月の一首として、やはりこちらの歌は欠かせません。

そして二首目も、1月にこそ選びたい歌です。
「春の野」とありますが、旧暦のお正月は現在の2月頃ですから、ほんのりと春が近づいてきているころでしょうか。
歌に出てくる「若菜」とは早春に生え出てきた食用の草のことで、昔から、若菜を食べると邪気を払い健康に過ごすことができると考えられてきました。
現在でも1月7日に食べる「七草がゆ」は、この「若菜摘み」と7種の草の粥、そして中国の節句「人日(じんじつ)の節句※」が混じり起源となっているようです。

※人日の節句
古来中国の風習に由来する節句。元日から6日まではそれぞれ日ごとに動物を決めて大切に扱い、7日には人を大切にする習慣があった。

今回は、こちらの二首をじっくりと深めてまいりましょう。

一首目・雄大な富士の姿に想いを重ねる

田子の浦に

voice田子の浦に うち出でてみれば 白妙の
富士の高嶺に 雪は降りつつ

(4番・山部赤人『新古今集』)

訳)田子の浦にでかけて眺めると、(布を被ったように)真っ白い富士山の高い嶺に雪が降り続いている。

現在の「田子の浦」は静岡県富士市に属していますが、古来は、今の静岡市清水区の蒲原(かんばら)・由比(ゆい)あたり、駿河湾の北西部一帯を指したと言われています。

この歌の出典は『新古今集』ですが、最初に収録された『万葉集』の原歌は、

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ
不尽の高嶺に 雪は降りける

となっており、字句が少し変化していることが分かりますね。
少し細かな点とはなりますが、意味合いとしてこちらの違いがございます。

①場所の表現
 原歌:通過する場所を示す「ゆ」が使われている(~を通って、の意)
 百人一首:場所を示す「に」が使われている

②白さの表現
 原歌:「真白にそ」と、白さを直接的に表現し強調
 百人一首:「白妙の」と、布の白さに例えてやわらかく表現

③降っている様子の表現
 原歌:「降りける」=「降りつもっているよ」と気づき・感嘆をあらわす
 百人一首:「降りつつ」=「今も降り続いている」様子を実際に見ながら詠んでいるかのような(実際に見える距離ではないのであくまで想像している)表現

原歌は「気がついた時の感動が力強く詠まれている」印象であるのに対し、百人一首となった歌では、「山頂に雪が降り続いている様子を、富士山を見ながら思い浮かべ、美しい景色にゆったりと浸っている」ような印象を受けます。

読み手の私としては、語感としても同じように一方で力強さを(原歌)、もう一方でなじみやすい優しい印象(百人一首)を受けますが、みなさまはいかがでしょうか。

雪化粧の富士山―
あおぎ見る景色は、感動と大きなエネルギーをもたらしてくれそうですね。
まずは歌を通しての富士山を紹介いたしましたが、もちろん、着物を通じて楽しめる富士山もあります。

お宮参りの着物

前述のとおり、雄大な富士山の姿は縁起ものとしてもあらわされます。

男の子のお宮参りに着る着物には富士山の絵柄を用いたものも多く、力強く立派な印象がありますね。日本一の山の姿に「スケールの大きい男性になってほしい」という願いの意味もあるようです。

そして、ハレの日のお着物には「富士太鼓」と呼ばれる変わり結びをされる方もいらっしゃいます。
その名の通り、お太鼓結びと思いきや、富士の姿が浮かび上がるこなれた印象の帯結び。
富士山の縁起の良さにあやかった華やかさがございますし、末広がりの吉祥の意味合いもございますね。

日本人の心のふるさと、富士山。
お正月にはもちろん人生にあまた訪れるおめでたい日には、三十六歌仙の一人・山部赤人(やまべのあかひと)の詠んだ富士山に想いを馳せてみるのもステキな時間かもしれません。

霊峰富士

二首目・今も昔も変わらない、大切な人を想う気持ち

きみがためは

voice君がため 春の野に出でて 若菜摘む
わが衣手に 雪は降りつつ

(15番・光孝天皇『古今集』)

訳)あなたのために、早春の野原に出て若菜をつんでいる私の着物の袖に、雪がしきりに降っています。

出典である『古今集』の詞書(ことばがき:まえがきのようなもの)には、

仁和のみかど、みこにおましましける時に、人に若菜たまひける御うた

とあります。
「仁和のみかど」は光孝天皇のことを指し、「みこにおましましける時」とは、光孝天皇がまだ時康親王だった若い頃に詠まれたことを意味します。
大切な人のために健康長寿を願って若菜を摘み、贈る際に和歌を添える。
これは、贈りものをする際にお手紙やカードにひとことを添える現代と同じ感覚ですね。

光孝天皇は、幼い頃から学問が好きで聡明だったとされています。
55歳の時に陽成天皇が退位され第58代天皇として即位されますが、在位はわずか4年。
短い期間でしたが、学問や芸術を好み文化人として優れていた光孝天皇は、のちの和歌復興の基盤をつくったとも言われています。

袖に雪が降りしきっている寒いなか、誰か大切な人を想い若菜を摘む姿―
雪の冷たさと対照的に、優しくあたたかな想いとお人柄が伝わってくるようです。

「春」「出でて」「若菜」「衣手(ころもで)」という音の響きも、口に出してみると優しい雰囲気を感じます。言葉や音の語感に着目してみるのもおもしろいと思います(ぜひ上記のリンクより音源でもお楽しみください)。

また、降りしきる雪の白さと、あたりに芽を出している若菜の色、雪が降りかかる着物の袖の色や質感を想像してみるのも…ご自身だけの豊かなひとときですね。
なんだか、温度感までもが感じられるような気がいたします。

時代が異なっても、大切な人を想う気持ちは変わらずぬくもりのあるもの。
誰かを想って行動できるというのはどんな小さなことでもとても尊いことだなと思います。
健康を願い、幸せを願って。
想いを言葉や歌に託し贈ってみるのはいかがでしょう。

「競技かるた」とは~『ちはやふる』

みなさまは、「競技かるた」をご存じでしょうか。
実写映画やアニメにおいても話題になった漫画『ちはやふる』(末次由紀/講談社「BE・LOVE」)でも注目を集め、耳にされた方も多いのではないかと思います。

「競技かるた」とは、小倉百人一首を用いて100枚のなかからお互い25枚ずつを自分の陣地に並べ、計50枚のうち読手(どくしゅ※)が読んだ札を取って先に自分の陣地を0枚にした方が勝ち、という競技です。

※読手(どくしゅ)…競技において歌を読む人。読手は100枚のなかから読む。

私は高校生の時にこの競技かるたと出会い、選手としてはA級4段、読手としてはA級公認読手の資格を持っております。

百人一首と仕事がつながり、競技かるたの特集番組やバラエティ番組のかるた対決企画への出演、また前述の『ちはやふる』では漫画・アニメ・映画それぞれのかるた監修のお仕事およびキャストとしての出演、和歌にまつわるコンテンツに参加するなど、ありがたいご縁に恵まれながら現在活動しております。

読唱時の袴姿
名人戦・クイーン戦
提供:近江勧学館

競技かるたの世界においても、男女それぞれの日本一を決める「名人位・クイーン位決定戦」や「女流選手権」などの「タイトル戦」や、お正月時期に開催される大会では、着物に袴を着用して勝負を行います。読手や役員もみな袴姿です。

袴姿で読手を務めると帯に支えられて力強い声が出ますし、いつもより背筋がしゃんと伸び、所作への意識も丁寧になります。

また毎年1月3日には、京都・八坂神社能舞台にてかるた姫たちによる「かるた始め式」が行われますが、かるた姫たちがまとっているのは華やかな十二単ですね。
古式豊かなかるた取りの様子にお正月気分が一層盛り上がりますから、ぜひ初詣がてら着物で観に行かれてみてください。

好きな歌や季節の歌を思い浮かべながら着物を選ぶ

着物と、百人一首。
いずれも日本人が古くから大切にし、現在では海外にもその魅力が発信されて親しまれている誇らしい文化だと思います。

百人一首の歌には着物にまつわる言葉が多く詠まれていたり、競技かるたや儀式の際には着物を着たり、着物や帯に和歌と共通する柄があしらわれていたり…
また、半幅帯の帯結びには「カルタ結び」という帯結びもありますね!

好きな歌や季節の歌を思い浮かべながらその日の着物コーディネートを考えるのも、大人の女性の知性が感じられる楽しみではないでしょうか。
着物と百人一首のつながりを感じることで、みなさまにとっても、新しい楽しみ方や双方への興味が深まるきっかけになりましたらうれしいです。

来月もどうぞお楽しみに。

※参考
『百人一首を楽しくよむ』著:井上宗雄
『しょんぼり百人一首』著:天野慶 絵:イケウチリリー
長岡京小倉山荘 ちょっと差がつく百人一首講座(https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/index.html

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