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京菓子司 亀屋良長 8代目当主・吉村良和さん 「京のつくり手語り」vol.1

京菓子司 亀屋良長 8代目当主・吉村良和さん 「京のつくり手語り」vol.1

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創業享和三年の老舗「京菓子司 亀屋良長」8代目当主・吉村良和さん。京都の伝統と自然を土台にしながら革新的な菓子を世に送り出す同店が大切にする、ものづくりと向き合う姿勢について伺いました。

本店にて菓子づくりの現場をじっくり見学させていただいたのち、お願いしていたインタビュー取材に移ろうとすると、「ちょっとだけ待っててもらえますか」と10分ほど席を外された良和さん。

「せっかく着物のメディアに取材していただくのやから、作業着から着替えてきました」と和装でご登場くださいました。
さすがに普段から着慣れていらっしゃる方は違うなと思っていたのですが、意外にもこの日が2020年の初着物だったそうです。

何かと縁の深そうな着物と京菓子。
京都で伝統産業に携わるつくり手としての想いを伺いました。

伝統で一番大切なのは今

亀屋良長8代目当主吉村良和さん

「必ず着物を着ると決まっている日が、年に2回あるんです」

その2回とは『菓匠会』と呼ばれる京都の上菓子屋(宮中や公家・社寺・茶家に納めたり、お祝いのためにあつらえる献上菓子をつくる店)19軒による展示会で、店主は必ず着物を着用のこと、という決まりがあるのだそう。今年はコロナ禍の状況を考慮し開催中止となったため、久しぶりの着物に「やはり、気持ちがシャンとしますね」と感慨深げ。

他にもお菓子を納めている東本願寺の春と秋の大きな法要のお手伝いの際や、結婚式、七五三などのあらたまったシーンでの着用が多いと振り返っていた良和さんですが、表情が一際明るくなったのが京都の夏の風物詩・祇園祭の話題。

「うちはギリギリ鉾町ではないのですが、すぐ隣にある四条傘鉾でお囃子をやっていたので、お揃いの浴衣を着ていましたね。このあたりの子どもはとにかく祇園祭が大好きですから、7月は毎日ワクワクウキウキした気持ちで浴衣に袖を通していました」

紋付袴の特別感と、祭りの浴衣のウキウキ感。
そのどちらの良さも自在に行き来する良和さんの感覚は、和菓子にも様々なシーンがあることを実感させてくれる亀屋良長の菓子づくりにも通ずるものがありそうです。

享和三年の創業から間もない頃より亀屋良長でつくり続けられている代表銘菓の「烏羽玉」ですが、最近はカカオを混ぜ込んだ「烏羽玉CACAO」や、見た目がそっくりで低GI値の食材を使用した「美甘玉」、モンブランのような贅沢な味わいの「まろん」などの現代的なシリーズも展開しています。

「以前は僕自身、伝統を守っていくこと、それ自体が目的になっていたと思います。伝統というものはありがたいものです。昔からの職人の技術と知恵の積み重なりですから。ただ、各時代の職人は技術を守るためにやってきた訳ではなくて、お客さんに喜んでもらうためにやってきたはずなんです」

そこから導き出したのは、“伝統”とはお客さんの幸せのためにある“道具”であるという考えでした。

「よく思うのは、伝統文化は言語と似ているなと。普段、皆さんはあまり意識はしないでしょうが、日本語も道具です。一代では作れないし、知らず知らずのうちに受け継いでいるものがあるから喋れるのだろうと思うんです」

良和さんがそのことを強く実感したのが、転機でもある10年ほど前の大病。

「脳腫瘍の手術をしたときに、腫瘍と一緒に脳みそをまぁまぁ摘出したんですよ。そしたら言葉が出なくなったんです」

本店にディスプレイされている和菓子の型

今のゆったりとした穏やかな語り口からは想像もできないほど、以前は早口でマシンガントークタイプだった良和さんですが、手術直後は気持ちを一旦日本語に翻訳しないと出てこないようになってしまったそう。

「日本語を喋るときに、文法のために喋ろうとする人は少ないんじゃないでしょうか」

伝えたいことがあるから、言語を使って喋る。
喜んでもらいたいから、技術を使ってつくる。

「現代においてその道具をどう使うかが重要なのであって、道具を守ることが目的になったら本末転倒。一番大切なのは今やと気づいたんです」

亀屋良長店内

自然の恵みとしての菓子

伝統を生かしつつ、変化を恐れなくなったことで、亀屋良長の商品や職場環境は大きな注目を集めるようになります。
製造部に女子社員や外国人社員が加わったのも、ちょうどその時期から。

亀屋良長製造部

「バランス的には、もう少し男子にも来てもらいたいですね」と良和さん。

チリから来ていた子は自国で和菓子屋をオープンさせたそうです。現在は台湾とカナダの子が製造と販売に携わっています。

10年前からは想像もできないほど顔ぶれが豊かになったスタッフには、どのようなことを伝えているのか…良和さんはこう語ります。

「常に伝えているのは『お菓子を基準にして考えるように』ということ。自分の都合ではなく、お菓子の最善のためにどう動くかを大切にしてほしいのです」

菓子づくり風景

入ってきたばかりの若い人からは、「この工程はなんのためですか?」と訊かれることが多いそう。

「できるだけ説明するようにはしていますが、説明したところで、わかることとわからんことがあるんです。昔の職人は教えもせんかったし、僕も教えてもらわなかった。どっちかいうたら、自分で答えを探すのが楽しかったかなぁ」

菓子づくり風景

理屈だけわかっても、体験しないとできないこともある。
だからこそ、

「素材や完成品だけでなく、いろんな工程の前後の段階で食べる、触る、香るようにさせています。生の状態の生地でも食べてみます。それぞれ個体差がある自然の恵みを、どのように人間の食べれるお菓子にしていくかということを考えてもらえれば」

お菓子の材料

製造の手間に忖度しない

「僕は『自分も若い時にこういう風に教えて欲しかった』と思っているわけでも、全て教えているわけでもないんです。自分も失敗を重ねてきて、体験して身につけたところも多々あるので。『かめや女子和菓子部』『かめや男子和菓子部』を始めたのも失敗を通して学んで欲しいと思ったから」

かめや女子・男子和菓子部とは、二十四節気にちなんだお菓子を企画・制作する40歳以下のスタッフチームのこと。製造部や販売部、事務、経理部など、あらゆる部署から参加していることで、製造の手間に忖度しない企画が生まれやすいのだとか。それはすなわちお客さん目線に近いということでもあります。

かめや女子・男子和菓子部のお菓子は毎回、SNSで紹介すると大きな反響があり、ヒット商品も続々。

かめや女子和菓子部の夏の生菓子「ひと涼み」

かめや女子和菓子部が大暑をテーマに製作した、ういろう製の「ひと涼み」や、台湾出身のスタッフが考案した、気泡が入った錦玉羹製の「銀河」などは、良和さんが「その発想はなかった!」と驚いたほど。

一方、良和さん自身の発想の源は自然の造形美とのこと。

「植物とか虫が大好きな子どもでした。花や蝶も誰が考えたんやろうってくらい綺麗じゃないですか。自然に対する尊敬の念は、小さい頃から自分の中にありますね」

お誂えのフットワーク

亀屋良長本店玄関

旧店舗では自動ドアだった入り口が、2017年の店舗リニューアルの際に手動の引き戸に変わったのがずっと気になっていたので、思い切って理由を尋ねてみると、これは女将の由依子さんの要望だそう。

「和菓子屋さんにはカラカラカラって戸を開けて入りたいなって、よその店で引き戸を開けた時に思ったんです」と由依子さん。

店内が明るく、入りやすい雰囲気になったからこそ、わざわざ自分で開けて境界を越えるというアクションにも意味を見出してしまいたくなります。

亀屋良長の上用饅頭

「うちは上菓子屋なんで、お菓子は置いてなくて見本帖を見ながら『こんなお菓子ができますよ』って注文を受ける商売をしてたんです。お客さんはお菓子を作れないからうちに頼みにきてる訳で、そのお客さんの想いを形にする、形にして喜んでもらうことはこれからも変わらないところだと思います」

生菓子のオーダーは20個くらいからであれば、どなたでも頼めるそう。また、ホールケーキのような祝い菓子「蓬莱山」は1個からセミオーダーを受け付けています。

「昔はお茶の世界が一番のお客さんとして上菓子屋は商売をやってきましたが、今はそれだけではありません。陶器や着物は一つ誂えるのもすごく大変だと思いますが、菓子はもう少しフットワークが軽いかもしれませんね。もっと一般のお客さんにも誂えを楽しむ世界に気軽に入ってきてほしいです」

お誂えの世界の入り口も、きっと自動ドアではないけれど、とても軽やかな開け心地なのではないでしょうか。

亀屋良長8代目当主吉村良和さん

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