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畏れ多いと敬遠していた、郡上紬とのご縁 「つむぎみち」 vol.12

畏れ多いと敬遠していた、郡上紬とのご縁 「つむぎみち」 vol.12

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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

毎日着たい心地よい郡上紬

11月も半ばを過ぎ、冬の気配が濃くなってきました。袷の着物が心地よく、できれば毎日着たいと思うのがこの季節。今年は郡上紬を頻繁に着ています。

紺地に赤や黄、青の線が縦横に交わってはすうっと消えるこの絣を初めて見たとき、スコットランドのタータンチェックを思い浮かべ、親しみを感じました。子どものときはいていたひだスカートや、制服の上に巻いたマフラーの色の組み合わせと似ていたからかもしれません。私にとって、雲の上の存在だった郡上紬が、一気に近くに降りてきてくれた。そんなうれしさがありました。

随筆家、学者、俳人がこよなく愛する着物

随筆家の白州正子さんのお眼鏡にかない、学者の鶴見和子さんがこよなく愛し、俳人の黒田杏子さんが身につける郡上紬。「あまりに畏れ多くて」と尻込みするのは、私がなまじ文章を書くことを生業としているからでしょうか? 郡上は通人好みで、確固たる自我を持った女性に似合うというイメージが自分の中で膨れ上がり、手強い着物だと思い込んできたのです。

実は、郡上紬は伝統的に継承されたのではなく、今でいうなら地域活性化のために、宗廣力三さんによって興された織物です。岐阜県の山あいに位置する郡上八幡は、良質な絹糸の生産地であり、清らかな水源と自然に恵まれた土地。紬は各家庭で自分たちが身につけるために織られてきましたが、昭和以降、次第に廃れてしまいました。
第二次大戦後、地域に根ざした誇りの持てるものづくりを、と考えた力三さんは染織を学び、理想の糸、染め、織りにこだわり研究を重ねます。この地独自の織りを丹念に掘り起こし、新たな技法を試み、今の郡上紬をつくり上げ、生活を共にしながら染織を教える場「郡上工芸研究所」を設立。その功績により、1982年人間国宝に認定されました。

艶のある春蚕だけを真綿にして手でつむいだ糸、草木のみで染められた色、高機で織られた平織りの縞や紬。それらには独特な絣やぼかしの表情が見られます。本物の糸、本当の草木染め、誠実な織りで一切手抜きせずという信念により、量産はされず、現在では織り手も数人以下とのこと。“幻の紬”と呼ばれますが、それは比喩ではなくなってきています。

この夏、着物を愛好するセンス抜群な年上の友人と、久しぶりにお会いしました。昼食の席で、意を決したように「陽子さん、郡上はお好き?」と聞くので、「もちろんです。でも私には着る資格がないような気がして」と答えたら、「よかったら見ていただけないかしら?」と、ためらいがちに洗い張りをした反物を取り出しました。
たくさん郡上紬に触れて、ご自分でも着ていらっしゃる先輩は、何枚か持っているコレクションの中から「あなたに似合いそうだと思って」と選んでこられたのです。奥ゆかしい方ですので押し売りにならないよう、すっと断れるよう、心遣いをなさっての上。でも、私は一瞬で譲っていただくことを決めていました。

宗廣力三氏の長男である宗廣陽助さんが織る「紺地色入り経緯絣」

作は宗廣力三氏の長男である宗廣陽助さん。その織りのことを知りたくてお手紙を出しましたら、巻紙に筆でしたためられた素晴らしいお返事が届きました。
「これは昭和40年代から平成にかけてとても人気のあった文様で紺地色入り経緯絣」、染料については「紺は藍、赤は蘇芳、茶は何、黒は何と言うほど単純ではありません」とありました。
郡上では温かみのある色を出すために「茜百回、藍百回」といわれるほど、時間をかけて繰り返し染めるそうです。また媒染剤との組み合わせもあり、その色合いは一言で言い表せません。「泣いて染めても笑って織れ」という力三氏の言葉からも、いかに染めが辛くて大変な作業かが想像できます。深い色使いに心惹かれたのは当然至極です。

仕立て上がった着物に袖を通すときは、うれしさが先行するものですが、郡上紬はいつもとは勝手が違いました。「どうしよう、似合わなかったら」と鏡の前で緊張…でもそんな心配は吹き飛びました。
いざというときは守ってくれそうなタフさ、浮ついた心を諌める思慮深さ…信頼と安心を感じました。恋心ではなくて、友情。そんな着心地といえばいいでしょうか? いずれ知音となるべき着物であると確信した一瞬でした。

合わせた帯は丹波布。兵庫県丹波市で織られ、こちらも一度は途絶えてしまった幻の布でしたが、民藝運動の祖・柳宗悦氏に見出され、町をあげての復興活動によって今に至っています。
手紡ぎされた木綿糸を、地元の植物から採れる染料だけで染め、手織りされていて、緯糸に絹のつまみ糸が用いられるのが特徴です。
郡上紬に丹波布。どこか同じ匂いのするもの同士、合わないわけがありません。

丹波布をあわせて
郡上紬のコーディネート

郡上紬(宗廣陽助)
丹波布の帯(イラズムス千尋)
帯揚げ(村田あき子)
帯締め(道明)
ソックス(石見銀山群言堂)

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