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あえかな月の光のような 〜小説の中の着物〜 杉本章子『東京新大橋雨中図』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十夜

あえかな月の光のような 〜小説の中の着物〜 杉本章子『東京新大橋雨中図』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、杉本章子著『東京新大橋雨中図』。蛇の目傘、縞の着物、紅の蹴出し―――激動の時代ー明治維新ーに翻弄され、過酷な運命に殉じた女(ひと)への哀慕の念を礎に、もと幕臣の小林清親が世に生み出したのは、移ろいゆく光と影を描いた新たな浮世絵「光線画」。「最後の木版浮世絵師」と呼ばれた清親が描く、あえかな月の光のような優しさと哀しみを湛えた世界を、“お江戸のにおい”とともに。

2025.08.16

コーディネート

色彩と陰影を纏う 〜小説の中の着物〜 夏目漱石『三四郎』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第四十九夜

今宵の一冊
『東京新大橋雨中図』

杉本章子『東京新大橋雨中図』/文春文庫

杉本章子『東京新大橋雨中図』/文春文庫

「光線画ねぇ……。響きがいいな」
 大平が近所の洋酒店から取り寄せた舶来麦酒びやざけをうまそうに飲んでいた暁斎が、コップを置いて身をのり出してきた。
「月の光、陽の光、そして夕明かり……。ふむ、光線画とは言いえて妙ですねえ」
 原もしきりと感心しながら、五枚の光線画に見入っていた。「東京橋場渡黄昏景」、「東京銀座街日報社」、「東京小梅曳船夜図」、「二重橋前乗馬図」、「東京新大橋雨中図」とそれぞれに題された光線画の右枠下には、どれにも明治九年八月三十一日御届と、あしたの日付けが入れてあった。

〜中略〜

 「わたしは、これがいっとう気に入りました。なんだかこう、蛇の目傘を叩く雨の音が伝わってくるようだ……。あえかな美しさがある」
 原が、「東京新大橋雨中図」を手に取って感嘆した。
 ゆるく弧を描いた新大橋が画面のなかほどに架かり、灰色に薄墨と濃藍こあいを流しこんだような雨空と、たゆたうように流れる川面とを截然せつぜんと分けている。川面には、遠くは橋脚はしぐいが、近くはもやい船が影を投げて、ゆらめいていた。清親は雨線を用いずに、橋の上を行き交う雨傘と、画面の右はしに配した大川端を行く女の蛇の目傘だけで、雨を表わしたつもりだった。
「絵を見ていると、雨のにおいがしてくる。大川端の石垣を洗う水音が聞こえてくる。決して大げさじゃなくね。それにこの女の後ろ姿、まさしく、ぺいそす、ですよ」
「ふむ、情味のある絵だな。蹴出しからこぼれている女の白い素足が、なんとも言えん」

杉本章子『東京新大橋雨中図』/文春文庫

今宵の一冊は、杉本章子著『東京新大橋雨中図』。

幕臣の家に生まれ、軽輩ながらも御家人のひとりとして徳川幕府の瓦解の渦中に身を置くこととなった主人公の小林清親。

九人兄弟の末っ子に生まれながら好き勝手な道に進んだ兄姉たちのおかげで家を継ぐことになり、主である徳川家の都落ちに従って老母を連れて江戸を離れるが、とてもではないが食べていける状況ではなく、生活のために慣れない農業や漁業に従事し、果ては撃剣興行(見世物)に身を投じる。

そんな数年間の忍苦ののち、再び母を連れ江戸の地を踏む清親でしたが、その後の生活の糧を得る手段となり得たのが、ただ好きで筆をとっていただけの、手遊てすさびでしかなかった“絵を描く”ことでした。

それまで疑うことなく生きてきた社会が、根底からひっくり返った明治維新。当然のことながら、当時の人々すべてに大きな混乱をもたらしましたが、敗残軍となった旧幕府側に属していた立場の人々が味わうことになった厳しさは、またひと際だったことでしょう。そしてその中でも、より過酷な運命に立ち向かわざるを得なかったのが、力を持たない女性や幼い子どもたち。

のちに清親が生み出すことになる新たな浮世絵ー光線画ーには、その残酷な運命に翻弄された彼のあによめ、佐江に向ける哀切な慕情が込められています。

ちょうど今放映されている大河ドラマは、浮世絵の黄金期を築き上げた蔦屋重三郎が主人公。

そして、その約100年の後―――

後に「最後の木版浮世絵師」と呼ばれることになる清親は、人気浮世絵師であった河鍋暁斎や月岡芳年、また、商業写真の開祖と称される下岡蓮杖など、時代を彩る芸術家たちとの交流の中で腕を磨き、頭角を表してゆきます(本作は実在の人物である清親の半生を描いた物語なので、日本橋の老舗榮太棲總本舗に今も所蔵されている、暁斎の絵を百両で購入した展覧会の話など、現代につながる実話がちょこちょこ登場するのも面白いところ)。

清親が生み出した、それまでの浮世絵にはない、移ろいゆく光と影を描き、西洋絵画や彩色写真に学んだ遠近法による奥行きと写実的な表現方法によって一世を風靡することになる新しい浮世絵ー光線画ーですが、その世界を構築する要素として、実は最も重要だったのが、この抜粋部分でも言及された、右下隅に小さく描かれた女性の存在だったと言っても過言ではないかもしれません。

きっとどんな分野においてもそうなのではないかと思いますが、新しい世界や価値観が世に生み出されるとき、それは、ただ初めて見るもの、今まで知らなかったものや刺激的で目を奪われるような“何か”といった、そんなギラギラと尖ったものばかりで構成されているのではなく、既に身の内に馴染み、心の奥底にあって、どこか懐かしいような……そんな、現存する価値観の“核”になるような小さな“何か”が、必ず存在している。

それが、ここで言う“ぺえそす”なのかもしれません。

それを含んだ上での、新たな世界。だからこそ、よりその“新しさ”が際立つのではないかと思うのです。

2023.03.10

カルチャー

浮世絵の題材はこんなにも幅広い! 「浮世絵きほんのき!」vol.4

今宵の一冊より
〜お江戸のにおい〜

清親の代表作である『光線画』の中でも、本書のタイトルとなっている『東京新大橋雨中図』(検索するとすぐに出てきますので見てみてくださいね)に実際に描かれているのは、生成りと墨黒の蛇の目傘を差し、縞の着物を絡げ、紅の蹴出しの下に足駄を履いた白い足首を覗かせ歩く女性の後ろ姿。

その身に纏うのは、白地、紺地、どちらとも言えるような、ほぼ同じくらいの分量の太めのよろけ縞。蛇の目の影が落ちかかる薄茶の無地帯は、江戸の庶民に好まれたひっかけ結びでしょうか。

“ひっかけ結び”とは……

て先にたれ先を重ねて結び、輪になった抜き切らないたれ先を垂らしただけの簡略な結び方。時代劇の衣裳などでは腹合わせ帯を使うことが多いため、前は、上側3分の1ほど黒繻子などの裏地が折り返されて見えていて、短めのて先が垂らしたたれの左下に斜めに覗くのが小粋な風情です。帯締めは使わず、垂らしたままのたれ先が身体の動きにつれて揺れるので軽やかな雰囲気に。

アンティークなどでよくある、短めの帯を使えば現代でも結べます。垂らしておく輪になったたれ・・と、抜かずに残したたれ先がだいたい同じくらいか、垂らす方が少し短いくらいだとバランスが良いので、長過ぎる場合は帯揚げで調整します。

絵の総面積からするとほんのわずかな、だけど惹きつけられる強い存在感。紺、白、紅という、これぞ“江戸の女”という色彩。それが、作中でその絵を見た女学生に「お江戸のにおいがするような……」と言わしめた、その源なのでしょう。

紺白紅と同様に、これぞ“江戸”と感じさせる色柄は他にもいくつかありますが、歌舞伎の衣裳に用いられたことから浮世絵に描かれ、大流行した“黄八丈”もそのひとつ。

現代でも、いつかは……と憧れのアイテムとして挙げる方も多い黄八丈。この連載でも何度か登場し、その折にも触れていますが、刈安色に格子柄の、いかにもな黄八丈はなかなか着こなしのハードルが高いので、より軽やかに着こなせそうな夏黄八をご紹介します。こんな黒を主体とした縞ならば、江戸の気配を湛えつつ、現代の街並みに馴染む着こなしが叶いそう。

2025.07.05

エッセイ

掌(たなごころ)を充たすものー装幀という芸術ー 〜小説の中の着物〜 邦枝完二著『おせん』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第二十九夜

八丈島で、伝統工芸品指定の本場黄八丈と同じ染料ー八丈島自生の植物染料である黒(椎)、黄(刈安)、鳶(マダミ)ーを用いて染められた糸を、夏生地の織技術に長けた小千谷において織り上げられる夏黄八。

草木染めによる深みのある色と、しゃりっと軽やかで、6〜9月、単衣〜盛夏を通して楽しむことができる、ほのかな透け具合。初夏の単衣ももちろんですが、“四十八茶”と称されるほどに愛された江戸の色でもある茶系のグラデーションが、特にこの晩夏〜初秋の時期に活躍してくれそうです。

盛夏には白、秋に近付くにつれて焦茶や辛子、黒といった濃色の長襦袢を重ねるなど、透け感を活かした印象の違いを楽しむのも素敵です。

“お江戸のにおい”を湛えたコーディネート

小物:スタイリスト私物

絡み合う茶のグラデーションが、奥深い表情を醸し出す捩り織の夏帯。『東京新大橋雨中図』にちなんだ蛇の目傘の帯留と、大川の流れをイメージした流水の半衿で、“お江戸のにおい”を湛えたコーディネート。

扇子に塗られた柿渋の鮮やかな柿色と、流水の水柿色とがリンクして、粋でシックな茶のワントーンの中に少し甘さのあるアクセントに。

羅や捩り織など、透き目の大きな絡み組織の帯は盛夏のみと言われることが多いかと思いますが、こういった深みのある色合いのものは、盛夏に限らず残暑の季節にも使い勝手が良いのではないかと思います。

実際の気候と見た目の印象、着用時の快適さなど、さまざまな要素を考慮して、より心地良い着こなしを叶えていきたいものですね。

今宵の一冊より
〜月明かり〜

清親が生み出した新しい浮世絵ー光線画ーは、移ろいゆく光と影、そして流れる空気や時間のようなものすらを捉えて描き、その絵の中に留めたような世界観。

残念ながら、その爆発的な人気も、それほど長くはもちませんでした。手間も繊細な技術も必要な木版染めが、西洋から入ってきた低コストの印刷技術にとって変わられてゆくのは、時代を考えても致し方ないところではあったのでしょう。

それもまた、あえかな月の光のよう……と言えるのかもしれません。

ただただ、美しい。それは紛れもない事実。

『月照』と銘打たれたイメージそのままに、柔らかな艶を湛えた、月の光をまとうかのような雰囲気の淡黄色の櫛引紬。

ほんのりと透ける素材感で、これから迎える秋単衣の季節(9〜10月)も、5月頃から少し早めに手を通す初夏の単衣としても活躍してくれそうです。

月光に照り映える秋草の袋帯を合わせて。幾何学模様を配した無地感覚の付け下げなので、こういった古典的な帯で世界観を作るのはもちろん、モダンでポップな帯を合わせて軽やかに着こなしても。

秋らしい彩りを添えて

小物:スタイリスト私物

深い秋の夜のような黒緑の紬地に、摺箔の技法を用いて秋草の野が描かれた袋帯。薄く軽やかな生地感なので、秋単衣にはぴったり。袋帯ですが、暑苦しくなく締められるかと思います。
10月に入ってからの袷にも締められますので、この時期に集中して活躍させたい帯ですね。

撫子の刺繍半衿、帯留には密やかに鈴虫を。ここでは軽やかな単衣に合わせたので小物は夏物にしましたが、10月以降、袷や透けない単衣に合わせるのであれば、袷用の小物に変えると良いかと思います。

扇子の骨の、ため塗りの朱赤が帯に描かれた秋の七草のひとつ藤袴と響き合い、秋らしい彩りを添えて。

撥骨の扇子

小物:スタイリスト私物

柔らかな光を湛えたゆらぎのある織が、着姿に表情をもたらします。

三味線の撥の形をした、撥骨ばちぼねの扇子。開くと、落ち着いた金地に、ここにも秋草が。

季節のコーディネート
〜菊の節句〜

旧暦9月9日は“重陽の節句”、またの呼び名を“菊の節句”

長寿の象徴でもある菊を愛で、菊の葉に下りた露を入れた菊酒を飲んだり露を含ませた綿で肌を拭ったりと、美容や健康を願う。また、5月の端午の節句に飾った菖蒲の薬玉を、菊や呉須臾ごしゅゆの実の薬玉に掛け替えて、一年の後半の健康を願うという風習もあります。

現代ではまだまだ厳しい暑さが続いている時期ですし、夏の疲れがどっとくる、かなりシビアな時期ではありますが、もしそのタイミングで着物を着る機会が持てそうなのであれば、せっかくなので……

2025.07.05

よみもの

テーマは菊!9月のお節句って? 「3兄弟母、時々きもの」vol.11

ハリのある軽やかな素材感が特徴の生紬地に、掠れたような墨色で菊の花と葉が染められた単衣。

古典的なモチーフではありつつも、抑えた色遣いと、どちらかというと葉の方が存在感があるほどの描かれ方のバランスが絶妙で新鮮な印象。ナチュラルな総柄のワンピースといった感覚で着こなせそうな一枚です。

合わせたのは、お酒を注ぐかのような傾く瓢が大胆で個性的な博多帯。

瓢には菊唐草と麻の葉文様、絡む紐はご縁を結ぶ。麻の葉は丈夫で成長が早いことから健やかな成長を願う吉祥文。
組み合わせ次第で、さまざまに物語を紡げそうなモチーフ尽くしで、菊の宴を彩るコーディネートに。

菊の宴を彩るコーディネート

小物:スタイリスト私物

歌舞伎の衣裳に用いられたことから江戸の庶民にも大流行した麻の葉模様。そして片側に織り出された格子柄にも、どことなく漂う“江戸のにおい”。

代表的な藍、茶、鼠だけでなく、ニュアンスのある緑や紫もまた、江戸らしさを感じさせる色。

縞と無地の片身変わりの竪絽の帯揚げ、亀甲を模った陶器の帯留、扇面にすっと入ったひと筋……と、これも歌舞伎由来の“高麗納戸(屋号の高麗屋にちなむ)”を散りばめて。

季節のコーディネート
〜菊の節句・リアルクローズ〜

いわゆるセオリー通りの暦としては、9月からは単衣解禁。

ということで、まずは単衣をご紹介しましたが、このところの異常な暑さの下では、実際は、きっとこちらがリアルなところかもしれません。

着物の暦が実情に合っていないのは、もうここ数年散々言われていて、日常的に着物を着る方たちの間では更衣ころもがえの意識もかなり緩やかになってきている気がしますが、着物を着始めたばかりの方は、まだまだ悩ましく思っていらっしゃる方も多いようです。

式典などのフォーマルな席なら、ある程度一般的な認識に準ずる必要がありますが(でもそれは洋服でも同じ。暑くてもスーツを着てネクタイを締めるとか……)、カジュアルな場であれば、とにかく本人と周囲が不快でなければOK。

9月になったからといって、単衣にしなければいけないというわけではなく、本人が着たければ単衣を着れば良いし、暑ければ薄物を着れば良い。どちらでも良いんですよね。あくまでも普段着なのですから。

確かに、かつてはゆかたはお盆の前まで……なんて言われたものですが、現代ではそこにこだわる必要はまったくないと思います。洋服で考えても、ノースリーブの人がいて、半袖のTシャツを着ている人がいる。長袖のカーディガンを羽織っている人もいる。それと同じ。

4〜5月あたりの早めの単衣と同じく、9〜10月(場合によっては11月に食い込むことも)は移行期間と考えて、その時々に合わせたフレキシブルな着こなしを楽しみたいものですね。

万寿菊柄が染められた濃紺地の綿絽に、秋雨が降りかかるような繊細な縞が織り出された麻の八寸帯を合わせて。

まだまだ暑いので、浴衣として一枚で着ても良いですし、長襦袢を合わせても、ご自分の体感に合わせてどちらでも。

生地に隙間のある綿絽は風が通るため実際に着ていても涼しいので、初夏から盛夏、そして初秋と、どのタイミングでもそのときに合わせた着こなしが楽しめます。

小物に少し秋色のニュアンスを取り入れて

小物:スタイリスト私物

小物に少し秋色のニュアンスを取り入れ、瓢の扇子とひと雫の水晶の帯飾りで“菊酒”をイメージして。

今宵のもう一冊
『きずなー信太郎人情始末帖ー』

杉本章子『きずなー信太郎人情始末帖ー』/文春文庫

杉本章子『きずなー信太郎人情始末帖ー』/文春文庫

「ごくろうさん」
 引き戸をあけた蔵のなかでは、平手代が五人の小僧を使って、福切れ作りをしていた。奉公人をねぎらった卯兵衛は、戸口に突っ立っている千代太を手招きした。おずおずと蔵に入ってきた千代太は、驚いた。
「たんと、あるね。この切れ、どうするの」
 所狭しと置かれた小切れの箱に、気をのまれたらしい。
「売って、お金にしますよ」
 と、卯兵衛は教えた。
 一年のうちにたまりにたまった裁ち切れの残りを色合いよく取り合わせ、数枚ずつ一とじにして金一分で売るのである。絞りや友禅の上物の切れはしだから、手絡てがらによし、襦袢の襟かけによし、子供の帯にもよしというので、客は先を争って買っていく。
 駿河町の越後屋では、十一月朔日しもつきついたちの冬物売り出しの日に、福切れを売る。客はそれを目あてに、夜のあけないうちからやってきて、店の開くのを待つのだった。
 大店と呼ばれ、暖簾を誇る美濃屋だが、呉服と両替の二つの金看板をかかげる天下の三井越後屋には及びもつかない。別格と張り合う愚を避けて、美濃屋では九月朔日ながつきついたちの夏物売り尽くしの日に、福切れを出す習いである。
「どうだ。坊も、ひとつ作ってみるかい」
 卯兵衛に言われると、千代太は、うん、作る、と言うが早いか、小僧たちのあいだに坐りこんだ。
 卯兵衛が見守っていると、千代太は見よう見まねで、あっちの箱こっちの箱から小切れを取り出した。そうして、生地はさまざまだが茜、緋、朱、紅梅、桃と似たり寄ったりの色目のものを一とじにした。
 ―――ほう……。
 卯兵衛は、感心した。

杉本章子『きずなー信太郎人情始末帖ー』/文春文庫

今宵のもう1冊は、同著者の『きずなー信太郎人情始末帖ー』。

主人公は、後家で子持ちの吉原の引手茶屋の女主人であるおぬいと恋に落ち、許嫁を捨て家を出ることとなった、老舗の呉服太物問屋(呉服=絹織物、太物=木綿や麻)である美濃屋の跡取り息子、信太郎。

おぬいと生きるために、裏店に住まい芝居小屋で働く信太郎を取り巻く、さまざまな事情を抱えた江戸の市井の人々の生活が描かれます。

『東京新大橋雨中図』とほぼ同時代である幕末を舞台に、全7巻に渡って描かれる物語(そのうち、この『きずな』は第4巻で内容的にはちょうど佳境にかかる頃なので、ちょっとネタバレっぽくなりますが……お許しを)。

抜粋部分で描かれたのは、信太郎の父卯兵衛がおぬいの子である千代太を誘い、美濃屋に連れてきたシーン。

もともと、時代考証や登場人物の丁寧な描写に定評のある作者ですが、特にこの作品は、こういった呉服太物問屋ならではの商売の様子や内情がさらりと描かれているのが興味深いところ。また、信太郎が働く芝居小屋・河原崎座の裏側や身分の違いによる人々の関わり方、またその変化などが細やかに描かれていて、読み応えがあります。

素材感としても柄としても、10月の袷の季節に入っても引き続き楽しめそうな先程の菊柄の生紬の単衣に、さまざまな花更紗を裂取きれどり”に配した手描き江戸更紗の名古屋帯を合わせて。

“裂取り”、あるいは“切りめ”。

実際に小さなきれを嵌め込む“切り嵌め”という手法は、生地の上に別の生地を載せるのではなく、生地を“切って”、その間に別の生地を“嵌め込”んで一枚の布にする技法。非常に手間がかかり高度な技術が必要であるため、現代ではできる方がかなり少なくなっているようです。

そんな“切り嵌め”細工をイメージして生まれた“裂取きれどり文様”は、その配置や色柄の組み合わせ方によって、さまざまなアレンジが可能なため、帯や着物にもよく使われる意匠。

お太鼓には、動きのある配置とモダンな色遣いで、奥行きを感じさせる繊細な手仕事が後ろ姿を彩ります。

ざっくりとした節感が味わいのある軽やかな紬地の帯

小物:スタイリスト私物

ざっくりとした節感が味わいのある軽やかな紬地の帯は、単衣から袷にかけて、長く楽しめる素材感。

こういった多色遣いの帯は小物でかなり印象が変わりますので、季節や合わせる着物によってさまざまな表情を楽しめるのが良いところ。

ここでは、秋を感じさせつつ、でもまだまだ暑いので白の部分でわずかに抜け感を添えて。ほのかに南国の気配を湛えた琉球硝子を帯留に。

抜粋部分で描かれたのは“商品”ですから当然としても、一般家庭においても布や糸といった繊維製品は大変貴重でしたから、本当に小さなものも捨てることなく、とても大切にしていました。

そんな中で生まれたのが裂織さきおり

かつては、布や糸の命を最後まで使い切るために、使い古した布を裂いたものや繋いだ糸屑などをよこ糸に、麻などをたて糸にして織られていました(よって各地にさまざまなタイプの裂織が存在する)が、現代では新しい糸を用いて織られることも多くなっています。

どちらにせよ、使われる糸によって織り味や風合いが異なり、ひとつひとつ表情が違って、当然同じものは二度とできません。その唯一無二の魅力が、愛される所以。

ニュアンスのある色が霞状に織り出された半巾帯

小物:スタイリスト私物

ぜんまいの繊維を用いた糸が織り込まれ、柔らかなグラデーションでニュアンスのある色が霞状に織り出された半巾帯。

菊の葉に溜まった夜露のような白蝶貝の帯飾りをゆらりと添え、菊の葉色の細みの帯締めですっきりと引き締めて。

しっかりとした素材感のある帯なので、半巾帯でもカジュアル過ぎない着こなしに。友人との食事や街歩きなど、気軽なお出かけにもぴったり。薄羽織を羽織れば、名古屋帯と変わらない存在感です。

本作に描かれた、彩色写真と嫂佐江を巡るエピソードは心痛むものがあり、清親の生涯において事実であったかどうかはともかく、当時、実際にそういう立場に置かれた女性は多々いたのだろうと思います。

この彩色写真の職人の下で、清親は遠近法や写実的な表現技法を身に付け、光線画の完成につながってゆく。何とか救いたいと願い奔走した嫂への思いを背景に……それは、哀しいことに叶わなかったけれど。

幕末から明治にかけて流行した、“手彩色写真”。

書籍にまとめられたり、展覧会が開かれたりもしていますので、ご覧になったことがある方も多いでしょう。

当時、当然のことながらカラーフィルムなどは存在しませんから、モノクロの写真に一枚一枚職人が色付けを行なっていました。もともと訪日した外国人のお土産用に作られたものでしたので、籠に乗る女性や華やかな衣裳の芸者たち、褌姿で背中一面の見事な刺青を見せる男性など(海外の方から見る“日本”像は、ここで構築されてしまったようですね)、海外向けということで多少盛られているにせよ、鮮やかに彩色されたこれらの写真により、現代でも当時の様子を垣間見ることができます。

作中で、清親が彩色写真の修行をしたいと横浜へ下岡蓮杖を訪ねた折に、写真を撮ってもらうことになるシーンがあります(清親は不承不承……ではありましたが)。そこで、写真に映ると左右が逆になるから着物を着直せと蓮杖に言われ、清親は仕方なく左前に着直すのですが、近年のSNSで延々繰り返されている反転指摘問題を思い出し、思わず笑ってしまいました。

本作を読んでいて心地良いなと思うのが、朴訥とした強面の大男(しかし、剣の腕はない笑)である清親の、与えられた環境で精一杯努めようとする素直さや大らかさ。

その素直さは、“描きたい”“絵が上手くなりたい”という欲に対してもストレートに発揮され、版元にも職人にも率直に教えを乞い、指摘を受け止め、足りない点を反省し黙々と励む(当時の身分制度を考えたら、禄を失ったのちも元侍という矜持に頑なに縛られて、新たな道へ踏み出すきっかけを得られなかった人も数多くいただろうと思うのですが)。

そして、弱いものに向ける優しさ。自然に、守るべきものを守ろうとする(火事のときは、妻より写生に行ってしまったけれど……まぁそこも画家の画家たる所以なので仕方ない)。不器用で生真面目な清親の姿が、緻密な時代考証とともに、ゆったりと大らかな文体で綴られます。

大流行から数年後、光線画から離れた清親は「ポンチ絵」と呼ばれる風刺画や新聞挿絵に活路を見出してゆきますが、そこに現れるわずかに滲む毒にもまた“お江戸のにおい”が感じられ、その清濁併せ呑む大らかさが好ましいなと思うのです。

さて次回、第五十一夜は……

魔を秘めた色―――“紅”の物語。

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