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書にも、衣裳のような装いがある─ 書道家 根本知さん(前編)

書にも、衣裳のような装いがある─ 書道家 根本知さん(前編)

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2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』の題字を揮毫し、平安時代マニアと自称する書道家の根本知さん。ドラマにでてくる小道具など文字まわりの美術の監修、書道指導も行われました。普段は大学で教鞭を執りながら、ペン字習字の講座などを開き、書の啓蒙にも務める日々。仮名の書に目覚め、平安時代に興味を持たれたきっかけから、大河ドラマの題字を担当したいきさつ、書と着物の関係などをうかがっていきます。

2024.12.07

インタビュー

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大河ドラマの題字を揮毫されるまで

根本知さん

小学生のころから一般的な書道教室へ通い、段位を取得した根本知さん。小学6年生で書道教室はやめてしまいますが、中学のときにふとしたことから「巻物」に出会い、仮名文字に興味を持ちます。

大東文化大学へ進学後、卒論執筆までは平安文化への造詣を深め、同大学院にて本阿弥光悦を専攻して博士課程を修了。

2013年に書道学にて博士号を取得したのちに、2016年、書道家として初の個展を開催。2018年には腕時計ブランド『GrandSeiko』へ作品提供し、2019年にはニューヨークにて個展『flow』を開催されました。

NHK大河ドラマ『光る君へ』では題字と書道指導を担当し、大学で教鞭を執るかたわら、平安文化や美しい仮名文字の魅力を広く世間に伝える活動をされていらっしゃいます。

墨のような黒さの小千谷縮を

NHKでの大河ドラマの監修や、大学での講義などでお忙しいなか、都内の静謐な茶室でインタビューに応じてくださった根本知さん(取材は夏)。

墨のような黒さの小千谷縮

──涼しげな小千谷縮をお召しですね。墨が飛んでもいい色の着物を選ぶようにしているとうかがいましたが、シックな色合いでまとめられています。

「ありがとうございます。僕、身長が185cmあるので、どうしたって衣裳持ちにはなれないんです。

リサイクル着物では着られるものがないですし、仕立てるしかない。それで思いを込めて仕立てるわけですが、何度も墨を飛ばしては落胆してしまう。今回は黒なので、これだと少し安心ですよね。

この着物はお祝いでいただいたものなんです。何色がいいか聞かれて、お稽古にも着ていけるものを、とお願いしました。さすがに白ではなかったですね(笑)」

墨のような黒さの小千谷縮

墨のような黒さの小千谷縮

僕はちぢみが好きです。シワが気にならないでしょう。

だから、教室のお稽古に着ていったり、立食パーティーというほどいでもないけれど、ちょっとした会食や、芸術家のお友達の催し物へ行くときにちょうどいいんですよね。

麻だから洗えますし、気を遣わなくていいところも好きです。帯は、たしか米沢織りのものだったと思います

帯は米沢織りのもの

──普段から着物を着てらっしゃるんですね。

今日は着流しですが、イベントのときには袴をつけますし、お茶会へ行くときにも着ていきますね。納涼のときには夏着物を着て花火を見にいったり、妻がフードスタイリストをしているので、勉強がてら料理屋へうかがうときなどにも着ます」

──何着くらいお持ちですか。

「ぜんぜん持っていないですよ、墨がとんでしまったものもありますから。単衣が1枚、袷が1枚、夏着物が2枚。あとは浴衣くらいなので5着でしょうか。そろそろ新しく仕立てたいな、と思っています。お茶会ですと、手持ちのものでは着られない素材もありますので」

──墨とお抹茶は落ちないと言われますね。

墨は、”すみずみにまで行く”から“墨”なので、一回付いたものはもうにじみません。書くときはにじみますが。

裏打ちといって表具にするさいに、書をビショビショに濡らしますが、それでも墨は動かない、墨の原料であるにかわというのはそういうものなので、仕方ないですね」

墨はすみずみにまで行くから“墨”

大河ドラマでの特注の小筆

──NHKの大河ドラマ『光る君へ』では、根本さんの意見で劇中で使用する小筆を特注したとうかがっています。

「そうです。滋賀県にある近江の攀桂堂はんけいどうさんに頼んで、平安時代の「巻筆」という物を作ってもらいました。

普通はもっと短いのですが、ドラマで使うものは軸(筆管)を5~6cmほど長くしています。絵巻物をみていると、着物の衣裳には少し長いほうが似合うんですね。

昔から僕は筆管の長い小筆を作りたいな、と思っていたんです。それを『光る君へ』の文字の監修にかかわることが決まったときに、「まだ公にはできなけれど、平安時代の書道指導が決まったから、勝手に記念で当時の巻筆を復元したい」と攀桂堂の若旦那に電話でお願いしました。

攀桂堂さんは、平安の巻筆を日本で唯一復興させている会社なんです」

軸は違うものだが、筆先はドラマの小筆と同じ巻筆

軸はちがうものだが、筆先はドラマの小筆と同じ巻筆(ラベルは根本知さん筆)

「さらに僕から、いまの白い竹ではなくもっと焦げ茶になっているような古い竹はありませんか、とお聞きし、20本くらいはあると言うのでそれで作ってもらいました。それをNHKアートの方に実際に書いて見せてみたら、これを使いましょうとなったんです。

やはり長い筆のほうが画角写りがよかったんです。リハーサルで使ってみたとき、とくにカメラの方が「ほかの筆とは雅さがぜんぜん違う」とおっしゃっていました

──その筆を持った、吉高由里子さん演じるまひろのキービジュアルがポスターにもなっていましたね。そのアイデアを思いつくというのは、それだけ平安の絵巻物を眺めていたということですよね。平安時代に興味を持ったきっかけはなんだったんでしょう。

「14歳のときです。たまたま家庭教師の先生が書道の先生をやっていた、というのがきっかけでしょうか。その先生が書いている仮名に興味があって、習い始めたので。

もともと絵を描くのが好きだったんです。たぶん絵のほうが好きなんでしょうね。小さいころから好きなアニメを真似して描いたり、ワンシーンをデッサンしたりしていました。

中学生になって絵は描かなくなり、先生の作品や先生が持ってくる巻物をみたときに、

「なにか絵のようだけれども、書道でもなさそう、なんだろう、不思議なあいだをとっているもの」

と感じたんです。古今和歌集の写本でした

金箔を散らした料紙に小筆で仮名を

金箔を散らした料紙に小筆で仮名を

紙がきれいだった、というのもあります。習字を習っていましたが、紙は白いものしかなかった。それがまず色紙に書いている時点で「なんだろう?」と。

季節ごとに紙を替えることがある、というのも教えてもらいました。書に、衣裳と同じ装いがあるわけです。

紙がすごく大事であるということ、また、その美しい紙に引き寄せた和歌を選んで書く、というところがいいなと思いました。”調和”があるんですよね。そこに一番興味を持ったんだと思います。紙、文字、歌のハーモニーですね

平安文化へ傾倒するきっかけ

『源氏物語』第1巻「桐壺」の冒頭、光源氏誕生──

『源氏物語』第1巻「桐壺」の冒頭、光源氏誕生─

──そうして、平安文化への深みにはまっていったと……

「正直に言うと……深みにはまらせたのは大和和紀先生の漫画『あさきゆめみし』ですよ。

絵が好き、漫画好き、仮名をやる。そういう人はぜったい『あさきゆめみし』に辿りつくんです。高校生のときには『あさきゆめみし』ばかり読んでいました。そこから始まって、大学では図書館にある豪華本の絵巻物をみるというのが、仮名以外の平安文化に興味を持っていったいきさつです。

仮名については、毎日欠かさず平安時代の古筆巻物を臨書りんしょしていましたね。

あと、色が好きでしたから、卒論の導入部分は「日本にはなぜ色の名前がたくさんあるのか」として、料紙装飾について書きました」

※臨書……古典を観察し、そっくりに書くこと

『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』に衝撃を受けた

──卒論にとりかかるまえに行った「琳派展」で、本阿弥光悦と俵屋宗達の『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』に衝撃を受けられたとか。

「そうなんです。それまでは仮名をやる人間ですから平安至上主義だったのに、平安以外にもものすごいものがあった!と知ったんです。

あれは日本で初めての、画家の名前も書家の名前も残っているコラボレート作品ではないでしょうか。芸術家それぞれの粋があつまって完成したものですよね。まさに調和。

それで、ゼミの先生のところへ走っていって「平安以外にもすごいものがあるんですね!」と言ったら、「本阿弥光悦の研究はまだそこまで進んでいないので、興味があったらやってみたら」と言われ、卒論の主旨になりました

就職せず書道家の道を歩む

人生一度きりだし!と思って博士課程へ進みました

──書道家を目指したのはいつごろからだったのでしょうか。

「いつだったか、難しいですね。結果的に書道家になっただけで資格があるわけはないですから。

強いていうならば、就職せずに大学院への進学を決めたときでしょうか。卒論を書いたあと、恩師に「大学院にも興味があります」と伝えたら「おいで」と言ってもらえ、博士にかんしては先生のほうから「君、博士こないの?」と声をかけてくれました。

うれしかったものの、学費が大変でした。僕は奨学金を借りながら進学していましたので……でも、「まぁいっか、人生一度きりだし!と思って博士課程へ進みました。

いまとなってはよかったですけれど、当時はおにぎり1個食べるか、ポテトチップス1袋どちらを食べるかで相当悩んでいました。たくさん噛むからポテトチップスにしよう、とか(笑)。

仮名を書くための紙代も祖母からのお年玉や誕生日プレゼントで賄うほか、ゴミ収集のアルバイトで凌いで、なんとか書くことは止めずにいる状態。そうやって博士論文を書くという生活でしたね。まわりはみんな就職だなんだしていて、飲み会に誘われてもお金がなくていけない、という20代でした」

根本さんがしたためた紫式部の和歌「めづらしき光さしそふさかづきはもちながらこそ千代もめぐらめ」

根本さんがしたためた紫式部の和歌「めづらしき光さしそふさかづきはもちながらこそ千代もめぐらめ」

でも僕は、書道家のまえに「教員」なんです。

高校の国語と書道の免許をとって28歳から先生をやっていて、いまは大学の教員でもあります。「書道家」という職業は本来ないんです。一応、江戸時代末期の市河米庵いちかわべいあんという人が日本で初めての書道家とはされています。門弟が5000人いて、指導するだけで食べていけたそうで。

それ以前は、みな思想家でしょうか。文化人ですね。
書は思想が書いてあるにすぎないから、書道家という仕事はない、ということです。

言うなれば、人がよくなければ字は書いてはいけないんです。慕われる者が慕う者に頼まれて書くか、自分で書き留めていくメモが、書であるわけです」

後編では、大河ドラマ『光る君へ』の重要モチーフ、書と文字を担当されてのお話、着物と書と共通点、着物の魅力などについてうかがいます。

取材・構成/渋谷チカ
撮影/五十川満

2024.01.24

まなぶ

源氏物語のもう一人の主役、紫の上 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.1

2021.10.21

よみもの

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