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『志村ふくみ 100 歳記念 ―《秋霞》から《野の果て》まで―』大倉集古館  「きものでミュージアム」vol.42

『志村ふくみ 100 歳記念 ―《秋霞》から《野の果て》まで―』大倉集古館 「きものでミュージアム」vol.42

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紬織と草木染を芸術の域にまで高め、人間国宝に認定された志村ふくみさんの回顧展! 草木染の美しい色と、絹糸の奥深い表情に酔いしれます。

2024.11.04

よみもの

『モネ 睡蓮のとき』 国立西洋美術館 「きものでミュージアム」vol.39

志村ふくみの百年を紡ぐー紬と草木染を芸術に

今回は、とりわけ着物ファン必見! 大倉集古館で開催中の『志村ふくみ 100 歳記念―《秋霞》から《野の果て》まで―』をご紹介します。

※本コラム内の美術作品の写真につきまして、各美術館プレスより撮影および掲載の許諾を得て使用しております。

志村ふくみ展

染織家・随筆家の志村ふくみさん(1924-)の100歳を記念する回顧展。

志村ふくみさんは、紬織と草木染を独自の感性と想像力で芸術性の高い表現へと昇華させた功績で、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。

自然から多彩な色を引き出し、染め、織り上げるという営みに一生を捧げてきた志村ふくみさんの仕事は、人と自然がともに生きる尊さを教えてくれます。

染織家・随筆家の志村ふくみさん

染織家・随筆家の志村ふくみさん

本展では、彼女が染織の道に進むきっかけとなった作品《秋霞》や、100歳を迎える直前に若き日を振り返り制作した《野の果てⅡ》、さらに次世代への思いを託した石牟礼道子原作の新作能「沖宮」の衣裳など、ふくみさんの足跡をたどることができます。

また、彼女を染織の道へ導いた母・小野豊(1895-1984)と民藝運動、芸術精神の基盤を築いた夭折の画家である兄・小野元衞(1919-1947)にも焦点を当て、ふくみさんの創作の原点とその深い精神性に触れることができます。

「心を熱くして生きなくて何の人生であろう」

ー志村ふくみ

《野の果てⅡ》を観る

《野の果てⅡ》を観る。後方右は《秋霞》

※作者表記がないものはすべて志村ふくみ作、所蔵はすべて個人蔵。

染織家としてのスタート

志村ふくみさんが染織の道に入ったのは意外にも遅く32歳の時。

離婚を意識し、母・小野豊さんの影響で染織を志しました。豊さんは、若いころ民藝運動の柳宗悦などとも交流があり、染織を学びましたが、生活のため断念していたそう。

ふくみさんは柳宗悦の『工芸の道』を自らの紬織の原点とし、民藝の黒田辰秋や富本憲吉らの助言と指導のもと、母と二人三脚のように染織に専念しました。

志村ふくみ《秋霞》1958年、小野豊 《吉隠》1960年

母娘の作品が並ぶ
右から:志村ふくみ《秋霞》1958年、小野豊 《吉隠》1960年頃

そして、すぐに才能を花開かせたのです。

翌年、《方形文綴織単帯》が第4回日本伝統工芸展で入賞、またその翌年《秋霞》が第5回日本伝統工芸展で奨励賞を受賞しました。その後5年連続で受賞し特待者となりました。

志村ふくみ《秋霞》

志村ふくみ《秋霞》1958年

《秋霞》はふくみ自身が「はじめての着物」とも述べ、染織家としての原点ともいえる代表作です。当時、日本伝統工芸展で紬織のきものが受賞したのは大変画期的なことでした。

今年の同展を観ますと、友禅など染めの作品より紬織のほうが多い印象。それはふくみさんが築いた道であると言えるかもしれません。

紬はもともと、農家の女性が屑繭や短い糸をつないで家族や自分で着るために織った布。それを芸術の域まで高めたのはふくみさんの大きな功績です。

兄との絆と美の基準

ふくみさんの兄・小野元衞(1919-1947)は、画業半ばに若くして亡くなりました。元衞さんの芸術に対して妥協を許さない姿勢が、ふくみさんの芸術精神の基盤を築きます。

兄に対して恥ずかしくない仕事をしたい、との想いで染織に取り組まれたそう。

《野の果て》は、ふくみさんが書いた童話に元衞さんが絵を描いた共作です。

《野の果て》志村ふくみ 文・小野元衞 画

《野の果て》志村ふくみ 文・小野元衞 画 1943年

そして《秋霞》の制作から65年の時を経て、100歳を目前に、染織という芸術の道に生涯を捧げた人生を振り返り《野の果てⅡ》を制作しました。

《野の果てⅡ》

《野の果てⅡ》

なんと美しいのでしょう……!

裾周りには、紅花の淡いピンクから日本ムラサキで染めた紫へのグラデーション、肩から袖の上部は春草で染めた萌黄色と淡い色彩

全体にはそれらの色がランダムに、しかし計算しつくされた配置で並びます。

《野の果て》と《野の果てⅡ

左上:《野の果て》、右:《野の果てⅡ》 2023年

100歳を目前にこのような作品を作る情熱があることは、奇跡と言えるかもしれません。

草木染の美しい色合いと表情豊かな糸

《雛形(無地)》2012 前期展示 小さな裂を集めて作った《雛形(無地)》は色見本のよう。後期は《雛形(無地)》を展示。

《雛形(無地)》2006 前期展示 小さな裂を集めて作った《雛形(無地)》は色見本のよう。後期は《雛形(模様)》を展示。

ふくみさんの作品は、紬糸と草木染の色で表現されています。

織り方は一番単純な平織ですが、節や太さもさまざまな紬糸や短い糸をつないだつなぎ糸を使うことによってとても豊かな表情が生まれ、またその糸を文字通り多彩に染め上げ、かつ組み合わせることによって、非常に優れたデザインとなっているのです。

天然の植物で染めた絹糸のつややかな美しさにうっとりします。

つなぎ糸

つなぎ糸

ふくみさんはと言えば藍のイメージが強いですが、自ら藍を建て糸を染めます。藍を建てる作業はとても手間がかかり、工房で藍はもっとも精神性の高い染料として大切にされているそう。

そのほか紅花、紫根、苅安、臭木など、さまざまな植物の花、実、幹、根を使い糸を染めます。草木染の糸の美しさ、色彩の多様さに驚きます。

鮮やかな色糸

鮮やかな色糸

作品のデザインは緻密に計算されており、仕立てたときにどの位置にどの色や柄が出るかが、しっかりと考えられています。

デザイン画

デザイン画

デザイン画

デザイン画

大自然からこれほどまでに繊細な色をあまた引き出し、そこにさまざまな表情を持つ糸を組み合わせ、さらにそれを織り上げて一枚のきものを作り上げる……

ふくみさんの才能と感性と技により、そのきものは”芸術品”と呼ぶにふさわしいものとなりました。

四十余年の創作活動のなかから裂を集め制作された《襲色目屏風》は、ふくみさんの繊細な色を楽しめます。

《襲色目屏風》

《襲色目屏風》 1999

襲色目かさねのいろめ(十二単など公家社会の衣服の表地と裏地、また衣服を重ねて着たときの色の取り合わせ)の組み合わせの妙……、同じ色を繊細に染め分けていることに感嘆します。

作品を通して志村ふくみさんの生涯をたどる

展示は5章で構成され、「源流」「琵琶湖」「源氏物語と和歌」「旅と文学」「沖宮」と、ふくみさんの人生をたどるように作品が並びます。それぞれのタイトルにもご注目ください。

《水の想い出》は、立山連峰の伏流水をイメージした作品。

左:《水の想い出》

左:《水の想い出》2003年

色の美しさもさることながら、清涼な水の流れを感じることができます。

《光の道》は、渋木で染めた金茶色の経糸と濃い藍の緯糸で闇と光を表現しています。

《光の道》

《光の道》1987年

複雑で深い色の組み合わせをぜひお近くでご覧ください。

「源氏物語と和歌」のシリーズは70代半ばから『源氏物語』を主題に制作した連作です。

《匂欄》

《匂欄》 2003

色と織で表現される『源氏物語』の世界――紬織でありながら、豪華で艶やかな世界を感じさせます。

匂欄こうらんとは、寝殿造の渡り廊下などに設けられる欄干のこと。五島美術館所蔵の《源氏物語絵巻 鈴虫二》で光源氏が勾欄に身を持たせかけている情景を浮かべたのではないかと考えられます。

旅と文学の展示風景

旅と文学の展示風景

草木染めというとシックな色合いを思い浮かべがちですが、展示室には鮮やかな作品も展示され、草木染の色の幅広さに驚きます

《天蚕の夢》

《天蚕の夢》1995年

天蚕はくぬぎの木の葉を食べる天然の蚕で、繭は薄い緑色。その美しさに魅せられたふくみさんは、《天蚕の夢》を糸そのままの色を活かして織りました。

最初、細い糸はすぐ切れてしまいましたが、優しく糸を愛撫するように苦労して無事に織りあげたそう。天蚕の糸がまばゆく輝きます。

《青孔雀》はとにかく色が美しい!

《青孔雀》

《青孔雀》 2014年

刈安と藍、紫根で染めた糸を複雑にデザインした織で表現しています。

新作能「沖宮」の衣裳を紬で

東日本大震災をきっかけに現代日本に危機を感じ、次世代にメッセージを託すため、ふくみさんは、詩人・石牟礼道子さんと新作能「沖宮」を作りました

天草を舞台とした天草四郎と少女あやの物語には「人々の死と再生」が描かれています

《沖宮》の衣裳

《沖宮》の衣裳

能装束と言えば、唐織や繡箔など煌びやかな衣裳が通例です。それを紬織で制作するのは初めてのこと。

ふくみさんは衣裳の監修を担当し、娘の志村洋子さんと、創設した都機工房が制作されたそう。

上演されている動画の一部を拝見しましたが、下には金糸をふんだんに使った袴を組み合わせているのですが、不思議と違和感はなく、舞台上でふくみさんが制作した紬織の衣裳が煌びやかに光を放っていました。

「明日も機の前に座りたい。その気持ちは今も変わらない」ー志村ふくみ

内覧会当日、ふくみさんの娘で同じく染織家の志村洋子さんも来場されており、お話を伺うことができました

志村洋子さんと

志村洋子さんと

ふくみさんは、今年100歳を迎えましたが、現在でも自力で日常生活を送り、体調の良いときにはきもののデザインも楽しんでされているそう。

どれだけ強く深い思いでこれまで染織を続けて来られたのだろう……と胸が熱くなりました。

展示風景

展示風景

鑑賞後には、とても癒され、穏やかな気持ちになっていることに気付きました。

《母衣曼荼羅Ⅱ》

《母衣曼荼羅Ⅱ》 2017年

ふくみさんはエッセイや随筆もたくさん書かれていらっしゃいます。自然や人間を見つめ、染織を極めたその言葉には鋭い洞察力と深い思慮が宿っています。

ショップには一点もののショールや懐紙入れなどの小物とともに、ご著作も並びます。ぜひお手にとってご覧くださいね。

地下1階のミュージアムショップ

地下1階のミュージアムショップには小物と志村ふくみさんの著書が並ぶ

大倉集古館は、伊東忠太が建築設計を担当し、中国古典様式の名作である展示室は大変重厚で趣があります。そこに志村ふくみさんの作品が調和し、とても味わい深い空間でした。

前期・後期で9割の展示が入れ替わります!

ぜひ前後期ともに訪れて、志村ふくみさんの世界に触れてください。

この日の装い

この日の装い

志村ふくみさんと言えば紬織に藍染。着物も帯も藍染のものをセレクトしました。

この日の装い

着物は、秋山眞和さん作、藍染の『綾の手紬』、帯は藍染の糸を使った西陣の八寸名古屋帯です。

この日の装い

帯締めは、今年の道明組紐作品展に出品した自作のもの。この着物と帯にぴったりでした!

この日の装い

2023.02.07

まなぶ

京藍染師 松﨑陸さん【YouTube連動・インタビュー編】「元芸妓 紗月が聞く!京都、つなぐ世代」vol.11

2023.09.19

まなぶ

有職組紐 道明(東京都台東区上野)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡り」vol.6

撮影/五十川満

今回ご紹介の展覧会情報

ポスター画像

志村ふくみ 100 歳記念―《秋霞》から《野の果て》まで―

大倉集古館
https://www.shukokan.org/

日時:2024 年 11 月 21 日(木)~2025 年 1 月 19 日(日) 10:00~17:00 ※金曜日は 19:00 まで(入館は閉館の30分前まで)
 前期:11 月 21 日(木)~12 月 15 日(日)
 後期:12 月 17 日(火)~2025 年 1 月 19 日(日)

休館日:月曜日(祝・休日の場合は翌平日) 、12 月 29~31 日 ※新年は 1 月 1 日から開館

※詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。

その他、おすすめの美術展

※日時など変更になる場合があります。おでかけ前に公式サイトなどで最新情報を確認してください。

メインビジュアル

再開館記念「不在」 ―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル

三菱一号館美術館
https://mimt.jp/

日時:2024年11月23日(土)~2025年1月26日(日)10:00~18:00(祝日を除く金曜日と会期最終週平日、第2水曜日は20時まで)
※入館は閉館の30分前まで
※年末年始の開館時間は美術館サイト、SNS等でご確認ください

休館日:月曜日、 年末年始(12/31と1/1)
ただし、トークフリーデーの(12月30日)と1月13日・20日は開館

メインビジュアル

テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする

東京ステーションギャラリー
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/

日時: 2024 年10 月12 日(土)~ 2025 年1 月5 日(日) 10:00 ~ 18:00(金曜日10:00 ~ 20:00) ※入館は閉館30 分前まで

休館日: 月曜日(ただし12/23 は開館)、12/29(日)~ 1/1(水)

巡回先: 福岡市美術館 2025 年4 月19 日(土)~ 6 月8 日(日)

※詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。

◆ 読者プレゼント ◆

ポスター画像

さて、恒例の招待券プレゼント!
今回は『特別展 志村ふくみ 100 歳記念 ―《秋霞》から《野の果て》まで―』大倉集古館の招待券を5組10名の方にプレゼント!
ぜひ、きものでお出かけくださいね!

下記リンクより、お使いのSNS経由にてご応募くださいませ。

◆インスタグラム
https://www.instagram.com/kimonoichiba/

◆X
https://x.com/Kimono_ichiba

※応募期間:2024年12月4日(火)まで

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