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能面アルバム ~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.7

能面アルバム ~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.7

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無表情な面、聞き取れない言葉、古い価値観——能楽へのハードルは高く感じてしまいがち。室町時代から受け継がれてきた日本を代表する舞台芸術への扉を、一緒に開いてみませんか? 派手髪の能面師・宇髙景子さんがこれまでに手掛けた能面から、思い入れのある面を厳選してお届けします。

まなぶ

~女流能楽師・田中春奈さんに聞く~ 「気になるお能」

思い出に残る習作たち

顰

顰(しかみ)

vol.5でご紹介した「顰(しかみ)」を筆頭に、「技術を磨くためにも、特徴のある面(おもて)を彫ることは必要」と、景子さんは言います。

一面が完成するまでの制作日数は、およそ一か月半~二か月。

「物理的には、彫りに一週間、彩色に一週間といったところですが、(面と)距離を置く時間が必要なので、どうしてもそれくらいかかりますね

生成

型紙がなかったため、正面の写真から立体へ仕上げるのに苦心した面。生成(なまなり)

「まだ習いたての頃に写真集をパラパラと眺めていて、『自分に似ている!』と気になって、いずれ作ってみたいと思っていた面です」

こう説明してくれたのは、「般若」の前段階である「生成(なまなり)」という能面。

生きながら鬼と化していく女性で、その名は、「般若」=「中成(ちゅうなり)」、「蛇(じゃ)」=「本成(ほんなり)」と呼ぶことに由来しています。

余談ながら、嫉妬による憤怒度は「生成」→「般若」→「蛇」→「真蛇(しんじゃ)」という順で強くなっていきます。

生成を手にする景子さん

面の彩色に使われる日本画用の絵具は、水分に弱い。手の湿気でも剥げてしまうほどデリケートなので、紐穴以外には触れず、面袋ごと持つのが作法

亡父の想いをカタチに

能の演目は古典ばかりではありません。ゆえに、本面ありきの「写し」ではなく、新作能に合わせて新たな面を手掛ける機会もあるのです。

「弟たちからだけでなく、作品展をご覧になった他流の方からイメージに合うからとオファーをいただくことも」

尉面を眺める景子さん

「これは、父が病床で書いていた未完の作品を、弟が完成させた新作能のために作った面です」

そう言って、そっと取り出した面を見つめる景子さんの表情はとても穏やかで、そこに亡き父・通成氏を見ているかのよう。

尉面

男性の老人の面を「尉面(じょうめん)」という。植毛した髭と髷が特徴

主人公(シテ)は、愛媛の松前(まさき)町にゆかりある偉人・義農作兵衛(ぎのうさくべえ)という農民。享保の大飢饉の折、餓死者が続出するなか、作兵衛は休むことなく耕作に励み、遂には飢えのため田んぼで昏倒してしまいます。

尉面2

近隣の者たちが「命には代えられないから、その麦種を食べてはどうか」と勧めるものの、彼は「農は国の基(もとい)、種子は農の基。一粒の種子が翌年には百粒にも千粒にもなる。僅かばかり生き延びるために自分が食べてしまっては、来年の種子ができない」と、その身を犠牲にして、大義のために死んでしまったのです。

尉面と生成

後世の人々の命を救った「義農精神」を表現するため、その表情に「厳しさと優しさの両方を込めました」

農夫らしく、浅黒くてシミのある顔にして、「肉体的だけではなく精神的な苦労も滲み出るようにしています」と、制作意図を明かしてくれた景子さん。

「鼻のあたり、晩年の父の面影も投影されていると思います」

そんな彼女の言葉を受けて、「生成」に目をやれば、両者の鼻のカタチが似ているような気もして、微笑ましい気持ちになったのでした。

コロナ禍に生まれた面

多分に漏れず、コロナ禍における能楽業界も厳しい状況に晒されました。そんななか、彼女が思い切って手掛けた面が、下半分だけのマスク。

半マスク

半マスク

「般若」よりも、ある意味インパクトが強い半面は、顔の印象の大半を占める瞳がないにも関わらず、赤い唇が妖艶さを醸し出しています。

「これは、コロナ禍に削られたメンタルが作品に影響を及ぼした最たるものです。仕事が減って時間ができたことで作れた面。コロナがなければ思いつかなかったでしょうね。そういう意味では、記憶装置としての役割もあると思います」

半面

景子さん曰く、「凹凸がなく、シンプルなものほど難しい」

「これは、全体を完成させてから半分にカットしています。印刀で何度も削って、錐を使って切り離したんですが、冒涜とも思われる行為ですよね(苦笑)。もちろん、カットする前は神社でご祈祷してもらいました」

半面をつける景子さん

コロナの象徴ともいえる半面。実は、撮影のために一度作り直したといいます。

「彩色が上手くいってなくて、気に入ってなくて。手を入れてもやっぱり気に入りません(笑)。課題がたくさんある面ですが、これはこれで置いておいて、成長を確認するためのツールとして役立てようかな、と」

常に挑み続ける彼女の今後に、どうぞご注目あれ。

能面師の最終回となるvol.8は、彼女にオススメの演目を教えていただきます。

撮影/スタジオヒサフジ

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