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オートクチュールの世界から仏師へ。 京仏師 宮本我休さん(前編) 「川原マリア×令和の若手職人」vol.5

オートクチュールの世界から仏師へ。 京仏師 宮本我休さん(前編) 「川原マリア×令和の若手職人」vol.5

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令和を力強く生きる若手職人に「自ら道を切り拓くこと」についてインタビュー。ファッションの世界から仏師の世界へと入った宮本我休さんの追求する衣紋表現とは?

川原マリアが訪ねる令和の職人

©️Tomokazu Mukai
©️Tomokazu Mukai

令和を生きる職人とは。

着物の図案家として職人を経験し、「Forbes Japan セルフメイドウーマン100」に選出された川原マリアさんが訪ねる伝統工芸の「今」と「未来」とは。

“自力で道を切り拓くこと”について、活躍されている若い世代の職人とともに考えます。

今回は、京もの認定工芸士にも認定されている、京仏師の宮本我休さんにお話を伺いました。

談話する二人

ファッションの世界から仏師へ

マリア
マリア

まずは、仏師になられた経緯を教えていただけますか?

我休さん
我休さん

学生時代は、オートクチュールのドレスを仕立てる職人に憧れて、京都芸術短期大学に入学し2年勉強して、その後東京の専門大学に入り直して3年、計5年間は服作りを学んでいました。

経歴を説明くださる宮本さん
我休さん
我休さん

そのうち、スタイル画を描く方が楽しくなってきて、在学中からイラストレーションの仕事をしたり、抽象画を描いたり、絵描きのようなこともしていて。

工房の壁に貼られている我休さん著の仏像下絵)工房の壁に貼られている我休さん著の仏像下絵
我休さん
我休さん

そんな時に、後に師匠となる方が兄と同級生で、3m位ある十一面観音様の像の柄をつける仕事(彩色師)の手伝いに行って。そこから仏の世界にハマってそのまま弟子入りしました。今から16年前、25歳の時でしたね。

経歴を説明くださる宮本さん
我休さん
我休さん

服ってサイクルが早くて、次のシーズンには淘汰されていきますよね。それも魅力だけど、千年先のことを考えて作るのが仏の世界。ファッションの世界との時間軸が違ってガラッと価値観が変わりました。

過酷な弟子時代と独立

マリア
マリア

25歳で弟子入りされてから、何年修行されたのですか?

我休さん
我休さん

丸9年間お世話になりました。とても居心地もよかったし、師匠との関係も良好で。
最初は彩色師を志望していたのですが、師匠のところが仏像彫刻をしていて、結局彫刻の世界に弟子入りしました。

弟子時代のお話をしてくださる宮本さん
我休さん
我休さん

弟子時代はなかなか過酷で、日中はずっと弟子としての仕事をし、23時頃に切り上げて2時くらいまで寝て、夜中3時くらいから皆が出勤するまでの時間に自分の制作をするという生活でした。それでも楽しくて仕方なかった。

仏を彫る宮本さん
我休さん
我休さん

弟子時代は師匠のお手伝いをするのが仕事だし、それで技術をつけるんですね。
ただ「朝から晩まで自分自身の制作ができたらどんなに幸せか」と思うようになり、34歳の時に清水の舞台から飛び降りるつもりで独立、その時に結婚もしました。

宮本さんの手元
我休さん
我休さん

彫刻以外で楽しいのは、家族と一緒にいる時ですかね。
体が資本なのでお酒も飲まないし、休みに家族と遊んだりするのが唯一の楽しみです。

脳内99%は、彫刻

マリア
マリア

ご家族から影響を受けたりすることはありますか?

彫刻をしている宮本さん
我休さん
我休さん

彫刻をやれていれば幸せな人間なので、何かに影響されることはあんまりないかな。
僕の脳内99%は彫刻で構成されてると思うんですよ。彫刻があれば満たされるし、幸せで。昔、妻と付き合ってた頃に「展覧会があるから半年会えない」って言ったことがあるんです。彼女はドン引きしてましたけど(笑)
とは言いつつ、童像を作ったのは、長男の誕生がきっかけでした。

童像
我休さん
我休さん

ルノワールなども、子供ばかり描く時期があったりすると思うんですが、その気持ちがよくわかる。「子供の”形”が面白い」から描きたくなってしまうんですよね。長女のお陰で、まろやかになったり、子供に影響を受けてるところはあると思います。

『誕生仏(唯我独尊像)』
『誕生仏(唯我独尊像)』©️宮本我休 氏 Instagramより
マリア
マリア

表現をしていく上で、意識していることはありますか?

我休さん
我休さん

健康面には徹底的に気をつけています。体は最大の道具だから。
彫刻刀を削るにも3〜4年くらい修行が必要で、体を鍛えることは、彫刻の道具を削るのと同じことなんです。

宮本さんと作業机
我休さん
我休さん

体が堕落してると、突き詰められなくなる気がして。
エネルギーに満ちてないと「これでいいか」となる。表裏一体、体も精神も突き詰めて崇高な位置にいないと、極限まで突き詰めた表現は難しいと思います。

プロポーズにはマリア観音像を

マリア
マリア

あちらのマリア観音様はいつ創られたのですか?

プロポーズの為のマリア観音像
我休さん
我休さん

これは、妻へのプロポーズのために創ったんですよ。

マリア
マリア

ステキ!

結婚記念日毎に宝石を埋め込んでいく造り
結婚記念日毎に宝石を埋め込んでいく造り
我休さん
我休さん

額にダイヤが入ってて、台座に僕の手があって。これから支えていきます、と意志を。
夫婦で登山が趣味なので、大文字山に登ってリュックから出したら引かれましたけど(笑)

マリア
マリア

最高のプロポーズですね。

我休さん
我休さん

仏師あるあるとしては、生み出す仏像は最初自分の顔に似て、結婚すると妻に似るらしいんですね。よく見てるから、ということらしいんですが僕の仏像は一向に嫁に似ず…(笑)

宮本さんの手がマリア観音を支えている
宮本さんの手がマリア観音を支えている
マリア
マリア

そうは仰っていても、奥様もお子様も大変愛されているのがInstagramやTwitterの投稿からも伝わってきます。

談笑する二人
マリア
マリア

私自身、先祖が潜伏キリシタンだったので、マリア観音様には多少のご縁を感じています。名前の由来もそこにありますし、中高の6年間は修道院で生活していました。「像」が、信仰にとって非常に重要なのは体感しています。

我休さん
我休さん

そうなんですね。マリア観音像は江戸時代あたりに出てきて、本当に聖母マリア様を模したのか否か諸説あるようですが、実在していることは確かですね。

仏師のファッションデザイナー

マリア
マリア

お話を伺っていると、ファッションから仏像に移行はしたけど、美しいものを作りたいというのは一貫していたし、仏像の方が我休さんの精神性にはあってたということでしょうか?

我休さん
我休さん

そうですね。中学の卒業文集に「ファッションデザイナー」になるって書いてたんです。
色気づいてたんでしょうね、若い頃はメンノンに掲載されに行ったりしてましたから(笑)

マリア
マリア

お洒落そうですものね!その頃にもお会いしてみたかった!

談笑する二人
我休さん
我休さん

でも、職人気質だなっていうのは幼い頃から自分で気付いてました。若い頃は、横文字の職業に憧れてファッションに興味が向かっていましたが、偶然の出会いで仏像の世界に入り、何かがカチンとハマって歯車が動き出したなという感じです。

経歴をお話しくださる宮本さん
我休さん
我休さん

ただ、ファッションを5年間学んだことが、仏像作りに本当に活かされてると思います。
仏像をつくる時には決まりにあたる「儀軌(ぎぎ)」というものがあって、それを逸脱すると「仏像」とは呼べなくなってしまうんです。
ところが「衣紋(えもん)表現」(仏像が着る衣の表現)に関してだけは、かなり自由なところがある。衣紋で感情も表現できたりするんですね。

マリア
マリア

なるほど。ずっと感じていましたが、仏様のファッションデザイナーみたいですよね。

仏師のファッションデザイナーのよう
我休さん
我休さん

まさにそうで、スタイリングみたいなこともするんですよ。
「瓔珞(ようらく)」という飾りも自分でデザインするし、ファッションデザインを仏師に置き換えてるみたいなところもありますね。

『十一面観音菩薩』装飾部分は自らデザインする
「十一面観音菩薩」装飾部分は自らデザインする
我休さん
我休さん

例えば、これは十一面観音菩薩像ですが、ゴリゴリのドレープの効かせ方をしてます。「菩薩」はまだ人間に近い存在なので、布にリアリティを持たせてるんですね。

ドレープの表現が美しい『十一面観音菩薩像』の衣紋
ドレープの表現が美しい
我休さん
我休さん

一方こちらはわざと装飾的な表現にしていて、位の高さをあらわしています。人為を超越した対称性など、それらも布の表現でできるんです。

説明する宮本さん
『大日如来像』
『大日如来像』©️宮本我休 氏 Instagramより
マリア
マリア

すごい!本当に雰囲気や位の高さまで、衣紋で表現されていますね。

彫刻は砂場の棒倒しに似ている

マリア
マリア

一体作り上げるのに大体制作期間はどのくらいかかるものでしょうか。

我休さん
我休さん

お納めするまでに1年半から2年くらいは待っていただいているでしょうか。
仏師によって創作の仕方は異なりますが、僕は今、15体くらいを同時並行でやってるんですね。

談話する二人
我休さん
我休さん

仏像はそのまま自分の精神面や肉体面が出るので、僕は朝イチの自分の状態に合わせて、彫る物を変えます。
一体だけにゾッコンでやり続けるのを自分はよしとしないんです。俯瞰して見れなくなるから。人間の目って全く信用ならないので、時間を置いて寝かせて、少しずつ進めていきます。

創作過程について説明する宮本さん
我休さん
我休さん

「砂場の棒倒し」、あれが彫刻そのものだと思っていて。
少しだけとって終わりもよし、あと一粒とったら倒れるとこまで攻めてるのもよし。僕は鎌倉時代の快慶が好きで、あと一粒のギリギリを攻める人なんですね。僕はそれを目指しています。そうなると、吟味するのに時間がかかるんですね。

0から描き起こした下絵。宮本さんの創造性の高さから『異形の仏』の依頼が多い。
ゼロから描き起こした下絵。宮本さんの創造性の高さから「異形の仏」の依頼が多い。
我休さん
我休さん

例えば、女優さんを見ると、いつも「ギリギリだな」と思うんですよ。
あと少し目が離れたり、歪んだりしたら、配置に違和感が出てくる。究極に美しい仏像は、ギリギリのバランスで美しいので、そこを攻めたいんですね。

美しさについて語る宮本さん
マリア
マリア

敬愛される快慶の作品で、最高傑作だと思われる作品があれば教えてください。

我休さん
我休さん

個人的には、醍醐寺・三宝院の「弥勒菩薩」と、東大寺・俊乗堂の「阿弥陀如来」が傑作だと思ってます。
ただ僭越ながら快慶であっても全てが傑作というわけではなく、名作は何かのタイミングでふとできるという面もあって制御できないんですよね。そこが面白さでもあり、難しさでもあります。

話すマリアさん
マリア
マリア

仏師って、非常に総合的な芸術性の高さが求められる職人さんですね。
具体的なイメージも必要だし、線画や彫刻の技術、精神性も必要で、全身全霊をかけた総合性の求められ方がすごいなと思います。傑作を作るには、偶然も必然になりますよね。

絶えず勉強は欠かせない

マリア
マリア

精神性が反映されてしまうという意味では、勉強や修行をすることはありますか?

我休さん
我休さん

勉強は絶えずしてますね。仏像は数えきれないくらいおられて、仏師人生で1割できればいいかなってくらいなんです。すべてを作るのは無理なので、一度依頼が来たら、その時に徹底して歴史・謂れ・功徳を調べて向き合うようにしています。

工房には様々な仏像に関する書籍が
工房には様々な仏像に関する書籍が
我休さん
我休さん

修復もするので、タイムカプセルのように古文書が中に入っていることもあります。
髪の毛、人骨、マトリョーシュカみたいに仏像の中に小さい仏像が入っていたり。古文書は今までは専門の方に依頼していましたが、先人と直接会話できるようになりたいので、古文書の読解の勉強を始めました。

我休さん
我休さん

あとは日本の歴史の勉強とかでしょうか。社会情勢や背景が反映するのが仏像なので、なぜこの仏像ができたのかが気になると、結局歴史に行き着きます。

令和に求められる仏像とは

マリア
マリア

今は令和でコロナ禍ですが、世の中の情勢が仏像に反映してくることはありますか?

我休さん
我休さん

ありますね。例えば、歴史を遡ると、平安時代後期は戦乱で情勢が不安定なので、穏やかな顔の仏さんが多い。鎌倉時代になると、権力者が武士になるので、新興勢力で今までの既存概念を崩して欲しい等で、すごいデコラティブな仏像が出てきたり、玉眼とかが出てきたのも平安後期から鎌倉時代。
江戸は平和な時代なので、今までにない新技術を!と、台座とか後背とかやたらとデコりだす。
室町時代までは官営(いわゆる公務員みたいな国管轄)だったのが民営化されて、町仏師が生まれる。そうすると数軒先が仏師、となり、うちの技術はどうや!という競争みたいなことも垣間見えます。

マリア
マリア

興味深いですね。そのまま世相が現れるのですね。

我休さん
我休さん

現在のような閉塞感がある状況においては「癒し」が求められているのを現場で感じます。可愛い童地蔵など、SNSでも反響が大きいです。

『手のひら地蔵』
『手のひら地蔵』©️宮本我休 氏 Instagramより
我休さん
我休さん

バブルの時には、厳しめの仏さんが売れたらしいですよ。
ノリに乗ってるから、「調子に乗るなよ」と戒めてくれる仏さんを身近に置きたいみたいで。社会情勢が本当に現れますよ。

SNSが世間と自分の物差しに

マリア
マリア

SNSでも、そういう反応が顕著に出そうですね。第三者的な感覚が受け取れるという意味では、SNSは役立っていますか?

我休さん
我休さん

そうですね。僕実は自分が作ったものって、あんまり自信ないんですよ。
弟子に聞いてみたりはするけど忖度もあるだろうし。一般の反応を見たいと思うと、SNSになるんですね。
世間と自分の物差しみたいなものがSNSで、特にInstagramはその役割を果たしてると思います。

「SNSは自分と世間の間の物差しになる」
我休さん
我休さん

第三者の反応は、どちらかといえば燃えるというか。鼓舞してくれる存在になっていますね。
最近はすごいクリエイターさんの作品を拝見すると、世界にはこんな方も居るんだな、と自身の創作意欲を掻き立ててくれたりすることもあります。

マリア
マリア

内面と向き合い続けることが多いからこそ、今の時代、SNSが活用できるのかもしれないですね。

仏像以外の作品創りも

マリア
マリア

仏像以外の作品も、大変美しいですね。

我休さん
我休さん

僕の中では、仏像をA面、その他の自由な創作をB面と呼んでいます(笑)。今後はこういう作品も少しずつ増やしていきたいと考えています。

実在しない『青い椿』
マリア
マリア

青い椿…大変繊細ですね。

我休さん
我休さん

自然界には青い色素を持つものが意外と少なく、椿も色々と研究されているみたいですが、まだしっかりとした青は出せずにいます。造形としては大輪の花を咲かせ散りゆく刹那を表現しています。自然は朽ちるから美しい。

下からライトを当てると透けるほどに薄い椿の葉の表現
マリア
マリア

葉の部分は別に彫られているのですか?

我休さん
我休さん

はい、花の部分は一つですが。光も透けるほど薄くしてあります。

マリア
マリア

葉脈も生きているようです!

創作に対して非常にクリアに姿形が見えておられるからか、お話も明快で緩急のある、聡明なお人柄の我休さん。

宮本工藝の前で

後編は”ある狐”との出会いで決めた雅号「我休」の由来や、創作作品の軌跡、ヒット製品の背景、令和の職人に求められるポイントなどについて深掘りしていきます。お楽しみに。

― 後編へつづく(4月下旬公開予定) -

撮影/弥武江利子

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