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爛漫の春を彩る ~卯月(うづき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.12(最終回)

爛漫の春を彩る ~卯月(うづき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.12(最終回)

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「桜」前線がはらりと残していったひとひらの桜の花びら、野に慎ましく咲く「桜草」、子ども心を思い出させる「蓮華草」、高貴な「藤」に、その名に切なさを残す「都わすれ」。「クローバー」「しろつめくさ」「チューリップ」「苺」に「蜜蜂」と、メルヘンチックなモチーフも四月ならではのアクセントに。月々のアンティーク半襟、最終回です!

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。
しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

さとうめぐみの半衿箱

二十四節気と半襟について

さて…
今月4月は、旧暦名で「卯月」(うづき)。

卯月は、卯の花(ウツギの白い花)が咲く季節なので、「卯の花月」の略とする説が有力とされています。

また、卯月の「う」は「初」「産」を意味する「う」で、一年の循環の最初を意味したとする説があります。

本州では桜も咲き、世の中は始まりのスタートに満ちて輝く季節です。

そんな月に訪れる「二十四節気」は、

「清明(せいめい)」(2022年は4月5日)
「穀雨(こくう)」(2022年は3月20日)
です。

清明の着物コーディネート

さて、今回訪れる節気は、二十四節気の五番目清明(せいめい)。 新暦も四月に入ると、ソメイヨシノはもう見納め、八重桜の季節です。そこで「清明」の時期には、錦紗縮緬に八重桜を描き、刺繍が施されたアンティーク着物中心のコーディネー トにしてみました。 着物の地色は「桜鼠(さくらねず)」と呼ばれる落ち着いた雰囲気の色です。

穀雨の着物コーディネート

さて、今回訪れる節気は「穀雨(こくう)」。二十四節気の六番目「暖かい春の雨が穀物を潤す」という意味で、春雨の降る日が増える時期です。そんな「穀雨」には、恵みの雨をイメージした、アンティーク着物のコーディネートで装いを楽しみます。毎月二度公開しておりました本連載も、一年が巡り今号にて最終回です!

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦の上では…」のもとになっているものです。

その中で第五番目の節気である「清明」は、「世界が清く朗らかに見える、さまざまな花が咲く時期」という意味です。

お隣の中国ではこの清明をはさんだ三日間は連休、沖縄でも清明祭(しーみーさい)という行事が行われる特別な節気。

さまざまな花が咲いて春爛漫のこの時期は、新年度がスタートしたと実感する時期ですね。

そして…
六番目の節気「穀雨」は、「暖かい春の雨が穀物を潤す」という意味で、春雨の降る日が増える時期です。

実際、春先は長雨が続くことが多いもの。
ちょうど菜の花が咲くことにちなんで「菜種梅雨(なたねづゆ)」と呼びます。都会でも線路際などに黄色い菜の花が咲く頃。みなさんの近くに咲く菜の花を探してみてはいかがでしょうか?

暦の上では、2月4日頃(立春)から5月5日頃(立夏の前日・夏の節分)までが「春」。

そう…
春はあと1ヶ月ほどで終わりなのです!

もし「春」にやり残したことがあれば、残り少ない「春」を大切に過ごしてみましょう。

「桜を見逃した!」というのなら、東北や北海道まで桜を追いかけていくのもいいかもしれません。

それを逃したら?…巡りくる来年の春を楽しみに過ごしましょう!
二十四節気を知っていれば、また巡りくる春を待つこともできますね。

「清明」に「穀雨」…

この「15日ごとの季節」=「二十四節気」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せ所です。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

卯月の半襟1『縮緬地 蓮華草文様 刺繍半襟』

『縮緬地 蓮華草文様 刺繍半襟』
大正ロマンの雰囲気の半襟

そんな卯月にご紹介する一枚目の半襟は…
         

『縮緬地 蓮華草文様 刺繍半襟』

   

紫がかった青の縮緬に可憐な蓮華草を刺繍で表現した、大正ロマンの雰囲気溢れる半襟です。

細い茎に、クローバーのようなハート形の葉、そして黄色の花芯から、点描のように細かい刺繍で蓮華草の真ん丸な花が形どられています。

「手に取るな やはり野に置け 蓮華草」

は、江戸時代に遊女を身請(みうけ)しようとした友人を止めるために滝野瓢水が詠んだ俳句で、蓮華(遊女)は野に咲いている(自分のものではない)から美しいので、転じて、咲くべきところで咲くのが良いということを伝えています。

素朴な蓮華草と遊女の華やかさには隔たりがあるように思えますが、蓮華草はか弱い野の花の象徴だったのでしょう。

春の野を一時(いっとき)彩る蓮華草を、半襟の中に刺繍でとどめようとした作り手の発想に、春を惜しむ心があらわれた一枚です。

春を惜しむ心が表れた一枚

卯月の半襟2『縮緬地 チューリップに小花文様 刺繍半襟』

『縮緬地 チューリップに小花文様 刺繍半襟』
ベビーピンクの縮緬地の半襟。

二枚目にご紹介する半襟は、
         

『縮緬地 チューリップに小花文様  刺繍半襟』

   

ベビーピンクの薄手の縮緬に、大きなチューリップを三輪描き、花びらの先端に白い刺繍を施した半襟です。

チューリップはその花しべの色から和名を鬱金香(うこんこう、うっこんこう)といいます。

日本には江戸時代後期に伝来しましたが、普及するに至らず、大正時代に入ってようやく新潟や富山で本格的な球根栽培が始まったとされています。

それはちょうどアンデルセンの童話が伝わった頃と時を同じくします。

チューリップの花から生まれた親指ほどの大きさしかない小さい少女「親指姫」の物語が少女たちに親しまれ、洋花であるチューリップが和装のデザインの中に新たな文様として歓迎されるようになっていきました。

入園・入学の春、襟元に愛らしいチューリップの花を咲かせる大正ロマンな一枚です。

大正ロマンの一枚

卯月の半襟3『縮緬地 芥子に蝶文様 刺繍半襟』

『縮緬地 芥子に蝶文様 刺繍半襟』
若草色の洋風イメージの半襟

三枚目にご紹介するのは…
         

『縮緬地 芥子に蝶文様 刺繍半襟』

   

です。

淡い淡い若草色に白からピンクのグラデーションで大輪の芥子(けし)の花を刺繍し、小さな蝶々を飛ばした洋のイメージの半襟です。

芥子は「史記」で知られる楚王・項羽の寵妃・虞美人(ぐびじん)が自決した時の血から生まれた花とされ、日本でも雛罌粟(ヒナゲシ・コクリコ)、アマポーラ、そしてポピーなどたくさんの呼び名で愛されてきた花です。

なかでも、夏目漱石が1907年に朝日新聞に小説『虞美人草(ぐびじんそう)』を発表した当時、三越から「虞美人草浴衣」が売り出されるほど話題になり、その後、着物や帯のデザインに取り入れられ大流行しました。

着物や帯を新しく買うのは厳しいけれど、半襟ならば…という女性のささやかなぜいたく心が詰まった一枚です。

ぜいたくな心が詰まった一枚。

卯月の半襟4『縮緬地 藤文様 刺繍半襟』

『縮緬地 藤文様 刺繍半襟』
黒の変わり織りの縮緬の半襟

四枚目の半襟は…
         

『縮緬地 藤文様 刺繍半襟』

   

黒の変わり織りの縮緬に繊細な色使いで藤の花と、藤棚と思われる竹を配した刺繍半襟です。

桜が散るのを追いかけるように、白や紫の花房をたわわに咲かせる藤。
最近人気の漫画アニメ「鬼滅の刃」では藤の花の下は、絶対的に安心な場所として設定されています。

古くは『枕草子』八十四段に「めでたきもの」として「色あひ深く花房(はなぶさ)長く咲きたる藤の花、松にかかりたる」とあり、「不死」と語呂が似ていることから、長命をもたらす吉祥花として愛でられてきました。

そして、時代を下って江戸時代後期・藤棚で有名な亀戸天神の池に太鼓を半分に切ったような形の太鼓橋がかかり、この橋の渡り初めを深川芸者がつとめました。

そのお披露目に芸者達が結んだのが帯揚げと帯枕を使って、新しくかけられた太鼓橋に似せたアーチ形の新しい結び方「太鼓結び」でした。

深川芸者は流行の最先端のファッションリーダーだったために、その結び方は瞬く間に一般にも広まり、現在はもっとも標準的な帯結びとして定着しました。

藤は、晴れやかな卯月を連想させてくれる晩春の花なのです。

藤は晩春の花です。

4月のモチーフ

フレッシュな卯月を感じるコーディネート。

4月におすすめのモチーフは…
春色の着物を明るく彩るモチーフがおすすめです。

「桜」前線がはらりと残していったひとひらの桜の花びら、野に慎ましく咲く「桜草」、子ども心を思い出させる「蓮華草」、高貴な「藤」に、その名に切なさを残す「都わすれ」。

「クローバー」「しろつめくさ」「チューリップ」「苺」に「蜜蜂」と、メルヘンチックなモチーフも四月ならではのアクセントになります。

やがて「躑躅(つづじ)」や「牡丹」の芽吹きを迎える…

紬や常の装いの縞や格子の着物に、こうしたモチーフを取り入れるだけで、フレッシュな卯月を感じるコーディネートになりますよ。

卯月のとっておき

卯月のとっておき

今月のとっておきのコレクションは、薔薇モチーフの半襟です!

同じ花をモチーフにしながらそれぞれの個性を発揮する意匠に仕上げられた半襟を二枚ご紹介します。

一枚目は、         

『縮緬地 薔薇文様 刺繍半襟』

   
紫色に白とピンクのグラデーションで薔薇の花を刺繍した半襟です。

巻きつくような花びらのデザインは、自然の中に生まれた植物の美を捉えたアール・ヌーヴォーと、形象を単純化して表現しようと試みたアールデコの芸術思潮が一枚の半襟の中に納まっており、大正時代ならではの雰囲気を感じさせてくれます。

『縮緬地 薔薇文様 刺繍半襟』
見て美しく、使って美しい

つややかな絹糸は、濃い地色の半襟に映えるだけでなく、顔まわりを明るく見せてくれるレフ版効果もあります。

見て美しく、使って美しい半襟の効果を感じる一枚です。

二枚目は…        

『縮緬地 薔薇文様 染め半襟』

黒地に大輪の薔薇を描いた、染めの半襟です。

絵筆をさっと置くように描いたタッチはまさに油絵の手法そのもの。手描き友禅に新風を吹き込んだ表現であったことが容易に想像できる一枚です。

その薔薇の背後に斜めに配された浅黄色は、カーテンで閉ざされた暗い部屋の中に陽光が差し込む様子でしょうか。

『縮緬地 薔薇文様 染め半襟』
モダンな一枚

障子で採光する和室からは生まれなかった光の表現を見ることのできるおもしろさ。
この薔薇の下には花瓶があると考え、壺垂れ文様の着物に合わせたら素敵なコーディネートになるかもしれない…

そんな想像をかき立ててくれるモダンな一枚です。

さて、春爛漫を感じられる4月の到来、あなたの眼福になれば…ととっておきをご紹介しましたが、いかがでしたか?

ひと月に一度、「半襟箱」という名のタイムカプセルを開けるドキドキをみなさまとともに…
以上が今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

今回は、12か月続けてきた連載の最終回です。

この連載でご紹介してきた半襟からとっておきを選んで、実際にご覧いただきながら、さとうめぐみが半襟の面白さを語るトークイベントを、5月25日(水)に京都きもの市場の東京KITTEでの会にて行います。

ぜひお越しくださいませ!そして新連載もぜひお楽しみに!

東京KITTE展示会

日本最大級きもの展示会@東京丸の内KITTE

さとうめぐみさんのイベントは、初日5月25日(水)15時半~/17時~を予定しています!

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!
 

半襟撮影協力/正尚堂

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