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切実なものを描きたい― 作家・綿矢りささん(インタビュー前編) 「きもの、着てみませんか?」 vol.3-2

切実なものを描きたい― 作家・綿矢りささん(インタビュー前編) 「きもの、着てみませんか?」 vol.3-2

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数々の賞を受賞しつつ、現在も精力的に執筆活動を行っている作家・綿矢りささん。薬真寺 香さんによるスタイリング編では、思わずハッとする着物姿をみせてくださいました。今回は、作家としての綿矢さんの想いについてお話を伺いました。

ゲストは作家・綿矢りささん。可憐な着物姿でご登場

着物スタイリスト・薬真寺香さんのスタイリング連載第3弾。作家・綿矢りささんをお招きし、春の訪問着コーディネートを提案しました。学士会館の重厚な雰囲気のなかで浮きたつ、可憐さと凛々しさの同居する着物姿をご覧ください。

前回、レトロな雰囲気が漂う学士会館で清雅な着物姿を披露してくださった、作家・綿矢りささん。

綿矢さんをお招きしたかった理由を、着物スタイリスト・薬真寺香さんはこう語ります。

「綿矢さんの姿や言葉を初めて目にしたのは、2002年文藝春号での保坂和志さんとの対談でした。文藝賞を受賞された少し後で、おそらく綿矢さんはまだ高校生だったはず。その後読者になりました。

登場人物の表情や情景が、映像や音を伴って浮かんでくる感じや、主人公の心模様がうねるように加速していって文中にタイトルが現れるタイミングの気持ちよさ、「自分をさらけ出さず人の打ち明け話を聞いてるだけの人間のつまらなさ」など思わずドキッとする感じ。

……あとを引く、心身に沁みるものを読ませてくれる作家さんという印象です。

昨秋の『ユリイカ』綿矢りさ特集でのご本人による書き下ろしエッセイ『光陰綿矢の如し』も、本当に素晴らしかった。あの鮮烈なデビューから二十年後にこれが読めるのか‥と、清々しさと希望を感じました。ずっと挑戦をし続けている、そんな綿矢さんだからこそ、と思えるような着物をご提案したいなと臨みました」

今回は、綿矢さんの作品や扱うテーマにかける想いについてなど。着物での撮影を終えた綿矢さんに、薬真寺さんが伺います。

作家・綿矢りささんへのインタビュー

薬真寺 香(以下、薬真寺):綿矢さんはきっと着物もお似合いになるだろうと思ってはいましたが、予想以上でした!感想というか…ご自身では今日の着物、いかがでしたか?

綿矢りささん(以下、綿矢さん):大正時代のような、レトロモダンな建物やファッションが好きなので、レトロな建築の中で着物を着るという願いが叶ってうれしかったです。

学士会館のレトロな建築に映える優しい色味の訪問着

綿矢りささん(以下、綿矢さん):この着物は春っぽいけど涼しげですよね。淡藤色に花の桃色と白、そこにブルー系の帯締めを合わせて、大人の春の色だなと思いました。

置いてあるのを見た時より実際に着た方が華やかに感じられて、金襴緞子のような派手な色味ではないのに、学士会館の重厚な質感の中でふわっと発光したので驚きました。

学士会館のレトロな建築に映える優しい色味の訪問着

薬真寺:ひそかに込めていた想いを感じ取ってくださってうれしいです。

学士会館の壁や絨毯、調度品などは重厚な深い色味が多いので、背景に馴染みつつもそこに立った綿矢さんの姿がうっすらと浮かび上がるようなイメージでこの色を選びました。

学士会館のレトロな建築に映える優しい色味の訪問着

頭の中で登場人物が喋っている

薬真寺:作品にはさまざまな情景が登場し、その鮮やかな描写にはっとさせられることが多いのですが、普段どのような場所で執筆されているのでしょう?

学士会館のオーケストラピット
作家・綿矢りささんへのインタビュー

綿矢さん:自宅の自室で書いています。同じ部屋で、同じ姿勢で。地味な生活をしているので、物語の中で遊んでいる感じです。

薬真寺:同じ場所からあれだけいろいろな景色を生み出せるなんて、驚きです。
読んでいるときに、いったん文字を追うのを中断して、書かれている仕草を再現してみることもあるんです。例えば、《あらかじめ予想していたようで、特に驚かず、何度も頷いた》とか。

綿矢さん:それは書いている身としてうれしいですね。
頭の中で、登場人物が喋っている映像になっている時があるんです。特徴的な動きは、それをそのまま書いています。

薬真寺:読んでいて映像が現れるのって、本当に豊かな体験をさせてもらってるなと感じます。

綿矢さん:本は想像力を鍛えるには、最高に情報が少ないですよね。

淡い色の着物をまとった作家・綿矢りささん

薬真寺:お子さんと本を読まれることもありますか?

綿矢さん:一緒に寝る前に絵本を読んだりします。うちの子どもは物語より図鑑とか知識系が好きなので、眺めるという感じです。

女性を書き続ける理由

薬真寺:『人生ゲーム』など、男性が主人公で描かれるちょっとホラーっぽい作品も大好きなんですが、やはりいくつもの作品を通して、女性の葛藤や女性同士の関係性を繊細に描いておられる印象が強いです。

作家・綿矢りささんへのインタビュー

綿矢さん:私自身、友情や恋愛を含めた女性の生き方にすごく興味があるので、それがテーマになることが多いです。純粋に好きなんですよね。

綿矢さん:今私が20代の人、30代前半の人の話を聞いても価値観が違うと感じるくらい、女の人の生き方はすごく変わってきていますよね。80歳近くの女性の話を聞いてもまた新たな発見がありますし、興味も尽きないです。

それぞれの人の個性もあるので、書いても書いても書ききれないです。

似た生活を送っていても、それを普通と受け止めるか悲観的に捉えるか、その受け止め方によっても全く違う主人公になる。その違いは、書いていても楽しいですね。

春の装い、作家・綿矢りささん

「女性が働くこと」の切実さ

薬真寺:描かれている職場の空気感や働いている人の感覚がすごくリアルで、読んでると自分のことのように胸に迫ってきます。

生きるために働く、だけど働くことが生きがいにもなっている。そういった仕事への向き合い方が、骨身に沁みるというか。

作家・綿矢りささんへのインタビュー

綿矢さん:その人が仕事というものをどう生活に取り入れているかを、さりげなくリアルに書きたいと思っています。

いろいろな仕事をしている女性についてもっと書きたいけれど、自分がその職種に詳しくないから書けなくて悔しい、と思うこともあるのですが。

私の周りにも一生懸命に仕事に向き合っている方が多く、仕事とプライベートを切り離したくても切り離せないくらいのめり込んでいる。またそんな人を描きたいなと思うので、生真面目な登場人物が多くなっちゃいますね。

やさしい淡藤色の着物がとてもお似合いの綿矢さん

薬真寺:出産や結婚などの節目で働き方に悩む女性も多いですよね。

綿矢さん:私も京都から出てきたのでそうですが、故郷から離れている人は、常に「ここにいる意味」を考えますよね。それは「仕事があるからここにいる」という方も多い。

仕事が心の支えになる一方、時には居場所が仕事とくっついているのはどうなのかと葛藤を抱えることもある。一人暮らしで働いているような主人公を書くときには、これは切実な問題だと思って書いています。

薬真寺:その切実さが、多くの人の心を動かしているように思えます。応援されている気がしてうれしいです。

価値観を覆してくれるような悪人を書きたい

学士会館での作家・綿矢りささんの着物姿

薬真寺:一方、口にするのが憚られるようなひどいことを言ったり考えたりする登場人物もよく出てきますよね。

綿矢さん:ひどい主人公の方が、書いていて楽しいですね。書きながら「なんやこいつ」とか思ってるんですが。
友達にはなりたくないけど、考えるのはおもしろいです。純粋に性格の悪い人を書いていると、日ごろの価値観を覆してくれて生き生きしてきます。

綿矢りささんの着物姿。今ではとても貴重な学士会館の消火栓の扉の前で。

薬真寺:これからの作品や、作家としての活動でやりたいことはありますか?

綿矢さん:悪人を書いていきたいですね。

これまでは自分の中で悩んだり考えたりする保守的なタイプの主人公が多かったのですが、世の中も転換期に来ていると感じる今、やっていることも内面も破天荒な人が現代にどう生きていくのか、書いてみたいです。

学士会館での作家・綿矢りささんの着物姿

~ インタビュー後編(4月下旬公開予定)につづく ~

バッグ

『Yosuke Fujii』
2014年、デザイナー 藤井陽介によって設立される。有史以来生まれた色、 形に着想を得て一点一点手描きで表現されるドレスをはじめ、 現代に生きる女性の生活に添いながら、 着用する事で人類の文化とその未来に想いを馳せる事ができる衣服を提案する。
HP : https://www.yosukefujii.com/concept/
お問い合わせ先:藤井服飾デザイン 03-6804-0065

藤井陽介
1987年生まれ。 イギリス、 ロンドンのセントマーティンズ美術学校を卒業後、 数年に渡りヨーロッパ各地に滞在する。帰国後、 画廊勤務を経てブランドを立ち上げる。皇室をはじめ、財界や芸能界の顧客のためのドレスをデザインする。
Instagram : https://www.instagram.com/yosukefujii0108/?hl=ja

帯締

有職組紐 道明
江戸時代初期の1652年(承応元)に上野池之端で糸商として創業して以来、組紐づくりを生業とする老舗。伝統を受け継ぐ東京の老舗として、雑誌などで数多く紹介されている。
https://kdomyo.com/

有職組紐 道明

江戸時代より東京・上野で組紐を製作し続ける「道明」。道明が取り組むのは、日本で脈々と受け継がれてきた、組紐の長い歴史の上に立脚したものづくり。

※半衿、帯揚げ、髪飾りはスタイリスト私物

構成・文/青葉鈴 greenery_aoba
撮影/坂本陽 minami.camera
ディレクション・スタイリング・着付け・ヘアメイク/薬真寺 香 ___mameka_

取材協力

学士会館
東京都千代田区神田錦町3-28
https://www.gakushikaikan.co.jp/

ブックハウスカフェ
東京都千代田区神田神保町2-5 北沢ビル1F
営業時間 11:00~18:00 年中無休(年末年始を除く)
https://bookhousecafe.jp/

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