着物・和・京都に関する情報ならきものと

ちょっと、きちんと 〜現代フォーマル着物考・その1〜「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第九夜

ちょっと、きちんと 〜現代フォーマル着物考その1〜「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第九夜

記事を共有する

洋服が主流の現代において、ワンピースやスーツのような感覚で、“ちょっと気を張る席にきちんとしたイメージ”で違和感なく着こなせる着物。今求められているのは、そんな着物ではないでしょうか。

めでた尽くしで、歳神さまをお出迎え

おめでたモチーフを身に散りばめて、心新たに迎える2022年のお正月。のんびりゆったり、おおらかな気持ちで、いろんな視点から老若男女さまざまな“動く”着物姿を堪能するお正月も、また愉し。

いろんな“らしさ”

年が明けて、はや1ヶ月が過ぎようとしています。「1月は行く、2月は逃げる…」と言われますが、本当に速いですね。

お正月の番組で目にするお着物は、やはり訪問着などフォーマル寄りのものが多かったでしょうか。若い方はほぼ振袖だったでしょうし。

お正月番組で着るものはフォーマルでなくてはならない、という決まりがあるわけではないのですが、やはり制作側から華やかさを求められることと、一緒に出演されるのが振袖など華やかな装いの方が多くなる分、見え方として、ある程度格を揃えなければならない、という部分もあります。
(振袖の方と紬の方が並んでしまうと、実際以上に地味に見えてしまったり、下手をするとお付きの方みたいに見えてしまう場合もあるので…)

着物をよくご存知の方だと、トーク番組などで単独で出演される場合にはあえて「華やかな訪問着ではなく紬にしようかな」なんて仰ることも。

そんなときは、お正月らしさを意識した帯合わせや小物遣いでコーディネートをご提案したり。

煌びやかで華やかなフォーマルばかりがお正月らしさではない。

日常生活のほとんどが洋服の現代では、ただ着物というだけで充分非日常感が出ますから、紬や小紋で、“ちょっと、きちんと”くらいの“らしさ”もメディアでお見せできる機会が増えると良いのになぁと常々思っているので、そんなリクエストが来るととても嬉しくなります。

梅と和歌が染められた白大島

例えばこんな、梅と和歌が染められた白大島。『好文木』※という異名を持つ梅に、文箱の染め帯を添えて。
お正月から2月初旬くらいまで楽しみたい梅モチーフ。白大島のひんやりとした艶が、冬の冷たい空気を思わせます。

※好文木(こうぶんぼく)…”晋の武帝が学問に親しむと花が開き、怠ると開かなかった”という中国の故事より「文を好む平和の花」として讃えられた梅の美称。

洋服の中の着物

同席者と揃える、というのは、衣服を考える意味で、日常生活でもかなり重要なファクターとなります。いわゆる、TPOですね。
(なんでもかんでも”右へ倣え”しろとは申しませんが、ひとりの大人として社会生活を送る上でTPOはとても大切なことだと思うので)

現代では、お稽古ごとなどで日常的に着物を着る機会が多い方以外、その場にいる全員が着物、というシチュエーションはそう多くはありません。

全員が洋服で、その中にひとりだけ着物、という場合の方が確率としては高そう…と書きながらふと思い出しましたが、私、実は成人式で振袖を着ていないんですよね。
田舎なので、もちろんみんな振袖でした(真っ白のふわふわショールと共に。笑)から、会場内に洋服姿の女性は本当に私ひとり。

将来こんな仕事に就くとは、その時点では想像すらしていませんでしたし、今でこそ洋服の中に着物ひとりは散々経験していますが、逆パターンは最初で最後の、実はなかなか貴重な経験だったかもなぁ…と、思い返すとなんだかおかしくなります。

…ちょっと話がずれましたが。

洋服においても、フォーマルな装い、と考えたときに、ゴージャスなパーティードレスなのか、清楚な印象のワンピースなのか、かっちりしたスーツなのか…求められる装いは違います。着物もやっぱり同じ。

そして現代の傾向として、洋服でもどちらかと言うと控えめでシンプル、シックなものが主流な中で、着物というだけでただでさえ目立つのに、煌びやかな訪問着はちょっと…?というシーンが多くなっています。

もちろんどこからも文句の付けようがない、正統派なフォーマルが必要な場合もありますから、そのときはそちらを考えるとして(それについては次回)、洋服のワンピースやスーツのような感覚で、洋服の方とご一緒しても違和感なく溶け込み、“ちょっと気を張る席にきちんとしたイメージで”着こなせる着物、という観点で考えてみたいと思います。

アップダウンできる着物

ひと昔前の着物教本には、必ずと言って良いほど「まずは色無地を一枚」と書かれていました。ご多分に漏れず、私が初めて自分のお金で購入し仕立てた着物も色無地。

今の自分の好みからは外れすぎていて自分でも笑えますが、20代前半で着付を習い始めたばかり、まだ自分の好みも何もわかっていない私が選んだのは鮮やかな珊瑚朱色。

それから20何年も経った今でも”あるある”な「若いんだから綺麗な華やかな色がいい」「色無地は一生着られる」という常套句にしっかり乗せられ、そういうものかと一年かけてローンを支払いましたが、確か自分では1回くらいしか着ませんでしたね…(その直後に師匠と出会い、弟子入りさせていただいて、膨大な量の着物や帯を見て触れる中で急激に自分の好みが鮮明になったというのもあって)。

でもまぁ、その着物は就職したお店でレンタル品として提供し撮影などに散々使ったので、一応その生命はまっとうさせたと思います(笑)。

「じゃあ今、まず一枚、というと?」と良く聞かれますが、私が思うのは、

◯柄の主張があまり強くない無地感覚
◯帯合わせで印象が変えられる=着回しが効く
◯帯次第で着こなしのアップダウンができる

そんな着物。

具体的には、付下げ、江戸小紋、飛び柄小紋、色無地、御召などが当てはまります(この中でどれを選ぶかは、その方のライフスタイルによる)。

先程の私のエピソードで、今は色無地は無し⁉と思われた方もいるかもしれませんが、いえいえ、もちろん色無地もまだまだ選択肢の1つです。

お茶をなさる方なら必須とも言えますし、個性的な地紋や綺麗な色で、着る人を映えさせてくれる色無地もたくさんありますので(私の場合、好みじゃない色を選んでしまったのが敗因だっただけ)。

付け下げ

【秀美】友禅付下げ「彩霞文」
【秀美】友禅付下げ「彩霞文」

季節を限定せず、帯次第でいろいろなコーディネートを楽しめる霞柄の付下げ。
品良くすっきりとあしらわれた染めのみなので、正座をするお茶席などにも。

格調高い袋帯を合わせれば結婚式などフォーマルな席に、シンプルな袋帯や織名古屋帯で茶席や入卒式、染め帯などでカジュアルダウンして食事や観劇など、さまざまなシーンで仰々しくなく着こなせそうな一枚です。

江戸小紋 万筋

【児玉博】江戸小紋「万筋」
【児玉博】江戸小紋「万筋」

数ある江戸小紋の柄の中でも、鮫・行儀・角通しの「三役」、大小霰・万筋を加えた「五役」は定め柄と呼ばれる格式のある柄。

染め抜き紋を入れると、正礼装が必要な正式な場にもふさわしい格となりますが、さすがにちょっと仰々しくなりすぎるので、縫い紋くらいが使いやすいのではないかと。

武家の裃(かみしも)に由来する着物でもあり、凛としたスーツ感覚の着こなしができるので、華やかすぎたり甘すぎるのが苦手な方におすすめ。こんな澄んだ綺麗な色なら適度な華やぎもありますね。

江戸小紋

【金田昇】江戸小紋「市松取」
【金田昇】江戸小紋「市松取」

五役以外の柄でも、縫い紋を入れるとよりきちんとした印象に。
目立たない縫い紋なら、染め帯などカジュアルな帯も楽しめます。

地色に溶け込む色の縫い紋だと、もっとさりげない印象になりますので、普段使いをより優先したい方にはおすすめです。

飛び柄小紋

【万葉染織】小紋「七宝くずし」
【万葉染織】小紋「七宝くずし」

無地場の多い飛び柄の小紋は、エレガントなワンピース感覚。
クラシカルな印象の染め、立体感のある刺繍、それぞれに違った存在感があり、上品な華やかさがあります。

刺繍小紋「装飾円華文」
刺繍小紋「装飾円華文」

繊細なタッチで金彩が使われたものも多いので、金糸銀糸を用いた袋帯なども合わせやすく、パーティーなど華やかさが求められる席にも似合います。

色無地

色無地を選ぶなら、色はもちろん、地紋や艶と言った素材感を吟味して。
着る人を映えさせる深みのある色や上質な艶は、どんなインパクトの強い柄にも勝る印象的な装いになり得ます。

これは自分の色!と思える一色を見つけられたら、それこそ一生もの。

御召

【京都西陣】御召「装飾唐花草菱文」
【京都西陣】御召「装飾唐花草菱文」

撚りのかかった糸で織られた御召は、張りがありつつしなやかな添い具合が柔らかもの(染の着物)と、紬など(織の着物)のちょうど中間のような、良いとこどりの着心地。

派手すぎない適度な艶があり、まさに今求められている、“ちょっと気を張る席にきちんとしたイメージで”着こなせる着物。

色柄次第で、スーツ、ワンピース、どちらのニュアンスにもなりますが、この御召はシックでドレッシーなワンピースと言った感じでしょうか。

エレガントなワンピースのように
〜飛び柄の小紋〜

藤色に矢羽松の小紋

綺麗な藤色に小さな矢羽松が散らされた小紋。

モダンな織り柄の控えめな金の帯が、上品な華やかさを添えて。
すっきりとシンプルながら、格式もあるきちんとした印象の装いに。
ガーデンパーティースタイルのカジュアルな結婚式など華やかさの欲しい席に、ドレス感覚の着こなしです。

貝合わせの帯を合わせて

貝桶と貝が描かれた貝合わせの帯を合わせて。
淡い色の着物にきっぱりとした黒地の帯は、クラシカルな美しさのある組み合わせです。

観劇やお祝いの食事会などにもふさわしいですし、真っ直ぐに進む矢羽、良き伴侶を願う意味のある貝合わせといったモチーフですから、お子さまの幸せを願う思いを込めて七五三などにもぴったりですね。

かっちりとしたスーツの着こなし
〜御召〜

クールでスタイリッシュな印象に。

間道縞が織り出された濃紺の御召に、白地に銀で波紋のような柄が織り出された綴れの帯を合わせたコーディネートは、まさにネイビーのスーツに白シャツの感覚。

綴れの硬質な素材感が、クールでスタイリッシュな印象に。適度な艶と張りが地味になりすぎず、きりっと改まった雰囲気を醸し出します。

エレガントで洗練された着こなしに。

同じ白地でも、オフホワイトの櫛織の袋帯は一転して柔らかな印象に。

存在感があり華やかな立体的のある手刺繍が、同じネイビーのスーツを、ドレスシャツを合わせたようなイメージに仕上げてくれます。
大きな花柄の帯ですが、抑えた色使いが甘くなりすぎず、エレガントで洗練された着こなしに。

ドレッシーな艶をまとう
〜素材にこだわった色無地や付下げ〜

艶を放つ印象的な付下げ。

竹の地紋と織り込まれた金糸が、ゆらめくようなニュアンスのある艶を放つ印象的な付下げ。

同系色の地色に、個性的な配色で松竹梅が織り出された袋帯を合わせれば、結婚式や式典など、格式の必要な席にもふさわしい装いに。
パーティーなど、華やぎを求められる席にも似合う存在感があります。

茶席にもふさわしい組み合わせ

名物裂のひとつでもある吉野間道を織り出した袋帯を合わせて、茶席にもふさわしい組み合わせ。

直線的な間道の柄が着姿をすっきりと引き締めて、シャープなスーツ感覚の装いに仕上げてくれます。

季節のコーディネート

〜節分の宵に〜

小粋な装いに。

辛子色のちりめん地に愛嬌のあるお面が描かれた帯を合わせると、硬質な印象だった御召が、ぐっと小粋な装いに。

節分にはもちろんぴったりですが、それだけではなく、鬼面には厄除けや家内安全の意味もあるので、季節を問わず楽しめる(ほっこりしたちりめん地なので、秋冬に活躍してくれそう)遊び心のある帯です。

〜春を呼ぶ〜

季節限定のコーディネート

霞の付下げに、紫木蓮が織り出された袋帯を合わせて。

ぼかしの色が響き合い、幻想的な世界観を醸し出しています。2月末から3月にかけて楽しみたい、季節限定のコーディネート。

美術館でのアート鑑賞や、バレエやオペラなど洋の観劇にも似合いそうです。

黒羽織の復権を

かつて、「黒羽織(くろばおり)」というとても便利なものがありました。

本格的な正装では大げさすぎる(というか持っていない)庶民が、それこそ“ちょっときちんとした”席に出る際に、自分のもっている中でいちばん良い着物(小紋や縞の御召。大抵の場合、庶民のいちばん良い着物はこれだった)を着て、紋付きの黒羽織を羽織る。

それで、大抵の慶弔が間に合っていたんですよね。
弔事の席ならば、いちばん地味な着物に黒羽織を着て。

女性が羽織を着るようになったのは明治以降、また庶民に浸透したのが大正〜昭和初期と、それほど長い歴史があるわけではない羽織の文化ですが、大抵の冠婚葬祭が自宅で行われていた時代までは、ちょっとお祝いの届け物に、とか、お悔やみに、とか、そういったときに「礼を尽くした装いで参りました」という、わかりやすいアイコンだったのが黒羽織。

卒入式会場に黒羽織のお母さま方があふれ「カラスの集団」なんて揶揄された昭和30〜40年代の爆発的な流行は、実は、洋服の隆盛に焦った着物業界が仕掛けたもの。
さすがになかなかに無理があり(軽快な着こなしを!なんて羽織の丈を短くしたり、華やかさを求めて黒留みたいな派手な絵羽を推奨したり)、あっという間に廃れてしまったようです。

幸か不幸か、私自身はその短い間の妙な流行はリアルタイムでは経験していないので、私が思う「黒羽織」は、大正〜昭和初期の丈の長い無地羽織のこと。

今ではあまり見ることのない黒羽織ですが、私はすごく好きなのですよね。
縞や格子などの普段着でも、黒羽織を羽織るだけでぐっと改まった雰囲気になる。
日常と非日常をくっきりと分ける、結界のような役割を果たしてくれている気がして。

本来は染め抜き紋でしたが、さすがにそれでは格式張り過ぎるので、縫いの刺繍紋(家紋じゃなくて洒落紋でも、充分きちんとして感じられる)を入れた黒羽織を、例えばこのコーディネートの上に羽織って、お子さまの卒業式や入学式に出席されたら素敵じゃないかなと。

門出の席にはふさわしいモチーフ

春らしい若柳のような綺麗なグリーンの袋帯を合わせた、春の気配を色で表現した着こなし。真っ直ぐに進む矢羽は、門出の席にはふさわしいモチーフ。

卒入式には訪問着でないと、という意見も聞きますが、そうではありませんし(もちろん訪問着でも大丈夫ですが)、どちらかと言うと、主役がお子さまである以上、今回ご提案したようなちょっときちんとしたワンピースやスーツ感覚の着物の方が、場に似合うのではないかなと私自身は考えています。

とは言え、衣服には無視できない社会的なメッセージ性があり、メッセージとは、発する側と受け取る側に共通認識がないとそもそも成立しないものなので、着る側が、ほら、きちんとして見えるでしょ?なんて思っても、見る側がまったくそう感じなければ意味がない。

黒羽織も、私のようにきちんと感を感じる人ばかりではないでしょうから…。
できれば、復権して欲しいのですけどね。

白菊の刺繍紋の黒羽織
羽織:スタイリスト私物
私はコート類が好きではないので、礼装にも羽織(どちらにせよ、フォーマルな装いの際は移動時のみの着用なので)なのですが、これは弔事にも使えるように(普段使いもしていますが)作った黒羽織。菊の葉の地紋の白生地を黒に染め、背には白菊の花の刺繍紋を。

さて、次回第十夜は…

共通認識、がそもそも崩れている現代ではなかなか難しいことなのですが、もうちょっとわかりやすい、いわゆる”正統派フォーマル”の括りで考えてみたいと思います。

訪問着と付下げの違いについて。
そして、この時期ならではの悩ましいお題、『桜はいつ着る』問題。

そんなことにも触れながら。

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • マンスリー

HOT KEYWORDS注目のキーワード

CATEGORYカテゴリー

記事を共有する