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名匠・井上昭監督が手掛けた藤沢周平の世界『殺すな』 「きもの de シネマ」vol.9

名匠・井上昭監督が手掛けた藤沢周平の世界『殺すな』 「きもの de シネマ」vol.9

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。9回目となる今回は、時代劇専門チャンネルの新たな試み『殺すな』をピックアップ!

CHAIN

銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。連載8回目では、京都芸術大学の学生が学びの場で映画づくりを実践した『CHAIN/チェイン』に注目!

52分で描かれる、ささやかな愛憎劇

ごきげんよう。

3年ぶりに帰省したお正月。
酒盃を片手におせち料理をつつくか、だらだらと寝転がってテレビを見るくらいしかやることがなかったので、母親の箪笥を覗き見していたら男物の反物を発見しました。

男物の反物

聞くところによると、45年以上前に新婚旅行で訪れた奄美大島で買い求めたものとのこと。

念願の大島紬にこんなところで出合えるとは! どんなふうに仕立てようか、心が弾みます。

さて、2022年最初の作品は、時代劇専門チャンネルが製作した『殺すな』。

え、テレビドラマ?とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、この作品、なんと劇場上映と時代劇専門チャンネルの放送をほぼ同時に行うという新たな試みの時代劇なのです。

ⓒ時代劇専門チャンネル
ⓒ時代劇専門チャンネル

注目は、そのキャスト。

時代劇専門チャンネルではお馴染みの中村梅雀さんと共演するのは、柄本佑さんと安藤サクラさん。リアル同様、夫婦役を務めてらっしゃいます。

デビュー作である『美しい夏キリシマ』以降、注目していた柄本佑さんは、現在公開中の『真夜中乙女戦争』でも謎の首謀者として異才を放っています。その存在感たるや、日本映画界では欠かせない俳優のおひとりです。個人的には、『アルキメデスの大戦』(2019年)『ピース オブ ケイク』(2015年)のキャラクターが印象的でした。

相対する安藤サクラさんも、目が離せない女優さん。最も印象的だったのは、『百円の恋』(2014年)でしょうか。

原作は、市井の人々の暮らしを描かせたら随一である藤沢周平氏の短篇小説。
短篇集「橋ものがたり」には、さまざまな出会いと別れが瑞々しい筆致で描かれています。

かつて妻を手に掛けたことを悔いながら生きる浪人(中村梅雀)と、彼と同じ長屋に住まう訳ありの若い男女。3人の心模様をじっくりと丁寧に描いた温かい良作です。

小さなお地蔵さまが見守る橋の袂で、なんとも切ない想いが交錯します。

メガホンをとったのは、デビューから60年間にもわたって最前線で活動を続けてこられた井上昭監督。

ⓒ時代劇専門チャンネル
ⓒ時代劇専門チャンネル

市川雷蔵や勝新太郎など数多くの銀幕のスターと共に、日本映画の黄金期を支えた名匠の最新作は、たったの52分。おうちでまったりご覧になるのも悪くありませんが、ぜひスクリーンでその喜怒哀楽の見せ方を堪能いただきたい珠玉の一本です。

残念ながら井上監督は1月9日にお亡くなりになり、本作が遺作となってしまいました。

身にまとうものに滲み出る、胸のうち

市井に生きる男女の悲喜交々を叙情的に描いた本作は、全篇を通して落ち着いた色合いで構築されています。

台詞のない表情や仕草だけの演技も絶妙で、各人の胸のうちが説得力をもって観るものに届くこともさることながら、リアリティのある市井ものに欠かせない何気ない日常の風景が秀逸です。

ⓒ時代劇専門チャンネル
ⓒ時代劇専門チャンネル

例えば、長屋の井戸端に集う女性や子どもたち。

とくに、洗濯をする女房たちの、短めの裾やほっかむり、たすき掛け、素足に下駄といった恰好が世界観に奥行きをもたらします。船頭の仕事着、船宿に仕える奉公人たちの出で立ち、そして、安藤サクラ扮するお峯の衣装。

ⓒ時代劇専門チャンネル
ⓒ時代劇専門チャンネル

お峯は、薄紫と白の幾何学的な縞模様のキモノに、キモノ地より濃い紫の半衿を合わせ、帯には根付のついた札入れらしきものと手拭いを差し込んで登場します。
色っぽくもあり、それでいて落ち着いた雰囲気にも見える、絶妙な衿の抜き具合。その微かな色気が、彼女の身元をほのめかしていると気づくのに、そう時間はかかりません。

また、浪人宅で内職を手伝うシーンでは、彼のたすき掛けに使われている紫の抱え帯が、お峯のキモノと調和を保ち、画面の中で静かな存在感を放ちます。彼女がたすき掛けをせず、袖を帯に挟んでいるのも、しっくりくるのです。

ⓒ時代劇専門チャンネル
ⓒ時代劇専門チャンネル

加えて、重要な人物を演じる本田博太郎さんの薄紫の長羽織。特別出演の中村玉緒さんの紫色の前掛け。さらには、そのふたりの後ろを通り過ぎるだけの男のキモノに。果ては、橋の袂のお地蔵さんに備えられた紫の花までも、紫が印象的に配されています。

そして、何より注目してほしいのが、クライマックスとなるシーン。

お峯の装いが、これまでと見事に対を成したコーディネートに変わるのです。まるで、彼女の決意が匂い立つような見事な着こなし。

物語に否応なく説得力を与え、観るものをその世界へと誘う。

「着るもの」は、そんな力をも秘めているのだと、改めて感じさせられる映像美がそこにはあります。
キモノの持つ魅力を、スクリーンにて存分にお愉しみください。

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