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書家/プレゼンテーションクリエーター 前田鎌利さん(後編) 「彼らが”和”を想う理由」vol.2-2

書家/プレゼンテーションクリエーター 前田鎌利さん(後編) 「彼らが”和”を想う理由」vol.2-2

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極めるということは、何か一つに絞ることではないのかもしれない。そして終わりもないのかもしれない。複数の道があったとしても、根幹に通ずる何かがあり念い(おもい)があれば、それは極まる。念いがあるからこそ、色々な道が拓かれ活かされるのだろう。そう感じさせる鎌利氏の道はずっと果てしない。

前田鎌利先生

「書家」であり、かつ「プレゼンテーションクリエーター」と紹介されることが大概であるが、すでにご本人は全ての肩書きから超越し”THE 前田鎌利(まえだかまり)”以外の何者でもない。常に自然体。誰に対しても変わらず接するところが老若男女を問わず好かれる所以だろう。『継未-TUGUMI』の教室にて、お話を伺った。

0.01%の逸材

前田鎌利氏といえば、かの有名なソフトバンク孫正義氏のプレゼンテーションを作成していたことでご存じの方も多いだろう。

前田鎌利氏1

孫氏の後継者を育成する「ソフトバンクアカデミア」という企業内学校が2010年に立ち上がり、鎌利氏はその第一期生だった。
2010年当時のグループ会社社員2万人、および外部からの応募者1万人、あわせて3万人から選ばれるのはたった300名のみ。

「300名で、孫さんの後継者となるべく競っていきます。事業提案を年に4回ぐらいやるのだけど、5分間のプレゼンを一人ずつ行いお互い採点して、上位20名だけが孫さんの前で事業提案できる。
それで初年度1位をいただいて、孫さんのプレゼンを作る機会をいただきました」

ひとつの才能の花が開き、道が拓く(ひらく)。

想像を絶する倍率の超難関をくぐり抜け、壮大なビジョンを掲げる経営トップのプレゼンを手掛けた。さらに社内講師として、ソフトバンク内にてプレゼンテーションをはじめリーダーシップなどを教えていくこととなる。

前田鎌利氏著作本
前田鎌利氏の著作本

書から通信へ

インタビュー前編では鎌利氏の書との出会いに触れたが、そもそもなぜ、大学卒業後そのまま書家の道へと進まず通信業界へと足を踏み入れたのか。

きっかけは1995年の阪神淡路大震災。

「大学卒業後は地元に戻って学校の先生になることを、自身も両親も望んでいました。
しかし教員は地元の教育学部からの採用が多く、さらに書道の先生のポジションはもともと数が少なくみな定年まで勤め上げるため、なかなか空きがでない。
他県も考えたが、両親の面倒を見るとなると現実的ではないと」

そんななか、阪神淡路大震災が起こる。
当時携帯電話は普及しておらず、伝えるデバイスは固定電話しかなかった。

多くの人に伝えるデバイスがあれば――、こう強く思った鎌利氏。

「書を書くのはおじいちゃんになってもできる。若いうち、この時期にできるのはこれしかない」

そうして飛び込んだ会社が、光通信である。

前田鎌利氏2

「まず福井から近い名古屋に出ました。何かあってもすぐに帰れるから。

でも親からは「お前が出ていくんだったら家督も家も全部譲れ」と。田舎なので、僕が家を継ぐなら弟が出て行かないといけない。もし僕が出ていくなら「遺産も何もかも全部いらないと一筆書いて血判押していけ」と。

そんな風に出てきました」

片道切符であった。

筋を通すことは強いたが、ご両親は、たくさんの愛情そして激励とともに見送ってくれた。鎌利氏は当時貯金していた30万だけを手に家を出ることとなる。

「出してくれた以上はちゃんとしなきゃ。頑張ろうと」

きっかけは再び…

震災がきっかけとなり、人生において何かしら考えさせられたり、気付かされたりされた方も多いことだろう。

鎌利氏にとって、2011年の東日本大地震も忘れ得ぬターニングポイントとなった。

「2000年代になると携帯電話は普及していました。ただ今度は、持っていても繋がらない。―のでは意味がない。では繋げなきゃと。
一番繋がらないところに繋げようと思い、J-Phoneに転職することにしました」

J-PhoneはのちにVodafoneに買収され、そしてソフトバンクに買収されることとなる。ソフトバンクが基地局に投資するようになり、ようやく繋がるように。

そして2011年3月11日東日本大震災が起こる。

前田鎌利氏3

「せっかく敷設した基地局が流されて、また阪神淡路大震災と同様に連絡が取れない状況になりました。ちょうどその直後の3月15日に下の娘が生まれ、ますます次世代に何を残していくのか、何を繋いでいくのか、何を継いでいくのかということを考えるきっかけになりました」

避難所100箇所に充電器や携帯電話を持って回る日々。
この教訓をちゃんと活かしてください、次に繋げてください、二度とこういうことが起こらないように、とたくさんのお叱りや励ましを受ける。

そうして”繋ぐ”活動を進めるなかで、2013年9月7日、東京での2020年夏季五輪・パラリンピック開催決定の報を聞く。

「7年後、僕が日本人として何が貢献できるだろうか?
もちろん、海外の方に日本を知ってもらうことも大切ですが、それ以上に次世代を担う子供たちに「日本っていい国だな、日本の文化ってすばらしいな」ということを届け、継いでいくことを五輪・パラリンピックではそれに気づくきっかけにすべきだと考えました。
同時に、ソフトバンクの時価総額を300兆円にするのは私なんかよりも、もっと若くて優れた人材がいる、とも」

通信から書へ

一貫して変わらないのは、伝える、繋ぐ、そして継ぐことへの深い念い(おもい)。

ふつふつと燃えていた文化や教育への念いがとうとう爆発する。

前田鎌利氏4

グループ会社の役員や複数の企業で兼務を行いながらも、孫氏のプレゼンテーションを作る大役を担いながら、鎌利氏はあっさりと退職を決めてしまう。2013年9月7日東京五輪開催決定のなんと翌日である。

孫氏ほどの経営トップの近くで仕事ができることがどれだけ難しいことであるかは、容易に想像できるだろう。その組織が大きければ大きいほど、階層が重厚であることも。
そのような環境下で抜擢され働くことは羨望の的であり、さぞかしモチベーションも高かろうと思われるが、鎌利氏はそこにおさまらない。

「書家になります」と宣言し、当時の人事のトップからは心配されましたが、独立起業することを伝えると快く背中を押してくれた。チャレンジを応援する文化がソフトバンクの強みであり魅力であると感じた。

「孫さんの伝えたいことを孫さんになりかわってプレゼンを作り続けていくうちに、これは孫さんの伝えたいことであって僕自身が伝えたいことではないと、結局気づきました。

それよりも僕がやりたい文化や教育を、自身がフルコミットできるところでしたいなって思うようになったんです」

そうして文化を広げるために作った場が『継未-TUGUMI-』であった。

書と着物② 共通点とは

前田鎌利氏5
珍しく着流し姿の前田鎌利氏。筆者は、塩沢紬に小糸染芸の染め袋帯を締めて

今や着物も書も日常的なものではなく、普段使いもしなくなっている。
そしてどちらも、準備から片付けまで手間がかかる。
しかしこの手間に意義を見出せる人、価値を感じられる人が増えてきている。

「面倒だからこそ、念いが込められる。所作ひとつひとつに、念いを込めることができる。

人それぞれの可処分時間があるとして、どこにどれだけそれを費やすかはその人に委ねられた自由で権利。もっともっとと効率よく仕事をしていくなかで、では何に、自分の余った時間を注ぐのか。そこにその人の価値観や哲学があらわれると思います。

デジタルデバイスが普及して日常がDX化されればされるほど、面倒なことに付加価値が出てくるし、そういうことに向き合っていらっしゃる方、価値を見い出している方の存在意義が深まってきています」

時には立ち止まって、一見無駄に思われる面倒なことに時間を注いでみよう。新たな価値を感じられるかもしれない。

書と着物③ 次世代へ継ぐには

鎌利氏が提唱する”かっこいい大作戦”とは――

前田鎌利6

「和事って面倒なところもありますが、面倒なことがかっこいいって思われるようにしたいなと。それには、次世代の子たちが”かっこいいな、やってみたいな”と思えるように伝えていく必要がある。

伝えるにあたって、大人が楽しんでいる、のめり込んでいるところをどう伝えるかが大切です。彼らが分かるような言葉でその楽しみ方や感情を表現すると、面倒なことがなんだかかっこいいことだって、なんとなく伝わるんです」

ゲームで課金していきなりすごく強いスペックでプレイすれば面白いかもしれないけれど、お金をかけなくても地道にやることのプロセスはとても面倒だけれども達成感のあること。やったことがある子はすぐにわかる。

「このプロセスを楽しもうぜって、この子たちが分かる言語で伝える。
もしくは言語化しなくても、僕らがそれを体現できていると、ああいう大人になってみたいなと思わせられる」

かっこいいな、素敵だな、自分もやってみたいな、自分もそうなりたいな。

次世代にとっての憧れの存在にひとりでも多くの方がなれたなら…
書も着物も、自然と文化は継がれていくのかもしれない。

わたしたちも、”かっこいい大作戦”に加わってみよう。

前田鎌利氏7

続く番外編では、今後の展望とともに、”THE 前田鎌利”にさらに迫ります。

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