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恋する女性は黄八丈がお好き? 「歌舞伎へGO!大久保信子先生に聞く着物スタイル」 vol.10

恋する女性は黄八丈がお好き? 「歌舞伎へGO!大久保信子先生に聞く着物スタイル」 vol.10

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黒繻子の衿を掛けた黄八丈の振袖姿は、渋さの中にも華やかさがあり、裕福な町方のお嬢さんらしい装いです。黄八丈は幕府へ上納されるような高級品でもあり、江戸の娘たちの憧れでした。ではなぜ、黄八丈は人気になったのでしょう?恋のために身を滅ぼす女性の情熱は黄八丈に託され、娘たちの恋心をかき立てたのかもしれません。

喜劇を楽しむ

暑かったり大雨が降ったりの夏でしたが、夜は虫の音が涼しさを運んでくるようになりました。
10月の歌舞伎座は、「笑い」と「しゃれっけ」のある演目がそろったようです。
「十月大歌舞伎」(10月2~27日、7・19日は休演)から第三部の『松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)』をご紹介しましょう。

『松竹梅湯島掛額』は、前半が歌舞伎ではちょっと珍しいドタバタの喜劇、後半はがらりと異なる娘の恋心を描く舞踊劇です。

前半の「吉祥院お土砂の場」では、寺小姓の吉三郎(中村隼人)に恋する八百屋お七(尾上右近)、それを応援する紅屋長兵衛(べんちょう=尾上菊五郎)が活躍します。
後半「四ツ木戸火の見櫓の場」では、吉三郎の危難を救うため、お七が火の見櫓(やぐら)に上って太鼓を打つのですが、お七の人形ぶりが見どころとなります。

八百屋お七の恋

八百屋お七は、江戸時代に実在した娘です。火事で避難した先の寺で吉三郎と出会います。吉三郎に恋をしたお七は、「火事になれば、もう一度吉三郎に会える」と思い、火を付けてしまいました。放火の罪に問われ、16歳という若さで火刑に処されたということです。
この事件は、多くの小説、人形浄瑠璃、歌舞伎に取り上げられました。現代でもドラマや歌になったりしています。

実際には、火事で出会い、火事を起こし、火刑になるお七ですが、歌舞伎では「火」の要素は除かれました。設定も鎌倉時代です。吉三郎に切腹の時が迫ります。その前夜のこと。吉三郎に会うためには、夜間は閉じられる町の木戸を開けてもらわねばなりません。火事になれば木戸が開くため、お七は罰せられるのを覚悟で火の見櫓に上り、太鼓を打つのです。そして、木戸を抜けて吉三郎のもとへと走ります。

では、お七の衣裳について見てみましょう。
「黄八丈」と「緋色と浅葱色の、麻の葉文様の段鹿子」です。ともに、ザ・町娘!という衣裳ですね。
黒繻子の衿を掛けた黄八丈の振袖姿は、渋さの中にも華やかさがあり、裕福な町方のお嬢さんらしい装いです。黄八丈は幕府へ上納されるような高級品でもあり、江戸の娘たちの憧れでした。
時代劇でも町娘の衣裳として、また、八丁堀の同心が黒羽織の下に着ているのでもおなじみです。

恋の象徴?黄八丈の魅力

なぜ、黄八丈は人気になったのでしょう?
白子屋お熊という、これも実在した女性の事件と関係があるそうです。

日本橋の材木問屋「白子屋」のお熊は、店の手代と深い仲で、邪魔になった婿養子である自分の夫の殺害を企てました。市中引き回しの上、獄門となったお熊が最後に着ていたのが黄八丈といわれています(でも、おそらくフィクションではないかしらね)。
〝私も黄八丈を着て、刑場の露と消えたい〟と言った娘が、いたとかいないとか…。

この事件もまた、『恋娘昔八丈(こいむすめむかしはちじょう)』など人形浄瑠璃や歌舞伎へと脚色されました。
恋のために身を滅ぼす女性の情熱は黄八丈に託され、娘たちの恋心をかき立てたのかもしれません。

黄八丈は八丈島(東京都)で古くから作られています。島でとれる植物染料で染めた黄色・樺色・黒色の3色で、さまざまな縞や格子が織り出され、艶やかで色あせないのが魅力です。

現在は、「本場黄八丈」の名称で伝統的工芸品として指定されています。
「あらゆる着物を知り尽くした人が最後に辿り着く着物」なのだと、東京の伝統工芸品を紹介する東京都産業労働局のホームページに記載されていました。

主の色が黄色のイメージが強いですが、最近では樺色が主役の鳶(とび)八丈、黒が主の黒八丈など落ち着いた色合いのものも多く作られており、年代を問わず愛されています。細かい格子柄などは上品に装うのにぴったりです。

黄八丈にはどんな帯を合わせましょうか?

まず思いつくのは染め帯です。
さらに、お芝居などでは、裏に黒繻子をつけた昼夜帯が用いられます。黒繻子は、汚れがつきにくく落ちやすいので掛衿にも使われました。昼夜帯は現在ではあまり見られませんが、誰もが気軽に手にできて、〝用の美〟を感じさせる組み合わせだと思います。

現代風に装うなら、沖縄の花織はいかがかしら。
樺色が主の格子のきものに、地色が黄色で茶色が織り込まれた花織の帯。これは、織りのきものが好きな知人の素敵なコーディネートです。
南国といっていい八丈島と沖縄。距離は離れていても、相性がよいのかもしれません。

麻の葉文様に秘められた力

そして、もうひとつが麻の葉文様の衣裳。鹿子絞りで麻の葉文様を施し、緋色と浅葱色で段に染め分けられた「段鹿子」と呼ばれる振袖です。さらに、振り下げにした帯も緋色の鹿子と黒繻子、と麻の葉づくし。

麻の葉文様は、正六角形を基本にした文様で、とてもなじみ深いものです。麻の葉の形を連想させ、すくすくと伸びることにあやかって、赤ちゃんの産着に用いる風習がありました。いまも、帯に、きものに、襦袢に、と身につけられています。

麻の葉文様の表現には、鹿子絞りや描き疋田(かきびった)、刺繍など手の込んだものが見られ、文様自体も破れ麻の葉、麻の葉くずし…とバリエーション豊か。また、麻の葉の地柄に紅葉や牡丹、菊を組み合わせるなど、その世界は無限大のようです。

この「麻の葉の鹿子」をお七の衣裳に取り入れたのが、五代目岩井半四郎で、1800年代の初めのこと。大好評を博し、「半四郎鹿子」といわれるようになりました。芝居や浮世絵に多く登場し、人々に好まれたのです。
黄八丈と同じく、こちらもまた、娘らしさを表現しながら、強く生きる女性の情念を感じさせる象徴となっていったのでしょう。

麻の葉文様を用いたものはたくさんあります。

きものによし、帯によし。長襦袢で密やかにまとうもよし。帯揚げや半衿、バッグ、組子細工にした根付けや帯留めなど、小物に取り入れるのもいいですね。

身につけるもので恋心に浮き立つ気分を表現する、なんていいじゃありませんか。コロナ禍のいま、健やかであるよう、願いも込めて。

かつては色や文様に役者や花魁(おいらん)の名前がつき、現代ではドラマ『冬のソナタ』からマフラーの〝ヨンさま巻き〟が出現するなど、芸能・娯楽の世界から流行のスタイルや文様が生まれるのは、昔も今も変わりはないようですね。しかし、その人の名を冠した名称やイメージが定着するには、どれほどの人気が必要になるのでしょう?

いまを生きる歌舞伎俳優の名がついた文様や色が生まれたら…、そんな瞬間に立ち会い、流行していくさまを目にしたいものです。

監修:大久保信子
文:時田綾子

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