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鍵善良房15代目当主・今西善也さん(前編) 「京のつくり手語り」vol.5

鍵善良房15代目当主・今西善也さん(前編) 「京のつくり手語り」vol.5

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「鍵善良房」の15代目当主で、2021年1月にオープンした美術館「ZENBI- 鍵善良房 -KAGIZEN ART MUSEUM」の館長も務める今西善也さん。伝統を受け継ぎながら、時代の風をつかむことに長けたバランス感覚の奥に息づく、ものづくりへの想いを伺いました。

鍵善良房 祇園の涼味『くずきり』 「京都・和の菓子めぐり」vol.9

例年であれば祇園祭で賑わう7月の祇園。巡行も神輿渡御もありませんが、八坂さんに疫病退散のお参りをした後は、鍵善良房でつるりと喉越しのよい『くずきり』を呼ばれてみては如何でしょう。街に流れるコンチキチンのBGMに家路への足取りも軽くなりそうです。

鍵善良房 『菊寿糖』の“かいらしさ” 「和菓子のデザインから」vol.5

旬の食材を取り入れるだけでなく、見た目の季節感も大切にする和菓子の世界。季節を少しだけ先取りするところも、きものと通ずる心があります。共通する意匠やモチーフを通して、昔から大切にされてきた人々の想いに触れてみませんか。 今回は「鍵善良房」で江戸期から作られている銘菓『菊寿糖』をご紹介します。

今西善也さんを訪ねて鍵善良房本店から徒歩5分ほどの場所にある「ZENBI- 鍵善良房 -KAGIZEN ART MUSEUM」にやってきました。お会いするなり、

「昨日までは着物着ようかなって思てたんやけど、暑くて断念してしまいました。すんません」

と申し訳なさそうに笑う善也さん。この酷暑ですもの。そのお気持ちだけでもありがたいです。

着たいから着る、僕にとっての着物はそんな存在

今西善也さん

善也さんにとって着物はどんな存在ですかとの問いに、しばらく考えて一言。

「今日着たいから着る、そんな感じですね」

ファッションアイテムの一つとして、ご自分のために選ばれているようです。
もちろん、祇園町という場所柄、お役目として着る機会もあるそうで、その最たるものが7月の祇園祭。

「この辺りは鉾町ではないので、白麻の紋付と袴が多いですね。あと、時代祭には裃(かみしも)を着ます。マイ裃というか、親父と共用のものを持っています。着方も親父から教えてもらってなんとなく。親父の方が着物が好きで、よう着てますよ」

善也さん曰く、物心ついた頃にはもうお父様はお菓子を作っていなかったので、お父様から習ったのはお菓子のことより、着物のことの方が多いのだとか。

今西善也さん

「普段から着物を着てはる人は、男の人でも女の人でも素敵やなと思います。特に南座の役者さんやお祭りで集まる時の偉い旦那さんたちの着こなしはさすがですよね。

この界隈はレンタル着物の若い人たちもいっぱいいてるんですけど、入り口はどこでもよくて、ああ楽しいなとか今度はもっと自分にぴったりのものが欲しいなとか、そうやって好きになっていったら、おのずとええもんにたどり着くんじゃないでしょうか」

さては最近何か誂えたのでは、と思い伺うと、

「まだ2年ほど先なんですが、娘の成人式の振袖を見に連れて行かれました。いろんなところが痛くなりましたよ(笑)」

と、懐を押さえる仕草をしつつも嬉しそうな善也さんなのでした。

40歳を過ぎたら平安貴族になる

本店喫茶のしつらい
本店喫茶のしつらい

今年1月に美術館「ZENBI- 鍵善良房 -KAGIZEN ART MUSEUM」をオープンさせた善也さん。
しかし、ZENBI以前から鍵善良房本店の調度品や什器などには、訪れる人の目を楽しませてくれる美術品展示の片鱗があったように思えます。
こうした季節の移ろいに対するアンテナや美意識はどのようにして養われていったのでしょうか。

本店のしつらい
本店喫茶のしつらい

「若い頃は季節感などを意識して取り入れていましたが、40歳も過ぎると花とか草とかも好きになってしもてね。もう情緒も、空を見上げては『あはれなり…』って涙する平安貴族みたいになってきてる気がする。犬の散歩してるだけなのにね」

善也さんが家業を継ぐと決めたのは大学卒業の頃。

特に周りからは継いで欲しいというプレッシャーはなかったそう。
当時の本人的には、まぁまぁ看板も大きいし、楽しそうかなくらいに思っていたらしく、「実情を知らないというのは恐ろしいですね」と振り返ります。

本店のしつらい
本店喫茶のしつらい

よそでの修行期間は3年半ほど。
行き先が東京の菓子屋だったのは「京都に誰も私を預かってくれる人がいなかったから」と、老舗の大店15代目ならではの冗談とも本気ともつかぬ一言。

ZENBI

現在は、八坂神社近くの本店のほか、緊急事態宣言下で休業中の高台寺店と、新しいスタイルで季節の和菓子やサンドイッチを楽しめるZEN CAFE、そして美術館ZENBIと、東山区で4つの看板を守る日々。

東京の修業先での一日は朝が早かったことに始まり、以来、工場に立たなくなった今でもずっと朝の早い生活スタイルを続けている善也さん。

現在もまずは本店の工場に朝一番に顔を出し、それから売り場に挨拶をして、カフェか美術館に寄って開店時間を迎えるのがルーティンになっているそうです。

「本来は全てのことを“自分でしたい人”なんです。みんなとワーワー言いながら。でも信頼できる人たちだから任せられる。若いスタッフにもどんどん任せてみて、おかしなところがあれば直せばいいんです。そうやって、信頼できる人をいかにして育てるかが、大変でもあるんですけれど楽しいですね」

精神性はショーケースには並べられない

仕事を離れても甘いものが好き、という善也さん。
旅行で他府県に行った際も気になる和菓子は駅で手軽に買えるとしても、お店まで足を運んで買うようにしているのだそう。

それは単に商品が手に入ればいいのではなく、その場所に行くことでその店の店主の考えなども感じたいから。

今西善也さん

「着物もそうだと思うのですが、良いものや伝統を残そうとしたら、国の保護や助成金などの特殊な場合をのぞいて、商売として残らないといけないじゃないですか」

できればそのまま残すのがベストかもしれないけれど、と前置きをしながら、それが時代に合わなくなったり、無理が生じたりしているのであれば、消費者のライフスタイルに取り入れられるように、商売としても成り立つ形で良いものを残していくことが大切なのだと善也さんは分析します。

「その時に元々の精神性を一緒に残すことができればいいなと思うんです。ただ、精神性はショウケースに入れて残すわけにはいかないので、そういう証みたいなもの、その場所に行けば感じられるものを僕らが残していくことで守れるものがあるのではと考えています」

ZENBIの展示品を眺める今西さん

伝統を守るという命題への善也さんの考えを具現化したものの一つでもある「ZENBI- 鍵善良房 -KAGIZEN ART MUSEUM」については、引き続き、後編でお届けいたします。

撮影/スタジオヒサフジ

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