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遊び心が押し寄せる! ~文月(ふみづき)の巻~「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.3

遊び心が押し寄せる! ~文月(ふみづき)の巻~「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.3

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7月は「百合」「朝顔」「鬼灯(ほうずき)」「半夏生」「薊」「ダリヤ」「合歓(ねむ)」「鷺草」「月下美人」など梅雨の終わりとともに咲き誇る花々を。水を思わせる「波」「網」「船」「貝」も季節にマッチします。7月7日までなら「七夕」「天の川」「笹」の七夕モチーフも。さらには、必見! ”紗袷の半襟”も登場いたします!

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。
しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

半襟箱

二十四節気と半襟について

さて…
今月7月は旧暦名で「文月」(ふみづき)。

その意味・由来・語源には諸説あります。
なかでも、「文被月(ふみひろげづき、ふみひらきづき)」が略されて「文月」に転じたという説が有力です。

この「文被月」とは、書道の上達を祈って短冊に歌や願い事などを書く、七夕の行事にちなんだ呼び方だといわれています。

ほかにも、収穫が近づくにつれて稲穂が膨らむことから「穂含月(ほふみづき)」「含月(ふくむづき)」が転じて「文月(ふづき)」になったという説、稲穂の膨らみが見られる月であることから「穂見月(ほみづき)」が転じたという説もあります。

そんな、実りに向かう7月に訪れる「二十四節気」は、

「小暑(しょうしょ)」(2021年は7月7日)
「大暑(たいしょ)」(2021年は7月22日)

です。

小暑:七夕のモチーフで夏着物を楽しく 「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

小暑は「暑さがだんだん増していく頃」という意味で、この「小暑」から「大暑」までが「暑中」となります。この頃、相手の健康を気遣って出す手紙が「暑中見舞い」というわけです。7月7日といえば「七夕の節句」。街には七夕飾りがあふれていますね。でも実は、本当の節句は旧暦で行ってこそ意味があるのです!

大暑:真夏こそ原色の着物を楽しもう! 「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

明日訪れる十二番目の節気は「大暑」「本格的な夏が到来し、暑さが最も厳しくなる時期」という意味です。 新暦では6月が一年の折り返し地点となりますが、旧暦では2月の「立春」から一年がはじまるため、この「大暑」が折り返し地点となります。 ちょうど新暦のお盆が終わったころに訪れる大暑は、お中元シーズンでもあります。

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し、約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦(こよみ)の上では…」のもとになっているものです。

実はこの「15日ごとの季節」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せ所。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

文月の半襟1『紗袷 流水に金魚文様 半襟』

『紗袷 流水に金魚文様 半襟』

文月にご紹介する一枚目の半襟は…

『紗袷 流水に金魚文様 半襟』

白の羽二重に水墨画のような墨色で、ふっくらとした金魚と緩やかな曲線の流水を描いた上に、紗をかけた「紗袷(しゃあわせ)」仕立ての半襟です。

絹ならではのモアレ(光の加減で波文様のようにみえること)がまるで、金魚が泳ぐ水面のゆらぎのように見える、見事な意匠です。

「紗袷(しゃあわせ)」仕立ての半襟

「紗袷(しゃあわせ)」は、平安時代の「襲 (かさね・女房装束のこと )」に着想を得て、大正時代に着物好きの顧客のために呉服屋が考え出したとされる仕立てです。

この半襟のように下地になる絹の上に紗を重ねたものが「紗袷」、紗を二枚重ねて裏表がないように「毛抜き合わせ」で仕立てたものを「無双(むそう)」と呼び分けます。

「袷」では暑く「単衣」では肌寒い時期に着る着物として考えられた「紗袷」は、厳密には袷の最後の二週間、近年では単衣の代わりとして6月9月に着るとされていますが、なんといっても「二枚重ねている」ことから、「めでたさが重なる」縁起の良さから、慶事での訪問着などに珍重されています。

水無月、紗合わせのモアレ 「現代衣歳時記」 vol.1

京都祇園の禅寺に生まれ、東京でサロン「enso」を主宰する伊藤仁美さん。一児の母でありながら着物を日常着として暮らしておられます。移ろいゆく季節の中、着物を纏い五感の美を暮らしに取り入れることで心地よく豊かに過ごすヒントを綴る…美しい禅語とともに語られる新連載をお楽しみください。

紗をかける 幾層もの重なりの、その奥に 「徒然雨夜話―つれづれ、あめのよばなし―」 第一夜

風を孕み揺れる動きと、透ける生地が重なり生み出す奥行きは想像力を刺激する。見せたくないものはふわっと隠して、その奥の魅力的な何かを出し惜しみしながらちらりとのぞかせたりもして。着物ならではの愉しみは数あれど、その中でも特に心惹かれるのはー今宵は、そんなお話。

半襟に描かれた「金魚」は、横から見ると光があたった体がキラキラして見えることから付いた名前で、英語でもgoldfishと呼びます。

中国語の「金魚(チンユイ)」は「金余(チンユイ・お金があまること)」に発音が似ているため、中国では金運上昇のシンボルとされていきました。なかでも黒か白の金魚が良いとされ、珍重されていたようです。
また、魚特有の尾ひれが「(景気に)尾ひれがつく」縁起物とされ、金魚の愛らしい姿と優雅に泳ぐ姿は夏に欠かせない文様・モチーフとなっています。

金魚は夏に欠かせない文様・モチーフ
甘春堂 『金魚』で良いこと尽くめの夏支度 「和菓子のデザインから」vol.4

旬の食材を取り入れるだけでなく、見た目の季節感も大切にする和菓子の世界。季節を少しだけ先取りするところも、きものと通ずる心があります。共通する意匠やモチーフを通して、昔から大切にされてきた人々の想いに触れてみませんか。 今回は「甘春堂」で見つけた金魚のお干菓子をご紹介します。

文月の半襟2『竪絽縮緬地 波紋に丸文様 染め・刺繍半襟』

『竪絽縮緬地 波紋に丸文様 染め・刺繍半襟』

二枚目にご紹介する半襟は、

『竪絽縮緬地 波紋に丸文様 染め・刺繍半襟』

です。

濃い紺色に細かい刺繍で丸い波紋を表現し、青・水色のグラデーションで丸文様を染めた、ハッとするような意匠の半襟です。

濃い紺色に細かい刺繍で丸い波紋を表現
昭和モダンならではの半襟

枯山水庭園として有名な京都・竜安寺の石庭の砂に映し出されているような波文様は、そこに水は無くても水の存在を感じる…心の目で涼やかな水を観ることを教えてくれているようです。

一方で、どこか宇宙の太陽系の惑星の軌道にも見える昭和モダンならではの半襟は、7月7日、新暦の「七夕」の着物コーディネートに合わせてもステキです。

”七夕の節句” 秋の七草をとりいれて – 嵯峨御流「はじめましょう 花であそぶ節句」vol.3

旧暦の七月七日は今でいうと8月の中頃になります、昔はもっと涼しく秋のはじまりを感じさせる頃だったのでしょう。萩(はぎ)・ススキ・クズ・ナデシコ・女郎花(おみなえし)・フジバカマ・桔梗(ききょう)…昔の人たちは、秋の七草を愛でながら歌を詠んで季節を楽しんでいたのでしょうね。

文月の半襟3『竪絽縮緬 百合文様 染め刺繍半襟』

『竪絽縮緬 百合文様 染め刺繍半襟』

そして三枚目にご紹介するのは…

『竪絽縮緬 百合文様 染め刺繍半襟』

7月が盛りとして知られる百合。
百合という名前は、風にあおられて花が揺れる様子から「揺すり」と呼ばれ、それが変化して「ユリ」になったと言われています。

「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」

といわれるのも、静かに揺れるその姿からと言いますね。

7月が盛りとして知られる百合
百合はキリスト教の純潔の教えと共に、聖なる花・珍しい洋花

日本には朱鷺色の笹百合や鹿の子百合などの百合が古来より自生していましたが、明治時代になって白百合が西洋から輸入されると、キリスト教の純潔の教えと共に、聖なる花・珍しい洋花として着物や帯のモチーフに用いられるようになりました。

文月の半襟4『絽縮緬地 朝顔文様 刺繍半襟』

一枚目・二枚目の半襟に共通するのは「竪絽縮緬」という織りであること。
現在では、夏の半襟といえば「平絽」しか見かけなくなってしまいしたが、一見縦縞のように見える「竪絽」は、色柄ものでもスッキリと襟元を飾ってくれます。

四枚目の半襟も見てみましょう。

『絽縮緬地 朝顔文様 刺繍半襟』

『絽縮緬地 朝顔文様 刺繍半襟』

「絽縮緬」は字の通り、「絽」と「縮緬」をあわせて作られたもので、しぼのある縮緬の間に絽が織り込まれているものです。

朝顔は古代中国では、その種が薬として珍重され、謝礼として牛と交換したことから、朝顔に「牽牛花(けんぎゅうか)」の名前がつきました。

「絽縮緬」、「絽」と「縮緬」をあわせて作られたもの
朝顔は相思相愛を意味する縁起の良い文様)

日本には平安時代にもたらされ、江戸時代には観賞用としてたくさんの品種が作られるようになった朝顔は、ちょうど七夕の頃に咲く花なので「牽牛織女」の話にちなみ、美しい朝顔を「織姫」に見立てて「朝顔姫」とも呼ばれています。

一年に一度、天の川を渡る七夕の物語にふさわしく、朝顔の蔓(つる)はしっかりと絡みつくので、相思相愛を意味する縁起の良い文様としても知られています。

時を経て生成り色になった絽縮緬に、丁寧な刺繍で縫い取られた朝顔の半襟は、新品だった頃は白い朝靄のなかに今花開く朝顔を写し取ったような美しさであったことを想像させてくれます。

7月のモチーフ

文月の半襟

7月におすすめのモチーフは…
「百合」「朝顔」「鬼灯(ほうずき)」「半夏生」「薊」「ダリヤ」「合歓(ねむ)」「鷺草」「月下美人」など、梅雨の終わりとともに咲き誇る花々、そして「波」「網」「船」「貝」など水を思わせる文様などが季節にぴったりとマッチします。

7月7日までなら「七夕」「天の川」「笹」など七夕モチーフも、この季節ならではお洒落で楽しみたいですね。

「笹」からの連想で、「パンダ」モチーフなども堅苦しくなりがちな着物にステキなユーモアを添えてくれることでしょう。

7月ならではの季節のモチーフで着物姿を楽しんでみませんか?

文月のとっておき

文月のとっておき

今月のとっておきのコレクションは、「トランプ」モチーフの半襟です!
日本でトランプが盛んになったのは明治時代に入ってからで、花札にはないモダンな図柄がハイカラなものとして好まれるようになりました。

上流階級で普及しはじめた洋家具・テーブルとイスというインテリアと、トランプ遊びの相性が良かったのでしょうか、若い未婚の女性たちの間では「トランプ占い」も大流行しました。
そんな流行を背景に生まれたのが「トランプ」モチーフの半襟です。

繻子地に横縞、そこにダイヤ文様やスペード文様、ハート文様が織りだされている紫の半襟は、刺繍などはない控えめな織りの半襟です。

白の半襟が礼装用だった時代はこうした色半襟にもおもしろいデザインのものが数多く見られます。

白の縮緬地にピンク・ベージュ・紺色でトランプ柄が染められ、ステンシルのようなタッチでかすれた文様が染められた半襟は、入手したときは未使用で厚紙の値札が付いていました。

斬新なデザインをどの着物に合わせようか考えつかぬまま、最初の持ち主の手を離れたのかもしれない…などと半襟の来歴を思い起こさせてくれる一枚です。

半襟の来歴を思い起こさせてくれる一枚です
羽織の裏地「羽裏(はうら)」です

茶色の地に、びっしりとトランプ文様が染められた一枚は、羽織の裏地「羽裏(はうら)」です。

「古典柄の羽織の表地」だけでは満足しきれない遊び心…
こうしたおもしろい羽裏をたくさん生み出したアンティーク着物の時代に、おのずと想い馳せてしまいます。

薄い薄い平絹(ひらぎぬ・へいけん)も、こうして幅15㎝と長さ1メートル弱の半襟として生かし、縞や格子・紬などの着物を個性的に着こなすコーディネートのアクセントに楽しむのも、ステキな活用法です。

以上が今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

ひと月に一度、半襟箱という名のタイムカプセルを開けるドキドキをみなさまとともに…
次号は「八月・葉月(はづき)」の巻、8月6日二十四節気「立秋」の前日の公開をお楽しみに!

半襟撮影協力/正尚堂

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
 
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!

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