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咲き誇る栄華への願い、後世に伝わる名声 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.3

咲き誇る栄華への願い、後世に伝わる名声 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.3

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時の流れが早く感じる今日この頃。日本の春を感じる華やかな「桜」の歌と、名声を称え自身の名声も願った歌。そんな2首をご紹介いたします。春の陽気とともにみなさまと楽しいひと時を過ごせましたら幸いです。

気がつけば、2021年ももうまもなく4月を迎える時期ですね。
「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」と言いますが…
本当に時の流れが早く感じる今日この頃です。

本コラムも3回目となりました。
今回は、日本の春の代名詞とも言える「桜」の歌もご紹介いたします。
春の陽気とともに、みなさまと楽しいひと時を過ごせましたら幸いです。

3月にご紹介する和歌

今回ご紹介するのは、こちらの二首。

★クリックで歌の読みが流れます。ぜひ音声でもお楽しみください。

華やかに咲き誇る桜の歌と…
音の技巧を楽しみ、名声が後世まで残り語り継がれている様子を詠んだ歌。

桜

春といえば、桜。
日本を象徴する花のひとつでもありますね。
綺麗な花を咲かせ、散りゆく姿もまた風流、さらには葉桜へと魅力が変化していく―
長きにわたって私たちを楽しませてくれる植物です。
奈良時代に編纂されたとされる『万葉集』や、平安時代に編纂された『古今集』にも「桜」を詠んだ歌が採り入れられており、昔から日本人に親しまれてきたことがうかがえます。

詳しくは、前回のコラムも参照ください。

「百人一首」にも、桜を詠んだ歌が6首撰ばれています。
どの歌にもそれぞれ情景があり、同じ「桜」が詠まれた歌でも異なる楽しみ方ができます。
今回は、6首のなかからとても華やかな1首を選ばせていただきました。

そしてもう1首。
3月は、新年度を前にしてこの1年を振り返ったり、新しい環境や出会い、目標に胸を躍らせる時期でもあります。
そこで、新たな決意を固めるのに大きな勇気をくれるような歌を選ばせていただきました。
後世に残った名声を感じながら、自分もまたそうなりたいと願いを込めて詠んだ藤原公任の1首―

そんなそれぞれの和歌を、さぁ、じっくりと堪能してまいりましょう。

一首目・知性あふれる新人女房の見事なデビュー

いにしへの【百人一首】

voiceいにしへの 奈良の都の 八重桜
今日九重に 匂ひぬるかな

(61番・伊勢大輔『詞花集』)

訳)昔栄えた奈良の都で咲いた八重桜が、今日はこの京都の九重、宮中で美しく咲き誇っていますよ。

作者・伊勢大輔(いせのたいふ/おおすけ/たゆう)は、一条天皇の時代に中宮彰子に仕えた女房であり、「百人一首」49番の「御垣守(みかきもり)※」の歌を詠んだ大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)の孫娘でもあります。

※「御垣守(みかきもり)」の歌…「御垣守 衛士(ゑじ)の焚く火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ」(49番『詞花集』)

出典である『詞花集』の詞書(ことばがき:まえがきのようなもの)には、

一条院の御時、奈良の八重桜を人の奉りて侍りけるを、そのおり、御前に侍りければ、その花をたまひて、歌よめと仰せ言ありければ、よめる

とあり、意味合いとしては、

一条天皇の御代に、奈良の興福寺から八重桜が宮中に献上されたのを、その時に御前に控えていたところ、「その花を題材にして歌を詠め」と仰せがありましたので詠みました

という内容です。

『伊勢大輔集』にはより具体的に、

①八重桜を受け取る大役になるよう薦めたのは、先輩女房で親交のあった紫式部(※)

②受け取る際に「ただ受け取るだけではなく歌を詠め」と命じたのは藤原道長

であることが記されています。

※紫式部…「百人一首」では57番に「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな」の歌が選ばれている。

上の句の「いにしへの奈良の都」は、かつては栄え今はふるさと(古い都)となってしまった「奈良」をあらわし、下の句の「今日(けふ)」は、今の都である「京都(平安京)」をあらわします。

「いにしへ(昔)」と「けふ(今)」
「奈良」と「京都」

の対比が用いられていますね。

また、上の句の「八重」と下の句の「九重」も対になっています。
奈良特有の桜だったと言われる「八重桜」が、旧都の栄華を背負い新都の平安京の宮廷で見事に美しく咲き誇っている…
称賛や祝賀の意味合いも込められた、実にすばらしい歌です。

代々歌人の家に生まれた作者が、新人女房として天皇や中宮彰子の御前で、プレッシャーにも負けず即興で詠んだこの和歌に、「万人感嘆、宮中鼓動」したと言われているそう。
桜に負けない、華々しくもステキなデビューですね!

可憐でありながら、優しく美しい「桜」。
そんな桜の花言葉は「精神の美」「優美な女性」「純潔」。
加えて今回の歌に登場する「八重桜」の花言葉は「理知」「しとやか」「豊かな教養」とのことで、なんと伊勢大輔にぴったりな花言葉なんだろう!と感動いたします。

日本でも海外でも親しまれている桜は、着物や帯、ちょっとした小物にもあしらわれており、華やかさと美しさを感じられる柄です。

また、芽吹きはじめる春の花の象徴として「縁起が良いことのはじまり」や、「五穀豊穣(※)」の意味を持つ縁起の良い柄でもあります。

※もともとお花見も、満開に咲く桜を秋の稲の実りにみたてた「予祝(よしゅく)」の行事だった

ちょうど今の時期、入卒の式典やお花見、春のおでかけなどに桜柄の着物を着られる方も多いのではないかと思います。
前回ご紹介した梅柄と同様に、デザイン化されていたり、紅葉、楓、菊など他の季節の柄と一緒に描かれている場合は通年着ることができますので、今年のように開花時期が早い年でも楽しむことができますね。

桜楓模様の袋帯
紅葉と組み合わせた能衣裳由来のデザインも

写実的、かつ単独で描かれている場合には、地域に合った桜の咲く時期を先取りして着ることがおすすめされています。
また、写実的でありかつ花びらが散っている模様の場合には、桜の散る少し前など、こちらも時期を合わせて少し先取りして着ることが粋とされています。

繊細な季節の変化を和姿に取り入れながら、春ならではの優雅なひとときを着物と一緒に過ごしてみると…これまでとは違う心持ちで桜を楽しめそうですね!

二首目・「音」が詰まった歌に、博学多才な作者を想う

滝の音は【百人一首】

voice滝の音は 絶えて久しく なりぬれど
名こそ流れて なほ聞えけれ

(55番・大納言公任『千載集』)

訳)滝の流れ落ちる水の音が聞こえなくなってから、すっかり長い年月が経ってしまったけれど、その評判は流れ伝わって今でも知れ渡っていることだよ。

歌の作者は、「三船(さんせん)の才(※後述)」を備えた人物と呼ばれる大納言公任(だいなごんきんとう)。
本名は藤原公任(ふじわらのきんとう)で、四条大納言と呼ばれました。

公任は、非常に博学多才な人物。
「漢詩・和歌・管弦の三つの船を用意し、それぞれに優れた者が乗り作品を披露する」という舟遊びの際に、いずれの才にも秀でた公任をどの舟に乗せて良いか分からず「どの舟に乗られるのか」と人々が注目した…
この出来事により「三船の才」と呼ばれるようになります。

この歌の「滝」は、京都・大覚寺の滝を詠んでいます。
大覚寺には嵯峨天皇(さがてんのう)の離宮があり、かつてはそのなかに人口の滝があって滝殿(たきどの※)から人々が滝を愛でていましたが、公任が訪れた時には滝殿は遺跡のみになっていたそう。
滝の水は枯れ果てていたけれどその評判は絶えず、遺跡として残るその場所で昔をしのんで詠んだ歌です。

※滝殿(たきどの)…滝を見るために建てられた建物・御殿

滝そのものを感じて詠んでいる一方、作者自身の名声も残りますようにと願いを込めて詠んでいる、という鑑賞もできるようです。
願い通り、この滝跡は公任の歌から「名古曽の滝(なこそのたき)」と名付けられ、公任の名声もこうして今に伝わっています。

歌のつくりを見ていくと、「たき」「たえて」と初句・二句はどちらも「た」からはじまり、三句目以降には「なりぬれど」「なこそ」「ながれて」「なほ」と、「な」の音が4回使われています。
音の響きも楽しめる歌ですね。

「滝」の音、歌に使われている音の技巧、「名声」という音に関する表現。
一首のなかに「音」が詰まっている歌です。
また「滝」と「流れ」、「音」と「聞こえ」といった縁語(※)も使われていて、技巧が凝らされた一首でもあります。

※縁語…意味において縁のある言葉を用い、歌に情趣を持たせる和歌の修辞技法

音としての楽しみに、すぐれた芸術性の楽しみが掛け合わさった歌ですね。

それでは、着物の世界でも「滝」を感じてみましょう。
滝の柄が入った着物や帯には勢いや迫力があります。袖を通したり、帯を結んだりする際にもピシッと気合が入りそうです。
(競技かるたの試合で着ると…勢いがつきそうな気がします!)

鯉の滝登りの帯

滝の柄のなかでも「鯉の滝登り」の柄は「黄河の上流にある竜門を登りきった鯉は龍になる」という故事から「立身出世」の象徴であり、おめでたい意味も込められているそう。「登竜門」の語源にもなっています。

男の子のお宮参りや端午の節句の着物にもぴったりな、縁起の良い柄ですね。
その子が立派に成人した姿を見た日には、公任の「滝の音は」の歌をより一層しみじみと感じるかもしれません…

新しくはじまる年度に大きな目標を持つ勇気を

春を感じつつ、歌人の豊かな知性を感じる歌と…
壮大なスケールの願いとともに、名声を称えた歌。

これは私が声優・ナレーターというお仕事をしていることでより一層感じることかもしれないですが、”歴史に名を残す”とまではいかなくとも、誰かにとって「良い出会いだった」「良いものに触れられた」と心に残る声や作品をお届けできたら、そんな人間になれたなら、こんなに幸せなことはないな、と日々感じています。

「百人一首」が800年の時を経て語り継がれてきたように、また公任がこのように名を残したように、後世に何か残せるものを生み出せたなら、それはとてもうれしく誇らしいこととなりましょう。

新しい年度がはじまる4月からの目標に、「何か後世に残せるものを!」と少し大きな野望を持って新たなチャレンジをしてみるのも楽しそうですね。
目標を持つ勇気を与えてくれるような歌にも感じ、今月の一首に選びました。

着物に触れる時に、百人一首の世界を。
百人一首に触れる時に、着物の世界を。
みなさまにとって少しでも何か新しいきっかけになりましたらうれしいです。
今月も最後までお読みいただきありがとうございました。

※参考
『百人一首を楽しくよむ』著:井上宗雄
『しょんぼり百人一首』著:天野慶 絵:イケウチリリー
『世界でいちばん素敵な百人一首の教室』監修:吉海直人(同志社女子大学教授)
『百人一首解剖図鑑』著:谷知子
長岡京小倉山荘 ちょっと差がつく百人一首講座
https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/index.html

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